ミルディン・グレモリーの占い
俺の対戦相手がはぐれ悪魔になり、表ではリリムの護衛が倒した事となった。
特に目立ちたい欲求もないし、その決定に俺は素直に従った。
その後残りの2日間は普通の交流試合のようで、うちの学年代表がリリンの学年代表といい勝負をして終わりを告げた。
そして現在は交流会の締めとして体育館でパーティーが行われている。
と言っても簡単につまめる物とジュースが並べられているだけで大した料理はない。クラッカーの上にチーズやジャムを置いてあるだけまだマシという感じで、ほとんどは近くのチェーン店から買ってきたジャンクフードなどばかり。
脂っこいものが嫌いではないが、同じような味ばかりだと飽きるし、他の人も食べると考えると1人だけ好きに食う訳にもいかない。
ほどほどに食べてぼ~っとしていると、紙コップを持ってしれっと隣に来た悪魔がいた。
隣に来たのはクロス・グレモリー。
俺は楽しそうにしている生徒達を眺めながら、クロス・グレモリーはジュースを飲みながら顔を合わせず話す。
「頼んでいた事、そろそろできそうか」
「ええ。準備が整ったのでご招待しようかと」
どうやら勝利した事で得た願いを叶えてくれるらしい。
「すぐに行けるのか」
「まだパーティーが終わっていませんが?」
「興味ない。それにもう帰りのホームルームは終わって自由参加なんだ。帰るタイミングも自由なんだから別にいいだろ」
「ではこちらに」
俺は足元に置いておいたカバンを背負い、クロス・グレモリーの後ろを歩く。
校門を出ると当然のようにちょうどリムジンが止まり、それに乗って俺達はどこかに向かう。
「で、どこで占ってくれるんだ。どっかの個室か?」
「いえ、ミルディン様はグレモリーの本邸にいますのでそちらに向かっています」
「本邸ってキリスト教の地獄じゃねぇか。パスポートないぞ」
各神話世界に入るためには国の行き来と同様にパスポートのような個人を証明できる者の持参が必要不可欠だ。
でもまさか占いのためにパスポート必須なところに行くとは思っていなかったので用意していない。
なんて思っているとクロス・グレモリーは言った。
「こちらの方で申請していますので問題ありません。その代わり出歩くことは出来ず、本当に本邸に行くためだけの許可なので占いが終わったらすぐに帰ってもらうような形になってしまいますが」
「占ってもらえるのなら別にいい。元々長居するつもりもなかったからな」
窓の外をぼんやりと眺めながら言う。
カバンの中に一応用意しておいたお土産、本物の貴族の悪魔からすればしょうもない物なのは分かっているし、今これを受け取って喜ぶかどうかなんて分からない。
だがそれでも前世の頃に出会った記憶が、これを喜んでいた頃の小さなころの彼女しかいないのだから仕方ない。
一応効果はちゃんとあるものを作ってきたが、使うかどうかは本人次第か。
なんて思っている間にトンネルに入ると、少し違和感を感じた。
ほんの一瞬ではあるが薄い壁を通り抜けた感覚がした。
「もうすぐ本邸です」
クロスが言うとトンネルから抜け、その世界の空は人間界の空のように青くなく、ほんのり暗い色の空。
朝日が落ちたばかりの暗さと言うか、もっと深い青い空。
久々に見た悪魔の世界の空だ。
トンネルから抜けて5分くらいでグレモリー邸に到着した。
本当に久々に来たが特に変わった様子はなく、俺の記憶の中にあるままのグレモリー邸だった。
「ミルディン様の元までご案内します」
ドライバーが扉を開け、クロスが先に降りて俺に手をそっと差し出す。
それ女の子にやる奴じゃないか?
なんとなく手に取るのが嫌だったので普通に下りると、クロスは少しだけ寂しそうな表情をしていた。
あくまでも仕事だからか、特に歓迎のような物はなくただグレモリー邸に入ってまっすぐミルディン・グレモリーの元へ向かう。
前世の頃と変わらない廊下。歩きながらミルディン・グレモリーの部屋は確かあっちの方っと考えていると記憶通りの場所にたどり着いた。
「ミルディン様。お客様をお連れしました」
クロスがノックをしてから部屋に向かって声をかけると、「どうぞ」っとあまり力のない声が帰ってきた。
クロスは「失礼します」と言ってから扉を開け、俺を招き入れる。
ミルディンの部屋はカーテンが閉まっていて薄暗く、様々なお守りで部屋が埋め尽くされていた。
壁には画びょうでお守りをぶら下げる所を作り、それが壁中、天井からもぶら下がっている。部屋一面が世界各国、様々な魔除けやお守りに囲まれている姿はまるで外を恐れているように見える。
そんな薄暗い部屋の中にある天蓋付きのベットの上にミルディン・グレモリーは女の子座りで頭を下げた。
「……私がミルディン・グレモリー、です」
彼女の姿は今起きたばかりという感じで着崩れたネグリジェ姿だったが、色気とかそう言った物は一切ない。
赤い髪は非常に長く、彼女の伸長の倍はあるのではないかと思うほど長い。そんな髪に隠れながらも、疲れ切った顔、覇気どころか生気のない雰囲気、虚ろな目、大きな隈、やせ細った手足。
明らかに不健康な姿だが、でもベットの上で散らばる赤い髪だけはサラサラできれいな放射線状に広がっている。
まるで髪の事以外はどうでもいいかのように無関心、無気力な雰囲気が出ており、俺でなかったら不気味だとほとんどの人がそう思うだろう。
だが俺は前世の記憶の事もあったから、彼女の今の状態がどうなっているのか予想がついた。
「……直接誰かを占うのは久しぶりです。しかし私が占えるのは回避できない災いのみ。あなたに必ず降りかかる不幸しか占うことは出来ませんがよろしいですか?」
「ええ、俺にとって不幸なことではありませんが、1つ占っていただきたい事があります」
「……どのような不幸を知りたいですか」
言葉一つ一つが重く、今にも倒れてしまいそうな雰囲気。コントロールする事は結局できなかったのか、それともこの力を使って働いているからなのか、どちらなのかは分からないがあまり無茶はしないで欲しい。
常に舟を漕いでいる状態で、明らかな寝不足。
こうして話をしているだけでも非常に辛そうに見える。
「……俺はある因縁のある相手、聖書の神を殺したいと思っています。だからそいつと戦う日にちと時間を占っていただきたいです」
こんな状態のミルディンに頼むのも心苦しいが、あとどれだけの時間が残っているのか分からない以上少しでも早く知りたい。
意外な占い内容にほんの少しだけ目を大きくし、確認するように聞く。
「……彼はもう死んだ。そう言われる理由の1つは、私が占えないからです。もし彼が生きていればもう一度戦争を仕掛け、聖戦を再開するでしょう。それは必ず大きな戦争となります。しかし厄災を専門に占う私が占っても結果が出ない。だからみなさん神はもう死んだと思っているのです。それでも占いますか?」
「お願いします。死んでいるのなら死んでいるでいいんです。でももし戦う運命にあるのであれば、俺があいつを殺す」
「……分かりました。ではこちらに来てください」
俺の強い言葉に少し意外そうにしていたが、占ってもらえるのであれば問題ない。
靴を脱ぎ、ベッドの上に上がるとミルディンは自分の横に来るようベットを叩く。
「……私の占いは――」
「夢占い、ですよね。俺はどのような感じで触れればいいですか?」
「……えっと、それじゃ腕を――」
「はい」
「え?きゃ!」
俺はミルディンを抱きしめそのまま横になった。
ミルディンは完全に俺の腕の中に納まり顔を真っ赤にしながらワタワタしている。ちょっと試してみたがこう言う所は昔の面影がある。
可愛いなと思いながら頭を優しく撫で、落ち着かせるように優しく声をかける。
「大丈夫。深呼吸して、俺の心臓の音に集中しな。そうしている間に他の音は気にならなくなるから」
「……え、あ、その……」
「大丈夫。恥ずかしくない。それよりも俺に集中して。周りが気になるなら隠してあげるから」
優しくミルディンの頭を抱きしめ、頭が俺の腕と胸で隠してしまうとなんだか胸から感じるミルディンの顔が熱い。
だがそれでも少し待つと穏やかな寝息が聞こえ、一定のリズムで呼吸音が聞こえてきた。
ここからどれくらい時間がかかるのかは不明だ。
難しい占いになればなるほど寝ている時間は長くなるし、簡単だったら5分もかからない。
今回はどれくらい時間がかかるかな~っと、ミルディンの背中を優しくポンポンと叩いているとすぐに目が覚めた。
その表情は驚愕しており、自分でもなぜ占えたのか分からないと言う表情だ。
「……2年後の12月24日、深夜0時。サン・ピエトロ広場であなたと聖書の神が対峙するのを見ました」
やっぱり戦う運命にあるんだな。それとも因果、とでも言うべきか?
とにかく俺の予想通りあいつは生きていた。あるいはそのタイミングであいつは復活する。
タイムリミットはハッキリ分かった。ならその時までにできるだけ多くの力を手に入れなければならない。
そのためにはもっと『龍化の呪い』を集める必要があるだろうな……
ただの人間である俺があいつに勝てるには、必要不可欠な要素だ。
「占ってくれてありがとうな」
さっきよりも少し強く抱きしめると、今の状況を思い出したのかミルディンは俺の事を押し返す。
俺はベットの上で転がったが元々巨大なベットだ。無様に落っこちる事はない。
ミルディンは起きて真っ赤になった顔を髪で隠しながらそっぽを向く。
「……占いの結果は出ました。何かご質問はありますか」
「そうだな……あ。深夜0時って24日と25日の間?それとも23日と24日の間?」
「……24日と25日の間です」
「占ってくれてありがとうございました。それからこれ、お礼の品です」
俺はそう言ってカバンからベットの上に手作りのお守りを置いた。
何だろうと思ってミルディンは手に取り、ぽつりと言った。
「……ドリームキャッチャー……」
「それで少しでも悪夢にうなされませんように。俺の魔力は込めましたが悪魔にダメージの入る物ではないのでベットの近くに飾っておいてください。本日はありがとうございました」
そう言ってベットから降り、靴を履いて部屋を出た。
少し遅れて部屋から出てきたクロスは不思議そうに言う。
「何でドリームキャッチャーをお守りとしてお渡ししたんですか?」
「知ってる子と同じ顔だったからな。悪夢が怖いっていう女の子と同じ顔」
ミルディン・グレモリー。
彼女は幼少期の頃からグレモリーとしての才能が強すぎた。
昼寝でも何でも、眠ってしまうと世界中で起こる災害や事件を夢占いで自然と見てしまうため、眠る事を誰よりも怖がった。
彼女が言うには夢の中で動き回り、その時起こる災害や事件を体験しているように感じるらしい。自然災害でどうしようもない絶望感に襲われたり、大規模犯罪に巻き込まれて恐怖する事も多かった。
幼い頃はさらにその占いのコントロールも出来ず、寝不足で死にかけるほど。
だから俺は彼女に今回と似たようなドリームキャッチャーを渡した。
悪夢除けのお守りだと聞いた俺は初めて手芸店で道具を買い、何度も練習と失敗を繰り返して出来上がったドリームキャッチャーで悪夢は見ないようになったと聞いた。
だが俺が死んだことでおそらくお守りも消えてしまったのだろう。
なんせ前世の頃の俺は本当にバカで、そう言って作った物、自分で買った物なども消えるように設定していたから前世の俺が生きていた証拠はどこにもない。
中には大量破壊兵器なんてロマン全ツッコミの物も作ったりしたが、あれも消えてしまったんだろうな……
だが懐かしむのはもう終わり。
2年後のクリスマスに俺と聖書の神は再び戦う事になる。
それまでに少しでも力を手に入れなければならない。
もう既にカウントダウンは始まっている。




