任務開始
「相手に気付かれないように少し離れたところで降りて、そこから徒歩で向かうから」
日芽香にそう言われて車を降り、10分くらい歩いたところに廃校と思われる場所に来た。
「ここにはぐれ悪魔がいるんですか?」
「ええそう。一応フォーメーションとして前衛がシスターアンジェリカ、中堅が私と涙ちゃん、後方が柊ちゃんにしたから。新人で実戦経験がない柊ちゃんは地道に魔法で攻撃して」
「え~。せっかくシスターから聖水と剣をもらったのにですか?」
「それでもダメ。新人君は安全第一。それに私が中堅でいるのもいざって言うときに柊ちゃんを守るためでもあるんだから。まぁ私が居なくてもリルちゃんが守ってくれるけど、それはそれ、これはこれ。大人として子供を守る義務があるの。だから大人しく今日は守られてて」
「…………はい」
渋々俺は頷いた。
何とも情けない話だ。昔は俺が守る側だったのが今じゃ守られる側。これを情けないと言わずに何と言えばいいのか。
でも今の俺の実力はその程度しかない。
そう考えると俺の不甲斐なさに落ち込む。
そう思っていると学校を負い囲むように結界が展開された。
どうやら俺達が学校の前に来た事で計画がスタートしたらしい。
「それじゃ悪い悪魔を退治に行きますか」
日芽香はそう軽く言いながら前を歩く。
俺達はその後ろを歩くが、向かうのは校庭の中心辺り。そこで気配を探ると校舎の中からこちらに向かってくる何かがいる。
これがはぐれ悪魔だろうと思いながらシスターからもらった剣を抜くと昇降口を破壊しながらそれは現れた。
腰から下は巨大な猫のような体、その上に関しては人間の胴体にサソリのような左腕、猿のような右腕、頭に関しては蜂の様な昆虫の頭だ。
足から頭まで5メートルほどの高さを持っており、スフィンクスでも相手にする気分だ。
いや、この例えはエジプトの人に失礼か。スフィンクスは神聖な生物だったはずだし。
それにしても本当に何でこうなるんだろうな。
ほとんどのはぐれ悪魔はこうして人型から大きくかけ離れた姿になる。悪魔として人間に恐怖心を与えるための変化か、それとも悪魔とは元々はこういう姿だったのか、答えはいまだに出ていないが暴走し、自身の欲に飲み込まれた悪魔はこうして化物の姿に変質する。
悪魔の血が濃ければ濃いほど~なんて言う人もいるが多分関係はない。
その場合魔王の血筋はこれ以上の醜い化け物に変わってしまう事になるので、ぜひとも遠慮させていただきたい。
「オ前達カ!閉ジ込メタノハ!!」
「それじゃ2人とも。いつも通りに」
活舌もおかしな感じになっているはぐれ悪魔に対してまずシスターが意外な攻撃をした。
「主よ、この哀れな悪魔を祓いたまえ」
そう言いながらシスターははぐれ悪魔を殴った。
殴られたはぐれ悪魔の体は浮くと言うか飛ばされ少し離れたところではぐれ悪魔は着地する。
一体どんな怪力かと思ってシスターの手を見ると、そこにはメリケンサックが装備されていた。
一体いつの間に装備していたのか、色々疑問は残るがとにかくすごい怪力だ。
人間同様に二本足ならともかく、相手は下半身は獣型と言っていいのにそれを浮かせるどころか殴り飛ばす。理事長達のメンバーに入る候補生と言うのは嘘偽りない。
最低でもこれだけの戦闘能力を持っている事を前提とするのであればそう簡単に候補生にはなれないだろう。
「ソノ程度デ私ヲ倒セルト思ッタカ!!」
「そんな訳ないですよ」
離れたはぐれ悪魔に対して会長が魔力砲撃を行う。
漆黒の太っといビームがはぐれ悪魔の上半身を狙ったが残念ながら避けられ、左腕一本しか吹き飛ばす事が出来なかった。
やっぱりウロボロスと言う種族の特徴なのか、大雑把でとにかくパワー重視。エネルギー切れが全くない存在だからかとにかくごり押しが多いし、繊細な技を使おうとしない。
これはドラゴンにも当てはまる特徴ではあるが確実に当てる、避けられない攻撃と言う物をあまり深く考えていない。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言えばいいのか、とにかく当たるまで攻撃し続ければそれでいい。一見クールそうに見える水地親子だが、根本的な戦闘思考に関しては多分変わっていないだろう。
「我ガ……腕ヲ!!」
「一人称もバラバラ。これ完全に制御失ってますね」
「主よ、哀れな悪魔に断罪の光を」
冷静に言う会長に対してシスターは祈りを捧げた後に拳を握る力をさらに強くする。
するとメリケンサックの先端から光の大剣が現れた。
ありゃ天使式とオーラの併用だな。
天使が作る光の剣を作る術式と、自身のオーラを剣の形にするイメージによってメリケンサックで殴る部分を光の剣の様に一時的に構成しているようだ。
器用と言うよりは発想力の勝利のような感じだが、こういう事も出来たんだ。
シスターは駆け出しはぐれ悪魔に光の剣で殴ろうとする前に獣の前足で攻撃する。
見た目こそ猫パンチのような見た目だが、その大きさがあまりにも驚異的過ぎる。なんせ肉球だけでも日本人女性の平均身長くらいデカいし、それが思いっきり殴ってくれば当然痛い。
肉球はぷにぷにで痛くないだろう?ペットならともかくどこ歩いているか分からない野良の肉球が柔らかいと思うか?
それに意外な事に聖属性の光の剣が刺さったものの、はぐれ悪魔は殴る事を止めず攻撃を強行。シスターの攻撃も通じたがはぐれ悪魔の攻撃も食らってしまった。
大きく弾かれて校庭を転がるシスターのフォローに入ろうとする会長。
やっぱり強いと言っても戦闘経験はまだまだなようだ。
シスターが追撃されそうになっているのであればフォローに入るのも正解の1つだが、はぐれ悪魔は追撃するつもりは全くなく、逃亡を考えている。
そしてその逃亡を成功させるのに必要なパーツとして俺を狙ってきた。
昆虫の頭だから表情から察することは出来ないが、弱い俺を人質にすることで逃亡しようとたくらんでいるんだろう。
「教官。いくら俺が初心者だからって戦うな、逃げ続けろなんて言いませんよね?」
「それは……」
「まぁ俺でも一応は戦えるんですから、それに悪い事してた時の情報を知っているのであればあのくらい大したことない事も分かっているのでは?」
意地悪く言うと日芽香は仕方がなさそうにため息をついてから俺の影に向かって言う。
「私もいざと言うときはすぐに動くけど、リルちゃんお願いね」
そう言ってすぐに日芽香は消えた。
ただ高速で動いて離れただけなのに目で追う事も出来ないとは、本当に俺の実力はガタ落ちだ。
そんな事を考えながら俺は俺の特性を混ぜた魔法を発動。ここに来る際に用意していた魔導書の力も借りてようやく発動する事ができる前世の技。
前世の頃はドラゴンだったが、人間に近い存在に育てられただけあってごり押しだけのワンパターンな存在ではない。
はぐれ悪魔は動物の前足で俺を地面に押さえつけようと前足を振り下ろすが、砂煙がはれた所に俺はいない。
「どこ見てんだよ」
どこにいるんだと見渡すがその隙にシスターから借りた剣で前足を斬った。
切断には届かないが、足首の半分まで斬れたのだから普通に考えれば重症だろう。
はぐれ悪魔は驚きながら飛び退き斬られた足を見る。魔力を斬られた足に多く流し込む事で接着させた。
「何者ダ、貴様」
「期待の新人って言いたいところだが、何の期待もされていない弱っちい人間様だよ」
まだこいつは俺の技に気が付いてない。
もしこのまま気が付かない間抜けなら楽勝だな。




