現場へ向かう
町にある唯一の教会と言っていい教会に10時30分に到着すると既にシスターはゆっくりと頭を下げながらいた。
「お待ちしていました、ミスター柊。30分前に来るとはやはり日本人ですね」
「お疲れ様です。初めてなので早めの方がいいかな?っと思いまして。それで今回のはぐれ悪魔ってどんな奴ですか?」
「今回のはぐれ悪魔は人間を食べようとしたある意味悪魔らしいはぐれ悪魔です。下級悪魔ですが捕食本能を抑えられない哀れな悪魔。すぐにでもその心臓に聖なる力を流し込み消滅させたいです」
物騒な事を言うが同時に意外とレベルの高い仕事だとも思った。
悪魔や妖怪による魂食い。
それはもっとも原始的な超常の存在が力を底上げするための方法だ。物理的にムシャムシャするだけではなく、魂も一緒に捕食する事で魔力保有量を底上げする効果もある。
大昔から質の悪い連中が人間を襲ってきた理由がこれだ。
人間の事を霊長と言っているように人間の魂は超常の存在にとってかなり上質なエサとなる。その効果はすさまじく、最初は弱い悪魔や妖怪であったとしても100人も食らえば上の下くらいにはなれるほどのエネルギー量だ。
だから力を求める超常の存在は人間を求め、その魂を食らおうとする。
ちなみに神が信者を集める理由がこれ。
神は直接人間の魂を食べる事はあまりないが、それでも生贄として人間を求めてきたりしてきた理由は同じ。ただ直接食べるのではなく信仰心と言う形で魂を食っている。
信仰心とは言わば自分の心を神に捧げる行為。人間自ら魂の欠片と言える心を神に捧げる事で神は魂をお食べるのと変わらない効果を得ていた。
ただ量も質も直接食べるよりも効率は悪いのでかなりの数を集めなければならない。
神が信者集めに奮闘する理由がこれ。少しでも多くのエネルギーを手にするために信者と言う魂の欠片をくれる人間を多く求めているのだ。
少し長くなったが今回のはぐれ悪魔はつまり俺達を食い殺しに来るという事だ。
自分が強くなるための餌として俺達を狙ってくるのは確実。下手をすればはぐれ悪魔の腹の中に入ってしまうかもしれない。
危険性の高い任務だと言える。
「それにしても随分原始的なはぐれ悪魔ですね。ここは詐欺して魂を集める方が得策でしょうに」
「これに関してはそのはぐれ悪魔が驕っていると見るべきでしょう。そうでなければミス雫が支配するこの土地でバカな事をするとは思えません」
「それもそうですね。世界最強の縄張りでバカなことをすんですから」
「その通りです。それから一応これらを支給しておきます」
そう言って渡してくれたのは聖水と聖属性を付与された剣だ。
聖水は小型のビン、剣の方は細工がしてありあまり戦闘用という感じがしない。
「これが武器ですか?」
「そうです。と言っても最も簡素な物ですが」
申し訳なさそうに言うが武器が無い事を想定していただけにありがたい。
滅技には当然悪魔や妖怪と言った存在を想定した技も存在するが、どんなはぐれ悪魔を相手にするのか分からない以上武器は欲しい。
「ありがとうございます。ちなみにシスターは武器らしい武器を身に付けているように見えませんが……」
「私は大丈夫です。私にはこれがありますから」
そう言って見せてくれたのは聖書。
一応聖書の祝詞も悪魔祓いに使われる物ではあるが、あまり威力はないはず。
本当に祝詞だけで倒せるような相手だろうか?
「ちなみに銀毛さんは?」
「ミス銀毛は不参加です。何でも昼間に悪魔祓いをしたから夜は休むと言っていたとか」
昼間に悪魔祓い?もしかしてシスター妖怪と勘違いしてないか?
外国人からすれば分かり辛いのかもしれないけど。
なんて話しているとほんの少し遅れて会長と日芽香。2人よりも先に来ていた事に少し驚いている様子だった。
「柊さんもう来ていたですか!?」
「会長、こんばんわです。日芽香さんも」
「ええ、こんばんわ。熱心なのはいいけどちゃんと体休めてる?昼間は学校だったんだし、ちゃんと体を休ませるのも大切よ」
「多分大丈夫です。初めての実戦なので足を引っ張らないよう頑張ります」
そう言って頭を下げると空回っている様子はないと判断したのか、少し安心した様子を見せる。
「それじゃ少し早いけど向かいましょうか。もう既に堕天使さん達がいつでも結界を張る準備はできているはずだから。車に乗って」
という事で近くに止めてあった車に乗って移動。
運転席にはおそらく神薙家の使用人が運転している。真っ黒なスーツを着た中肉中背の地味な男性だがいざと言うときには戦える人なのは間違いない。
車での移動中俺は日芽香から何かを渡された。
「これ、一応インカムとしての機能もあるから右耳に装着させておいて」
そう言われて渡されたのはスカウターっぽい機械。
一応言われるがままに耳に付けてみたが、意外と外の音が聞こえなくなるような事はない。
「これは?」
「カメラ機能とインカム機能、そして暗視機能を付けたスカウターもどき。相手の戦闘の力が数値化する事はないので残念だと思ってね」
「はぁ。でも何でこれを?」
「さっき言ったインカムとカメラの機能が必要だからだよ。まぁ後で行う報告書作りのための資料として記録しておく必要があるの。と言ってもあまり速く動かれると普通に見れなくなる欠陥品だけどね」
「速くってどれくらいの速度ですか?」
「100メートルを5秒で駆け抜けるくらいの速度かな?ぶっちゃけ私くらいになるとカメラとか必要ないからね~。でも報告書作りには必要だから身に付けてもらってるって訳」
行動記録のための道具って感じでいいのかな?
でもカメラ機能が付いているのであればちょっと使えるかもしれない。
「ツー。このインカムのカメラ機能、マイク機能にアクセスできるか?」
『試してみます……成功しました』
「それじゃこれ付けて相手を見るから相手の解析を頼む」
『了解しました。ついでに機能が向上するように改造を施してもよろしいでしょうか?』
「いいんじゃない?使いやすくなるなら」
俺がそう言うとスカウターもどきから機械音が聞こえてきた。
一体何をいじっているのかは分からないが、機械本体ではなくあくまでもその設定などをいじっている事は想像するのに難しくないが……一体どうプログラミングを改造して性能を向上しているのかは分からない。
何せ文字通りスパコン以上の頭脳を持った奴の考えなんて理解できん。
「ま、また勝手に……」
「日芽香さん。あれはもうダメです。効率化の塊です」
「でも便利になるのは悪い事ではないのでは?」
そんな事を話していた3人だが、1つ気になった事があったので聞いてみる。
「ところで今回の結界って堕天使達が用意してくれたんですよね?よくあいつらが素直に協力してくれましたね」
「あ~それはね、ちょっと複雑だけど堕天使には2つの組織があるの。1つは昔からいる堕天使の組織、もう1つは例の戦争の影響で強制的に堕とされた元天使達の事。今回協力してくれているのは後者の堕天使達」
あ、なるほど。
あの戦争の影響はかなり大きく、古くからいる天使達は全て堕天使にさせられてしまった。その理由は神の言いつけを守らず、人間や他の神話体系と仲良くしていたから。
神の教えは絶対であり、それを破った天使はどれだけ偉くても、どれだけ影響力や力があろうとも全員まとめて天界を追放された。
その堕とされた天使達は現在新たな堕天使たちのグループとして活動しているのだろう。
それが今日まで続いているとすると、ミカエルさんやガブねぇもそこに所属している可能性が高い。
「今もその堕天使たちはこうしてはぐれ悪魔退治とかで協力してくれてるの。今回みたいな後方支援が多いけど、かなり助かってる」
「前に会長から聞きましたけど、今は天使式が禁止されていると聞いていますが。それは大丈夫なんですか?」
「流石に天使から天使式を使うなとは言えないわよ。それにそれは一部の過激派が言い出した事で彼らに目を付けられないための物でしかないもの。だから政府関係者は使うと面倒だけど、個人で使う分にはあまり問題はないかな?」
なんか会長から聞いた話すと少し食い違うんですけど。
そう思って会長を見ると会長は目を逸らしながら言った。
「ですがその風潮が強まっているのは事実です。何故だか分かりませんが聖書の神の復活論と言われる物を本気で信じている人が一定数いるんです。そんな彼らのほとんどが過激派、目を付けられると厄介なのは間違いありませんから」
まぁそれでも絶対に使うなっと言うほど強くも言ってなかったか。
ただ世界規模と言うか、国の事業などのような場では使わなくなったと言った方が正しかったのかもしれない。
それなら天使式ももう少し使ってもいいだろう。
俺は付与術に対してどう魔改造してやろうかと考えながら現場に向かうのだった。




