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転生者の贖罪  作者: 七篠
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side水地涙 価値のない悲しさ

 気に入らなかった。

 彼の弱者に選択肢はないと言う言葉に、非常に悲しくなった。

 そんな言い方をしたらまるで弱い人達には何の価値もないと言っているような物ではないか。

 私は人を一度もそんな風に思った事はない。強かろうと弱かろうと価値はある。

 だって強いからと言って戦うのが好きな訳ではないし、弱いから強い人が何をしても良いという事にはならない。


 それなのに彼は今の言葉が全てだと本気で感じているようで、自分自身何の価値もないと目が語っていた。


 そんなのあまりにもおかしすぎる。

 確かに私、水地涙はウロボロス、つまりドラゴンとして生まれたから人間よりも圧倒的に強いのは客観的な事実だろう。

 でもだからと言って人間には何の価値もないのかと思っているのかと聞かれれば違う。


 人間はその弱い部分を受け入れ、様々な技術を発展してきた。

 遠くに言葉が聞こえるように電話を作った、足が遅いから車やバイクを作った、海を移動するために船を作った、さらに短い時間で移動できるように飛行機を作った。

 確かに他の種族と比べて弱いからそう言った物を開発せざる負えない面もあったのかもしれないが、それを実現させる力を持っているのは素直に賞賛すべきものだ。

 私は見た目通り18年しか生きていないが、それでも少し世界史を学べば人間の器用さ、発想力の凄さは凄いと思う。

 人間がさまざまな種族が得ていた技術を学び、覚え、自分達が使いやすいように改良を重ねてきた。


 これは強いと言ってもいいのではないのだろうか。

 確かに生物的な強さとは違うけど、それでも弱いとは言えないはずだ。


 それなのに柊さんの目は恐ろしいほどに冷え切っていた。

 自分は弱い。だから何の価値もない。

 他人ではなく自分自身にそう言っているようだった。


「涙?涙!!どうしたの!?」


 廊下を歩いているとお母さんに会った。

 何故か非常に慌てた様子で聞く。


「どうしたって何が?」

「何がって、泣いてるじゃない!!誰かにイジメられた?それとも暴言でも吐かれた!?ちょっと待って、お母さんがすぐに特定して制裁を――」

「お母さん違うから!!イジメとか暴言じゃないから!!」

「でもあなた、泣いてるじゃない」


 そう言われて目元に触れると本当だった。

 私は泣いていた。


「あ、あれ?何で?別に、泣くほどの、事じゃ……ないのに……」


 泣いている事に気が付いたら急に涙が止まらなくなるくらいあふれ出てきた。

 どれだけ手で拭っても涙は止まらない。いつの間にかしゃっくりまで出てきて話す事すらできなくなってしまった。


「涙!?とりあえずこっちおいで。まずは落ち着きましょう」


 お母さんはそう言いながら誰もいない休憩室まで私を誘導してくれる。

 それにしても本当に何で?私は悲しい訳ではない。

 でもなぜか涙は止まらなくて、結局少しお母さんに慰めてもらってようやく涙は止まった。


 そして私が泣いてしまった理由をお母さんに話してみた。

 自分でもきちんと分かっている訳じゃないけど、何で泣いてしまったのか分からないけど、思いつく限りの事を話した。

 柊さんが自分自身の事を傷付けてでも力を得ようとしている事、力を得るためだったらどんな危険な事でもやろうと考えていた事、力を得るためならウロボロスの力も得ようとしていた事。


 そんな話をお母さんは黙って聞いていた。

 その時のお母さんの表情はどこか遠くを見ているようで、何かを思い出すような、何かと重ね合わせているような、そんな不思議な表情。


「お母さんの周りにも似たような人が居たの?」


 私がそう聞いてみるとお母さんはあいまいな笑みを浮かべた。


「そう……だった気がする。顔も名前も覚えてないけど、そんな強くなるための無茶ばっかりをしていた人を知っている気がする……」

「お母さん?」


 何か考え込みそうなところを話しかけるとお母さんはすぐに私の方を見てすぐ私の話をしてくれる。


「そうね、まずは涙の事を解決しなくちゃね。それで涙はどうして柊君がその言葉を口に出した時に悲しくなったのか分かってないのね」

「悲しい……とは違う気がする。でも柊さんが言うのは何か、自分を傷付けているような気がして嫌なだけ」

「それを悲しいっていうのよ。涙は柊君が自分で自分の事を傷付けているのが本当に嫌なの。それを見て悲しいと感じているから泣いちゃったのよ」

「でも本当に悲しいとは感じてないよ?」

「それも自覚がないだけ。もちろん涙が出る理由として悲しいからってだけじゃないけど、今回は自分でも気づかないところで悲しいと感じているだけ。私も柊君がそんな事を言っていたなんて悲しいから」

「お母さんもそう思うの?」

「当たり前でしょ。だって彼の言う通り仮に物理的に改造し続けたとして、何を持って彼のままだと言うのかも疑問になってしまうかもしれないから」

「それってテセウスの船みたいな感じ?」

「そんな感じね。仮に彼の魂を別の生物の中に移したとして、それは佐藤柊と呼べるのかって所ね」

「……私は認められないかも」

「お母さんも同じ。でも本気ではないと思うわよ」

「何でそんなこと言えるの?」

「だって本気で考えていたとすれば悪い事をして無理矢理体の部位パーツを奪っていくだろうから」

「え」


 あまりにも恐ろしいもしもに絶句しているがお母さんは気付かずに続ける。


「呪いの力を手に入れた今なら弱い誰かのパーツを奪って自分の手足にしちゃうかも。それでも下位の存在からしか奪うことは出来ないでしょうけど、それでも人間の体よりは頑丈で高出力かも」

「え、でも今本気じゃないって……」

「そう言ったわよ。でもね、本当に力に憑りつかれてしまった人はそれくらいの事をすることもあるの。信じられないのは分かるけど、本当に強さのためにそういう事をする人もいたって事だけは覚えておいて欲しいの」

「……実在するの?そんな人??」

「いたわよ実際に。その人生物学の研究者でもあって、特にキメラ研究を推し進めていたから余計に他種族との交配、パーツの入れ替えによる強化を主軸にしていたから余計にね。もう殺したはずだけど研究資料その物は残っているからどこかで誰かが真似をしてもおかしくないかも」


 あまりにも衝撃的な話に私は固まってしまった。

 自分の体なのか、それとも動物を改造していたのか分からないが、それでもおぞましい事をしていた事だけははっきりと分かる。

 しかしお母さんは安心させるように言う。


「でも柊君はそういう事をしてでも強くなりたい。多分これは話を聞く限り本当なんだろうけど、実際にするつもりならとっくに実行していると思うの。呪われていた他の人達からパーツを奪い取るとかね」

「お母さん話がすごく怖い」

「ふふ、ごめんなさい。でも柊君は絶対にそんな事はしない。あくまでもそれくらい強くなりたいっていう意思表示だろうから」

「…………見てないから言えるんだよ」

「え?」

「あの時の柊さんの顔、見てないから言えるんだよ。あの目は……本当にそういう事ができる人の目をしてた」


 私だって候補生として何度か危険な現場で戦ってきた。

 滅多にはいないけどあの時柊さんがしていた眼は、力に憑りつかれて狂っている人の目と同じだった。

 お母さんはあの目を直接見ていないからそう言えるんだと思う。

 きっとその人も狂った目をしていたんだろう。

 どうしても手に入れたい物をしか目に入らなくなった、あまりにもまっすぐすぎる目。


「…………そう。柊君はそんな目をしていたのね。それは、お母さんも悲しい」

「お母さんも?まさか……」

「ちょっと何よその目。もしかしてまだ疑ってるの?」

「当たり前でしょ。お母さん本当は身内にばっかり甘くて他の人達の事はあまり興味が無いって知ってるんだから。それなのに柊さんだけは特別扱いしてるから……」

「特別扱いなんてしてないでしょ?」

「してるでしょ。本当に私達と関わらないようにするなら記憶を消すとか色々できたでしょ。それなのに候補生として私達と一緒にしている時点でかなり特別扱いしてるのは分かってるって」

「だって記憶を消すのは最終手段だし、危険だし、危ないし。下手すれば関係する記憶だけじゃなくて完全に頭の中からっぽになっちゃうことだってあるし。出来れば生徒に使いたくないじゃない」

「それでも一応犯罪者のレッテルはれるくらいヤバい事してるんでしょ。それなのに監視付とは言え好きにさせてる時点でお母さんが柊さんに何か特別に感じる事があるっていうのは分かってるんだからね」


 そう私が言うとお母さんは苦しそうに言い訳しようとする。


「だ、だって本当に放っておいたら何するか分からないんだもの。それに人間なのにあそこまで強いのは珍しいし、出来ればいい感じに利用する方が賢いと思わない?」

「それなら魔王のおじさんとか天使長にでも任せればいいでしょ。お母さん達が直接動かなくても良い事は悪魔や天使、妖怪さん達に手伝ってもらってるのは知ってるんだからね。それなのに信用できるかどうかも分からない人に頼るのは面倒だから」

「うう。娘の正論パンチが心に痛い……」


 そんな風に話している間に私は落ち着いていた。

 柊さんは絶対によくない事を考えている。私達にとって都合がいいとか、都合が悪いとかそういうのではなく、本当に自分の考えのために勝手な事を思想と言う意味で危険だ。

 それにやっぱりあの自分は無価値だと言っているような発言は好きじゃない。

 だからリルさんだけじゃなくて私も先輩と言う立場を使って監視してみようと思う。


「お母さん。私は私で柊さんが変な事をしないか見張ってみる。そして本当にバカなことをしようとしていると思ったら、絶対に止めるから」

「ええ。それでいいと思う」


 私は柊さんの事を少しだけ考えながら今後の事を決めた。

 あんなふうに自分の事を信じられないような事を言う人は嫌いだし、好きになれない。

 まずは近くで本当に危険な事をしようとしていないか見張っておこうと思う。

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