会長との組手
「ツー。この部屋の中の監視カメラにハッキングして俺の動きを録画してくれ」
『了解しました』
「あの、ツーちゃんの事聞いてるけどそう簡単にハッキングとか言わないでよ。欲しいならちゃんとあとで記録映像あげるから」
「あ、そうなんですか?それじゃお願いします」
俺と会長の戦闘記録を残して研究材料にしようと思っていたら日芽香にそう言われた。
軽く体を動かして感触を確かめていると会長は言う。
「話しながらでも良いですか?あくまでも軽くですので」
「ええ構いませんよ。でも真面目にやってくださいね」
「……分かりました」
どういう訳か気乗りしない様子で言う会長。
やっぱり俺では実力不足だからか満足できないのだろうか?
特に掛け声もなくお互いに構え、仕掛けるタイミングを計っていると会長の方から動いた。
ただまっすぐ、しかしオーラを使った素早い動きで顔面に拳を放ってきた。俺はその拳を避けて腕をつかみ、その速度を利用して壁に叩き付けようと投げ飛ばす。
会長は空中で回転して壁に着地した。まるで地面の上に立っているようにあまりにも自然な動きで意外と技術もあるんだなっと感じる。
「あの速度には反応できるんですね」
「そりゃある程度反応も出来ないと勝てませんから」
「この壁に立つ行為に関しては突っ込まないんですね」
「だってそれもオーラの応用でしょう?足の裏のオーラをタコの吸盤みたいにしているか、あるいはただ単に足に力を込めて踏ん張っているだけか。ぱっと思いつくのはこんな感じですね」
「ええ、実はただ踏ん張っているだけです。これくらいでは驚きませんか」
この技術も滅技に含まれている。
移動法の一種として壁を蹴って移動するとか、そう言うときのための技だ。
「では軽くお話ししながら組手を続けましょう」
そう言いながら壁に立ったまましゃがみ、俺に向かって真っすぐジャンプした。
それはクラウチングスタート以上の水平であり、先ほどよりも圧倒的に速い。まるで砲弾が打ち出された様な速度で回避するのは無理とすぐ分かると手にオーラを集中させて飛んでくる会長を馬跳びの様にして回避。
それと同時に軌道が水平から床に向かって飛ぶように操作したので、床に当たって少しでもダメージがあればと思ったが……そう美味い話はないか。
会長は地面に当たる寸前に体を丸めて転がってダメージを回避した。
立ち上がりながら会長は俺に聞く。
「何故柊さんはそこまで強くなりたいと思うんですか」
今度は連続で拳を繰り出してくる。だがどの攻撃もオーラを纏ってはいるが滅技を使っている様子はない。
それに熱意と言うか、敵意と言うか、相手を傷付けようとする気配が全くない。単純に速度も攻撃力もあるのに生ぬるいと感じてしまい、つい俺はカウンター気味に会長の顔面を殴って捕らえた。
だが俺の攻撃は会長のオーラに阻まれ鼻血どころか瞬き一つさせる事ができない。
これが基礎能力の差という事だ。
圧倒的に魔力量に差がある場合このような事が起きる。分厚い壁に阻まれているかのように全くダメージが通らない。
質はそれなりによくなってきたはずだがまだ攻撃が通る事すらできないか……
「何故柊さんは大人しく誰かに守られる事を選ばないのですか?その方が楽で苦しい思いも、努力し続ける必要もないのに」
回し蹴りで俺の脇腹を捕らえ、俺は簡単に吹き飛ばされてしまう。
オーラで身を守っていても蹴られた衝撃はすさまじく、まるで車に轢かれたのではないかと勘違いしてしまいそうなほどの攻撃力。これが基本スペックの差。
咳き込みながらも痛みから骨まではダメージがいっていないように手加減された事を悟りながらよろよろと起き上がると、会長は目の前で言う。
「どうしてそこまでして強くなりたいんですか?弱い事を自覚しながらなぜ、強くなるために傷付く事ができるんですか?」
きっと会長からすれば純粋な疑問なんだろう。
それに他の人だって普通はそうだ。苦しい思いをして、辛い思いをしてまでしなければならない事なんてほとんどない。
ほとんどしなくていい事の方が多いし、避けられるのであれば避けるべきだと思う。
でも今の俺にはそれしか強くなる方法がない。
「そうですね……楽して強くなれるんなら、俺もそうしたいですよ」
何時でも攻撃できる立場に居ながら攻撃しない会長。本当に話がしたいと言うのメインで、俺の組手はどうでもいいらしい。
それでも俺にとっては貴重な格上との組手なので攻撃する。
鳩尾を狙った攻撃は片手で簡単に止められたがすぐに脛を蹴った。
その時ようやく痛みと言う物を感じたのか視線を蹴られた足に向けた。
ここから俺だけは本気で行かせてもらう。
今使ったのは人滅人技『マサカリ』。オーラの形状を斧の刃の部分に変化させて攻撃する攻撃力重視の技。斬ると言うよりは質量で押しつぶすという感じで相手を斬る。
刃のない鉄骨でもその質量から人が挟まれた際に手足を切断してしまうようなそんな斬り方。
だが会長はそんな技でようやく痛み、いや様子を見る限り衝撃を感じる事に成功した。
結構マジでやったのにダメージ無しとかマジでキツイ。
攻撃をする気が全くない会長に今度は踵落としの発展型を見せる。
「『断頭』!」
人滅人技『断頭』はギロチンのように相手の首を斬り落とす技。
オーラで包まれているからこそ打撃ではなく斬撃にさせて相手の首を斬り落とす本当なら高難易度な代わりほぼ確実に殺せる業なのだが……これもダメか。
まず足を頭の上まで上げるのに訓練が必要で、そこからさらに正確に首を狙う技術が必須なのだが、首の後ろを正確に捉えたはずなのにまたノーダメージ。痛みなど全く感じていない視線を向けて口を開く。
「楽に強くなりたいなら本当にどうして、こんな辛い事をするんですか?」
「他に強くなる方法がないんですよ!!」
『杭』を足で繰り出しながら相手の喉を突こうとする。
会長はこれも全く通らない攻撃だと分かっていたから、足のつま先が喉に直接あたる事はなくオーラによって阻まれた。
本当に質量が半端ないウロボロスに勝つのは無理ゲーじゃね?っと考えていても質問は続く。
「他の方法?例えばどんな強化方法を思いつきますか?」
「例えば人体改造。筋トレだ何だって物ではなく、投薬したり優秀な相手からその部位を移植しようと思えばできます。しかし今言った方法は実践できない。単純に金も技術もないからできない」
「では資金や技術があれば実践すると?」
「しますよ。人間はあまりにも弱すぎる。強くなるためなら、何だってする」
そう言いながら滅技で攻撃し続けるがどれも攻撃力が足りない。
殺すつもりで蹴って、殺すつもりで殴っているのに、涼しい顔をしてあっさりと受け止められる。
呪いの力も使って攻撃すべきかと思うがあくまでもこれは組手である事を思い出して踏みとどまる。もし使ってしまったら本当の殺し合いになってしまう。
それだけは……避けたい。
「ではこの場で私、ウロボロスの力を分け与えると言ったら受け入れますか?」
「受け入れます」
俺の拳を止め良い音が鳴った。
即座に返答したのが本当に意外だったのか、俺の手を掴んで動けないようにする。
「正気ですか?有限が無限に耐えきれるとでも?」
「今の俺には力がない。少しでも力を得られる可能性があるのであればすべて使ってでも手に入れたい」
「死ぬかもしれないのに?」
「死ぬかもしれなくても」
会長が手を放したので俺は後ろに下がる。
最期にこれを使ってみるかと思いながらクラウチングスタートの態勢をとると、会長は悲しそうな表情をした。
ああ、そう言えばこういう言い方はあいつも嫌がってたな……
俺が毛嫌いしていた連中とそう変わらない言葉。
弱くて余裕がないからこそ出た言葉だが、俺もあいつらと変わらなくなっていたか……
「強くなる方法に、本当に拘りはないんですか?」
「ない。俺は強くなるためならどんな知識も手に入れる。人間の体に限界があると言うのであれば他の魔物や動物の部位を移植してでも肉体改造する。それでも足りないのであれば投薬でもサイボーグ化でも受け入れる。何が何でも力が欲しい」
「何故、そこまでして力が欲しいんですか」
「弱者に選択肢はない」
俺はそう言ってから会長に突撃した。
人滅人技『神風』。全身をオーラで包み頭から突っ込む、それだけの技。だが速度は砲弾と同等。手足からジェット機の様にオーラを噴出してさらに加速と速度をプラスさせる。
常人だったらダンプカーに轢かれるくらいの衝撃と威力のはずだが、会長はそれを片手で受け止めた。
やっぱりこれが人間の限界か。
人間がどれだけ努力したところで、超常の存在には勝てない。
全ての力を出し切った俺は立ち上がる事も出来ずそのまま落ちた。
「ぐへ」
受け身を取る事も出来ず口から変な音が出た。
顔だけ上げると会長が悲しそうな、辛そうな、苦しそうな表情をしながらまた聞いてくる。
「力を得るためなら何でもするなんて言わないでください。それが原因で人に戻れなくなったらどうするんですか」
「俺はそれを望んでます。だから会長は気にしなくていいです」
「気にしますよ。あなたは私の後輩で、守るべき相手何ですから」
「会長は会長で立場があるし、考え方があるのも分かります。でも、それでも俺は何がなんでも強くならないといけない。今度こそあいつを殺すために」
「聖書の神ですね。消滅説が多いですが、柊さんが言うようにどこかに潜伏している可能性があるのも否定できません。ですが、それは私や理事長、お母さん達に任せてもらえませんか。あなたの実力では殺すどころか倒す事も出来ない」
「申し訳ありませんが、これだけは意地です。何が何でもあいつだけは俺が殺す。殺さないと気が済まない。ただの我儘なんですよ。ですからもし俺がダメだったり追いつけなかった時は殺しても文句は言えません。弱いのが原因なんだから」
「…………」
会長は悲しそうな表情のまま静かに練習場から去った。
日芽香は俺に駆け寄り、無理矢理起こす。
「柊ちゃん大丈夫!?おかげで実力は分かったけどやりすぎだって!!」
「すみません。今の俺の限界を確かめたくって……」
「全く。今時君みたいな力に拘る子も珍しいよ。外傷は大したことなさそうだけど、一応タマさんに診てもらう?」
「いえ、ただのオーラが少なくなったのと、体力切れですから。休めば治ります」
この言葉は嘘ではないが回復するのには少し時間がかかりそうだ。
それにしても全く手が出なかった。
傷付けるどころか驚かせる事すらできな程の実力差。これが現実であり、弱い俺の姿。
弱者に選択肢はない。




