もう一度殺したい相手
強くなるため、そして呪いの正体を知るために俺は前に潜入した病院に正面から来た。
そこでCTスキャンのような機械に入ったり、採血などをしたり、大神遥を相手に戦ってみたりと様々な実験に協力しながら一週間を過ごす。
ちなみに最も驚いたのはこの病院に入るための唯一の方法が学校の地下から高速道路みたいなところから行くのだから一体どこの秘密組織だと思った。
いや、実際に秘密組織だったか。
「やはり君は普通ではない。かなり強い呪いを受けているはずなのに正気を保てている。しかも子供とは言え神を倒せるほど技術もある。渉さんが警戒するのも納得です」
ジャージ姿の大神遥は軽く呼吸を整えながら言う。
ちなみに俺はその足元で大の字になってぶっ倒れている。
これも実験の1つで現在の俺の呪いの強さを計るために呪いの力を全力で出した状態で戦った。
で、結果はご覧の通り俺の負け。
体力バカ(弟)と言われた大神遥を相手に無制限試合をしろと言われたのだから後半はどんどん疲労が溜まっていき、結局ゲロ吐きそうなくらい遊ばれて終わった。
当然と言うか、大神遥はまったく本気を出していないし、以前迎撃した時のような一切の容赦ない拷問技も使っていない状態での完全敗北。
そして当然だが俺が知っている時と比べて圧倒的に強くなっており、技術も体力も当時とは天と地の差があってもおかしくないくらい成長している。
「うっぷ。ぐげ、おえ」
「これどうぞ」
そう言いながら投げ渡されたのは市販のスポーツドリンク。スーパーやコンビニで見かけるどこにでもある奴だ。
投げられたスポーツドリンクは地面にあたって転がり、俺の指に当たる。
震えながらキャップを開けて中身を少しずつ飲む。ちびちび飲まないとすぐに吐き戻してしまいそうだ。
そんな状態でありながらでも主治医であるタマが現れる。
「全く。きちんと調べてなかったけど呪いによる影響でかなり魔力量も上がっているじゃない。魔力保有量のおかげね」
単はタブレットを使いながらおそらく先ほどの戦闘データがまとめられていると思う。
本当にそれが解呪の切っ掛けになるのかどうか分からないが、どうすれば解呪する事ができるのか全く分からないからこそ多角的に見る必要があるんだろう。
俺もどうすれば呪いがなくなるのか分からないし、いろんな人たちが調べているんだろうがその影すらつかめていないのであれば本当に正体は一体何なんだ?
「……はぁ。一発もろくに当てられなかった」
なんだかんだでちびちび飲みながら全部飲み終えてから俺はそう言った。
本当に全てが上だからなんにも出来なかった……ここまで悔しく、嬉しい事はない。
しかしタマと大神遥は違うように感じたのか、呆れと何言ってんだこいつっと言う表情で言う。
「いきなり遥君と戦って一発でもいいの当てられたらヤバすぎるわ」
「私もそこまで手加減するつもりはありません。強者としての意地がありますから」
「それでも一発当てるくらいはしたかったですよ」
基本スペックが圧倒的に違うから仕方がないと言ってしまえばそれまでだ。
元々人間はスペック的には最弱。ソシャゲで例えるなら1番よく出てくる最弱のNキャラとでも言ったところか。
そして大神遥達のSレアかSSレアか、どう考えても上から数えた方が圧倒的に早い。
そんな最上級の存在達に最弱の種が勝つ方がおこがましいか。
なんて思っているとリルが影から出て俺の顔を舐めてくれる。
「リル。心配してくれてるのはありがたいが、汗舐めるのは汚いからやめろ」
そう言うとリルは顔を擦りつけて気遣ってくれる。本当に優しい子だと思いながら頬を撫でる。
そんな光景を見た大神遥は本当に驚きながら口を開く。
「姉さんがここまで懐くとは、ここ数十年で本当に驚きました」
「そこまでですか」
「当然です。あなたは知らないでしょうが最近までの姉さんは本当に、普通の動物と変わらない感じでした。鳴き、吠え、行動で何を言いたいのか示そうとする。ジェスチャーなどではなく本当にそう伝えるべきだと思ってそう行動していた。なのに今は態度だけではなく言葉を発している。大きな変化です」
「言葉?ああ、動物固有の奴ですか」
動物だって鳴き声などでコミュニケーションをとる存在はいる。特に鳥類や哺乳類はその傾向が高い。
さらに言うと犬と人間は非常にコミュニケーションが取りやすい動物同士だ。いわゆる目と目で通じ合う事が出来るのが特徴的だ。
大神遥が言っている言葉とはそう言う意味を含めた話だろう。
現在は人間の言葉を話すまでの段階にはなっていないが、動物の姿のまま超低音、あるいは超高音で俺に話しかけたりしている。
そして俺はその言葉を正確に捉える事ができる。
どうやって捉えているのかと聞かれれば、外国語を理解するのと大体同じ。
犬固有の言語を聞いてその意味を知っているから分かる。
それに文法そのものは日本語だから何の問題もない。
「リルは心配症でよく俺にやめろとか色々言ってきますから」
当たり前でしょ。護衛なんだからっとリルは俺に話しかける。
本来であれば人間の耳では捕らえられない音、犬笛を吹いて犬には聞こえても人間には聞こえないのと同じ。
でも俺の場合はオーラを操作して聴力を強化している。そうなったら車の音や色んな人の声など余計な音も聞こえるが特に問題にはならない。
その辺りに関しては普通の人と変わらない。
重要だと感じる音はたとえ小さくても耳に届くし、重要性が低ければ大きな声であっても聞こえない。こればかりは脳の感じ方によるとしか言いようがないので感覚的にしか言えないが。
「でも強くなる理由がある。強くならなきゃいけない理由がある」
聖書の神の事?本当にあれがまだ生きていると思っているの?
「思ってる。そして殺したい」
生まれる前の事なのに?
「生まれる前の事でもだ」
「…………本当にリルと会話してる……私の患者は一体どこまで目指している事やら」
リルとの会話に驚いていないところを見るに既に報告されていたようだ。
『聖書の神』
いわゆるユダヤ教、キリスト教、イスラム教が崇拝している唯一神の事。
19年前の神による終末戦争を引き起こした張本人、いや張本神とでも言うべきか。
前に言ったようにこの神は自分の思うような世界になっていなかった事に苛立ち、理想通りの世界にするために世界に喧嘩を売った。
結果だけ言えば理事長達がその計画を阻止、倒して世界は平和になった言うのが一般的。
だからみんなもうすでに死んだと思っている。
でも俺だけはあいつが生きていると思う理由は、俺のが前世の記憶を持っている事。
本来消失するはずの記憶が消失していない異常。もしかしたら聖書の神の力が何らかの影響を与えていたのかもしれない。
そんな小さな、証明しようのない感覚的な物ではあるが間違っていないと思う。
他のみんなは死んでいる事を疑っていないようだが。
だから俺が、まだ死んでいないと警戒している俺が殺さないといけない。
今度こそ。
でも神殺しなら私が出来るよ。得意だもん。
「そりゃリルなら楽な相手だと思うかもしれないが、俺はただの人間なの。弱っちぃ人間なの。神様に対抗できる武器なんて持ってないの」
なら用意すれば?
「簡単に言うな……神殺しの武器なんてどの国でも、どの神話体系でも基本的に最上級の代物だぞ。手にするどころか見る事すらできない物の方が圧倒的に多いだろうに」
ならサンプルなら手に入るんじゃない?
リルの言葉に1人の男が頭の中に現れる。
でも今の俺にその男と会うためのコネがない。
「サンプルって素人が作った見た目だけ似せてる奴を使えとでもいう気か?あれ基本的になまくらだろ」
それじゃ本物ではないけど本物と同じだけの力を持つサンプルがあるとすれば?
リルの言葉に頭の中の男の姿が強く表れる。
前世の頃は毎日会うのが当然だった男……
その男の名前は――神薙一。




