覚えていない怒り
あっぶね―!!マジで死ぬかと思った。
まさか渉が本気で俺の事を殺しに来るとは思っていなかった。
と言うか普通なら本当に死んでいたし、炎に耐えられたのも計算外だ。
渉はそのまま理事長に首を締めあげられたまま連れて行かれたが、さすがにこの先に関しては俺にはどうする事も出来ない。
教師が生徒を本気で殺そうとした、その事がメディアに出る事はないと思うが事実は変えられない。渉には大きな罰が与えられる事だろう。
それにしても笑える。
俺の罪は渉の炎でも簡単に燃やし尽くす事ができないほど大きなものだったからこそ耐えられた。もしもっと小さな罪だったらとっくに死んでいたかもしれない。
大きな罪に助けられるとか、ほんと笑える。
「柊さん。本当に大丈夫ですか?」
不安そうに言う生徒会長。
その優しさはありがたいが、素直に受け取る事も出来ない。
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」
表面上は受け取ったように見えるが内心は全くと言っていいほど素直じゃない。
理由は色々ある。もっと渉と勝負して現在の立ち位置を確認したかった。もしかしたら一太刀ぐらい入れる事が出来たのではないか?そのために必要な過程はどうするか。
そんな事を考えてしまう。
渉の言う通り本当なら俺は犯罪者だし、今の内に殺しておいた方が良いと判断するのも仕方がない。
今回は他の生徒達を巻き込まないため、表向きは呪われていないと思わせるために呪いの力を使う事はしなかったが、使っていたらどうなっていただろう。
勝てなくても一太刀入れる可能性はかなり上がる。
でもそうしたら病院送り確定だしな……
この微妙な線引きが本当に難しい。
だがやはり今のレベルでは渉には手も足も出ない。リルと合体すればまともに戦うことは出来るが……結局最終戦では俺1人の力で戦おうとしているのだからあまり頼りたくない。
1人で戦い、1人で勝たないといけないのだから。
「柊さん。今タマさんに連絡しました。病院で待機すると言われたのでそちらに移動しましょう」
「え?いや特に問題はないはずですけど……」
「そんな訳ないじゃないですか!!とにかく精密検査の準備をしているそうなのですぐに行きましょう!!」
「あれ?ちょ!!」
大丈夫だと言っているのに会長に担ぎ上げられてそのまま走り出してしまった。
とりあえずお姫様抱っことかじゃなくて、米俵でも担ぐように肩に乗っけられているのがせめてもの救いか。
あとそれからですけど車とかじゃなくて走って行くつもりですか?まぁ担がれている俺は楽だけど。
「あの、このまま走って行くつもりですか?」
「その方が早いですし、確実ですから」
「何が確実なんです?」
「柊さんを送り届ける事がです。理事長、お母さんも目の前でタマさんに送り届けたのを見届けろと言われたので」
どんな命令だよそれ。
まぁ確かに何ともないから病院に行こうとは思わないが、周りから強制的に行けと言われたら流石におとなしく行くぞ?
「俺そんなに信用ないですかね?」
「……厳しい事を言いますが現在の柊さんはお母さん達に信用されていません。リルさんが護衛としてあの場に現れないのが証拠では」
なるほど。そう見る事も出来るか。
でもあの場でリルが現れなかった理由はただ単に渉は俺の事を本気で殺そうとしていなかったからだ。
ん?さっきと矛盾してるって?
実はこれ説明するとそんなに矛盾していない。
確かに渉は俺の事を本気で殺そうとしていたが、確実に殺そうとはしていなかったと言うべきか。
ぶっちゃけゲームで例えるなら渉はレベルMAX、俺はレベル2くらいでレベル差が非常に大きすぎる。だから渉はなめてかかった。
本気で殺そうとしてはいたが、強敵を目の前にした時のような今すぐ殺さなくてはならないと言う状況とは違った訳だ。
それに渉の剣の炎に触れれば大抵の奴は即死亡の即死技。俺に炎が移ったのに死ななかったのがお互いに予想外出来事だった。でもそうなったとしても渉の技なら俺の持っていたなまくらごと両断して俺の事を殺す事も可能。
俺は1億回やっても勝てそうにないのに、渉は1億回やったら1億回勝てるくらい差があったのだから。
だから舐めプ。
本気で殺そうとは思っていたけど、全力を出すほどの事ではなかった。
そしてあの程度なら俺は生き残ると判断したのだろう。
もしくはタマに治療される前提か、それとも無茶ばっかりしていたお仕置きか。
「リルはちゃんと守ってくれてましたよ。先生が1番戦いたくない相手を呼んできてくれました」
「護衛は守るのが仕事で護衛対象を死ぬかもしれないところに残してはいけないと思いますが……」
「まぁ結果生き残ったんですから良いじゃないですか」
それにあの場で炎を展開しようと思えばいつでもできたはずだ。
渉があの刀の制御に成功した1番最初の事は燃やし分ける事。仲間に炎が触れたとしても燃やさない、燃え移らないようにしたのが最初の訓練。
かなり手こずっていたがあくまでもそれは当時の話。現在は呼吸するように燃やし分けるくらい出来るだろう。
「ここから少し跳びますよ」
そう言って会長は少し足に力を込めたかと思うとあっという間にビルの屋上に着地した。
そのままビルの屋上を走って病院に向かう。
「スカートの中身見られても知りませんよ?」
「そんな軽口が言えると言う事は本当に何の問題もないののですか?渉おじさんの炎で燃やされて生き残った人はいないと聞いているんですが……」
おじさんか。あいつもそんな年なんだ。
なら俺も精神年齢おじさんだな。
「やっぱり親しいんですか?」
「はい。よく父親代わりとして遊んでくれたりしました。だから今回の件は本当に分からないんです」
「分からない?」
「はい。どうしておじさんがあんなにも激怒していたのか、分からないんです」
「………………」
それはきっと、俺だからだろう。
でもその場合渉は前世の俺を覚えているという事になる。もし仮に覚えていたとすれば教師と生徒と言う関係なんて無視して即座に斬りかかってくる未来しか見えない。
だがそうなると本当に俺が前世の時に使った魔法がきちんと機能していなかった事になる。
しかし機能していなかったと仮定しても俺の記録が一切ないのもおかしい。それに実際俺に関する記録と記憶は一切ないように感じた。
この中途半端な結果はどういう事なんだろう。
本来の用途から外れた仕様にしたわけではない。改悪させたが本質的な部分はいじっていない。
それなのに何故半端に残っているのか、もし介入する事が出来たとすればやっぱりあいつしか思いつかない。
「特におじさんに挑発するような事をしてたわけじゃないですし、おじさんだって最初から嫌っていたわけじゃない。何か、切っ掛けがあるはずなんです。柊さんはそのきっかけを知ってるんじゃないんですか?」
その問いに俺は答える事ができない。
ただ俺と渉の心情を語るだけなら簡単だろう。だが証拠どころか記憶もない。
どうしてそのような感情になったのかの説明が出来ない。
きっと渉もどうしてあそこまでキレたのか分かっていないし、説明するのは難しいだろう。
それだけ影響は確かに出ているはず……
「分かりません。でも俺が悪いんだろうだなっていうのは予想できます」
「怒らせた切っ掛けが思い出せないのにですか?」
「そんな意外そうに言うほどではないと思いますよ。普通にあるじゃないですか。何気ない言葉で相手を傷付けたなんて」
「そうですが……おじさんと柊さんにはそんな普通の物とは違うと言うか、因縁のような物を感じたと言いますか。何かが、違ったように感じます」
勘いいな。
でも答えは言えないし、俺の中にしかない記憶は他者から見ればただの妄想でしかない。
だから、大切にとっておく。
「……そうかもしれません」
「説明してもらえませんか?」
「すみません。何と口にすればいいのか自分でも分からなくって。それに先生から聞いた方が分かりやすいと思います」
「……分かりました。それではまとまったらお話ししてもらってもいいですか」
「それでお願いします」
なんて話している間に病院の前に到着した。
ようやく下ろしてもらえると同時にタマが現れた。
「本当に元気そうね。でもあいつの炎に焼かれたのなら精密検査は必須だから、こっち来て」
「こっち来てと言うかもう捕まったんですが?」
せっかく下ろしてもらったのにまた捕まった。
はぁ。
説明なんてできる訳ないだろ。
俺のしか知らない記憶は他人から見ればただの妄想と変わらないんだから。




