閑話 さらなる警戒と監視
彼、柊さんを見送った後私はお母さんとサマエルさんに聞く。
「その魔導書の出来はいかがですか?」
「非常に丁寧で無駄のない術式ね。教科書に載せたいくらい」
「ええ。ここまで天使式を丁寧に描けるという事は基礎がしっかりとしている証拠です」
お母さんとサマエルさんはそう断言した。
そしてこの部屋で隠れていた人の事をお母さんは呼ぶ。
「それで、どうだったかしら遥。サトリ」
お母さんの影から出てきたのは大神遥さんとニホンザルの妖怪だった。この妖怪はサトリ、相手の心を読む事ができる妖怪である。
だが最初に会った時に比べると異常なくらいに震えながら怯えている。歯を鳴らし、全身の震えが全く止まらない。
遥さんに懐いているサトリだと聞いていたが、遥さんの腕の中で顔を青くし冷や汗が流れ続ける。
「サトリはどうしたんですか?」
「強力な殺意に当てられてしまった事で恐慌状態になってしまっている。この状態では心を読むことは出来ていても、ろくな情報は聞けなかっただろう」
恐怖で顔が固まってしまうほどの殺意を浴び続けていた事でこのサトリは精神的にダメージを受けてしまったようだ。
だとしても元々心を読む妖怪がここまで青ざめるだなんていったいどんな事を心の中で思い描いたと言うのだろうか。
今回柊さんを理事長室に呼んだ理由は大神遥さんにお願いされたからだ。
秘密裏に受けた襲撃事件。それにより患者さん達から呪いはなくなったが代わりに襲撃者呪いが集中してしまった。
正体不明の相手ではあるが何もしない訳にはいかない。
ちなみに何故柊さんだと判明した理由はリルさんが報告しに来てくれたからだ。
事件の翌朝、リルさんは遥さんの元に行き今回の真相を話したそうだ。力を得るために護衛対象が無茶を下っと。
この証言でほぼ確定だが病院に残っていた記録映像や足跡などから直接柊君が犯人である証拠が発見できなかったからだ。
より正確に言うと証拠は残っていたが柊さんと一致しないと言う奇妙な結果が出た。
足の大きさ、体重、身長、戦闘時に残っていたオーラの残留などが何故か柊さんとまったく一致しなかったのである。
リルさんの証言が間違っているとは思えないが、それでも奇妙過ぎる行き違い。証言は間違っていないのに証拠は全くの別人による犯行だと突き付けられた。
まるでミステリードラマのワンシーンを見ているような気になってしまった私はお母さんに確認を取る。
「お母さん。本当に柊さんと襲撃者の証拠は全く違うんですか?」
「全く違うわね。それに調査してメンバーが彼に言い包められていたり買収されるようなことは出来ない。彼が一般家庭出身なのは確定。そのご両親も特に政界や警察などとつながりは一切ない。お父様の方は地方銀行の一般社員、お母様は週に3日スーパーのパートをしているくらい。怪しいどころか疑われている事も分からず日常を過ごしていた。異常なのは柊君だけ」
異常。
お母さんの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
様々な業界の上層部とパイプを持ち、様々な国のトップたちと同等であり、神々よりも強い存在が異常と認めた。
それだけで佐藤柊と言う存在がどれほどまでにおかしな男性なのかよく分かる。
「涙はこれからも生徒会長として、同じ学科の先輩として彼の事を注意し続けてちょうだい。日常の中で意外とボロを出すかもしれないから」
「分かりました」
「他のみんなは大人のズル賢さ全開で佐藤柊君の事を調べ上げて。サマエルには申し訳ないけど過去に調べたデータをもう一度調べ直してもらってもいいかしら?」
「承知しました。あの襲撃者が使った龍滅、本来であれば滅技の中でも上位の実力者でなければ基礎を学ぶ事すらできない代物。もう一度調べ直してみましょう」
「遥は他の病院の防衛力の強化をお願い。さすがに外国の病院にもこっそり行って帰ってくるようなことは出来ないかもしれないけど、念には念を入れてちょうだい」
「分かりました」
「リルは今まで通り彼の護衛及び監視を続けてちょうだい。それからまた今度バカなことをしたら全力で止めて。怪我させてもいいから」
お母さんの言葉にリルさんは首をかしげたがお母さんはすぐに言う。
「良いのよ、こんな無茶ばっかりするような人はちょっと傷付けても無理やり引き返させる方が良いと思うの。それに怪我をしてもタマならすぐに治せるでしょうし」
その言葉にリルさんは納得という感じで頷いた。
「それにタマには悪いけど改めて現場に残っていたオーラと彼のオーラが一致するかどうか確かめてもらう。これくらい徹底的に証拠を集めておかないとあの手この手で逃げられる気がする」
「もうすでに翻弄されているように感じられますが」
サマエルさんのツッコミにお母さんがキッと睨んだ。
それを軽い感じで受け流しながらサマエルさんは言う。
「しかしこちらも独自で調べましたが、やはり襲撃者は彼で間違いないようです」
「その証拠は」
「彼がダークウェブで手に入れた補助AI、『ヤドリギ』とのログを入手しました」
「良いじゃない。それも証拠として残しておいて。でもよくログなんて手に入れたわね」
「何せこのAI、私の友人が作ったものでして製作者権限とでも言いましょうか。『ヤドリギ』をインストールした物の個人情報はあっという間にハッキングして手に入れる事が出来るのですよ」
「私が言うのもなんだけど、あくどいわね」
「ダークウェブにある無料AIが安全な訳ないじゃないですか。ですがこのAIを作った友人も彼の事が気になっているようですのでネットワーク内から彼の事を監視するようです」
「これで彼の行動に関してはネット的にも物理的にも常に監視し続けている事が可能って訳ね。十分な証拠を集めた後彼を捕らえます。良いですね」
……お母さんが初めて見るくらい本気を出してる……
でも本当にそこまでの事をしなければならないのだろうか?
確かに襲撃してきたことに関しては普通に犯罪だし、罰せられるのは当然だ。
でもなんで柊さんはその事を分かっていながら行動したのかと言う理由が全く分からない。
リルさんに護衛されているのは分かり切った事なのに何でそんな強引な事をしたのだろう?お母さんは常に一緒に居ると確かに伝えたはずなのに、適当な事を言ってごまかしたり撒く事もなく堂々とリルさんに襲撃してくるといって病院に侵入したらしい。
なぜこれだけ状況証拠をわざと残しながら進む事ができるんだろうか?
襲撃者と柊さんが絶対に一致しないと自信があるから?それとも他に理由があるんだろうか……
「でもお母さん。あまりやりすぎないでね」
「あら何で?お母さんは悪い事をした生徒を叱るための準備を整えているだけよ」
「で、でもだからって勝手にハッキングしたりするのはちょっと引く」
「ハッキングに関しては情報提供だから大丈夫。私が頼んだ訳じゃないわ」
「またそうやって言い訳する……」
「これが大人のズル賢さ。あなたも覚えておきなさい。使える力は全て使う事に何の問題もないのだから」
「でも何でそんなに柊さんの事怒ってるの?」
それも何故か分からない。
確かに犯罪行為をしてそれを罰することまでは納得できる。でもその先にあるお母さんの怒りのような物は分からない。
他の犯罪に関してはただ淡々と行動しているだけなのに所々に怒りを感じる。
そこもまた分からない理由だ。
「…………私自身のもよく分からないけど、気に入らないの」
「気に入らない?」
「ええ、気に入らない。自分1人でできるからって1人で行動して周りに迷惑をかけて、そして心配させている事にも気が付かずに平然と行動する。いえ、彼の場合は気が付いていても1人で行動する。それが本当に気に入らない。怒って、苦しくて、心配で、悲しくて、おかしくなりそうになる。だから気に入らないの」
その言葉に私とサトリ以外のみんなが頷いた。
何で皆さんはそんな風に考えられるんだろう?だって仕方ないじゃない。
今の彼は本当に独りぼっちだと私は思っている。
どのように手に入れたのか分からない滅技の数々、呪われた事によって手に入れた力も全て他人に言えるような物ではない。いや滅技に関しては言っても問題ないはずだけど。
でもどうやって力を手に入れたのか、それを言いたがらないという事は言えない事情があるという事でもある。
その正体が一体何なのかは全く分からないが無理に聞き出すものでもないと私は思う。
それらを隠し続けようとする限り彼は永遠に独りぼっちだと私は思う。
お母さんの言葉はまだ理解できないけど、独りぼっちは寂しいから私なりに彼を独りにしないようにしてみたいと思った。




