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転生者の贖罪  作者: 七篠
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side理事長 異常な実力

 私、水地雫は目の前の光景に呆然としていた。

 捕まった1年生の戦闘科の面々を助けて私達がそのまま彼を倒そうとしていた時、ふらりと彼は現れた。

 昇降口で隠れていたはずなのに、堂々と歩いてNCDと言う組織名を口にした男と対峙している。

 理事長として、大人として彼を守る立場に居るのだから当然彼を守ろうと前に出ようとしたが、その前に呪われた不良達に襲われそうになった時から、彼からどこか懐かしい雰囲気が漂ってくる。

 まるで私達の前に立つのが当然で、狂気の笑みすら彼らしいと感じていた。彼の邪魔をしてはいけないと何故か本能に近い心の深い所で感じてしまう。


 そんな感じは紛い物だと思い彼を下げようとする前に、彼はリルに向かって言った。


「リル。一緒に戦ってくれるか?」


 その言葉をかけられたリルは心の底から嬉しそうに笑い、彼の中に入っていく。

 私はその言葉をかけられなかった事に心が痛んだ。自分でも理解できない謎の痛み。でもこの感覚は嫉妬である事だけは分かる。

 何故リルさんに嫉妬しているのか、一緒に戦ってくれと声をかけられなかった事に対して何故怒りに震えているのか、自分自身の感情のはずなのに何一つとして理解できない。


 そんな自分の感情に振り回されている間に彼とリルは、合体魔法で合体した。

 最近使われている物ではなく、本来の使い方だ。

 超高難易度の合体魔法、その名前は――


「久々だけどやっぱりしっくりくるな。“まとい”は」


 合体魔法、正式名称は纏。

 日本で開発された陰陽師が式神を装備する術。元々は意思のない式神を鎧のように使役して戦う事から始まり、より強力な力を求めた陰陽師が妖怪の力を人間が使えるように改良してきた物だ。

 この発想自体西洋では開発しようとは思わなかっただろう。

 悪魔を祓うために悪魔の力を使うと言うのはあまりにも大きな矛盾だ。悪魔を祓うのであれば天使や神の力を借りればいいのだから。


 だが日本人は昔から悪霊信仰と言う物があるように悪霊であっても神として祀る事でなだめ、癒し、共に生きてきた。

 だからこそ生まれた術であり、日本にしか作る事が出来なかった術。

 それが簡単に言われるようになって安易に合体魔法なんて言われるようになった。

 そしてこの術を開発したのも、滅技古武術に属していた陰陽師との資料もはっきりと残っている。


 だから言い方によっては滅技古武術の技と言えなくもないが、本当に使う人なんていない。化石化した古臭くて非効率な術でしかない。

 妖怪と人間の距離は近付き、人の命を食らう妖怪も他の物で欲を満たす事が出来たり、善人ではなく悪人の心臓を食らう事で満足してもらっていたりする。


 だとしてもだ。

 纏は式神か下位の妖怪を憑依させるような物であり、リルのような超高位の存在を纏うなんて常識外れにもほどがある。

 本当に彼はいったい何者なのか、彼は一体どこに向かっているのか、予想すらできない。


 彼はリルさんを纏う事で頭には狼の耳、尻から狼の尻尾、両手両足は狼の物となっており明らかに纏のレベルが違う。

 先ほど言ったように纏はあくまでも武器として纏う物、つまり武器の生成である事が多い。人によっては鎧にすることもあるだろうが、リルの特徴がそのまま手足に反映されているだなんてどれだけ魂が近ければできる事だろうか。


「やっべ、靴壊れちった」


 私達が驚愕している時も彼は普段通り過ぎてこちらの方がおかしいのではないかと勘違いしてしまいそうになる。

 合体した影響で靴が壊れてしまった事を勿体がる暇があるのだから。

 それを見たNCDを名乗った男も驚きながら言う。


「そんな技使う奴がいるとは思わなかった」

「まぁ非効率だろうな。最低でも2人いないといけない時点で面倒だし、魂と魂をくっつけるのも覚悟いるからな」

「魂をくっつける?」

「ああ。現在の俺は俺の魂をリルにあげた状態、はっきり言うと食べさせた。まるっと1つ」


 その説明に私達だけではなく男も驚いた。


「今、なんて言った」

「俺の魂を食わせた。その代わりリルから魔力やら何やら供給させてもらってるし、終わったら魂のかけらくらいはそのままあげるつもりだ」

「バカな!!自分の魂を捧げるなんて普通しないぞ!!」

「俺はあげるよ。信頼している相手、リルになら魂だろうが心臓だろうがあげられる」


 その言葉に男は絶句したが、私はさらに嫉妬心が膨らんだ。

 何でリルだけなの?私は?私には同じことは出来ないって事??

 何で私はそんな感情が湧いてくるの変わらない。それにあっさりと魂や心臓をあげるなんて冗談でも口にできない事をあっさりと口にし、おそらく実戦している。


 それがとても恐ろしく、リルが羨ましい。


「さて、時間制限はないが元々無駄話はそんなに好きじゃない。さっさと終わらせるとしよう」

「さっさと終わらせるだと。いくら合体しようとも――」

獣技じゅうぎ、『馬脚』」


 リルが人型を保っていた頃の動き、超低姿勢からダッシュ。そこからの滅技、本来であれば獣人が使うように開発されたはずの技を彼が完全に使いこなしている。

 低姿勢からの後ろ蹴り。それが馬脚と言う技だが超低姿勢で常人には見えない速度で跳び、さらに回転を咥えて顎を蹴りぬき上空に飛ばすってどれだけの技量があれば出来るの。

 それだけの技量を何でたった15歳の青年が出来る?滅技を学んだ情報がないなかでこれだけの技をあっさりと使う事ができる??


 上空に飛ばされた男はまるで地上からミサイルが発射されたかのように上空に飛び、彼もまたそれ以上の加速と速度をもっておよそ上空500メートル地点でまた男を蹴る。

 そこからはあまりにも一方的としか言いようがない状況になる。

 男はまるでボールを蹴る様な気軽さで蹴り飛ばされ、ドラゴンの翼を広げて少しでも抵抗を試みるが関係ないとでも言いたげに彼はすぐ後ろに出現して蹴り続けた。

 しかもあの動き、防御用魔方陣を無数に配置し、足場にして飛び跳ねまわる姿は完全にリルの戦法。本来は蹴りではなく爪で相手を切り刻む攻撃だが、あの高速で動き回る姿に関しては完全に一致している。

 リルが人型で戦っていた頃を思い出させる速度による一方的な蹂躙劇。

 それを完全に彼が行っていた。


 だが男もそのままやられるわけにはいかないと思ったからか、口から炎を吐き出す。

 それは戦いになれたものでも十分ダメージを与える事ができる攻撃だが、彼は即座に防御魔法陣を新たに配置し、それを足場にすることで軽々と避けてとうとう爪を使い始めた。

 リルの爪は非常に鋭い。軽く使っただけでもオリハルコンやミスリルだろうとも切り裂く事ができる。

 そんな爪は男の炎とオーラをあっさりと突破し、深手を負わせた。

 左肩から右の腰まで、深々とえぐり取られた様な傷は周囲に血をまき散らしながら落ちてくる。

 さらに彼の恐ろしいのはここ。ただ自然落下させる事はなく、深々と腹にかかとを落としてほとんどむき出しとなった内臓にもダメージを与える。


 500メートルもの上空からたたき落とされた男はグラウンドに大きなクレーターを作り、土埃をまき散らす。

 土埃がはれた時、弱弱しく、零れ落ちそうになる内臓を抑えながらも立ち上がった事だけでも称賛していいほどの大ダメージ。本来であれば死ぬか気を失っている方が自然であり、当然と言える。

 500メートルの高さから飛び降りてきたと言うのに、彼はまるで少しの段差から降りたような気軽さで降りてきた。

 土埃をまき散らすことなく、足音もせずただそれが当然であると態度が示している。


「そろそろ俺の価値だって認めてくれないか?そんな傷じゃ呪われているとはいえこれ以上戦えば死ぬぞ」

「……俺達はこの世界にその理不尽さを訴えたいだけだ。世間に広まるのであれば何でもいい」

「そうか。で、負け認めるの?」

「認めない。この呪いが俺に話しかけてくる。負けるな、勝てと」

「なら殺す」


 そう当然のように言う彼は完全に手足を地面に付け、獣のような姿勢になった。

 その姿勢から繰り出される技を知っている私達は驚愕した。いくら合体しているとはいえどうしてその技を知っている。あの戦いが終わってから一度も繰り出していないはずの子供が何故知っている??


「よーい、ドン」


 それは私達、強者と言われる物でも微かにしか見る事が出来ないリルの必殺技。

 人間の陸上競技でよく見るクラウチングスタート、それよりも圧倒的に低い姿勢から駆け出す事が出来るのはやはり獣だからだろう。その姿勢から繰り出されるのは獣として当然の必殺技、喉笛を噛み千切る事。

 確実に獲物を仕留めるその姿勢から『飢狼がろう』と呼ばれ、私達でも回避することは出来ず何かを犠牲にしなければならない技。

 確実に首を狙ってくるという事だけは分かっているので、事前に首を守ればどうにかなると考えるがリルの加速と速度、そして牙は爪以上に鋭い回避不可能のまさに必殺技。例え感情な金属や魔法陣で守ろうとしてもあっさりとかみ砕かれてしまう。


 そして男は間違いを犯した。生物として、人間としてどうしようもない自然な動き、瞬き。

 どれだけ戦いの最中は目を離してはいけないと言っても本当に戦っている間一切瞬きをしないという事は人間には出来ない。

 だから彼は男が瞬きをし、完全に目が閉じた瞬間に繰り出した。


 あまりにも完璧なタイミングに私達は何と言えばいいの変わらない。

 他者から見ればまるでテレポートでもしたかのように見えただろう。だが実際には風を起こす事すらなく彼の喉笛を食い千切り、ただ男の後ろを通り過ぎた。

 彼は咀嚼そしゃくし、ほんの少しついた唇の血を舐めて言った。


「ごちそうさん」


 そう言った直後、男の首から大量の血が滝のように噴き出した。

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