ユダの密会
カオスバンクの影響で悪魔社会はさらに緊張状態が続いている。
プチプチ取引の邪魔をしたり妨害はしているが被害は少しずつしか減っていない。
それから既に回収していたドラッグに関しては全て燃やしておいた。
既に回収したドラッグを求めてくる可能性は低くなかったので一気に処分した方が良いと判断されたからだ。
なので俺が一気に焼失させたのだが……またすぐに似たような量のドラッグが詰まれるんだろうなと思う。
そして思った通り全てのドラッグを燃やしても呪いの力は微々たるものだった。
あまり強化できなかったのが残念だ。
「…………ここも大した情報はなしか」
また取引現場で現行犯逮捕の手伝いをしていたが、ユダの影はない。
あの一回だけで俺の実力や何か他の物をすべて回収したとでもいうのだろうか。
ユダに回収された悪魔も現場で見かけないし、しばらくは引きこもって体制を見直しているとみるのが自然か。
俺が作ったカードを一枚でも回収する事ができればどうして残っていたのか、調べる事ができるんじゃないかと期待しているんだがな……
「お父さんそろそろ帰るよー」
「おう分かった」
涙に呼ばれて帰ろうとした時、ふとリルが俺の影から顔を出した。
「リルどうした?」
聞いてみると耳をピクピク動かして一点を見つめる。
もしかして……何か聞こえているのか?
そう思い聴覚を魔術で強化すると確かに聞こえる。
この音は……笛か?
笛が鳴るたびにリルの耳はピクピク動いて気になっている。
「お父さん?」
「リルが何かに気が付いた。レヴィアたんかガブリエルさんに伝えてこっそり後を付けてくれ」
「分かった。気を付けてね」
とりあえずこれで保険は張っておいた。
後は……何が出るかのお楽しみか。
リルに案内してもらってたどり着いた場所は小さな空き地。
四方を巨大なビルによって囲まれているため日当たりは悪いし雑草も生えているからずっと放置されていたんだろう。
そしてそこには一人の男が笛を咥えた状態で待っていた。
その姿を確認したリルは静かに戦闘態勢になり、俺は疑問を隠さずに言った。
「なんでわざわざ俺を呼び出した。ユダ」
ユダは笛を咥えるのをやめて話す。
「今日は戦いをしに来たわけではありません。少しあなたと話がしてみたかっただけです」
咥えていた笛、あれは昔俺が作った犬笛だ。
主にリルが離れている時に呼び出すためだけに作ったオリジナルの笛。
あんな小さなものまで残っているのを見ると、俺の作品は消失していないとみるべきなのは確定だな。
ユダはカードの裏表を見ながら言う。
「この魔道具は本当に素晴らしい。どこまでも素直に――相手を殺す事を考えて作られている。そして他の回復能力を持つカードも後から化膿したり後遺症が出ないようしっかりと考えられて作られている。本当に素晴らしい」
「そりゃどうも。あんたほどの実力者に認めてもらえるのはありがたいよ」
「どうやらあなたが転生者であるという情報は正しいようですね。普通隠しておくべきでは?」
「知ってる奴に隠してても意味ないだろ。もちろんブラフの可能性もあるが……そういう事をする奴でもないしな」
「やはり私の事をよく知っているようですね。今回あなたにお話をしに来たのはある確認をするためです」
「確認?」
「ジャガーノート」
「!?」
「やはりあれもあなたが開発したものですか」
もう既にあれがどこかで発見されたのか!!
ヤバい。大真面目にヤバい!!
「動いているのか」
「いいえ、確認。より正確に言うとあれの動力源を聞きたくてあなたをここにお呼びしたのです。お答えいただけますか」
ジャガーノートが動いていないのは嬉しい誤算だ。
だがあれを動かすとなると大真面目に世界が混乱する。
何せ俺が一切自重せずに作った超巨大ゴーレム。
分かりやすく機関銃とかミサイルが飛んでくるだけじゃない。大真面目に自重せず主神クラスと戦えるように制作したゴーレムだ。
あれを動かすためのエネルギーを教えろ?教えられるわけがない。
もし太陽神の炎が必要だと知られたらどうなるか分からない。
「残念だが、教えられない」
「その理由は」
「だってお前一応テロリストと繋がってる訳じゃん。ジャガーノートを動かしたら国くらい簡単に消し飛ばせる規模の攻撃を想定したゴーレム。そんなのが動き出したらマジで世界情勢は壊れるぞ」
「でしょうね。ですが依頼主はそれを使って悪魔世界を更地にしたいようです。なので教えていただけませんか?」
「それ聞いて教えられるわけないでしょ」
そんな理由を聞いて馬鹿正直に答えられるか。
そう思っているとユダは続けて言う。
「今のは冗談です」
「全然冗談に聞こえなかったんだが?」
「事実ですから。私の依頼主がそういう事を望んでいるのは事実ですが、それを直接あなたから聞き出せるとは思っていなかったので」
「それ冗談って言わない……結局何がしたくて俺を呼んだ。リルが目的じゃないんだろ」
「もちろんあなたと話す事が目的です」
……何と言うか……要領を得ない。
会話は成立しているけど何かズレている。
かと言ってどうすればそのズレを治せるのか分からない。
前世の時はこんな風に話が通じない事はなかったんだけどな……
それじゃ俺も無茶ぶりでも言ってみようかな。
「あとそれが俺の作品だって分かってるんなら返して欲しいんだが」
「申し訳ありませんがあのゴーレムを返すとしても今のあなたでは保管場所はないのでは?」
「それでも特級の危険物を他人の手にあるって状態よりはマシになるからさ、返してよ」
「私一人で持ち出すのは不可能です。取りに来てください」
「それじゃ住所教えてよ」
「あなたなら覚えているのでは?」
「俺が死んでからそれなりに時間が経ってるからどこに行ったのか分かんなくなったら聞いてんの」
「なるほど、それは道理。ですが私も今は彼らに協力している立場なので教えられません。勝手に調べてください」
まぁそりゃそうだな。
ポケットに突っ込んでいた手を出してちょっとした埃の塊をユダに向かって飛ばす。
ユダは服に付いた埃を払いながら言う。
「ごみを飛ばすのはやめていただけませんか」
「悪いね、何と言うか本当にただの世間話みたいな感じで飽きちゃって」
「なるほど、それでは今日の所はお暇させてもらいます。すぐに会う事になるようですし」
そう言ってユダは転移で帰っていった。
「あいつ……本当に何がしたいんだ?」
気が付いてた。
俺の所に居たという記憶はなくともサマエル達と一緒に居たという記憶があるのであれば今の行動はどういう行動なのか分かっていたはず。
それなのにあえて見逃している。
まさかのダブルスパイでもしているのか?
いや、もしそんな事をしているのであれば俺ではなく雫とか魔王とかに情報を流すと思うが……
「お父さん大丈夫?」
考えていると後ろからそっと涙が様子を見に来ていた。
よく見てみると涙だけではなくシスターや銀毛、レヴィアたんとガブリエルもいる。
「大丈夫だ。特に何かされたわけじゃない」
「一応調べさせてもらいます。気が付いていないだけで何かしたかもしれませんから」
そう言ってガブリエルが俺の体を調べ始めた。
その間にレヴィアたんも俺に聞いてきた。
「それで、さっき何したの?」
「何って?」
「さっきの埃を相手にくっつけたの。あれわざとでしょ」
「発信機のつもりでツーの種子をユダにくっつけさせました。これで上手くいけば相手の本拠地が分かるかも」
あの埃の中に形状変化させたツーの種子を混ぜておいた。
もちろんそう簡単にはがれないように種子の形はひっつき虫のように服に絡みつくタイプなのでよほどの事が無ければ剥がれないだろう。
だがこの事はユダも分かっていたはず。
それなのに埃だけを落として種子は服に付いたままにした。
本当にあいつは何がしたいのか分からない。
「あ、あんたそんな事してたの!?」
「そんな事くらい普通にするっての。銀毛だって相手の位置が分からなかったら呪いとか管狐を相手の影やら何やらに忍ばせるくらいするでしょ」
「そりゃそうだけど……よくあんな自然と動けたわね」
「全然自然とじゃない。本音で言えば相手の靴底とかに忍ばせるのが一番警戒心をいだかせる事なく持って行かせる事ができる。今回の行動はバレバレだし、ユダの奴がわざと種子をくっつけたまま転移したから上手くいってるだけ。ツーが今種子の位置を確認している所だろうから、正確な位置情報が分かったら理事長に提出する。それでいいですよね?」
「え、ええ。でも本当に良くそこまで動けるわね……」
レヴィアたんは感心するように言う。
それと同時にこの年齢でそんな事まで動けるのかと疑っている。
もしかして俺が転生者である事を話してないのか?
「まぁこの辺は慣れってやつですよ」
少し曖昧に言ったが、もしユダが本当にこのまま気が使いふりをしていたらカオスバンクの本拠地が分かるかもしれない。
そうなったら決戦は近い。




