悩みは尽きない
「う~ん」
「どうしたのお父さん?」
学校の地下で訓練をした後、現在の悩みについて考えていると涙に聞かれた。
「まぁ、なんだ。最近色々あってさ」
「それって婚約の事?」
「そんな所」
涙がどこまで知っているのか分からないので曖昧に返事をする。
だってあっちこっちの女性達から婚約を迫られてるなんて言い難い。
それにしてもあいつら本当に記憶ないんだよな?記憶ないのに求婚してくるってそれはそれで変だけど。
「最近色んな所からお父さんと結婚したいって人いるみたいだね。お父さんは嬉しくないの?」
「そんなに嬉しくない」
「ちょっと意外。男の人はみんなハーレムしたがるって中学とか高校の時に言ってた人見かけたけど」
「そりゃ本当に世間って奴を知らなかった奴の話だ。手を出していたらどうなっていた事か」
元々日本じゃ一夫一妻制だから浮気は罪になるし、そういう事はいけないと昔からそう教育される。
というかその男の人もあくまでも妄想の中の話で現実にそうしようとしていたわけじゃないだろう。
あくまでもそういう理想というか、願望というか、実現不可能だからこその妄想というか。
「ふ~ん。お父さんはそういうの許される立場なのにそうしたいって思ってないんだ」
「許される立場じゃないぞ。日本人で日本の法律に逆らえないから普通に犯罪犯してるぞ」
「重婚罪?」
「そんな感じ。訴えられたら100%負ける」
冗談交じりにそんな事を言っていると涙はじ~っと俺の事を見る。
「どした?」
「それじゃリルお姉ちゃんと婚約したくなかった?」
「……いや」
「それじゃお母さん一人だけで満足できた?」
「……いや」
「もう開き直って自由にするって言うなら後からクドクド言っても意味ないと思うよ。全部諦めちゃえ~」
「なんか悪い方向にいざなおうとしてない?」
「ま、私もハッピーエンドのためならちょっとのズルくらいいいんじゃないかな?って思ってるから」
ズルいでしょっと言わんばかりの笑み。でもその笑みが俺の事を落ち着かせるための物なのは分かっている。
何と言うか、親子というよりはただの親しい友人との話の様だ。
「なんかやっぱり俺達の関係って少し歪だな」
「え、なんで!?何も変なところないよね!!」
「だって俺達親子なのに友達感覚というか、親子でする会話っぽくないというか」
「今時は普通じゃない?お父さんの時は違ったの?」
「まぁ違ったな。親父、前世の父親の時は師弟関係でもあったから躾も厳しかった気がするし、今の父さんも友達感覚とは違うからな。親子という視点で見ると少し違和感」
「そう?でもお父さん裏伏見稲荷の時は私の事叱ってくれたよ」
「あれは状況とか色々違っただろ。あの時は本当にああしないとケガしそうだったし、下手すればそれ以上の事になってたかもしれないし」
「そういう危険を教えて遠ざけるのも立派な親子関係なんじゃない?多分だけど」
「家の場合危険に自分から突っ込んでいくような連中しかいないからな。仕事柄仕方ないって連中もいるけどさ」
「だよね~。渉さんとかもずっと危ない所にいるみたいだし、やっぱり大変そう」
渉に関しては……一部自業自得なところもあるからな……
でもまぁ雫のためなら何でもやるような男だし、実力も世界規模で上から数えた方が早いから大丈夫だろ。
問題あるとすれば……俺と雫が婚約した事を知ればすぐにでも殺しに来るだろうっと言う所だけか。
なんて思っているとフラフラとした足取りで雫がやってきた。
その隣にはサマエルもいて、雫の事を心配しながら倒れないよう落ち着かずに何かあったらすぐ対応しようと構えている。
一体何があったんだろうと思っていると、雫が俺を虚ろな目で捕らえるとぼそぼそと言い始めた。
声が小さすぎて何と言っているのか分からないが、異様な雰囲気であり、俺が何かしてしまった事は多分間違いない。
しかし心当たりは……
「柊君……」
「は、はい!」
疲れているだけかもしれないが普段よりも低い声で言われてしまい、思わずビビる。
涙も違和感を感じてか怯えている。
「何で……何でなの……」
「な、なにがでしょう?」
「なんで悪魔側のヤバい二人から結婚のお願いが私に来るの!!」
そう言いながら俺に何かを投げつけてきた。
とっさにキャッチしてみるとそれは二つ折りになったメニュー表のような物。
雫のセリフにある程度の予想は出来ているものの、中身を確認するために開いてみると……見合い写真とプロフィールが一緒になっているような感じで左側に写真、右側にプロフィールが書かれている物があった。
しかもお相手は予想通りミルディンとリリムだ。
「どっちも業界で大きな影響力のある二人を何で同時に攻略できたの!?片方はルシファーの血筋でもう片方はグレモリーの現当主!!どっちも初代の力を強く受け継いだって言われてる二人をどうやって婚約までこぎつける事ができたのよ!!」
「あ~、これは~……その~……何て言えばいいんだ?」
「教えてよ~!!」
そう言いながら雫が泣き始める。
サマエルが慌てて慰めるがあまり効果がない。
俺もまさかこんなに早く行動に移すとは思ってなかったので非常に意外だ。
特にミルディンの方は周りの保護者が強烈なのでこんな簡単に許すとは思ってなかった。
「この人がミルディンさん?噂で聞いてたより綺麗な人」
「ミルディンには会った事ないのか?」
「ないよ。知っているのはグレモリー家の現当主で夢占いのせいで基本的にいつも寝てて会うタイミングがないって事。あと厄災とか大きな事件とかそういう物を察知する占いが得意だから世界中から契約している国の重鎮とかがいるって聞いた事がある。お父さんも知り合いだったんだね」
「まぁな。俺も例のあいつといつ戦う事になるのか聞きたかったから知り合ったし占ってもらった。にしてもこうして正式に見合い写真を送ってきたって事は向こうも本気って事か?俺そこまで重要な人間じゃないはずなんだがな」
しかもプロフィールの欄にリリムの方は嫁入りでも可と書かれている。
流石にミルディンは当主という立場を捨てる事ができないからか婿入りを希望と書かれているがこれは仕方ないだろう。
と言ってもハーレムを築くなら婿入りはちょっとな……
「お父さんお父さん」
「ん?どした??」
見合い写真を見ていると涙が聞いてきた。
「もしかしてさっき悩んでたのってこれが原因?」
「まぁな。この間婚約してほしいって言われたんだが一応断った」
「何で?みんな美人だしお金も権力も何でもあるよ?」
「見た目とか金とか権力とか、そんなもんで相手の事見てねぇよ。せめて一緒に居てもいいって思えるような相手じゃないと結婚したくない」
「それも大事だよね~。でもお母さんは反対そうだね」
涙がそう聞くと雫はめそめそしながら言う。
「反対ではないの……でも彼女達を柊君が独占するとなると色々面倒な事になるからその調整が本当に大変なの」
「例えば?」
「分かりやすいのはミルディン・グレモリー。仮に彼女が他の契約を解除して柊君、つまり夫にのみ夢占いで見た結果を報告するみたいな事になったら彼女と契約している国は大変な事になるでしょうね。いざという時の備えも出来ないし、そもそもこういう大事件が起きるという予測を立てる事で最悪の未来をかわす事ができるのは間違いないんだから」
そう言われてみると本当にミルディンは大きく、立派になった。
昔は悪夢、つまり夢占いによるいくつもの不幸をただの子供の時だと悪夢を見るせいで眠れないとか、寝るのが怖いとか言って甘えてきてたんだけどな。
ホント立派になったもんだ。
「だからそう簡単に良かったとはならないの。もし独占していると勘違いされたら非難は集中するでしょうし、そういう事はしませんって各方面に通知しておかないと」
「それってグレモリーだけじゃダメなのか?」
「これはグレモリーだけの問題じゃないから。婿入り希望と書いているけどそうする気ないでしょ」
「だって婿入りしたらハーレム出来そうにないからな」
「だから色々根回ししておかないといけないの。そのための仕事がちょっと大変だし、ストレス溜まってるから今夜そっち行く」
「そういう理由で家来る感じでいいのか?あと嫁入りしてほしいって言ったらしてくれんの?」
「ミルディンちゃん自身はそうじゃない。反対するのはグレモリー家でしょうね」
「こういう事があるから貴族は面倒だ」
「所詮どこもそんなもんでしょ。あと今夜の予定空けておいてね」
「はいはい」
少し俺にうっぷんを吐き出したからか、スッキリしたような表情になって出て行った。
そして残った涙は俺の事をジト目で見る。
「……言いたい事は何となく分かるが、なんだ」
「お父さんの浮気者」
了承してないから浮気とは少し違う気がするんだけどな~




