契約者は増える
全ての悪魔を転移させて帰る少し前、アスモデウスに声をかけられた。
「……ねぇ。本当に私と契約してくれないの?」
「だって俺まだ結婚するつもりないし、目的も果たせてないからそんなこと考える暇ないって」
契約のために契を結んだことに関しては黙っておいた方が良いだろう。
他の女性と体を重ねた事を知ったら自分もと言い出すのは目に見えている。
「それじゃ……結婚抜きだったら契約してくれる?」
その目は前世の頃とよく似ていた。
まだ自信が無くて怯えていた頃のアスモデウス。
アスモデウスの学生時代は俺と出会うまでかなり悩んでいた。
悪魔と言う種族だが色欲を司るという家系である以上サキュバスなどと同一視され、何も考えていないバカな男達から軽く性行為をしようと迫れたことが何度もあった。
しかし本人はご覧の通り真面目に恋愛をして、好きになった相手とそういう事がしたいと考えていたので自身の価値観と他人からの価値観の違いに苦しむ。
その価値観の違いで他人からの評価なんてどうでもいいだろうと言ったのが俺だ。
その後はいい意味で開き直り、そういう脳みそと下半身が直結しているような男達を突っぱねるだけの心の強さを得た。
だからそれまでは美人でスタイルなどもいいのに自信なさげな状態だった。
と言ってもまさかここまで恋愛脳になって暴走するようになるとは思ってなかったが。
「魔王がそんな簡単に契約の話持ち込んでいいのかよ。俺は名家の男でなければ何でもないただの人間。俺よりも価値のある連中なんてどこにでもいるだろ」
「でも一番安心できるのは不思議とあなたなの。私自身理解しきれてないけど……契約するならあなたがいい、契約しても悪い事をされないってなんとなく分かるの。だから……契約してほしい」
怯えながら、怖がりながらそう頼んでくるアスモデウスは本当に懐かしい。
それと同時に本当に俺の情報はこの世界から本当に消失したのかどうか気になる。
こうして感覚的ではあるが俺とつながりを感じる者が多すぎる。
記憶からは消えても体は覚えてるっとでも言うのか?
「……はぁ。他のみんなも認めてくれたらな」
俺がそういうとアスモデウスは表情を輝かせた。
前にも見たことあるな、この嬉しそうな表情。
「お前がみんなに有能アピールするもよし、まっすぐ俺に向かってくるもよし。とりあえずお互いに本当に契約してもいいかどうか確認しながらだな」
「私はいつでもいいよ!!」
「お前がよくたってリル達がどうか分からないだろ。一人猛反対しそうなのがいるし」
もちろん反対しそうなのは雫の事。
リルの時だって大騒ぎしたのだから、さらに増えるとなったらどんな暴走をするのか分からない。
一応婚約したという事実から落ち着いてくれてると良いんだけどな……
「ならその人も説得する!絶対一緒になる!!」
「また結婚方向に思考一直線になってない?本当に大丈夫??」
「だって……いつかは結婚まで生きたいし……」
どうやらその辺はどうしても変われないらしい。
何かを司る存在と言うのはこういうところが不憫に思えてしまう。
神でもなんでもそうだが、何かを司る存在になるとどうしてもそれを中心に考えてしまう。
人で言うならアイデンディティ?でもあるし、力の根源でもある。
それを失ってしまった場合廃人になればまだいい方で、最悪失った物を再び得るために、あるいは奪い返すために暴走する。
そしてアスモデウスのような場合は司る物と欲望が結びついていると欲を満たそうと動き続ける。
だからずっと結婚や恋愛に拘り続けてきたのだろう。
色欲と結びついた欲を満たしたいというどうしようもない本能に振り回されてきたと言ってもいい。
それがようやく満たされそうになっているから気合いが入っていると言ったところか。
「分かったよ。とりあえずみんなには伝えておくから、アスモデウスが俺と本契約を結びたがっているって事」
「ちなみに一緒に説得は……」
「する訳ないだろ」
そうはっきりと言うと少しだけしょぼんとした。
だがすぐに元気を取り戻し両手を上げながら宣言する。
「でもこれで結婚への兆しが見えたんだから絶対どうにかしてやる!!」
「まぁうん。頑張れよ」
「何でそこまで他人事みたいな感じなの?契約する側なのに」
「それは……勘かな」
「勘??」
「お前なら最後まで食らいついて契約まで持ち込めそうな気がする。それだけ」
恋する乙女は無敵とでも言えばいいのだろうか?
こいつの恋愛と結婚に関する事はどこまでも本気でやるし、達成するまで諦めない。
今までの他の男達はきっと婚期を焦っていたから選んだだけで俺のようにそこまでガチじゃなかったんだろう。
これはあくまでも予想だが。
「そっか。本契約できるって信じてくれてるなら頑張る!!」
なんかさらに気合が入った感じでえいえいおーっとやっているが雫相手にどこまで食いつけるか……
「そろそろ帰りますよ~」
何てやっているとガブリエルから声がかかった。
「それじゃね!またすぐ会う事になると思うから!!」
そう言ってアスモデウスは転移していった。
まさにルンルン気分という感じで機嫌よく帰っていく。
なんだか少し罪悪感を感じながらも俺も帰ろうと思っているとガブリエルに聞かれる。
「彼女と契約するのですか?」
「ええまぁ。前向きに考えています」
単純に魔王と契約できるだけではなく、前世の後悔とか色々な感情があってだが契約したいとは思っている。
その事にガブリエルはやはり気に入らないのかむすっとする。
知り合いが悪魔、しかも魔王と契約すると聞けば天使としては気に入らないこと間違いない。
謝る必要はないが合意である事は伝えておくべきだろう。
「特に何もされてませんよ」
「そう言った事は心配していません。しかし複雑な気持ちなのも事実です」
その表情は本当に複雑そうでこれでいいのか、認めてしまっていいのかと考えているように見える。
「多分契約できるかどうかはアスモデウス次第です。ラスボスが……マジでラスボスなんで」
「本契約をするのも大変そうですね。誰が精査するんです?」
「理事長」
「え」
「理事長が目を光らせています。多分アスモデウスが本契約を結びたいって時絶対首突っ込んできます。俺も波風立てたくないので任せてます」
本当に見ず知らずの相手だったら本当に任せっきりにしてもいいかもしれないが、知らない相手ではないから多少はこちらから口添えをしておいた方が良いかもしれない。
「……本当に契約をするつもりなんですね」
「そりゃもちろん。アスモデウスは強いですし、俺が強くなるために必要な事だと思っていますから」
そういうとガブリエルは何かに驚いたような表情をする。
特に変な事は言ってないはずだが……
「……どこまでも力に正直ですね」
「そうしないとあいつには勝てません」
「…………」
「やっぱり嫌です?主を殺されるの」
「…………」
「ま、親を殺すと言われているような物なんだからそういう顔になるのも仕方ない」
全ての天使は神によって産み出される。
だからすべての天使にとって神は父親なのだ。
その父親を殺すと言われているのだから複雑な顔をするのも当然。
どれだけバカげたことをしたとしても親は特別なんだろう。
「だからガブリエルさん達天使は気にしない方が良いですよ」
その方が天使達にとっていいだろう。
どんな奴だろうと親を殺す手伝いをしろとは言えない。
そういうとガブリエルは申し訳なさそうに顔をゆがませた。




