契を交わす
突然……とは違うんだろうが始まった婚約式。
良かったと思えるのは観客がほぼ0であり、特に観客のような存在がいない事。
ほぼと言うのは式を行う神職さんや巫女さんのような姿の人達がいる事、そして涙と神薙夫妻が俺達を見守っているから。
涙は娘として、神薙夫妻はこの式を準備した関係者として出席しているんだろう。それ以外に人は居なく、あとは本当に式を行うのに必要な人だけ。
そして少し異例な姿だが、花嫁が三人いる事も奇妙に映る事だろう。
しかもリルに関しては人の姿になれないので狼の姿のまま花嫁衣装を着ているのが余計違和感を感じさせるのかもしれない。
理事長とリーパに関しては白い花嫁衣装に身を包み、うっすらと化粧をしている。
理事長とリルの間に俺は立ち、リーパは理事長の右隣に居る。リルとリーパが俺と理事長を挟んでいる形だ。
本来であれば参進の儀と言われる神社の系内を歩く必要があるのだが今回はなし。
いきなり次の修祓から始まった。
「……何か俺が知ってる式と少し違う気がするが」
「今回は婚約で契をかわすのが目的だから最初から最後までしっかりやらくていいの。ここで契をかわして終わりにするから」
「それじゃそんなに時間はかからない感じ?」
「そう。本番は本番で取っておきたいし」
あ、さいですか。
とりあえず神職の祝詞を聞き、最後に誓約書のような物を記入する。
これは簡単に言うと契約書、カエラがよく言っていた本契約の契約書だ。これに互いの名前を書き、契りを結ぶ事を証明し、血判をする。
俺は三人分書かなければならないので少し時間がかかったが、これで一応契をかわす事は出来た。
「お疲れさまでした。これにて契の儀は終了とさせていただきます」
そう神職が最後に締めくくり契は完了した。
血判をした後理事長達と何かの繋がりを感じるようになったが、まだ細い。
魂同士の繋がりは太ければ太いほど俺の合体魔法でよりスムーズに行う事ができる。こんな糸のように細いと契をかわしていない状態とそう変わらない。
これからどうしようかと考えていると神薙夫妻が声をかけてきた。
「みんなお疲れ様。とうとう雫ちゃんがちゃんと結婚するかと思うとホッとするわ」
「凛音さん。まだこれは婚約であって正式に結婚したわけじゃないんですよ。涙はその時に取っておいてください」
「でも……雫ちゃんは本当の娘のように思っていたから、どうしても感慨深くって……」
「凛音さん……」
神薙凛音の言葉に理事長も感涙しそうになっているが神薙一の方は俺の事をまじまじと見る。
「な、なんですか?」
「いや、よく雫ちゃんの事を捕まえたな~っと。他にも雫ちゃんに求婚している男共も多いって言うのに、よくやったな~」
「感心したように言わないでください。俺は契を結びたかったのであって結婚して独占したかったわけじゃありませんから」
「そういうわりには満足そうな表情をしている気がするが」
満足そうな顔……そうだろうか?
「そんな顔してます?」
「してるしてる。本当は嬉しいならそんなツンデレしてないで素直になれ」
「ツンデレじゃないですよ。本当に、俺には早すぎますから」
理事長との結婚。前世の頃に出来なかった約束の一つ。
でもこれは本来クソ神を倒した後の明るい未来。今じゃない。
「……おい。もう少し幸せそうな顔をしろ」
「はい?」
「お前以外のみんなが嬉しそうにしている中で主役の一人であるお前が幸せそうな表情をしてないと、雫ちゃん達に申し訳が立たない。それともこのままみんなの幸せを壊す気か」
「…………」
その言い方はあまりにもズルくはないだろうか。
確かにみんなが幸せそうな表情をしている中、俺だけが幸せそうにしていないというのは確かに奇妙な光景だろう。
ある意味理事長達への裏切りと言ってもいいのかもしれない。
でもそれはあくまでも未来の話で――
「難しく考えすぎだ」
そう言いながら神薙一は俺の頭をはたいた。
「いて」
「そんな強く叩いてないだろ。それにお前本当に雫ちゃん達と結婚たくなかったのか?美人三人と結婚できて嬉しくないと?」
「まだ婚約です。それに嬉しくない訳じゃ……」
「だったら喜べ。負い目があるのは見て分かるし事情があって素直に喜べないのも分かった。だが今くらいは喜んでおけ。じゃないと殴る」
「何で俺には暴力的なんですか」
呆れながらも言いたい事は分かる。
元々結婚という本来喜ばしい席で不満そうとは違うが祝う空気がないのは確かにおかしい。
しかも個人的な感情で祝福する気がないのであれば不満も言いたくなるだろう。
「なんか叩きやすいから?」
「そんな丁度いい高さしてます?」
「いや、そうじゃなくて叩きやすい。何と言うか、息子を叱る感覚??」
「……お孫さんをボロボロにした奴に向かって言う言葉ではないですよ」
でも少しだけ嬉しい。
覚えていなくても息子を叱る感覚と言ってくれた事は。
何て男同士で話していると理事長達がいつの間にか俺達をじーっとみていた。
「どうかしました?」
そう聞いてみると涙が代表するように言う。
「なんかお爺ちゃんとお父さん。本当の親子みたい」
その言葉にうなずく女性陣。
俺と神薙一は顔を合わせて苦笑いを浮かべた。
「あ!またそっくりな動きした!!」
「そんなこと言われてもな……ぶっちゃけ笑っちまうだろ。全く似てないのに」
「言うほど似てはいないと思うんだがな。顔とかその他もろもろ」
「でもお爺ちゃんとお父さんって雰囲気が似てるよ?なんとなく……だけど」
涙はそれでもそう言ってくる。
まぁ俺は親子だった頃の記憶があるから納得できるが、神薙一にとっては何とコメントしたらいいのか分からないだろう。
そう思っていると神薙凛音が手を叩く。
「はいはい。とりあえず今日はここまで。無事に式は終わったし、着替えてらっしゃい。その後は……ね」
そう言いながら何故か理事長とリルとリーパに視線を向ける。
何でだろうと思いながらも更衣室に向かい借りていた紋付き袴を返した。
そのまま車に乗り家に帰え……らず何故か神薙邸に着いた。
「あの会場から別行動では?」
「ん?あ~そう言えばお前には言ってなかったな。式が終わったあと御祝いとして家に泊まってけって言ってたんだよ」
「え!俺親に何も言ってないんですけど!!それに明日も普通に学校ありますし!!」
「ここからなら近いぞ。神隠し的なトリックで少し霧の中を歩けばすぐに学校に着くよう調整しておくから」
「え、ええ~」
それでいいのかと思いながら自力で帰る手段もなくなし崩し的に一泊する事が決まった。
その後は俺達だけで軽く食事を楽しみ、本当に一泊する事になった。
てっきり冗談だと思っていたのだが、そんな事は全然なく普通に泊まらせる気だった。
風呂から上がり部屋に戻ると何故か理事長とリルとリーパが居た。
リルとリーパに関しては毎日一緒に寝ているからいつも通りだが、理事長が居るのが分からない。
「理事長どうしました?」
そう聞くと理事長は顔を真っ赤にしながらはっきりと言った。
「こ、これから契の儀式を、してほしいと思って、来ました」
「え。契はもう儀式で……」
そう思ったが敷かれた布団のそばには杯と日本酒があり、理事長とリーパが来ているのは白い無地の浴衣。
それを見て予想できた。
最初に俺がリルとリーパとやろうとしていた契だ。
「……良いんですか?ここ人の家ですよ。神薙さん達にバレたら怒られるんじゃ」
「二人には許可をもらっています。というかそのまま最後まで行けと言われたくらいで……」
「マジかよ……余計なお世話で済むレベルじゃないぞ。明らかに干渉しすぎ。というか理事長自身は本当にこれでいいの?」
「は、恥ずかしいのは変わらないけど、それくらい好きって気持ちは変わらないから。それにリル達だけって言うのもズルいし……」
ちなみにリルとリーパはいつでもオッケーと言う感じでかなりリラックスしている。
ガチガチに緊張しているのは理事長だけで俺はまぁ……本当にこんなおぜん立てされた感じで抱いていいのかと思う。
だから確認しなければならない。
「理事長」
「は、はい!!」
「いいんだな。俺に抱かれて」
「よ、よろしくお願いします……あとあまり痛くしないでくれると嬉しいです」
顔を真っ赤にしながら言うが合意は取れたのでもういいかと開き直る。
リルとリーパは今か今かと待ち望んでいる。
「それじゃお前ら、よろしく頼む」




