魔王に面倒事押し付けられた
ルシファー兄妹が貴族の間を歩いているのを眺めながら少し服装を直す。
一応俺の護衛と言う立場になっている理事長やリーパ、カエラは席を外して俺の後ろに控える。
カエラはまた緊張でガチガチになっているが、これくらい可愛いもんか。
ルシファー達はまっすぐ俺の元に来たのでこちらから言う。
「本日はお招きありがとうございます。ルシファー様」
「よい。こちらから呼んだのだからそう堅苦しくする必要はない。それより全員揃った。始めるとしよう」
そうルシファーは言いながら席に着く。
他の魔王達も席につき始めるがカエラだけは辺りをきょろきょろしている。
「どうしたカエラ?」
「いえ、その。他の魔王様ってアスモデウス様とレヴィアタン様とベルフェゴール様だけだよね?あと御二方揃ってないんじゃ……」
「いや会場には来てる。その姿も確認済みだし、今着替えてるんだろ」
カエラは良く分からないっという感じで不思議そうにしているがまぁ答えはすぐに分かる。
特に待つ事もなく3人の魔王がやってきた。
2人は男女の双子でカラスの羽を身に着けた魔王、アモン。特例として2人で魔王を行っている。
そして最後の1人はさっきまで俺達に料理をふるまっていたシェフ、ベルゼブブだ。
カエラはベルゼブブの顔を見て青ざめている。
気付かなかったとはいえ魔王に飯を持ってきてもらっていたんだからそりゃ驚くか。
「ヒヒヒヒヒヒ、柊さん。私、とんでもない失礼をしてしまったんじゃ……」
「向こうからもてなすって言ってきたんだから大丈夫だろ」
「本当に大丈夫なんですか!?本当に生きて帰れますよね!!」
「生きて返す気がないならとっくの昔に殺されてるっての。最低でも契約の話を持ち出してきたのは無効であり、俺にも得があると分かっているからこうして話し合いに来いって言ってきたんだ。それくらいは大丈夫だって」
まぁ俺が得る以上の利益を魔王達が得るのは間違いないだろうけど。
全魔王が席に着いた事でルシファーが口を開いた。
「さて、皆は彼を見てどう感じた。まずはそこから始めよう」
「はいはーい!私は良いと思います!!」
「アスモは最初からでしょ。私は少し働かせて有能かどうか確かめたいわ」
「僕達も同じ。面白いとは思ったけどどうせなら有能な方が良い」
「兄さまと以下同文」
「俺は信用出来ると思う。レヴィやアモンの言う有能かどうか仕事をさせながら判断すればいいだろう」
「…………」
「では今回の契約は彼に任せても良いとする」
ベルフェゴールの奴、相変わらず何も言わないな。
何でも口にする西洋文化で本当に生きていけてるのか?この寝太郎。
「……で、契約って何ですか?どんな仕事を任せたいんで?」
「最近これが流通している」
そう言ってルシファーが見せたのは見覚えのある安っぽい錠剤。
カエラもそれを見て大きく肩を震わせた。
「あ~それですか」
「そうだ。龍化の呪いに感染させる錠剤だ。現在下級から上級悪魔まで様々な者がこれを利用している。もちろん金額は高額だが、短期間に力が増すドーピング剤として水面下で大きく流通している。これを摘発、及び処理を頼みたい」
「処理ね……ただ燃やすなり壊すなりして捨てられないんですか?」
「それは僕達の方から説明する」
そう兄アモンが口を開いた。
それと同時に妹アモンが俺に資料を転移させてくれる。
その資料をみんなで見ながら兄アモンの説明を聞く。
「確かに最初はそうして処分していたがある日1人の従業員が呪いに感染した。その理由として粉末状になった錠剤を吸ってしまった事が原因だと考えられていたんだけど、実際には違った。誰にも感染していない呪いは錠剤を破壊した後に最も近くに居る誰かに感染してしまうらしい。呪いを受けないように防疫を強化してはいるが、従業員に感染できなくなったと思ったら今度は研究者たちに感染するようになった。おそらくこれは元々既に誰かに感染した呪いだったからというのが僕達の仮説。つまり一度呪った相手、あるいは物から離れると自動的に身近な相手に再び感染しようとする性質があると判断した。だからこの作業を続けることは不可能。現在は回収した物は厳重に管理、ただゴミ箱の中に溜まっているような状態になってしまった。そこで君にこの呪いを受け取ってほしい」
資料を見ながら聞いていたがずいぶん被害者が出たみたいだ。
俺も錠剤を破壊すると最も近くに居る誰かに呪いがかかるだなんて知らなかったし、廃棄処分していく間に気が付いてしまった事なんだろう。
そんな契約内容にブチギレているのが3人。言うまでもなく理事長とリル、リーパだ。
みんな呪いに頼らない強化方法を生み出す事で俺がこれ以上呪われないようにしていたのに、それを根本からひっくり返そうとしているのだから気に入らないのも当然だろう。
だが今は俺が質問されているので今は声を出さないというだけだ。
そんな彼女達には申し訳ないが……
「その錠剤の処分に関しては別にいいが、違法薬物が混じった物は普通に嫌だぞ。薬漬けの生活になんてなりたくない」
呪いに関しては問題ないと言った。
ルシファーは表情こそ変えないがやはり乗ってきたと雰囲気だけで上機嫌なのが分かる。
「君に頼みたいのは呪いを請け負ってもらいたいところだけだ。もちろん違法薬物に関してはこちらで勝手に処分するとしよう」
「そうか。それでももう一つの摘発に関してはどういう感じですか?」
「それに関しても僕から説明する。この薬物の流通によって貴族達が自分の眷属や配下に飲ませる事件が発生している。眷属には呪われているだけの錠剤を、信用のない相手やただの配下には薬物を摂取させて狂った状態で特攻させるような使い方をする。そのような悪魔をそちらで摘発する際に協力してもらいたい」
「それじゃ調査などはそちらがしてくれるんで?」
「そうだ。こちらが調査し、黒と判断した場合君には呪われた者達の対処をしてもらう。それと同時に呪いを君に移し、被害が広まるのを抑える。概ねそういう流れになる」
何ともまぁ色んな面倒事をこちらに押し付けてくる内容だ。
しかも黒と判断した場合って間違ってた時どうすんだよ。契約上そう言うときは俺の独断だのなんだのって押し付ける気満々じゃねぇか。
まぁそれでも呪いを回収できるのは確かにメリットも大きいが、こちらは乗るべきではないな。
「悪いがそっちは断るぞ。回収した薬の処分に関しては手伝ってやるが、摘発に関しては関わりたくない。そっちは自分達でどうにかしな」
「……君、誰が言っているか分かってるよね?」
「誰ってアモン兄だろ?そちらの要求の半分は受けてやるんだからそれで我慢しろや」
睨むマモン兄に対して俺は軽く視線を流す。
全く興味がありませんと手を軽く振りながらそれだけは断ると態度で示す。
それに対して気に入らなそうにしているのがアモンとレヴィ。他はまだそこまでではない。
「断る理由を聞かせてほしい」
ルシファーがそういうのではっきりと言う。
「俺は確かに強くなるために呪いの回収は必要だが、そのためにわざわざ危険な行為をする必要はないし、その呪われた奴を殴って後から俺のせいにされたらたまらん。薬物の処理はしてやるが直接悪魔と戦うつもりはない」
「……戦闘狂である君が戦いの場を避けると?」
「戦闘狂ってのがどこ情報だか知らないが、最低でも2年後のクリスマスまでは生き残らないといけない。そのためにリスクは出来るだけ避けるべきだろ?何より人間が悪魔に勝てるわけないじゃん」
そう言って笑ってやるとリリムがルシファーの隣でクスクス笑い始める。
そのまま俺の隣に来て勝手に抱き着く。
「やはりあなたは面白い。魔王があなたを睨んで言う事を無理矢理聞かせようとしているのに平然と嫌という。その胆力は一体どこで身に着けたの?」
「……もう敬語使うのも面倒だから素で話させてもらうが、ただ図々しいだけだ。俺から見れば信用できない悪魔は平民も魔王も関係ない。無理矢理言う事をきかせるというのであれば後ろに居るドラゴンと怪描、でもって足元に居る狼がお前らのこと襲い掛かるかもよ?」
そう。呪われた薬物の処理だけでも理事長達はキレているのだ。
そこからさらに悪魔の内輪揉めに対して首を突っ込んだ場合、どうなるか分からない。
俺は魔王に勝てなくても俺を守りながら勝てる戦力は集まっている。
それでも無理矢理支配するかどうかは彼らしだい。
あからさまな脅しにリリムはさらに俺に強く抱きしめ、態度で俺の事を気に入ったと示してくる。
「本当にあなたみたいな『傲慢』な人間大好き。やっぱりルシファーの血がそうさせるのかしら?雫、やっぱりこの子ちょうだい」
「させる訳ないでしょ」
理事長の鋭い視線に全く屈することなくリリムは俺の膝の上に対面する形で座った。
「ねぇ~。少しくらい雫やリルに向けている愛情を私にもちょうだい。そうしてくれたらあなたの望むものを何でもあげる。何なら……私の身体でもいいわよ」
腰を俺の腰に擦り付けるよう動くリリムに理事長達がブチギレそうになる。
だが前世の記憶があるとこういったハニートラップ的な物もあまり効かないもんだな。
リリムに軽いデコピンで答えを返す。
「あいた。もう、私の身体でも割に合わないって言うつもり?」
「そうじゃない。悪魔だからって自分の身体を安売りするな。極上の女なら極上の女らしく、高嶺の花として咲き続けろ。地面に落ちてくるんじゃねぇ」
そう目を合わせながら言うとリリムはキョトンとした表情を作った。
本当にそんな事を言われるとは思ってなかったようで、俺の言葉の意味を理解するのに時間がかかってるらしい。
「あー!!そういうセリフ!!なんで私には言ってくれないの!?」
「黙れ色狂い!お前は恋に恋してるからこういうこと言う気になんねぇんだよ!!」
「それからしれっとリリムちゃんの頭なでなで羨ましすぎる!!ズルいズルい!!」
アスモの奴が勝手に暴走し始めた。
ため息をつきながら俺の癖も本当に変わんないんだなっと思う。
何と言うか俺の前世は色んな人に囲まれていた。
前世の感覚で見れば友人の妹っという枠が結構おり、リリムやミルディンもそんな枠に入る。兄が気に入った人間っという事で珍しがられ、しかも懐かれていたからこうして抱っこしながら頭を撫でるが癖になった。
その時の感覚が残っているからこういう事をされるとつい頭を撫でてしまう。
多分俺気に入った相手に抱き着く癖ついてるな。
自己分析をしているとリリムがやけに静かだ。
何でだろうと思っていると顔を真っ赤にしているリリムが居た。
真っ赤な顔は記憶の中に居るリリムそっくり。
その表情を見て一つ思い出した事があるので少し耳元でささやいてみた。
「リリ、お兄ちゃんの言う事聞けるな?」
そういうとリリムはばっと顔を上げて飛び退いた。
やけに顔が赤く、肩で息をしているのを見るに今のはかなり効いたらしい。
今でも効果あるんだと思っているとリルが俺の足を軽く噛み、リーパは俺の腕を軽く抓った。
あははと笑いながらやり過ぎたかとちょっと反省。
そしてルシファーから冷たい視線が飛んでいる事にも気が付いた。
そういやこいつ意外とシスコンだったのすっかり忘れてた。
「まぁとにかく錠剤やら薬物の処理に関しては協力するが直接捕まえるとかそう言うのはなし。そこまで悪魔業界に首突っ込む理由もないしな」
そう言いながら笑うとアモン兄は仕方なさそうに口を閉じた。
無理に要望を押し通すよりも協力してくれる範囲内で協力してもらう方が良いんだろう。
あと単に理事長の事怖いんだと思う。
ドラゴンの逆鱗に触れたらどうなるか、それは誰にも分からない。
「では後日改めて契約書を製作し、そちらに渡す。以上だ」
ルシファーがそう締めくくったので無事解散となった。




