立食会参加
そして数日たった日曜日の午後。一応学校の理事長室で待機していると頭を抱えたカエラがやっとやってきた。
「遅いぞカエラ。午後1時から立食会始まるんだから10分前はギリギリ感あるぞ。今回ばかりは遅刻できないし」
何て言ってみたがカエラの表情は硬く青い。
それはそれは真っ青でプレッシャーにやられているのがよく分かる。
そんなカエラは俺の事を恨めしそうに睨む。
「あんたがこんなこと頼んでくるからでしょ?何で私が……」
「だから悪魔目線で何か仕掛けてくる可能性が高いから契約関係で守ってほしいんだって。絶対あいつら何らかの契約迫ってくるだろうから対策しておかないと」
「……それ魔王さまから契約される可能性あるって事?あんた本当に何者??」
「ただの変わり者。周りにいないタイプだから物珍しいってだけだよ」
「それにしても、柊君が相談してきてくれた時は本当に頭を抱えました。しかも魔王兄妹から」
理事長がため息をつきながら言う。
実はあの招待状、理事長に見せたらルシファーから送られてきたことが判明。
なので早速リリンの校長、リリスに連絡を取ったところ正式な招待状であり、将来神と戦う少年として顔合わせをしておきたいというのが表向きの理由。
で裏の目的は魔王による俺の争奪戦らしい。
一体こんなただの人間のどこに興味を引かれたんだか。
「それで柊君は私を護衛と言う形で共に来て欲しいと打診してきた際にはまともな状態でよかったと安心しました」
「理事長。本当にまともな考えでしょうか?魔王さまに招待状をもらって理事長に護衛を頼む事はまともな思考では実行しないと思いますよ?」
「弱いから実力のある者に頼るのもある意味正解です。まぁ少々強すぎるかもしれませんが。それにリルとリーパが居るのであれば私はほとんど不要でしょうし」
そう言いながら俺の足元で目を閉じるリルと、コスプレ用の可愛いフリフリのメイド服を着ているリーパに視線を向ける。
リルはいつも通りだが、リーパはいつもの悪乗りとメイド枠だから、という理由でどっかでメイド服を調達して人型で着ている。なので今のリーパは猫耳幼女メイドに見える。
「リーパも本気か。こりゃ理事長の伝手でサマエルさんでも執事枠にした方がよかったか?」
「彼女は今日別の仕事が入っているので出来ませんよ」
「なんだ。威圧するのにちょうどいいと思ったのに」
残念だな~って思っているとカエラが腹を抑えながら言う。
「本当に変わってもらえないかな……魔王様に会うの緊張してお腹本当に痛い……」
「カエラの顔を売るって目的もあるからそれはなし。あくまでもさっきの考えは他の貴族連中に対する威圧であって魔王に関してではない。貴族ではグレモリー家としか仲良くする気は今の所ないし、その上の魔王連中と仲良く出来れば芋蔓式で自然と関係はできる。貴族とのつながりはその時作ればいい」
「いきなり頭を押さえるって言うの?本当に精神力の化物と言うかなんというか……」
カエラが俺を信じられない者として見ているがぶっちゃけこれが楽。
わざわざ階段を上る様に下からちまちまと偉い奴と顔を合わせるよりは最初からその組織のボスと仲良くなった方が余計な関係を築かずに済む。
余計な関係が足を引っ張る事もあるからこの辺は最小限に抑えたいんだよね。
なんて思っていると招待状に描かれていた魔方陣が光ると、そこには悪魔のメイド2名が立っていた。
「佐藤柊様。この度は立食会への参加、ありがとうございます。こちらにどうぞ」
そう言って足元の魔法陣の中に入るよう促してきたので俺達全員魔法陣の中に入る。
そしてまた光ったかと思うと一瞬で立食会の会場に到着した。
ぱっと見渡す限りどうやらルシファーの居城の中庭をパーティー会場にしたようだ。
ルシファーが好きな様々な色のバラが美しく庭を飾り、庭の雰囲気を引き立たせるように真っ白のシーツがかけられたテーブルの上に料理が並ぶ。
そう言えば悪魔料理って久々に食うな~っと思いながら他の客を見る。
どの客も貴族の当主達で品のある雰囲気をしてはいるが、どいつもこいつも欲望を抑え込んでいつ出して相手を食べるか見定めている。
男性悪魔は中年からそれ以上の年齢を感じる見た目をしているが、女性の悪魔達は20代から30代前半の姿で参加していた。
悪魔の寿命はほぼないと言ってもいいくらいの長寿なのでこういった場で自身のある姿の年齢に操作していると言っていい。
だからこの場において人間基準の見た目通りの年齢をしているのは俺達だけと言っていいだろう。
「カエラはできるだけリーパか俺に引っ付いてろ。その方が安全だから」
「言われなくてもそうするわよ……」
出来るだけ声を殺しながらカエラが小さな声で言う。
この本物の貴族ばかりの空気感がカエラの胃に大きなダメージを与えてしまっているようだ。
まぁそれが普通と言えるし、余計な事をしない事につながるだろうが、緊張しすぎて逆にやらかしたりしないかは心配。
だが毒親に貴族になれと言われていたからか、緊張しながらもマナーに関しては大丈夫そうなのがよかった。
他の貴族と比べればまだ洗練されているとは言えないが、他の貴族達に難癖をつけられることはないだろう。
そう思っていると理事長は俺に耳打ちをしてくる。
「少しリルを借りるわね。私が他の貴族達の目を引くから、そっちは目立たない程度に楽しんでちょうだい。他の貴族達は私が貴賓だと勘違いしているみたいだから」
「お願いします」
まぁその勘違いは当然だろう。
魔王にお呼ばれしたのが最強のウロボロスではなく、その後ろに居る人間の子供とは思わない。
もちろん他の貴族達は俺とカエラが来た事で何者だろうとチラッと見てきたが、すぐに理事長へどう声をかけるかチャンスを窺い始めた。
そして少しの間でもリルが理事長のそばに居るのは貴族達にその勘違いを確信に変えるため。最強のウロボロス様が最強のフェンリルを従えているというのは目を引かせるには十分すぎる。
なのでここからは少しだけ別行動。
理事長は俺を守るために貴族達から情報収集、俺達は魔王連中に会うまで大人しくしていればいい。
出来るだけ目立たないのが良いが……腹減ったな。
「マスター、お食事をお持ちしました」
リーパが普段の自由人っぷりを潜ませてメイドとしてふるまう。
その両手には山盛りの料理の数々と飲み物が腕の上に乗っかっている。
「ありがとリーパ。でもカエラ食べれるか?」
「私は……飲み物だけでいい」
緊張で物が入る余裕はなさそうだ。
なので俺は皿を一つとフォークをもらい、カエラは飲み物だけを手に取る。
残った皿はリーパが当然のように口に運んでいた。
「お前も食うんかい」
はぐれ時代は潜入捜査を中心に活動してもらっていたからこういう場所で悪目立ちしない方法とか分かっているくせに、今日はしないんだな。
せっかく可愛いメイドとして演じられていたのに。
「だってお昼食べてない。あと普通に美味しい」
「まぁ確かに美味いな。人間世界基準なのはルシファーの意向か?」
「そうじゃない?昔から人間大好きだし」
「まぁ確かにな~」
何て言いながら飯を食っていると男女の双子が俺を見上げていた。
見た目に関しては大人しそうな少年と少女。黒髪黒目で日本人っぽさが強い。
貴族服の肩の部分にカラスの羽を縫い付けられているのが特徴的だ。
まぁこいつらの正体知っているから、もう来たのかって感じだけど。
「どうかしたのか?」
「僕も食べたい」
「私も食べたい」
「「だからちょうだい」」
……いきなり精神干渉系の技使ってくんのかよ。
正体知ってたから薄い見た目だが質は確かなオーラで身を守っておいて正解だったよ。
もし何も対策してなかったら今ので洗脳完了だぞ。
「どれが食いたい?」
しかしそう言った悪態を全く表に出さず、普通の子供に対するようにしゃがみ、欲しい物を確認する。
双子は意外そうな表情をしながらもハンバーグを一つずつ掴んでどこかに去った。
本当に様子見程度だったのだろう。
俺が魔王に対してどう出るのか、どのように対応するのか、それが気になったのかもしれない。
「子供には優しいのね」
隣で様子を見ていたカエラはそんな事をのんきに言う。
何も感じなかったのだとすればただの鈍感か、血が薄すぎるのが問題なのかもしれない。
「まぁ飯欲しがってただけだからな。ところでカエラは本当に飯いらないのか?」
「緊張しすぎて物が入る訳ないでしょ。これから魔王様達も参加するのは確実だし、一目見るだけでも恐れ多いのよ」
ただの緊張と言うよりは畏怖に近い気がするがまぁ普通の悪魔から見ればそんなもんか。
リーパは相変わらず飯食ってるし、この立食会の中で異端なのは俺達か。
なんて思っているとリルが俺に駆け寄ってくる。
すぐに匂いを嗅いで俺が無事かどうか確認してくるので優しく頭を撫でながら大丈夫である事を伝える。
リーパはリルが戻ってきたからか、護衛をしながらも飯の確保に動く。
他の貴族は家同士の繋がりを確認したり、儲け話はないか探っているというのに、俺達だけ本当にのんきだ。
リーパがお代わりをもらってきたのでまた食べていると今度は料理人が俺に話しかけてきた。
「ようこそ八百万学園の生徒の方、お食事は楽しんでいただけているでしょうか」
「ええ、はい。楽しんでます。美味しいですね、ここの料理」
「ありがとうございます。私は今回のパーティーのシェフです。本日はルシファー様のご要望で人間界の料理を再現した物をご用意させていただきました。お口に合ったようで何よりです」
シェフね……
「これらの料理はあなたが?」
「はい。私も人間界、特に日本の料理にはとても興味がありまして、色々勉強させていただいてます。日本料理が無形文化遺産に登録される以前から実際に食し、その美味さに驚愕した物です。なので日本の方に美味いと言っていただけるのはシェフとして喜ばしい限りです」
「悪魔社会でも日本料理は周知されているんですね」
「ええ、それはもちろん。現魔王の方々が日本の事をとても気に入っていらっしゃるのは有名ですので、我々料理人も日本料理の習得に苦戦しているのです。何せ今までの料理体系とは異なる部分も多く、再現するのも大変ですから。中には悪魔である事を隠し、料理人に弟子入りした者もいるくらいです」
「だからこんなに日本らしい味がするんですね。凄いです」
「お褒めいただきありがとうございます」
恭しく頭を下げる料理人だが、本当に日本の飯にドはまりしたみたいだな。
その辺の美食への探求は相変わらず、か。
「そうなると勿体ないですね」
「勿体ないとは?どこかお口に合わなかったでしょうか?」
「いえ、味ではなく彼らです。彼らは食事を楽しむのではなく、おしゃべりを楽しんでいる。これほどの美食を味わえる機会を逃している彼らを勿体ない、と表現するのはおかしな事ではないかと。特にあなたの手料理を食べないだなんて」
俺がそう言うと料理人は顔を伏せてクスクス笑い始めた。
カエラはそんな料理人の姿に不思議そうにしていたが、料理人は顔を上げると丁寧に言う。
「どうぞこちらに。お席をご用意します」
釣れたな。
俺は心の中でいやらしい笑みを浮かべながら料理人の後ろを歩く。
カエラは良く分からない様子で後を追う感じ。
リルとリーパに関してはほとんど警戒心を解いた。
それだけ彼が用意してくれた席は特別で、安全が確保されているという事だ。
そんな彼の後ろを歩く姿を確認した理事長は俺達と合流した。
「よく上手く取り入ったわね。彼気難しいのに」
「料理を褒めたら特別席に案内してくれるそうです。そこで美味い飯もっと食べましょう」
「それだけで彼が席に通すとは思えないけど……」
「ああ、多分他のお客様がおしゃべりばっかりで料理に手を付けないのがもったいないと言ったのが良かったのかと」
「……はぁ。あなたの前世の知識はそう言う事も入っているの?ほとんど趣味みたいなものなのに」
「そう言った趣味に関する情報も武器なのは理事長もご存じでしょ?それに好きな事を褒められて嫌がる者はほとんどいない。それに彼の料理が上手かったのは本心ですから。それで安全な席を手に入るのですからいいおまけです」
これにより飯だけではなく安全な席も手に入った。
一石二鳥とはこういう事を言うのだろう。
その答えに理事長は呆れているような、感心しているような微妙な表情を浮かべるのだった。




