解呪はできたけど……
カエラを保健室まで運んでベッドに寝かせるとタイミングよくカエラが目を覚ました。
「…………っ!頭……痛い……」
「お、起きたか。しばらくそうして寝てた方が良いぞ」
なんてことなく俺が話しかけると、ゆっくりカエラは俺に視線を向けた。
「……助かった。ありがとね」
「無理すんな。かなり無理矢理隷属魔法をかけられたみたいだからな、頭かなり痛いだろ。今は休め」
「……でも、今のうちにっ!」
「ほら、隷属魔法を解呪する事には成功したがその間のダメージは消えたわけじゃないんだ。お前が罪に問われないように調整しておくから、今は休め」
「罪に問われないって、いつの間にそんな偉くなったのよあんた」
「俺は偉くないぞ。偉い人の人脈が出来ただけだ」
「なにそれ、羨ましい……」
そう言いながらカエラは寝落ちした。
相当抵抗していたようであの薬を売るのを本当に嫌がっていたんだろう。
だから隷属魔法をかけても思い通りにカエラを動かす事が出来なかった。その結果があの無理矢理従わされている違和感しかないあの状態だった。
それだけカエラの精神力が強かった証拠であり、相手が魔法が下手糞だった証拠でもある。
ようやく落ち着いて寝られるであろうカエラを置いて保健室を出るとちょうどタマと会った。
「カエラさんは?」
「今寝たばかりです」
「そう。それじゃ彼女が起きるまで私が付き添っているから、今のうちに雫と話してきなさい。今回の事件についてある程度情報が集まったみたいだから」
「ありがとうございます。それからカエラの事お願いします」
「保健室の先生として当然よ」
そう言って保健室に入っていくタマを見届けた後理事長室に入る。
「お疲れ様です。何か分かりました?」
資料を確認していた理事長と、資料をまとめていたサマエルに聞いてみた。
「ええ、まだ大した情報は集まっていないけど、今回誰がやったのかは分かったわ」
「それで誰なんです?カエラにあんな事したのは」
予想はついているが確認は大事だろう。
「カエラさんのご両親ね。どうやら他の悪魔にそそのかされて犯行をしたみたい」
「悪魔同士の化かし合いに負けたって所ですか。まぁ元々毒親っぽかったですし、カエラにはちょうどいいかもしれませんけど」
「そうも言ってられないわ。カエラさんのご両親が捕まったという事は、これからカエラさんは本当に一人で生きていかなければならない状況になってしまったって事。カエラさんのご両親は周囲からも嫌われていたみたいで評価は最悪。親戚がいない訳ではないけど彼らがカエラさんを引き取ってくれるとは思えないわね」
「あ~そっか。そういう問題もあるか。どんな家なのかは知りませんけど、毒親から離れられて良いとしか考えてませんでした」
「まぁそう言う考え方も出来なくはないけど、子供としては絶望的な状況よ。頼るべき両親がいなくなったんだもの、あなたが想像している以上の苦労がこれから付きまとう事になる。こればっかりはどうにかしないと」
「そうですよね……」
高校一年生が一人暮らし何て無謀すぎる事は当然だ。
これから完全に1人で生きていくとなると水道光熱費、家賃なんかを自分の手で管理しなければならない。
一応悪魔としてカエラは活動し、ある程度の収入はあるかもしれないがそれでも学生のバイト程度の稼ぎだろう。
そこから一人で生きていくなんてどう考えても無謀。どう考えても無理だ。
さらに言えばカエラの両親が違法薬物を販売していた事に加え、カエラ自身が協力させられていた事も問題視されるかもしれない。
今回は隷属魔法をかけられていたという証拠が残っているため、罪に問われたとしても無理矢理だったと証明して無実にすることは可能だろうが、その後の生活まで保障される物ではない。
下手すれば両親と暮らしていた時以上の風評被害が広がってしまうかも?
犯罪に利用されてそんな目に遭うのは俺だって気に入らない。
それらを回避するにはやっぱり安定した給料と自己管理するしかない。
自己管理に関してはカエラなら大丈夫な気がする。普段から俺以外と契約として売買に関係していたし、家計簿程度ならどうにかなるかも?
だが給料に関してはどうする事も出来ない。
誰かがカエラを雇い、働かせてくれる場所を探さなければ……
「……あの、理事長。少し相談なんですがよろしいですか?」
「内容によっては協力するわよ。それで内容は」
「カエラの奴をチームメンバーに迎え入れる事はできませんか?それならとりあえず金に関する部分は問題解決できると思いますが」
俺が所属するチームメンバーにさえなれればある程度のまとまった金は手に入る。
危険手当や夜勤やらで給料は上がるし、実際に敵を倒したという実績を積み上げていけば給料も上がる。
他に紹介できる仕事はないし、俺自身誰かを救えるほどの金銭を持っている訳ではない。
ならばこうして危険であっても仕事を紹介するくらいしか手助けができない。
もちろん絶対ではなくカエラが同意した場合の話だ。
理事長は悩んだ後ハッキリと言う。
「確かにそれも解決案の一つかもしれないけど、私は正直お勧めできない」
「何でです?そりゃ危険なのは重々承知ですし、本人が危険な仕事をしたくないと言えばそれまでですが、学生生活をしながらという意味では理事長のおひざ元で働くのが一番いいと思ったんですが」
「そう考えるのも分かりますが、最近NCDのメンバーが活動を再開してきているんです。そのため今は危険度が増してきている状況です。そんなときにカエラさんのような方を巻き込むのは危険すぎます」
「NCDの連中まだ動いていたんですか?」
「正確に言うと粛清のため、というのが理由らしいの。以前話していた離脱した元幹部の粛清に動いてる。その離脱した元幹部、現在のチーム名は『カオスバンク』と言う所のリーダーをしてらしいの。以前に説明されたようにラムネから違法薬物などに呪いを移して販売する事を中心にしているようで裏社会でも問題視されているみたいよ。弱い構成員に薬を飲ませて鉄砲玉として使ったり、単純に違法薬物で言う事を何でも聞く番犬扱いしたり、いろいろ使っているみたい。そう言った問題もあるから彼女を今巻き込むのは危険すぎるわ」
「そんな状況になっていたんですね。なんで教えてくれなかったんだよツー」
『マスターにそのような情報を教えると特攻しかねないので秘匿情報として扱っておりました』
「本当に俺の事よく分かってるな」
「そう言う事情もあって今メンバーに加える事はできない。確かにこちらでも手伝えることがあれば手を貸したいのだけど……今の状況は危険すぎるからダメ。命の保証が出来ない」
「元々命の保証がない分高給取りじゃないですか」
「それじゃダメなの!みんな柊君みたいに戦えればそれでいいって人じゃないの。生き残って元の生活に戻れることを前提に考えているんだから」
「戦場じゃ甘いって言われそうですが、その方が普通か」
生きて帰って元の日常に戻る。
そんな当たり前の考え方すら俺は忘れていたようだ。
それにしてもカオスバンクね。
こうして呪いが人為的に広がっている以上理事長達としてはこれ以上の被害を出すわけにはいかないだろう。
実際学校の生徒が事件に巻き込まれている訳だし、これ以上後手に回る事は嫌がるはずだ。
ひとまずNCDではなくカオスバンクと言う事に狙いを定めるだろうな。
だが俺としてはそんな世界の危機よりもカエラの未来の方がやっぱり心配だ。




