涙は俺の娘
涙の事を少し気にかけながらも部屋を掃除しつつ持ち帰る物を仕舞っていると扉が開いた。
「お父さんただいま~」
「あ~お帰り。腹大丈夫か?痛かっただろ?」
「う~ん。あんまり覚えてない」
「覚えてないって……結構本気で蹴ったんだが?」
あれでもノーダメとかマジで凹むぞ。
「全く痛くなかったとかじゃないんだけど、それ以上に興奮してたと言うか、お父さんの技を覚えるのに必死だったというか」
「あ、そう言う感じ。まぁあの姿見てれば興奮しきってるのはまるわかりか」
何でそんな所だけ俺に似てしまったのやら。
俺にとっては初めての体験だったが、よく俺と対戦した連中が怖い怖い言っていたのは涙が浮かべていたあの笑みと同じか、それ以上の物だったんだろう。
好戦的でいくら傷付けても笑みを絶やさないのが怖いとは初めて知った。
これからも続けて相手にプレッシャーを与えるのにはちょうどいいと思う。
「それで、夢現についてもっと教えて欲しいとかそんな感じ?」
「それってあの技の名前?それもだけど、お父さんに聞きたい事があるの」
「なんだ?」
「ピュアってドラゴンとギアって黒いドラゴンのこと知ってる?」
予想外の名前が出てきて驚いた。
あいつらは俺の心から生まれたドラゴンで現実に存在している訳じゃない。
何よりあの扉の向こうにいるんじゃないのか?
「知ってるが……どうやって知った」
「さっき私の中に居るっておし――」
「それ本当に大丈夫か!!」
予想外の内容に涙の肩を掴んで問い詰めた。
突然の事に涙は驚いてはいるが何度も頷く。
「う、うん。私のサポートはしてくれるって言ってたけど特に何もないよ」
その言葉を聞いて俺は大きく息を吐き出した。
それだけなら大丈夫かもしれない。
まさかと思ったがどうやらあの能力は引き継がれていないのかもしれない。
「えっと何か問題あるの?ピュアさんとギアさん」
「まぁ……な。2体とも俺の能力を制御するために意図的に作り出した精神生命体みたいな連中だからその能力も引き継がれているのかと思ったんだよ。能力に関しては引き継がれていないならいいんだが」
「それってどんな能力?もしかしてさっき言った夢現ってわざと関係してる?」
「それとは違う。まずピュアの能力は捕食、相手の魔力を食べて体内に蓄積する能力だ。元々人の魔力を解読するのと技をまねたり、食らった技をそのまま吐き出して攻撃するために生み出した能力だ。今俺の中に前世の頃世話になった人達の魔力があるのはピュアのおかげ」
「へ~。でも私そんな能力持ってないよ」
「完全無欠のウロボロス様には不要の長物だ。そしてギアの方は消失、ぶっちゃけこの能力の方がヤバい。下手すれば相手に触れただけで相手を消す事が出来る攻撃に特化した能力だ。もしこれを制御できずに発動したらお前が大切にしている相手も消してしまう可能性が高い。だから消失魔法の化身とも言えるギアの力を借りるのは最終手段にしておけ」
「い、意外と怖い人?」
「いや本人の性格としてはかなり穏やかな方だ。ピュアの方が俺に似て好戦的だし、それに比べたら可愛いもんだ。ただ俺が生み出した疑似人格なだけあって本質は変わらない。大切な者を守るためなら滅ぼせが根幹にある。穏やかな奴ほど怒らせると怖いって見本みたいな奴だ。だから決して怒らせるな」
「分かった。気を付ける」
少し緊張した感じで返事をする涙。
本来それだけ危険な二体なのだから緊張してくれている方が個人的には好ましい。
もし何も考えず使おうと思っていたら恐ろしい事になっていたかもしれない。
「お父さんって意外と色々教えてくれるよね」
ふと涙がそんな事を言った。
「意外とってなんだよ」
「だって前世の事色々隠してるのにこうして気になった事は教えてくれるでしょ。だから意外だなって」
「そりゃ危ない事は教えておかないと。それに教えなかった事であとから事故や事件が起きたら後悔しても仕切れない。だったら前世の事を棚上げしてでも教えておく必要があるって思っただけだ」
「ふ~ん。それじゃ昔のお父さんとお母さんってどんな関係だったの?」
「…………何て言えばいいんだろうな……」
単純な言葉で言えば幼馴染、友達、片思いの相手。
色々言えるだろうがどれもしっくりこない。
「やっぱり複雑な感じ?」
「複雑にしちまったんだよ、俺が。途中までは仲良くしてたんだが、途中で離れてサマエル達と一緒にバカやってたからその時は理事長達にずっと追いかけまわされてたな」
「その前は?」
「その前は……憧れの人って感じかな?」
「あれ?付き合ってないの??」
「付き合ってない。当時の俺はあっちこっちに好きな人がいてな、結局一人に絞り込む事が出来なくてずるずる引きずってた」
「それってもしかして……タマさんとリルさん?」
「よく分かったな。その二人と理事長の三人のうち誰を彼女にしたいか本気で考えてた」
「うわ~凄い贅沢な悩み。お母さん達の中で誰を選ぶかえり好みしてたなんて贅沢すぎない?」
「贅沢な事してたのは自覚あるって。まぁ結局諸事情で誰とも付き合う事はできなかったんだけどな」
「何で?何で付き合えなくなっちゃったの?」
「それは俺の事情だ。涙にも教えるつもりはない」
それに関しては俺の黒歴史ががっつり絡んで来るし、あいつに対してカッコつけたかったという思春期真っただ中な理由もついてくるので言いたくない。
何にせよこれだけはマジで話したくない、ガチの黒歴史である。
「え~、気になるのに……」
「俺の黒歴史だ、パンドラの箱だ。開けたら恥ずかしさで悶死する」
「お父さんにも中二病的なものあったの?」
「中二病で済めば笑い話になってたんだけどな……」
「あ、それ本当にヤバい事してたんだ。それじゃ聞かなかった事にする」
何かを察してこの話題から避けてくれた娘に心から感謝する。
ホッとしていながらも涙はさらに聞く。
「でもお父さんの昔の事、みんな気にしてる。お爺ちゃんもお婆ちゃんも、お母さんもみんな気にしてる。お父さんの事全部話したら?」
「…………色々話したくない理由はあるが……無駄なんだよ」
「無駄?何で無駄なの?話したら信じてくれるかもよ」
「信じてはくれるだろうさ。でも証拠がない」
「証拠って、別になくてもいいんじゃない?信じてくれるなら――」
「なら俺が突然理事長と元恋人で一人娘がいますって言ったら信じてくれると思うか?」
多分これは限りなく正解に近い事なんだと思う。
でもそれを証明する事は誰にもできない。
俺の言葉に驚いた表情をする涙だが、少し落ち着いて真剣に問いかける。
「そう言う事、したの?」
「死ぬ前に、一回だけ」
「それが私?」
「正直言うと分からない。でも状況証拠的にそれが可能性が一番高いとも思ってる。俺が消えず転生した理由までは分からないが、この半端な状況に関してはある程度説明できる」
「でもお母さんはそんな事――」
「だから言ったろ?誰も俺の前世の事を覚えてないって。だから俺がこういう事を言ったところで全部俺の妄想としか言いようがない。証明するものは何も物的証拠だけじゃない。記憶だって証拠だ。あの日あの時二人以上の誰かと誰かが同じ記憶を共有している、それだけも証拠になるが、俺の場合はその記憶という証拠すら残ってない。だから俺の言葉は全部嘘で、全部妄言なんだよ」
俺の言葉に対して涙は何か言おうとするが、口をパクパクするだけで言葉が出ない。
結局何と言えばわからないし、どうすればいいのか分からないのだろう。
でも何か優しい言葉を書けようとしている事に関しては分かる。
だからそんな優しい娘に対して抱きしめてできる限りの愛情を注ぐ。
「ぶっちゃけ涙が俺の娘じゃなかったとしても別にいいんだ。ただの状況証拠的な物もあるっちゃあるけど、本当は血のつながりがあろうがなかろうが別に構わない。ただ前世の頃に本気で惚れた女の娘だから全力で愛してあげたいって思ってるだけなんだ。お前が親子関係が良いというのならそれでいいし、恋人関係が良いというのならそれもまたいいだろう。でも俺自身この親子関係という距離感が非常に心地よく感じているのも本当なんだ。だから気になるだろうが……思い悩む必要もない。つまりはまぁ、あれだ、これからも仲良くしようって事だ」
気持ち悪いと思われないだろうかと思いながら話してみると、若干引いてる気がする。
「お父さん……」
「な、なんだよ」
「ちょっと重い」
「自覚してるから口には出さないで」
俺がそう言うと涙は笑った。
笑えるのならまだいい方かな?っと思うしかなかった。




