涙の父親は?
眠る涙を膝枕しながら雫は優しく頭を撫でている。
魔法で眠らされたが涎を口の端に溜まっているのを見ると先ほどの豹変は一体何だったのかと聞きたくなる。
「タマ。本当に体に異常はない?」
「異常がない訳じゃないわね。全く、素人がこんな高等技術を見ただけでできる訳ないってのに」
現在涙はタマによって正しい治療を行っている。
それは幻術で腹部を治療した際、素人治療であったため細胞と細胞が正しく元の位置に戻った訳ではなく、ただこれ以上ダメージにならないよう適当に血が止まっているだけだ。
それを今タマは各細胞を正しい位置に戻し、正常に活動できるように治療している。
「本当に面倒くさい事してくれたわね。一度くっつけたせいでもう一度組織を分解しないといけないし、ウロボロスの力が混ざっているせいか分解しずらいし、本当に余計な事を……」
今タマが行っているのは涙の手によって無理矢理完成させられたパズルをもう一作り直しているのに近い。
力尽くではめられたピースは外しにくく、かと言って壊すわけにもいかない。
しかもバラ場にした後正しいピース同士を探さなければならないのだから手間がかかる。
何より回復に関してはウロボロスの超高速再生が元々備わっているのだから幻術による治療のような物は元々必要ないのだ。
放っておけば新しい細胞が生成されるのだからそれを待てばこんな事にはならなかったのに。
「めんどくさいめんどくさいめんどくさいめんどくさい…………」
「タマ……本当にこれ大変なのね」
「久しぶりに見たな、こんな状態のタマちゃん」
雫と一は珍しそうに言う。
そうしていても治療は終わり、少し汗をぬぐいながら報告する。
「適当につなぎとめていた体組織の修復はこれで完了。で、何であれがまた出てきた訳」
タマがそう言うと全員黙った。
全員色々考えているが、話に付いていけない者が手を上げた。
「あの、先ほどのミス涙の状態は戦闘用の変身のような物と違うのでしょうか?」
シスターがそう聞いた。
それに同意するように銀毛も頷き聞く。
「それに関しては私もそう言う物なのではないかと考えていました。しかしそうではないのですよね」
「ええそうよ。あの状態になるのは……この子が1歳になった時以来かしら」
「1歳!?」
銀毛は驚きながらもタマは説明を続けた。
「初めてこの現象が起きた時みんな驚いたわよ。急に壁はすり抜けるわ、持っていたおもちゃを巨大化させて振り回すわ、空を飛ぶわで大変だったわ……」
「ええ、私達も捕まえようとはしたんですけど、あの状態だとかなり特殊でして。普通に掴もうとしてもすり抜ける、濃密なオーラを纏って触れるか特殊な術式を使用しないと触れる事すらできませんでした。なので他の使用人ではその意味不明な状態に追いかけるだけでもやっとでして……肝が冷えました」
「下手をすれば壁の中や土の中に埋まってしまうのではないかと私達も思っていましたから。だが本人にとっては遊びか何かかと思っているのか、満足すると普通の状態に戻っているんです。それ以降は何ともなかったのよね?雫ちゃん」
「はい凛音さん。その事件は結局一回きりで原因も理由も不明。おそらく私以外血が入っている事で起きた何らかの異常……としか言いようが無かったのですが……」
「明らかに反応してたな。佐藤柊に」
一が核心を言う。
その事に対しては全員一致している。
どう考えてもまたあの状態になったのは佐藤柊の影響だと。
だが同時にいくつかありえない事も彼はやってのけていた。
「というかあれ本当に何?私達の力を使っている時に私達の姿がダブって見えたんだけど」
「あれも幻術によるバフ……でいいのかしら?知っている強者、つまり私達が戦う姿をイメージして自分自身に投影、その上で自分なりに戦っていたとか」
「幻術までは使いませんが強い誰かをイメージして真似るまではみんなしているわよね?よくお弟子さん達も夫の姿を真似しながら修行している訳ですし」
「あいつの場合その練度が違う。何よりあいつは雫ちゃん達の力の一端を使いこなしていた。特に驚いたのは無限の力を使った事だがな」
「あれ本当にウロボロスの力だったんですか!?」
銀毛が驚き声を上げるが一は一切気にすることなく続ける。
「龍化の呪いと言うがあれにウロボロスの力も混ざっていたか?だとしてもあの一瞬だけとはいえ引き出せるものなのか?普通なら体が耐えきれずにパンクしてるぞ」
「それに関してはあのキックに力を変換してたからすぐに放出してたから大丈夫だったんじゃないですか?それよりも涙ちゃんの方が大切。あれは……もうそう言う患者としか言いようがないです。検証も監視もこれから続けていきますからどこかで尻尾出しますよ」
「尻尾はあっちこっちに出ている気がするが?」
「……見えているけどつかめてないって感じですね」
「あの、ミス雫。少し質問なのですが……」
「どうぞ?何でも言って」
シスターがあの豹変状態の涙を見て思った事を素直に言おうと思ったが、本当に口に出していいのか分からず口ごもる。
それでも自分のタイミングで話していい事と、何を言われても気にしないと態度で示す雫を見た事でシスターは感じた事を素直に口に出した。
「本当にミス涙はミスター柊の血を引いていないのですよね?あの笑みは彼とよく似ていました」
その言葉に雫はただ黙って受けとめた。
これに関しては全員感じていた事だ。
好戦的な部分が表に出過ぎて現れるあの笑みは、まるで柊が戦いを楽しんでいる時の笑みその物と言っていいくらいよく似ていた。
笑顔で相手を追い詰めようとするあの行為そのものがまるで彼の生き写し。
ありえない事は分かっているが、ありえなくもない事は分かっている。
だが証明する方法がない。
「シスター。あなたの考えは私もよく分かるけど、年齢的に無理よ。そりゃ……あれが言っていた事が本当なら、ありえなくもないけど……」
「ですがあの笑みですよ?やはりその、ミスター柊の前世は、ミス雫と恋人同士、だったとか……」
ただの予想でしかない言葉に説得力が全くない事は分かっているが、雫達にとっては多分それが真実なのではないかと予想していた。
何せ涙が認めたのだ。
多くの男共が最強の雌に対して近付く際に必ずいると言っていい娘。その娘はどの男も警戒して父親と認める事はなかった。
あの気心を許した渉ですら結局お兄さん止まり。誰も父親にはなれなかった。
なのに出会って一年もたたない後輩に父と呼んで慕う。
これは涙の事をよく知る者達にとって大きすぎる衝撃だったのは当然である。
ありえないと思っていた事が、現実になったのだから。
だがそれを証明する術はない。
「……分かりません。彼は前世で死ぬ際に全ての情報を消失させてから死にました。そのため娘と彼のDNA情報を証明する証拠がない。そして今の彼ではDNA情報が違うのは当然ですから、調べても意味がないのです」
「でも魂の方はできますよね?」
「それは……任意なので強制的にできません」
魂にもDNA情報に似たものは存在する。
いわゆる魂の波長とでも言うべきものがそれに該当し、親子関係の証明に繋がる。
ただしこれも基本的には任意で提供してもらう物であり、罪を犯したわけでもないのに強制的に手に入れたり盗み出すわけにもいかない。
そしてこの話はまだ柊にはしていないし、話したとして提供してくれるとは思えない。
「でも私達の中ではその可能性は非常に高いのではないかと予想しています。私達の事をよく知っている点や、あの戦闘能力、滅技を習得していた点も前世の頃に得たのはもう認められていますから。ただ……涙に関しては本当にどうなのか分かりません。最初私に夫がいて、その人との子供だと勘違いしていたようですから」
「それでは彼の子とは限らないと」
「ええ。彼の子だと嬉しいのですが……」
そのと言葉にリルは甘噛みをした。
それはご主人様を取られるという危機感と抗議からくる軽い攻撃だ。
「ちょっとリル。だってあの子が欲しいって言いながらどれも違うってできなかったお父さんなのよ?ちょっとくらい娘の希望が叶うくらい……」
『ご主人様と結婚するの嫌じゃないって顔に書いてある』
「え、嘘でしょ?」
『すっごく嬉しそうな顔してる』
そう指摘されて顔をペタペタ触る雫に対して噛むのを止めて雫の顔を舐めながら言う。
『でも涙ちゃんがご主人様の子供なのは多分間違いないと思う。さっきの戦闘中の笑みもそうだけど、魂の匂いがよく似てる。多分親子』
「そ、そう。リルが言うならほぼ真実ね」
ただ証明する方法がない。
全部これだ。
99%以上の確率で多分こうだろうっと言う所までは近付けているのに、証拠という物がないから一気に0%にまで落とされる。
唯一証明に使えそうなのは、柊の魂の情報のみ。
「ん、んん?」
「あ、起きた?」
そうしている間に涙が目を覚ました。
少し辺りを見渡してから雫に聞く。
「お父さんは?」
「先に戻ってもらったわ。それより体調はどう?」
「特には…………」
「本当?どこか痛かったりしない?気持ち悪いとかない?」
「ないよ。でも変な夢見た」
「変な夢?」
「うん。変な夢。初めて見る白、じゃなくて透明なドラゴンと黒いドラゴンとお話しした」
「ドラゴンと??」
「うん。変な夢だったけど……よく覚えてる」
「どんな夢だったの?」
「……『独りよがりなあの馬鹿の事助けてやってくれ。今の俺達じゃ手が出せねぇからよ』『僕達の代わりにお願いします。サポートはずっとしてきたのでしばらくは貴女の事をサポートさせていただきます』だって。ピュアさんはちょっとお父さんに似てた気がする」
「ピュアってドラゴンの名前?」
「うん。透明なドラゴンの名前がピュア、黒い方はギアだって。二人とも元々はお父さんの中にいたらしいんだけど、今はいないんだって」
「それってどういう事??複数人いるの?そのピュアってドラゴンとギアってドラゴン」
「ううん。元々お父さんの中に居たらしいけど、一回死んじゃった時に慌てて私の中に入ったんだって。私の事が心配だからその方が良いだろうって。でも実際には転生して生まれ変わったからまたお父さんの中に戻りたいんだって」
「そ、そう。それで中に戻る算段は付いてるの?」
「多分キスすればできるんじゃないか?だって」
「あやふやね……」
キス云々はおいておいて涙の中に正体不明のドラゴンが二体もいる事に危機感を覚えたが、彼の中に戻せる、彼の関係者なら多分大丈夫だろうっとは思った。
「それじゃお父さんにお願いしてそっちに移ってもらう?」
「う~ん……しばらくは一緒に居たいな」
「え!なんで!?」
「二人とも悪い人じゃないし、強くなるためのサポートしてくれるって言ってたから。二人の力を使う事はできないけどどこをどうすれば強くなれるかは教えられるって。だから少しお世話になろうかなって」
「中に居て体が悪くなったりしないの?」
「しないって。だって私が生まれる前からずっと一緒に居たらしいから危なくないよ」
涙の説明にまた更に謎が増えてしまった。
「これに関しては柊君に確認を取って見てからじゃないと分からないか。あとで聞いてみましょうか。それから本当に体は大丈夫なのね?」
「うん。大丈夫」
「そう。それならよかった」
そう言いながら雫は涙を優しく抱きしめる。
この可愛い娘を守るために、少しでも多くの謎を解明しなければならない。




