強くなれるかもしれない
神薙凛音によって通された部屋に俺とタマ、神薙凛音、そして阿修羅親子が対面する形で座布団の上に座っている。
一体何の話をするのだろうと思っていると阿修羅の両親が予想だにしない言葉を言いながら頭を下げた。
「我が息子を救っていただき感謝する」
息子と言うのはもちろん母親に抱きしめられている子供の事だろう。
でも俺がこの子を救った記憶なんて全くないし、神族と出会った事なんてまるでない。
思い出せずにいると神薙凛音が苦笑しながらその経緯を教えてくれた。
「柊さんは以前呪われた人達を収容している施設を襲撃しましたよね」
「ああ、はい。お恥ずかしながら……」
「その際呪われた阿修羅一族のお子さんと戦いませんでしたか?」
「確かに戦いました。え、まさかその時の子供って」
「こちらにいる方です」
あー!あの時の子か。
ぶっちゃけアジ・ダハーカみたいな見た目になってた印象と、その後大神遥に殺されかけた事の方がヤバかったからそっちばっかり覚えてたわ。
「そうでしたか。あ~なるほど。ようやく理解できました」
「ご理解いただきありがとうございます」
「救われた身で申し訳ないが、我々は神族。威厳を保つためにも簡単に頭を下げられない地位にいる。ゆえにこの場をお借りして礼を言わせてもらおうと思ったのだ。改めて、息子の呪いを解いていただき感謝する」
「私からも、神にもできなかった事を果たしていただきありがとうございます。おかげで再び息子をこうして抱きしめる事が出来ました」
「頭を上げてください。息子さんを助けたのはあくまでも偶然です。そんなに頭を下げないでください」
そう言うと頭を上げてさらに言う。
「そして息子を救ってくれた礼に何か差し上げる物があればよいのだが……」
「大丈夫です。神様から物をもらうなんて申し訳なさすぎて受け取れません」
「しかしこちらも礼をしなければ不義理という物。物でなくとも何か礼になる物を受け取っていただかない時が済まないのです。何かないでしょうか?」
何かって言われてもな……
とりあえず俺の中では神様から何かもらうのはなし。もらった後が絶対厄介事を招くとしか思えない。
そうなると何らかの権利?いや、それこそすぐに思いつくものはない。
では何かしてほしい事?何かしてほしいとすれば……
「組手?ですかね??」
「組手だと?そんな事で良いのか」
「はい。皆さまも知っておられると思いますが、私はあの奇跡の神に勝つのが現在の目標です。なので少しでも力を付けたいと考えています。なので強くなるための助力をいただけないかと」
「しかし本当にそんな事で良いのですか?もっとこう、財宝や武器の類でもいいのですよ??」
「ありがたい話ですが……まだ私にはそう言った物は早いですし、神の武器を人間が使うとなると色々制約が付く事は知っています。何より私自身が使いこなせるとは限りませんので、遠慮させていただきます」
本当は神の作った武器は欲しいんだけどね……
単純な性能では人間が作った物よりも高性能だし、素材や付与されている力も基本的にチート級。欲しくない訳がない。
でも俺が相手にするのはあのクソ神。神相手に神が作った武器を使用する事に少し不安を感じる。
あいつマジで他の神話体系ぶっ殺す系だからな……平然と他神を信仰してる?なら殺しても罪にならないよって言うし。
だからこそ俺は人間が作った武器で挑まないといけない。
素材に関してはどうだか分からないけど。
「……そう言う事なら貴殿が強くなれるよう、組手を受けよう」
「よろしくお願いします。お互い全力はなしでいいですかね?」
「貴殿がそれを望むのであればそうしよう」
という事で希少な神様との組手が実現した。
と言っても本気を出すと多分瞬殺されるので軽くだ。
さっき阿修羅の息子と戦った際、少しだけ感じた手ごたえ。
その答えを確認するために戦ってみたい。
道場の一つに到着し軽く身体を動かして体を温めた後、互いに礼をしてから構えた。
俺がさっき感じた手ごたえ、もしかたら今の俺はどこまでも模倣した方が強いのではないだろうかっという感覚。
先ほどタマの力を模倣した際、あまりにも違和感なく尻尾を操作する事が出来たので少し気になって俺の魔力を調べてみた。
すると俺の魔力の中にほんのわずかだが、タマの魔力が混ざっていた。
前に合体した時の影響なのか、それとも前世で死ぬ前に行ったあれが原因なのか、分からないがやってみる価値はあると思う。
だから最初はタマの模倣をしてオーラは九尾の形になる。
そして9つの尻尾を使って鞭のように叩こうとしたり、腹部を狙ったり、掴もうとしたが全て一瞬で弾かれた。
しかもたった2本の腕で。
人間では到達できない速度を何てことなく発揮し、全て弾かれた。
残った腕は腹の前で腕組をし、使うつもりはないと示している。
これは最初に軽くといっておいて本当によかったパターンだ。
もし本気でやってほしいといったら瞬殺されていた。
神と人間の差はこれほど開いているのだから手加減してもらって当然というのも納得だ。
だが、それでも俺は神の領域に人の身でたどり着かなければならない。
それが最低基準。あいつに勝つために必要不可欠な要素。
マジで大変だ。
それでもそんな神に勝つために頭を使わなければならない。
だからもしかしたらの可能性も使う。
イメージはリル。
あの神を切り裂ける爪と牙を持った魔狼。その血からの欠片でも使えれば……
そう思いながら爪と牙にオーラを集める。
すると阿修羅は何かを察したのか、残っていた腕も構えた。
深呼吸をしてから阿修羅を見続ける。
ほんの一瞬の隙も見逃さないために鋭く、真っすぐ、こちらのタイミングを悟らせないように息をひそめる。
もしかしたら数秒、もしかしたら数分、もしかしたら数十分のタイミングの探り合い。
何度かわざと作られた隙は見つけたが、わざとではただカウンターを食らうだけ。
そうではなく、もっと深い本当の隙。一瞬の疲労、一瞬気がそれた瞬間を――
「……ん?」
阿修羅の母親が抱いていた息子が目を覚ました一瞬、阿修羅の意識が息子に向いた。
それを最大の隙と見て攻撃した。
少しでも攻撃が届くように、必死に手を伸ばし右手の爪のオーラ強化させる。
だが――俺の手はあと少しで届くところで掴まれた。
押しても引いても全く動かない。
「貴殿の勝ちだ」
結局一矢報いる事すらできなかったと思っていると阿修羅は意外な事を言った。
「いや、攻撃止められちゃいましたよ」
「届いていた」
そう言って手を放してくれたので手を引いてみると、阿修羅の腹部にうっすらと血が滲んでいた。
「貴殿は我がオーラを貫き血を流させた。これは貴殿の勝ちと言っていいだろう」
「それはあなたが手を抜いてくれていたからです。もしあなたが本気だったら数秒も持たなかったでしょう」
「それでもだ。それでも貴殿は我に手傷を付けた。誇っていい」
だがそう言われても結局手を抜いてもらっていたのにうっすらと血がにじむ程度の手傷しか付けられなかった。
まだまだ力が足りない事を痛感した。




