機能確認
掃除が終わりツーに機能がまだ生きているか確認してもらう。
「ツー。まだこれ生きてる?」
『確認します…………機能は生きています。今すぐ使用しますか?』
「いや、女中さん達もいるから後でいい」
このトレーニングルームは様々な環境を再現したり、悪天候や自然界では存在しない環境を意図的に生み出す事が出来る。
豪雨、超重量、台風、砂漠の極悪な環境を再現可能。
そんな極厚な環境の中であっても問題なく戦えるように経験しておく必要がある。そのためのトレーニングルームだ。
だから今起動すると女中さん達にも迷惑がかかる。
彼女達もある程度は戦えるが、特殊な環境下で戦えるような実力はない。
あくまでも神薙家を維持するために存在していると言っていい。
だから戦闘能力よりも家事とかの方が重要視されている。
まぁ当たり前だけど。
「それでこれまだ使えるんですか?」
「ええ使えるみたいです。みなさんのおかげでまた使えるみたいです。ありがとうございました」
そう言いながら頭を下げると満足そうに掃除道具を片付けながら出て行った。
残ったのは俺とリル、そして神薙凛音である。
「いや、なんで残ってるんです?」
「何でってどんな物なのか確かめておく必要があるじゃないですか。これが危険な物なのか、そうじゃないのか。神薙家を管理している物としてそれはしっかりと確認しておかないといけない事ですので」
「それは分かりますが……トレーニング用なのである程度危険ですよ?」
「だからこそ確認しておかないと」
そう言って離れる様子のない神薙凛音に少し呆れながらも俺は中央の機械を操作する。
このトレーニングルーム中央にある柱のような機械が幻術を発生させる。これを操作する事で様々な天候、自身への負荷を増す事が出来る。
とりあえず神薙凛音もいるから無難な設定にしておこう。
場所は草原。気温は20度に設定。天候は晴れ。そよ風程度に風も起こせるか確かめてみよう。
そうやって設定を加えて起動するとトレーニングルーム内の景色が変わった。
穏やかな天候に恵まれた草原。冬とは思えない温かさで心地よい。
とりあえず穏やかな条件では問題ないか。
「こうやって使うんですね。でもこれではトレーニングにはならないのでは?」
「悪天候も再現できるので修行するときはそっちに設定すればいいかと。それから重力の変更も出来ますし、足元の環境も岩場とか海岸とか色々操作できますしね。今は試運転と言うのといきなり悪天候な条件を加えると機械への負担が大きいと思うのでまずはこんな感じで条件を少しずつ足して問題ないか確かめるところから始めないと」
「でもこれなら穏やかに過ごす事も出来そうですね。あ、でも雨が降ったりしたら洗濯物が大変かも」
「一応これ全部幻術なんで脳みそがそう誤解しているだけなんですよね。壁がないように見えても実際に壁はありますし、今足元の草も触れれば違和感を感じると思いますよ」
「……あら本当。草の下の地面が地面の感触がしない。これ中途半端じゃありません?」
「でも所々現実と幻術の境界線を作っておかないと戻れなくなっちゃうんですよ。だからわざと幻術でごまかしていないところを残して現実を実感させるんです。でないとこの壁とか魔力砲を使って壊しちゃうかもしれませんし」
「それは……かなり危険ですね。ここは地下なのでもし崩れちゃったりしたら生き埋めになっちゃうかも」
「それに上にいる人達だって急に落ちて怪我するかもしれません。普通の人間だったら下手すりゃ死ぬかも」
「そう言われて見ると壁とか天井とか、偽物って分かる作りをしていますもんね」
そう。壁や天井はいくら天候を再現しているといってもテレビの画面っぽいというか、画面越しに見えるというか、とにかくじっと見ると本物ではないと分かる。
まぁそれでも夢中になれば忘れてしまうかもしれないがちゃんと見れば現実と幻術の境界線はそこら中にある。
これは決して手抜きではないのだ。
「機能確認はこんなもんでいいかな?雨とか雪とかもあるけど今やるのは良くないだろうし、一応ならこんなもんでいいだろ」
「あら、気を使わなくてもいいんですよ」
「使いますって。お世話になっている人を傷つけるようなことはできませんって」
「こんなおばさんのこと気にしなくていいんですよ本当に」
「だから気にしますって」
何故そんな事を言うのか分からない。
確かに神薙凛音は精霊の中でも特に神に近いから天候程度ではダメージ何て六に入らないかもしれないけど、何度も言うように世話になっている人を傷付けるかもしれない事を避けるのは当然の事ではないだろうか。
「何かあってもいいように今度俺一人の時に確かめてみますので今日は止めておきましょう」
「仕方ありませんね。それはそろそろ戻りましょう」
こうして俺と神薙凛音は上に戻る。
その間に何故か神薙凛音は俺の顔を覗き込みながら聞く。
「あなたの前世は私達と深い関係にあったんですね」
「……何故そのように思ったんですか?」
イタズラっ子のようなような笑みを浮かべながら言うので聞いてみた。
「だってあの部屋は本当にただの倉庫だったはずなんですよ。それを私ですら忘れていたのにあなたはあっさりと見つけてみせた。これってあなたがこの家に住んでいた証拠であり、家族同然の生活を送っていた証拠だと思うんです。合っていますか?」
「…………」
「どうやら正解みたいですね。それではなぜ私達からその記憶を消したんですか?教えてもらえます?」
「それは……」
本当に独善的な理由だ。
だから非常に言い難い。
「言えません?」
「……できれば」
「なら無理には聞きません。でもいつか言える日が来たら教えてください。これだけは約束してもらいます」
「ありがとうございます」
「それじゃ今晩は――」
「あ、お父さんやっと見つけた」
ふと声をかけられたので顔を上げるとそこには涙がいた。
神薙凛音は俺に向かって涙がお父さんと言った事に驚いているが、俺は気付かず普通に対応する。
「涙。どうかしたか?」
「どうかじゃないよ。午後からの修行に全然顔出さないからみんなどこに行ったんだろうって探してたんだからね」
「あ~すまん。掃除してた」
「掃除ってどこの?」
「地下にトレーニングルームがあったからそこ使えるように女中さんと神薙凛音さん達に協力してもらって掃除してた」
「トレーニングルームってどんな場所だったの?」
「幻術でいろんな環境を再現できる感じ。台風とか砂漠地帯とか環境の悪い所を再現できるからそこで基礎練習を再開しようと思ってる」
「それ本当に必要?戦う相手もそんなところに出てこないと思うけど」
「魔法やら何やらでそういう環境が得意で作り変えてくる連中もいるから一応程度だ。まぁこれ出来る奴は本当に神レベルだけど」
「それ相当戦う場面ないよね?」
「まぁ俺の売位は最終目標が神殺しだから、一応経験積んでおきたいんだよ」
まぁあいつが環境云々を操作してくるとは思えないけどな。
「え、えっと。柊さんと涙ちゃん、どんな関係なの??」
困惑しながら神薙凛音が聞いてくる。
どんな関係って言われると……
「どんなって私達は普通に親子だよ?」
涙がそう言うがそれ絶対誤解される。
実際神薙凛音は混乱しているようで全く理解できていない。
というか今の説明で理解できる者の方が少ないだろう。
「え~っと、涙の感覚的に俺は理想のお父さん像らしいんです。それで俺の事をお父さんと呼ぶようになっちゃって」
「え、ええ。それ本当?色んな人が涙ちゃんのお父さんになりたがってたのに、そんなぼんやりした理由で……」
「おばあちゃん。でも私この人以外お父さんってなんとなく呼びたくないの。私も感覚的なところだからしっかり説明はし辛いけど、この人しかお父さんと思えないの」
「そう、なの?」
神薙凛音はまだ混乱している。
やっぱり混乱しない方がおかしくないからある意味正常な反応と言ってもいいのかもしれない。
そんな混乱した頭だからか、神薙凛音はおかしなことを聞いてくる。
「つまり……柊さんと雫ちゃんは結婚した?」
「してません。年齢的にも結婚できませんし、結婚するつもりもありません。無理ですよウロボロスの婿になるって」
「そう言うのは考えなくても良いと思うけど……結婚はしてないのね?」
「だから結婚できる年齢になってないですって」
「…………そう。とりあえず涙ちゃんが柊さんの事をお父さんって愛称で呼んでいるって事で良い??」
「そんな感じでいいかと」
「え~、私達ちゃんと親子なのに~」
涙は不満そうだがこれ以上は他の人達が混乱しまくるのでこれ以上口開くな。
「親子……柊さんが涙ちゃんのお父さん……」
相当衝撃的だったのかいつまでもぼんやりとしながら、うわ言のように同じ言葉を繰り返す神薙凛音だった。




