掃除中
翌日から俺の修行は本当に自主練だけとなった。
それでも銀毛やシスターと組手をしているが、やはり様々な戦闘経験を積んでいるだけで特別強くなっている気はしない。
まぁ妖怪らしい戦い方や、シスターとして教会関連の強さを経験できるのは良い事だとは思うが、冬休みの特別な訓練とは言い難い。
「物足りないな……」
もちろん劇的な変化と言うほど強大な力を急に得られるとは思っていないが、それでも物足りない……
俺の隣を歩くリルも組み手に参加してくれているがやはり俺の体を気遣ってか思いっきりやっている様子もない。
せっかく神薙邸に居るのだから特別な訓練や組手がしたい……
「そうだ。そう言えばあれどうなってるんだろ」
ふと思い出した事がある。
隣を歩くリルを連れて神薙邸の地下に向かう。
前世の頃この家に住んでいた時地下の部屋を改造して俺専用のトレーニングルームにしてもらった事がある。
あそこなら少しは特殊な訓練が出来るだろうと思い行ってみる。
と言っても前世の頃の記憶だけではなく購入した物、作った物なども消失してしまったはずなので残っていない可能性の方が高い。
だがそれはあくまでも正常にあの術式が作用していればの話。俺が存在し、俺の中だけとはいえ記憶もあるのだからもしかしたら乗っているかもしれない。
その確率は非常に低いがもしかしたらくらいのレベルで存在している可能性はある。
実際俺が“はぐれ”メンバー時代に作った修行空間は何故かつながる事が出来なかった。
あの空間が残っていればもう少し強くなれたかもしれない。
それからあの空間には様々な絶滅危惧種の魔物や聖獣をビオトープのような感じで管理していたから少し不安。俺が死んだと同時にあの空間も消失し、空間内に住んでいた魔獣や聖獣たちもぴっしょに消失してしまったのであれば非常に申し訳ない。
申し訳ないで済まないよう空間が消失する前に元居た場所に転移するよう保険はかけていたが……元の生息場所に戻った感じもないんだよな……
マジで俺の身勝手で殺してしまったかもしれないのは心苦しい。
また死んだら謝りに行かないとな。
そう思いながらトレーニングルームだった場所に到着。
『ここ倉庫じゃないの?』
「俺の記憶通りならトレーニングルーム改造されてるはずなんだが……」
そう言いながら硬い扉を強引に開ける。長い時間使っていなかったから扉が少し歪んでいるようだ。
扉のすぐ近くについてある電源を押して電気をつける。
すると埃まみれではあるが確かにトレーニングルームがあった。
「こりゃ使う前に大掃除が必要だな」
俺が死んでから、あるいは俺がこの家を出てから一切使われていなかったとすればかなりの時間忘れ去られていた事になる。
かなりの埃の量でリルもくしゃみをしている。
「精密機械もあるから水はやめておいた方が良いか。とりあえず……埃は燃やすか。その後風魔法で……いや素直に掃除機かける方が良いか。その後ツーに頼んでまだ使えるか確認して、その後修行か。とりあえず掃除道具借りてくるか」
頭をかきながら大雑把に予定を決めて一度部屋を出る。
この部屋を使えるようにするには一日ぐらい時間かかるかもしれないな。あと使う時の電力とかどうなってたっけ?普通に電気使うとなると少しためらうな。
『これも前世の頃の物?』
「ああそうだ。昔作ってもらった」
『前世は神薙家に関する人だったの!?』
リルが驚く。
まぁそうなんだが……
「一応、な」
前世の頃の関係をいくら持ち出しても今となってはもう意味はない。
こうして残っていただけでも奇跡に近い。
まぁもう俺に運はないと思うけど。
「掃除道具ですか?」
神薙凛音に掃除用具を借りれないか聞いてみる。
「はい。掃除機とか借りれませんかね?」
「それは大丈夫ですけど、どこか汚い所でもありましたか?」
「いや、偶然見つけたところ修行しようと思いまして、そこを掃除したいなと思いまして」
「はぁ。そんな掃除してない所あったかしら?とにかく私もそこ掃除しますね」
「え。いや、俺が自分で――」
「掃除が必要だと思うくらい汚いんですよね?それなら私だけじゃなくて他の者も呼んで一気に掃除しちゃいましょう」
「いや、だから――」
「ちょっと待ってくださいね。みんなを呼んできますから」
…………行っちゃった。
俺一人で掃除するつもりだったんだけどな。
そう言えば掃除好きというか、こういう時徹底的に掃除したがる性格だったな。
どうしようかとリルに視線を向けると、『まぁいいんじゃない?』っと視線を送り返してくれる。
その結果トレーニング施設には多くの女中さんが床や壁、天井まで徹底的に掃除し始めた。
「そっちは濡れ拭き、そっちは空拭き!」
「よく分かんない機械も置いてあるから濡らしちゃダメよ!!」
「背の高い人天井お願いしてもいい?」
「ちょっとクレンザーちょうだい!しつこい汚れあるんだけど!」
何と言うか……ある意味女の戦場。
掃除好きな人達が汚いトレーニング施設を徹底的に掃除する姿は力強い様子を見せる。
そして小さな汚れ一つ落としてやるという徹底ぶり。
俺そこまでの気迫を持って作業できないわ。
「何と言うかごめんなさいね。一緒に掃除してもらっちゃって」
「いえ、背はある方何でこれくらいは。というか全部自分でやろうと最初は思ってましたし」
「でもそれなりの広さなんだから一人でやってたら大変だったわよ」
そして今、神薙凛音と一緒に掃除している。
お客さんなんだからしなくていいと言われたが、俺の方から頼んだのだから自分で掃除するのが普通だと思ったんだけどな。
「それにしてもよく見つけましたね。地下は基本的に物置だからこんな所があったなんて思いませんでした」
「すみません。色々探索している間に見つけまして、中心にある機械もどんな物なのか使ってみたかったですし」
「確かに……あんな機械いつ買ったかしら?」
身に覚えがないという様子で首をかしげる。
そりゃ俺が前世の頃に作ったものだからそれに関する記憶もなくなったのだろう。
ただ俺が作ったはずの物がなぜ今も残っているのかという疑問は尽きない。俺が作った物の中でも消えた物、消えなかった物の差が分からない。
単純な規模だけで考えるのであればこれよりも大規模な物も作ったんだけどな。
「それは何とも言えませんが……掃除が終わった後にいじって色々確認してみようと思います」
「そうするしかないですよね。それから夫が申し訳ありません」
「何の事です?」
「修行の事です。あなたの事だけ修行を付けてあげてないようでしたので」
「ああ、それに関してはこちらが悪いんですよ。方向性が違うというか、俺が無駄に意地を張ってるのが悪いというか」
「それは一体どんな意地なんですか?」
「それは……ちょっと」
言い辛い。
きっと俺のやり方、考え方を最も否定したいのはこの人だ。
この人は誰よりも優しいし、誰よりも命を大切にしている。
だから誰かのために犠牲になっても良いというような考え方を嫌う。
「口には出せない?」
「出せないんじゃなくて、言い難いだけです。その、誰かを守るための俺は犠牲になってもいいって話だったので」
正直に言うと掃除する手が止まった。
やっぱり困るだろうし、嫌がるだろうな。
「柊さん。私も夫同様にその考え方は良くないと思います。誰であろうと犠牲になるようなことは避けるべきです」
「そうですよね。でも俺には自分よりも大切な人達を傷付けられたくないんです。弱いのに」
「そこに弱い強いは関係ありませんよ。柊さんは優しいんですね」
「そんなんじゃないですよ。ただ俺が幸せを実感できるように生きてるだけです」
「幸せを実感?」
「俺が幸せを感じる条件とでも言いましょうか。俺が幸せだと感じるのは大切だと思う人達が幸せそうにしているのが最低条件なんです。だからみんなの幸せを守りたい、それが一番大切なんです」
「そう言う事なら分かります。私も子供達や一緒にいるみんなが幸せそうにしているのを見ると私も幸せだと感じますから」
笑いながら掃除の手を止めない神薙凛音。
彼女は優しく諭させるように言う。
「ですがそのみなさんの幸せだと感じる空間の中に柊さんもいる事だけは忘れてはいけません。その空間に本当に柊さんがいないとお思いですか?」
「…………いいえ」
「その自覚があるのなら自分にも優しくしてあげてください。そうすれば少しは良くなるかと」
「…………やっぱり自信がありません。そう言うとき頭よりも体の方が先に動いちゃうんで」
「……なるほど。あなたの事、少しだけ分かりました。あなたは夫に似ているんですね」
「え?」
そんな風に言われるとは思ってなかった。
一体俺と神薙一の何が似ているというんだろう?
「えっと一体どこが似ているんでしょうか?」
「あなたはみんなのリーダーとしてみんなを守る役割をずっと続けてきたんでしょう。だからその癖のような物が今も続いている。自分が一番強いから、みんなに頼られているから、守ってあげなくちゃいけない。もしくは柊さんが動けばみんな最後は上手くいく主人公のように思われていた、だから今もその時の感覚が消えないし、消せない。少しは当たっているんじゃないんですか?」
……………………その通りだ。
やっぱりこの人は凄い。ほんの少しの時間で俺の事をここまで理解された。
戦闘とは違うが勝てる気が全くしない。
「いえ、多分全問正解です。そう言われると納得出来ちゃいました」
「ふふ、私、人を見る目だけは凄いんですよ。そうなるとあなたは修行よりも仲間を集める方が良いかもしれませんね」
「仲間集め?」
「あなたに必要なのはただ強くなる事だけではなく、その背負っている物を一緒に背負える仲間と出会う事だと私は思います」
「仲間……」
「強くなる方法にこだわりがないというのであればそれもまた強くなるための手段の一つだと私は思います。そう言った仲間を集めてみてはいかがですか?」
仲間、か。
その考えはいたって普通だ。
弱いのなら群れて強い者に挑む。大昔からその優良性は認められてきたし、別に恥ずべきことでもない。
でも前にそんなかけがえのない友達や仲間を自分の手で捨てたという行為が自分を疑わせる。
俺は俺を信じられない。
「怖いですか?仲間を失うかもしれない可能性が」
「……正直、もの凄く怖いです」
「当然の感情です。大切な物を失う事は神も人も味わいたくありませんし、怖いのも当然です。でもそれ以上の物が手に入るとも思いませんか?」
「それ以上の物?」
「仲間との絆とか、思い出とか、そう言う物です。失う恐怖ばかり見ずにそう言った得られるものも見ないといけませんよ」
「そう、ですね。もう少しちゃんと見れるよう頑張ります」
「頑張ってみるものではないと思いますけどね」
笑ってみるが俺の心境はまだ変わらない。
やっぱり俺は仲間をまた裏切るのが怖い。




