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転生者の贖罪  作者: 七篠
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力への狂気

 神薙凌駕は暴走した息子を止めるために道場に来た。

 正体不明、とは少し違うが龍化の呪いをコントロールしている青年がどんな者なのか調べるために神薙家に招いた。

 簡単に言えば善人か悪人か、世界に悪影響を与えないかどうか確かめるために神仏から依頼されたからである。


 だがその仕事は神薙凌駕に与えられたものであり、その息子に頼んだ物ではない。

 ある程度の戦闘データは揃っているものの、人前で呪いの力を使わないようにしているようで実際にはどれくらい強いのかどうか不明であるため、予想外の実力を持っていても対応できるように神仏も認める強者を選択したはずだった。

 しかし神薙凌駕の息子が先走って彼に接触、瀕死の重傷の状態にさせられた。


 その光景を見た神薙凌駕は親として彼に飛び蹴りをくらわし壁に激突させる。

 息子への説教は後にして首根っこを掴んで道場の端に投げて転がした。


 まだ終わってない。


 不意打ちで顎に強烈な一撃を食らわせたはずなのにあれはまだピンピンしている。

 その事を蹴った足の感触から察し彼から目を放さない。

 予想通り彼は起き上がり獰猛な笑みを浮かべる。

 その姿はまさにドラゴン。若いドラゴンが自身より強い相手を見つけて喜んでいる表情その物だ。


 佐藤柊は神薙凌駕を確認してから銃とシロガネを手から離して影の中に落とす。

 その理由は邪魔だから。

 龍化の呪いを全力で使う場合銃とシロガネはその形状を保つ事が出来ずに壊すだけだと分かっていたからだ。

 そして濃密な呪いによりほとんどドラゴンのシルエットのような姿に変貌する。


 その姿は常人が見ればすぐに濃すぎる呪いによって吐き気や気持ち悪さを誘発していただろう。

 実際道場の隅で見ていた普通の人間達は手足を震わせて吐いてしまっている。

 そしてその恐ろしい姿にあれは本当に人間なのかと疑う。


 神薙凌駕も本当に元は普通の人間だったのかと疑っていると瞬きもしていないのにいつの間にか柊が目の前で拳を振りかぶっていた。

 瞬きもしていないのになぜと思いつつも腕をクロスさせて胸を守る。

 その両腕の中心に柊の拳が突き刺さり壁に激突させられる。

 まるでさっきのお返しとでも言いたげに殴った後は追撃してこない。


 凌駕は壁に当たった瞬間先ほどの衝撃を全て壁に逃がすと、壁は蜘蛛の巣状にひびが入り簡単に壊れそうになる。

 この道場は神仏が戦っても壊れないように結界で守られてはいるが絶対ではない。

 どうしても一定以上の攻撃を受けると一部破損してしまう。しかしそれを即座に修復するための術式も組まれているのである程度は大丈夫だが、攻撃力だけ見れば下級の神々と同じと言ってもいいくらいの火力はある。


 神薙凌駕は軽く手を振って即座に攻撃に移った。

 佐藤柊の顔や腹を狙った鋭い拳を繰り出すが柊はニヤニヤとした、圧倒的強者と戦っているとは思えない楽し気な笑みを浮かべたまま手で弾く。

 それがあまりにも気持ち悪く、さらに鋭く刺さる拳を柊の鳩尾に決める事が出来た。


 柊は吐きそうな表情をするがニヤニヤは止まらない。

 そんな表情に凌駕はさらに気持ち悪さを感じていると柊は口から血を吐いた。その血はわざと凌駕の視界を覆うように吐き出された事でつい腕で血から目を防いだ。

 その腕に柊は噛みつき食い千切ろうとする。


 凌駕は近すぎるが魔法で攻撃して引き離そうとする前に両手の鋭い爪によって脇腹を深く肉をえぐられる。

 もちろんオーラで身を守っていたのに貫かれた事に驚愕する凌駕。

 その原因は一体何なのか、少し探っただけでその答えは分かった。

 しかしその事実は貫かれた以上の驚愕の事実。


 柊の爪の部分だけオーラが違う。

 それはリルのオーラと同じ反応。つまり爪の先だけリルと全く同じものになっていた。

 つまりあらゆる防御が意味をなさないと言う事。

 口で言うのは簡単だが相手のオーラを完全に模倣し、それを実戦で使えるなんて異常としか言えない。

 両腕を引き抜くと同時に腕の肉も噛み千切られ、両脇腹、両腕から血が激しく噴き出る。


 その噛み千切った肉を柊はあまり咀嚼せず飲み込み次に首の頸動脈を噛み千切ろうとしてくる。

 流石にそれだけは不味いと思った凌駕は柊の喉に飛び膝蹴りをくらわす。

 体をのけ反らせる柊だがそれだけでは足りない。

 背後に回り首を絞め、動けないようしっかりと締め上げる関節技。


 これで意識が落ちるまで続けようと思っていたところに後頭部に強い衝撃が凌駕を襲う。

 凌駕を襲ったのは柊の尻尾だ。

 普通の人間の状態なら存在しないはずのものを意識していなかったためのミス。

 尻尾は凌駕の腹に巻き付き空中に回転させながら放り出す。

 高速回転によって平衡感覚がおかしくなる中柊は口からドラゴンの息吹を模倣した魔法、ドラゴンフレアを再び放った。


 普通であれば骨まで黒墨になるほどの火力なのだが、神と精霊のハイブリットであるだけあってこの程度では黒墨にはならない。

 龍化の呪いを受けていても黒墨にする事すらできないのかと柊は己の力のなさを恨むが凌駕から見れば十分頭のおかしいレベルだ。

 ドラゴンの技を模倣した魔法のほとんどはその消費魔力と魔力を練る事が非常に難しい事から大きなため時間が必要となる。

 その溜め時間がないに等しい状態ですぐに放った柊はそれだけで人間の実力を超えていると言っていい。

 凌駕が黒墨にならなかったのは種族差による恩恵だ。


 しかし黒墨にならなかったとしても顔をかばった腕は焼けただれており、皮膚が溶けたように変形してしまっている。

 それでも即座に回復し戦える状態になるのもまた神と精霊のハイブリットゆえの特徴と言える。

 その事にどこまでも種族差と言う物を痛感する柊。


 それでもドラゴンの爪と尻尾、牙で応戦しようとした際に凌駕は収納用空間からある武器を取り出した。


「これで終わらせる。死ぬなよ」


 そう言って握ったのは金剛杵こんごうしょ

 仏教で使われる法具であり、現在では武器として使われる事はない。

 だがこの金剛杵は大元はインドラと言う神がヴリトラと言う蛇神を殺すために用意した武器だ。

 これはそのインドラが放つ雷と同等の威力を生み出す事が出来る模倣品レプリカである。

 蛇神、つまりドラゴンと神に対して特攻の武器であり、今の柊にとって弱点を突かれた形になる。

 金剛杵は凌駕が握るとバチバチと放電し始め、強く握るほどにそのスパークは強くなる。


 柊は本来その攻撃から逃げなければならなかったが、ここは道場であり逃げ場はない。

 ここで逃げたらクソ神との戦いが認められないかもしれない、という思いから逃走の文字は消えた。

 それに逃げようにも雷の速度で襲ってくる攻撃を避ける事など不可能。

 だから柊は最後の意地として全力で防御を固めた。


龍滅神技りゅうめつじんぎ、ヴァジュラ!!」


 ヴァジュラとは金剛杵のサンスクリット語である。

 その語源はインドラの雷電。


 その言葉の語源通り極太の雷が柊を飲み込み、雷による感電だけではなく熱も柊の体を全身くまなく、細胞レベルで破壊しようとする。

 道場には雷が落ちた跡が残り、その中心に柊が四つん這いで居た。

 尻尾を道場の床に突きさす事で少しでも雷を地面に逃がそうとしていたの事が消えかけのオーラで分かる。

 ほんの少しだけオーラが包んでいたが、すぐに消えてうつぶせに倒れた。


 ギリギリ生きているが、手加減せずにはなったヴァジュラを食らって生きている方がおかしい。

 神薙凌駕は本当に彼を生かしていていいのか、大きな疑問となった。

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