軽い準備運動
ただ車に乗りっぱなしで体を軽く動かしてスッキリさせたいのと、軽く今の神薙家がどうなっているのか確かめたくて散歩していただけなのに、なんで現役魔王とその妹が俺の後ろをついてきてるんだよ。
「ところでみなさんは冬休みか何かで?」
特に思いつく話題もなかったのでそんな事を聞いてみた。
するとルシファーが口を開く。
「いや、仕事だ。今回我々はとある会議に参加するために神薙家に来た。その後は休みになるのでこれが今年最後の仕事になる」
「あ~、神薙家で会議するって相当重要な会議ですよね」
「そうだ。他神話の主神なども交えて行う会議だ。お前達人間からすればほぼ一生会う事のない者達ばかりだ」
だろうな。
神薙家が特殊な場所なのは前にも説明したが、こういった主神クラスのメンバーがそろって会議する場面でも神薙家は利用される。
簡単に言うとマジで腹割って話し合わね?っという状況で使われるので記録は取られないが非常に重要な会議となる。
記録は取られない、つまり記録に残してはいけないような内容も話し合う可能性が非常に高いので俺のようなただの人間には聞かせられない話と言う事だ。
人間が聞いたらパニックになるような内容、まぁ今回はクソ神の復活についての対策会議と言う所だろう。
俺とクソ神が戦う事は決定しているとしても何の対策もしない訳がない。
俺が負けた後、あるいは勝った後どう動くか事前に口合わせをしておきたいんだろう。
あるいは今も聖書の神を信仰している人達をどうするのか、それも会議内容に含まれているかもしれない。
流石に殺すような事はしないと思うが、一つの宗教を完全に潰すとなると、同じ神話体系である天使や悪魔も絶滅させる必要がある。
流石にそれは他の神話体系から見ても非常に面倒くさい事なので実行するとはとても思えないし、彼らが管理しているところを他の神話体系が肩代わりできるだけの状態であるとは思えない。
他の神話体系からすれば信者をごっそり手に入るチャンスでもあるが、堕天使や悪魔と喧嘩を売る必要もないと言うのが本音だろう。
悪魔信仰なんて微々たるものだろうし、あのクソ神のせいで元々信者や教会は一部の過激派組織のターゲットにされてしまったため世界規模の隠れキリシタン状態。
彼らが堂々と信仰をしていくには100年単位の時間が必要となるだろう。
そう思いながらも道場に到着。
そこには様々な存在が滅技を学ぶために組み手をしていた。
一応格好は胴着を着ているが別に滅技に正装は存在しない。身を引き締めるため、あるいは汚れてもいい服と言う感覚で着ている可能性の方が高い。
俺達が道場に入って来た事で中に居た人達は何だろうとこちらを向く。
「すみません。少し道場の隅で体動かしてもいいですか?」
「ええ、良いですよ?」
組手をしていない人がそう言ってくれたので俺は隅で柔軟と軽い筋トレをする。
本当はランニングで体を温めたいところだが、道場の中で走り回るのは色々危険だ。
なんせ滅技を使いながら飛んだり跳ねたりしているところにのんびり走っていたら邪魔だし、巻き込まれるかもしれない。
なので隅っこで静かに体を温める方が良い。
「君は……もしかして日芽香お嬢が連れてきた人かな?」
柔軟をしているとスポーツドリンクを飲みながら40代くらいの男性が声をかけてきた。
「はい。今日からしばらくお世話になります、佐藤柊です」
「柊?ああ、お嬢が随分褒めていた男の子か」
「教官になんて言われているのか分かりませんが、多分あっているかと」
「ほほう。それじゃ独学で滅技を習得したと言うのは本当なのかな?」
「習得と言っても本当に独学なので正しく技を繰り出せているのか確認できていませんが」
「それはお嬢が君の動きを見て修正しようとしないと言う事はちゃんとできている証拠だ。何なら組手してくかい?」
「良いんですか?」
「元々ここにいる門下生達は血の気が多い方だから、お嬢に褒められる君の事が気になって仕方なかったからね。特に彼なんか血の気が多いよ」
そう言う視線の先には20代半ばくらいの男性が鋭い視線で睨んでくる。
血の気が多いと言うのは本当のようで、今にも喧嘩を売ってきそうだ。
「でもあの人組手した後みたいなのでもう少し休ませた方が良いんじゃないですか?」
「あいつならそんなこと気にしないよ。おーい!お客さんの相手してくれないか!!」
そう呼ぶと彼は手を突っ込みながらやってきた。
そのまま俺の目の前まで顔を近づけてその鋭い視線をぶつけてくる。
「良いんっすか。手加減とかできないっすよ」
「お嬢の太鼓判付きなら大丈夫だろ。行けるか?」
「まぁ……みなさんが良いのなら」
そう言う事で俺と彼の組手が始まった。
俺以外の連中全員俺がどんなふうに戦うのか気になるようで組手を止めて道場の真ん中を開けてくれた。
これなら他の人に迷惑をかけなくてよそうだな。
「俺なんか眼中になってか?あぁ??」
「別にそんなこと考えてませんよ。ただ他の人を巻き込んだりしたら嫌だなって思っただけです」
「余裕じゃねぇか。俺の滅技、見せてやるよ!!」
いや、正しい方法で滅技使ってたら俺のも何もないから。
まぁオリジナルで龍滅技なんて開発してみたけどさ。
そう思いながら男性から「始め」の合図と共に彼は跳び蹴りをしてきた。
「人滅人技、『流星』!!」
『流星』簡単に言うとオーラを纏っただけの跳び蹴りだ。
マジで基礎中の基礎でもうちょいいい技使えないの?
そう思いながら軽く避けると次の技を使う。
「人滅人技、『鉈』!!」
今度は『鉈』か。
オーラを纏った状態で切断と破壊の両方を兼ね揃えた技。
それを回し蹴りで出してくるのは良い判断だが、技に頼り過ぎだ。
何より――
「なっ!」
「オーラの練りが甘い」
確かに技はできているがオーラの練りが甘すぎて滅技になっていない。
ただの体術であれば十分素晴らしいと言える体の使い方だが、オーラがちゃんとまとわれていないのであれば勝つことはできない。
だからこうも簡単に足を掴まれる。
「くそ!」
焦ったのか反対側の足で俺の顔を狙ってきたがその足も俺が掴んで止めた。
両足を封じられてしまった事で背中から道場の床に落ちる。
そのまま足を脇に挟んでジャイアントスイング。
目を回して立ち上がれないくらいの速度と回転数でフラフラにした後そっと下ろした。
「テ、テメェ……」
「今回はこれで俺の勝ちって事にしてください」
「ちゃんと戦え……」
「相手を戦闘不能にすることが勝利条件なら、もう満たしているはずです。審判はどう判断しますか?」
「うん。これは柊君の勝ちでいいだろう」
とりあえず良かったと思いながら息を吐くと、彼は立ち上がりながら不満を言う。
「待て……まだろくに戦ってすら……」
「それはお前の実力不足だ。諦めろ」
俺がどうするか悩んでいる間に男性が先に話してくれる。
もちろんそんな答えに彼は納得できるはずがない。
「何で!!」
「ろくに滅技を繰り出す事が出来てないんだ。そんなんじゃこの人には勝てん」
「なら次はもっと――」
「実戦で次があるとは限らない。職業柄お前にも滅技を覚えるべきだと判断したから手放すつもりはないが、まだ滅技を使った組手は早かったようだ。まずはしっかりと基礎を学べ」
「っ!」
納得はできていないが逆らう事も出来ないと言う雰囲気で彼は渋々下がった。
だがその後ろ姿はまだ怒りが残っており、何時でも戦ってやるという気迫を感じた。
そんな彼に対して男性は仕方ないと言う雰囲気で息を吐く。
そして少し気になった事があったので聞いてみる。
「あの、職業柄って言うのは?」
「ああ、私達は警察機動隊に所属しているんだよ」
「え!!警察のエリートさんじゃないですか!!」
「そう言ってくれると嬉しいよ。でも最近は力不足を実感していてね……」
「力不足?」
「私達機動隊は事件が起きた際に、あるいは事前に制圧する事が仕事なのだが、普通の人間ならともかく獣人や妖怪など単純な力だけでは力不足なんだよ。だからここで滅技を学ぶ事で少しでも互いに傷付けずに制圧できるよう訓練しているんだ」
「なるほど。納得しました」
「それに最近は龍化の呪いもあるし、少しでも強くならないといざというときに市民を守る事ができない。そうなってしまったら意味がないからね」
「ご立派です。いつもありがとうございます」
「はは、ありがとう。さて次は私と戦ってくれないかな?」
「良いんですか?体力は戻りましたか?」
「君が道場に来る前から休んでいたからもう大丈夫だよ。私の挑戦、受けてくれるかな?」
「いや、普通に考えて俺の方が挑戦する側のはずなんですが?」
「そう謙遜しなくていい。部下の敵を取るのは上司の役目だろ?」
「なるほど。それではよろしくお願いします」




