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転生者の贖罪  作者: 七篠
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side金毛タマ ブラックボックス

 私、タマは帰りの新幹線に乗る佐藤柊君と涙を駅で見送った。

 その後は裏伏見稲荷の後始末のためにもう少しだけここに残らなければならないので、少し不安だが先に二人を帰した。

 見送った後は近くで待っていた妙と合流し、再び裏伏見稲荷へ向かう。


「何か収穫はあった?」


 突然妙がそんな事を言う。

 お互いに顔を合わせず、まっすぐ顔を向けたまま話す。


「何の事」

「あの気持ち悪いのと合体している間、ただ利用されてたわけじゃないでしょ?優秀なお姉ちゃん」

「それは、まぁね。でもあれを収穫と言っていいのかどうか私には分からない」


 信号が青になり歩き出すが、それでも私達は一切顔を合わせることなく続ける。


「分からないって、まさか何もなかったの?」

「あったわよ。彼の深層心理世界。でも、想像以上の物だった」

「……とんでもないエッチな世界だった?」

「茶化さないで。そんな世界だったら何万倍もマシだったわよ」

「それでどんな世界?」

「……簡単に言うと、死体の山の世界だった」


 深層心理世界。

 それは心を持つ生物であれば必ず存在する世界。

 人によって世界がどう形成されているのかは変わるが、大抵は理想や願望、未来への期待などが込められた世界である事が多い。

 子供が将来なりたい職業になった世界や、理想の結婚生活、現実では叶う事ができない妄想の世界など、人によって様々だ。


 基本的には夢や希望の世界だが、人によってはトラウマや恐怖心が反映された世界になる事もある。

 前に経験した大きな失敗の光景シーン、虐待を受けていた事で常に親から怒鳴られたり暴力を受ける風景、ストレスがたまりすぎて荒廃してしまった景色なども存在する。

 これらの恐怖心の方が心に強い印象が残っているとそうなってしまう場合もある。


「死体の山って……彼そんな過酷な環境に居たの?」

「それは分からない。ヒントを探そうにも本当に死体ばかりの深層心理でろくにヒントを見つけられないかと思ったけど、向こうから来た」

「向こうから?」

「私が現れた」

「?」

「昔の私、あの戦争があった時くらいの私が現れた」

「何であれが昔のお姉ちゃんを知ってるのよ?」

「それは分からないけど、その私に言われたの。『これ以上先には進まないで』って」


 深層心理世界に潜り込み、深層心理世界で行動するとほんの少しだけ精神的に患者の精神が改善される事がある。

 非常に高難易度の治療法であり、変な事をしてしまうと患者の心を壊してしまう事もある。

 具体的には深層心理世界で物を壊す、患者を攻撃するなど、それらは比喩表現ではなく本当に相手の心を直接傷付けてしまう。


 あるいはその逆。

 相手の深層心理に直接触れる事でこちらの精神が汚染されてしまう事もある。

 深層心理に触れる際にはこちらも精神体で潜入しなければならないため、相手の心に直接触れなければならない。

 そのため相手の心の傷が大きく傷ついていた場合、その痛みを共有してしまう事もあるのだ。

 それにより患者側の傷がそのまま自身も受けたように感じてしまい、治療するはずが治療を受けなければならない事態に陥る事もある。


 そんな危険な世界で彼に関する情報がどこかにないか探している時に、『私』に出会った。


『お願い。今日の所は帰って』


 しかもしっかりと私と話が出来る様子だったのも異常だ。

 普通なら会話をする事なんて不可能だ。


「彼が作った妄想の私?悪いけど少しでも調べさせてもらうわ」

『何もないわよ。ここは彼の罪の意識が作り出した防衛機構。私に攻撃する事はないけど、これ以上先にも進ませない』

「そんな言葉で納得できるとでも?所詮彼の作った妄想のくせに」

『『私達』は違う。『私達』は残留思念。彼の中に眠る、私達の力の欠片が『私達』を生み出した』

「私達?」

『そう。彼は気付いてないけど、今も私達は彼のためにここに居る。あの時の戦いで9割以上の力が消費され、搾りカスみたいなものだけど、私達は本物よ』

「そんな訳ない。私と彼が出会ったのはごく最近の話で――」

『それじゃ何で彼を気にかけるの?妙の言う通りただの患者の一人として何で扱わないの?本当は彼の事を愛してるのを自覚しているんでしょ』

「…………愛じゃないわよ。妙の言葉を借りるなら気持ち悪いから。あなたの言う通り何で私は彼に親密に接してしまうのか、どうして気にかけてしまうのか、知りたいだけ。その答えが本当に愛なのかどうか確かめたいの」

『……やっぱり記憶は消えているようね。だとすると本当に何で私達と彼はこうして生きているのかしら……他のみんなとも話しているけど全然答えが分からないのよね……』

「ねぇ。それなら教えてちょうだい。私達は一体何を忘れてるの。何を消されたの」

『……それは彼に関する記憶、記録、生きていた証拠。彼に関する事全てのはず。でも何かしらの異常事態で彼は転生した。死んでただ消える事も許されなかった。本来であれば完全に消失して何も残らないはずだった』

「ここにはその完全に消失したはずのものが残っているんでしょ。それを見せて」

『今見せても意味がない。ここにあるのは彼の前世の記憶だけ。そして彼はいつも言っている。誰とも共有、共感していない記憶はただの妄想でしかない。彼の中にしか残っていない記憶は創作された記憶と言われて否定する事ができない。だって第三者からそれを証明する物も人も一切ないんだから』


『私』はそう言いながら悲しそうな表情をしていたのが印象に残っている。

 狐の耳は垂れさがり、尻尾も力なく垂れる。


 本当に私は彼の前世を愛していたのだろうか?

 記憶にないのだから判断のしようがないのは分かるが、非常にもどかしい。


「本当に何の証明も証拠もないの?現実世界に」

『ある』


 断言されるとは思ってなかった……


『証明も証拠もないはずの現実世界に彼が生きた証が残っているから異常バグとして彼は転生したのが『私達』の結論。でもそれが一体何なのかまでは『私達』も彼も分かっていない。物なのか、人なのか、それとも物質として存在しない物なのか、誰も分かっていない』

「……それってまさか、『龍化の呪い』の事?」


 正体不明。

 発生源不明。

 解読は今も進んでいるが全て解明できていない。


 そんな物に心当たりはあるかと聞かれたら一番に思いつくのは呪いだ。

 まさかあれに彼の秘密が隠されている?


『それは分からない。私達はその呪いを解明しようとはしてない。でもあの呪いをかき集める必要はある。今度こそ、『私達』の望む未来のために』


 その言葉は、非常に重くのしかかった。

 強い感情と言うよりは使命感を感じ、使命を全うするためにはどんな事でも成し遂げると言う強すぎる意思を感じた。

『私達』が望む未来とはいったい何なの?


「あなた達の目的は何」

『……戻りたい』

「へ?」

『みんなで仲良く一緒に居た、あの平和な日常に戻りたい』


 あまりにも意外な答えに私は呆然としてしまった。

 てっきりそう言うのってもっと大きな野望めいた事を言うんじゃないの?

 大袈裟な事を言っておいて望むのは平和な日常に戻る事??


 呆然としている間にタイムリミットを迎えてしまったからか、私は彼の前に戻ってきた。

 強制的にキスをされた事への怒りや、白面金毛九尾について文句を言ったが、本当は彼の中にいるもう一人の私について頭の中がいっぱいだった。

 それにあの私は『私達』と言っていた事から複数人存在しているのは確定済み。

 問題は一体誰がその日常を取り戻すのに協力しているのか未知数である事。


 何より際の言葉を言っていた『私』の表情。

 あの顔は切実な願いであり、本当に取り戻したい物なのだと察する事が出来た。

 前世の彼と私の関係性は結局何も分からなかったが、かなり親密な関係だったのは、やはり『私』だからかなんとなく分かった。


 このことは出来るだけ詳しくレポートにまとめ、雫にも情報を共有しておく必要があると思う。

 これに関しては本当に直感だが、私達全員に関係する事なのではないだろうか。

 しかも彼の前世だった人物を中心に私達のコミュニティーは存在していたのではないだろうか。

 そうでなければ説明しきれない部分が存在する。


「お姉ちゃん?」

「この事は雫達にも情報を共有するつもりだから、レポートの提出と同時に私の記憶もデータとして抽出するわ。きっと文面だけでの情報共有じゃ足りない」

「そんなに重要だったの?」

「多分……だけど」


 まだ何の核心にも迫る事が出来ていない事は分かってる。

 でも少しでも迫るために力を注がなくてはならない。

 それだけは、確かだと思う。

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