タマと合体
「で、どうやってあの半端狐を助ける気?聞いてるのは具体的な方法について」
山を駆け降りながら妙は俺に聞いてきた。
まだチラッとしか見えなかったが、不可能ではないと思う。
「あのデカ狐が形成されるときに中心に球体が見えた。多分あれが心臓部とか核って所なんだろうけど、その中にさらに何かいた」
「何かって何よ」
「シルエットにしか見えなかったから何とも言えないけど、幼い狐耳生やした子。多分」
「多分って……」
「で俺が見た物が核ならそれを取り除けば最低でもあの肉体は維持できなくなるはず。それが分かっただけでも良くないか?」
「まぁ核と言える部分が確実にあるって言うのが判明しただけマシか。いざって言うときはそれを壊せば被害は抑えられるでしょ」
「俺としては助けたいんだけどな~」
そう話している間にもデカ狐はデカいくせに意外と俊敏な動きで山を駆け降りる。
それに体もデカいから一歩が半端なく大きい。なかなか近付けないのはそれも理由だ。
それから当然俺は雷の魔術で攻撃、妙は発砲しているが当たっているのに意に介さない。
攻撃により血は流れ落ちているが、ダメージになっているように全く見えない。むしろ周囲に被害が広がっているだけだ。
「ち。そこら辺の肉を適当に集めただけだからか、痛覚通ってなさそうだな」
「それ同意。ちゃんとしたからだだったら流石に少しは気にするでしょ」
こうなると足止めも難しい。痛みではなく落とし穴に落とすとか、トラバサミで動きを止めるくらいの物理的な物じゃないと止まりそうにない。
でも今やってもな……
「それじゃこれはどうでしょう」
そう言って彼は陽気で練った縄をデカ狐に絞めて止めようとしたが……
「あれ~?」
圧倒的質量に負けて引きずられている。
微笑ましい例えをするのであればペットに引きずられる飼い主。悪い言い方をすればただのバカ。
「そうなるの分かり切ってたから捕まえようとしなかったんだよ」
「よく分かりました」
彼は手を放さずそのまま引きずられていく。
しかしこのままいくと多くの人がいる本堂に突っ込んでしまう。
目的は不明だが、最低でも他の人達を巻き込まないようにしたい。
そう思っていると、本堂から誰かが出てきた。
その人は本堂から少しでも離れるように走ると、デカ狐もその人を追うように少しだけ方向を変えた。
「デカ狐はあの人を追ってるのか?」
「……というかあれ、お姉ちゃんじゃない!!」
「え、マジ!?」
タマが狙われている。やはり白面金毛九尾の先祖返りなのが理由だろうか。
新しい肉体としてタマを求めていると言うのは十分ありえそうだ。
「あいつ他の人達の治療でフラフラのはずなのに無茶しやがって!」
「でも今多くの人を巻き込まないようにするには一番いい手でもある。でも問題はその後か」
「タマを奪われないようにしながら戦えか。本気出さんとな」
少し抑え気味だった呪いの力を少しだけ開放する。
大切な人を守れるのであれば、どんな無茶だってしてやる。死なない程度に。
「……ちょっと呪い出てるわよ」
「これからもっと強い呪い纏ってる奴と戦うんだ。これくらいは許せ」
「ったく。仕方ないわね」
それにしても。
デカ狐に狙われているタマは遅い。
普段通りだったらあんなちんたら走る事はしないし、力を使って一気に巻き込まないところまで離れる事が出来るだろう。
しかし普通に走って距離を稼いでいるところを見ると、他の人達の治療で相当力を消費してしまったようだ。
「全く。俺の嫌な所ばっかりにやがって!」
足に強く力を込め、足元が爆発する勢いで飛び出した。
ドラゴンのオーラで翼を生み出し滑空する。
この方がエネルギー消費も少なく済むし、体力も残せる。
「先行ってる」
「え!ちょっと!!」
妙の制止を振り切り、一直線にタマの元へ向かった。
ほんのわずかだがタマの速度が落ち始めた。リルでも間に合うかもしれなかったが、それよりも先に体が動いてしまった。
あ~ちくしょう。
本当はこう言うのがダメなんだよな。
前世の頃とは違うんだ。違うと自覚しているのであれば余計な事はするべきではない。
肉体だけ若返ってしまったからか、頭で考えるよりも先に体が動いてしまう。
…………あいつらはこのころの俺の方が好きだったんだろうけどな。
デカ狐の股をすり抜け、滑空しているままタマをお姫様抱っこで捕獲した。
「キャ!」
「そんな声まだ出せるんだ」
「って何で君ここに居るの!?あと驚けば普通に悲鳴くらい上げるわよ!!」
「怒るのは後。上昇するぞ」
足の裏からオーラを噴出して上空に上がり停止する。
俺が停止するとデカ狐も停止してこちらを見ている。
流石に上空に逃げられたらどう攻撃するか、どう捕まえるか考えているんだろう。
「マジでお前の事狙ってるのか。面倒な」
「当たり前でしょ。そうでなかったら結界張って籠城してた」
「そういやよく狙われてるって気が付いたな。リルか妙に教えてもらったのか?」
「違う。頭の中に響いてくるの。体をよこせって」
「なるほど。これもまた呪いみたいな奴か」
そう思いながら見下ろしているとデカ狐がとうとう攻撃を仕掛け始めた。
8本の尻尾をこちらに向かって伸ばしながらからめとろうとする。
もちろん俺は回避する。
「舌噛むなよ」
必要なのはイメージ。
体中にジェット機のエンジンが搭載されているようにイメージしながら回避のために一瞬だけ魔力を放出する。
その際にかかるGはオーラで身を守る事で相殺。もちろんこれはタマも含めた話。
ほんの一瞬でもジェット機級の加速に耐えられるはずがない。
これにより直立したまま滑るように移動して避け続けているが……時間の問題だな。
今は単純な攻撃しかしてこないが、その内複雑に攻撃しながらタマを狙ってくるだろう。
それにタマの事をお姫様抱っこしているから移動しにくい。
水平に抱えながら飛ぶのも意外と面倒なんだよな……完全に腕の力だけで支えないといけないし。
「ちょっと!本当に大丈夫!?早く私を下した方が――」
「下せるわけねぇだろ。あいつの狙いはお前だぞ。なんでわざわざ狙ってる獲物を目の前に下ろさないといけない」
「でも攻撃できてないじゃない!」
「攻撃に関してはまぁ、あいつらに任せよう」
地上ではすでに妙と彼がデカ狐に攻撃を開始していた。
発砲する音と、狐火の赤い炎がちらりと見える。
リルに関しては長距離攻撃は得意ではないので口から魔力砲を放って応戦している。自慢の爪と牙が使えないと本当に不便そうだ。
とにかく今の俺の役割は絶対にタマをあいつに奪われない事。
ダメージを負っている様子はないが、少しずつ体積が減ってきている。
おそらくダメージはないが、肉体の損傷は存在している。損傷部分を埋めるために普通なら再生されるが、あいつの場合は死体の寄せ集めなので再生機能が付いてない。
それならこのまま地道に攻撃を与え続ければ肉体を維持できなくなる可能性は高い。
そう思っていたんだが……
「なんかあいつ、肉体の損傷どこからか補ってないか?」
『報告。白面金毛九尾の未完全体が呪いによって腐食させた大地を吸収、肉体の損傷を補い行為を確認しました』
「ちっ。よりにもよって呪った後も有効活用かよ」
「……巫女の身としては本当に気に入らないんだけど」
「巫女の自覚あったのかよ。女医として生きてるからその辺の事すっかり捨ててるんだと思ってた」
「……捨てようともした。でも捨てられなかった」
「何で?昔は無理矢理金毛家の頭にされて、ついでに巫女職も押し付けられて嫌がってたくせに」
「そりゃ突然だったしね。でもそれが少しでも平和のためになるんならいいと思ったし、やってみると意外と悪い物でもなかったし、性にはあってたかな」
「それじゃ何で女医の方を優先させてるんだよ」
「覚えてない」
「…………」
「何で巫女の仕事よりもそっちを優先しているのかはっきりとして理由は何故か思い出せない。でも、これはこれで本当に大切で、やりたい事だって思ったから続けてる。きっと何かのために続けたいんだと思う」
「……そっか」
そう言うのが精一杯だった。
こういう事を言われるとあの泣き顔がどうしても重なってしまう……
「それよりどうする?あのままじゃじり貧だと思うんだけど」
タマが妙たちの様子を見て言う。
確かにあのままだと魔力切れでこっちが先に力尽きる。
妙の攻撃では小さすぎるし、リルの攻撃はどうしても溜めの動作が必要なので避けられ、彼の攻撃は表面だけで致命傷に至らない。
そして俺はタマを抱えて避けるので大忙し。
解決策がない訳ではないが……
「タマ。この状況打開する方法一つだけ思いついたんだが、協力してくれるか」
「協力?今の私に協力できることがあるの?」
普通に考えればその通りだ。
今まで治療に力を注いでいた事で魔力はガス欠状態なのに手伝えることがあるとは思わないだろう。
それにデカ狐が狙っているのはタマ。奪われた場合どうなるのか分からない。
その両方を解決する方法を一つだけ思いついた。
「俺と合体してくれない?」
「合体ってまさかリルとした纏を私と君で?」
それが今の俺に出来る最大の策だ。
一応タマを俺と合体状態にすれば触れられたとしてもすぐに奪われる事は防げるし、タマの魔力がガス欠状態と言っても俺から見れば膨大な量だ。
何より九尾との合体のメリットは他にも様々ある。
どんなメリットがあるのかは合体した時に言えばいいか。
「……残念だけどそれは無理。私、君に身も心も許せるほど気を許してない」
「でもこの合体に抜け道があるとすれば」
「抜け道なんてあるの?変な方法でやっても大抵失敗するわよ」
「大丈夫大丈夫。案外難易度高いのは合体するまでの間だから」
「…………具体的に方法を聞いてもいい?」
「こうする」
そう言って俺はタマにキスをした。
目の前にあるタマの顔は驚愕と言う言葉非常に似合う目だったのは間違いない。
まぁ簡単に言うと相手の頭の中を真っ白にしているうちに合体完了させようと言う作戦だったわけだ。
そして現在の俺は狐耳と尻から9つの尻尾を生やした状態に変身したのだった。
「さてと、タマと一緒に頑張って見せてやるか」




