利用するつもりが利用された
明らかな異常事態に対して俺達は警戒していた。
まさか本当に白面金毛九尾が復活するのではないかと最悪の事態を想定していたからだ。
老婆は殺生石に触れながら勝ち誇った笑みを浮かべる。
「これで、これでようやく儂が金毛の頂点に立てる。どれだけこの日を待ち望んだか」
しわくちゃな顔を更にしわくちゃにしながら笑う姿は絵本に出てくる悪い魔女のようでかなり不気味だ。
異常を感じたからか、妙もやって来た。
「ちょっとこれどういう状況?」
「あの婆さんが今回の事件の首謀者。あの殺生石を利用して何かしようとしてる。速攻で殺せばどうにかなるか?」
「むしろ中途半端に止めさせる方が危険のよね……」
「だよな~。こういう時に邪魔すると想定外の事になりやすいし、仕方ないから待ちますか」
という事で仕方なく何らかのアクションがあった際にすぐ動ける準備だけしておく。
そんな俺達の様子に老婆は薄く笑っていた。
「流石のあんた達でもこの力にはそう簡単に手出しできないみたいだね。これで復讐できる」
「ちなみに何に対して復讐したいのか聞いてもよろし?」
俺がそう話しかけてみると意外と老婆は答えてくれた。
「当然。そこの小娘の姉を金毛家のトップとして決めた連中さね。先祖返りだろうが何だろうが、たった20かそこいらの娘と金毛家のトップに持ち上げるなんておかしいにもほどがある。それなら多少力は弱くとも、九尾に至ってなくとも、儂のような物が取り仕切るべきではないかね?」
「まぁ年功序列だけで考えれば?それに本人達も乗り気じゃなかったからな」
「じゃから儂が成り代わるんじゃよ。九尾の力を持って!!」
そう言って笑う老婆だったが……めっちゃ不気味でマジで怖いんですけど。
目が血走ってるし、顔じゅうの皺がめちゃくちゃ深くなっておっかないとしか言いようがない。
ちなみにこの話を聞いていた妙は、呆れていた。
もうとっくの昔に決まった事を掘り返されても、という心境なのだろう。
ただ気になるのは……殺生石の色変わってきてない?
なんか黒から灰色、白っぽくなってきていて明らかに封印が弱まっている気がするんですけど。
「なぁ聞いていいか?」
「なんじゃ。せっかく気分が良いと言うのに」
「あんたの言う九尾に至るってどういう意味で言った?」
「むろん九尾様の妖気を手に入れ、九尾になるつもりじゃ」
「それ多分失敗してるぞ」
「なに?」
「多分中にいる白面金毛九尾が婆さんの体使って外に出ようとしてるぞ」
俺がそう指摘した時にはもう遅かった。
老婆は手を放そうとしても何故か離れず、接着剤でくっついたかのように離れない。
しかも触れている手がどんどん黒く変色しながら手から腕へと黒が老婆の体を這うように広がっていく。
「な、なぜじゃ!?封印は解かないようにしたはず!!」
「相手の方が一枚上手だったって事だろ。伝説の存在を舐めプしてるからそうなんだよ」
こうなったら俺達にはもう止められない。
儀式が完了するまで次の対策をどうするか話し合うことくらいしかできない。
叫ぶ老婆をしり目に相談する。
「で、どうやって再封印する?」
「普通に考えて私達だけじゃ出来ないと思うけど?」
「それじゃ倒す?」
「相手は伝説の存在で未知数の相手に?それこそ無茶でしょ」
「封印した伝承とか残ってない?」
「残ってない。大昔からいる妖怪の人達なら何か知ってるかもしれないけど……そんな時間もなさそうだしね」
「じゃあ状況的に詰みか。結界壊して逃げる?」
「被害が尋常なく広がるからそれも出来ない。ここで逃げたら本当に金毛家も私達も終わりね」
「それじゃ時間稼ぎの超長時間戦線か。俺嫌いなんだよね~、マジ面倒臭い」
「私だって嫌いよ。さっさと倒して休みたい」
なんて話し合っている間も老婆はもう原形をとどめていない。
それどころか足りない物を必死にかき集めているかのように妙によってミンチになった妖狐達を粘土を注ぎ足すかのようにくっつく。
無事なのはリルが回収した生贄予定の彼だけだ。
「リル。そいつ戦力にするつもりか?」
首を咥えてこっちまで引きずられてきたからか、彼の服は乱れ、尻を痛そうにさすっている。
『それもあるけどあとでやる事情聴取のために生かした』
「なるほど。あの婆さん一人だけの犯行とは思えないしな。確かに必要だ」
「僕も戦力に数えているんですか?流石にあれの相手はできるとは思えませんが」
「元々勝てる可能性はかなり低いっての。落としどころは……再封印って所か?ツー、封印の術式は解読できそう?」
『残念ですが呪式の劣化が非常に酷く、解読する事が出来ませんでした。おそらく殺生石から妖気を引き出せていたのは封印の破損が原因ではないかと予想されます』
「まぁ確かに。その方がつじつまは合うな。あれ?そうなると封印の破損に気が付いてなかった可能性あるんじゃね??」
「あるいは力を手に入れる事が出来るからワザと修復しなかった、ですかね?」
『そんなことある?』
色々予想しながらも老婆だったものはとうとう異形に変化した。
と言っても明らかに不完全であり、皮膚のない筋肉むき出しの狐のような化け物になってしまっている。
「おい。こんなのが伝説の白面金毛九尾様じゃないだろうな?こんな気持ち悪いの解釈違いだぞおい」
「私もこれが先祖返りの大元なんて思いたくない」
「僕も同意です」
『明らかになんか変……』
『解析完了。どうやらあの個体は不完全である事の他にいくつかのバグを取り込んでしまった事が原因でこのような姿になってしまったようです』
「どういうことだツー」
『バグの要因として龍化の呪いが理由の一つです。本来不必要な物を取り込んでしまった事により肉体形成の一部が異常を犯し、筋肉がむき出しのような姿になってしまっています。それに加えていくつかの薬物の反応を検知。中毒性の高い麻薬のようです』
「龍化の呪いと麻薬のせいでこうなったのか。呪いはともかく麻薬ってどっから来た?」
『おそらく取り込んだ妖狐達が使用していたのでしょう。それもまたバグが起こる原因になってしまっているようです』
「ここまでくると白面金毛九尾も被害者じゃね?復活しようとしたら老婆に利用されそうになるし、肉体を得るために動いたら呪いと薬物のダブルパンチ。ここまでくるとマジで運がねぇよ」
こればっかりは同情してもいいよね?っという感じで言うとみんな頷いてくれた。
後鳥羽上皇の時代から封印され続けてもう十分反省したでしょ。
さんざん妖気を吸い取られて弱体化している可能性があるし、もうこれ以上虐めなくてもいいじゃん。
不完全な白面金毛九尾(仮)は皮膚がないからか血を体中から垂れ流しながらどこかに視線を向ける。
その視線の先は山の麓であり、裏伏見稲荷大社の本堂がある場所だった。
「やべ!」
視線の先に気が付いた時にはもう遅く、九尾(仮)は俺達を無視して本堂に向かって駆け出した。
慌てて追いかけるが意外と速い!
「リル!!」
こういう時こそ現在のメンバーの中で最速のリルが九尾(仮)に噛み付いたが、すぐに牙を放した。
「どうしたリル!?」
普段なら噛みついて放さないであろうリルの執念をあっさりと引かせたのには何か理由があるはずだ。
そう思ってリルに駆け寄るとリルは地面の上でのたうち回っていた。
どうしたんだと顔をよく見てみると、口の周りが酷い火傷のような怪我をしている。
水を魔術で生み出して顔を洗ってやるとリルは落ち着いた。
『血に触れたらジュ!ってなった……』
「まさか……毒か?」
「いいえ、おそらく呪いでしょう。おそらく血を媒体に呪っていたのでしょう。おそらく効果は『腐食』。ウカノミタマが豊穣の神なのでその逆、土地を枯渇させるような物として呪いになったのでしょう」
「血を媒体にか……」
あの九尾(仮)……もう適当にデカ狐でいいか。
あいつが通ったところも血が落ちたからか、草木が枯れ、地面もヘドロのようになってしまっている。
それにしても血を媒体に、か。
あいつ、サマエルと出会った時の事を思い出すな……
「よし。助けるか」
「え?」
「は?」
『うん?』
妙、彼、リルは何言ってんだこいつっと言う表情と態度を遠慮なくぶつけてくる。
まぁこの状況で何言ってんだと言うのも分からなくはない。
でもどうしてもサマエルの件が絡んでな……
「助けるってどうやって?」
「今のデカ狐は不必要な部分を取り込み過ぎておかしなことになってる。なら多少サイズダウンしても必要な部分だけを残せば結果的に助かるだろ」
「助かるって相手はあの伝説の九尾、白面金毛九尾。助けたとしても再封印されるのがオチだと思いますが?」
「それでもタマと妙のご先祖様だし?助けたらなんかご利益ありそう」
『相手大妖怪だけどご利益あるかな?』
「妖怪だろうが悪霊だろうが崇めればみんな神なのが日本だろ。それじゃ、助けに行きますか」
凄い勢いで山を駆け降りるデカ狐への対策を考えながら俺達は改めて走り出した。




