殺生石とテロリスト
伏見稲荷大社の山を一歩ずつ進みながら俺は確認する。
「確か頂上には殺生石が封印されてるんだったよな?」
「ええ。あそこには白面金毛九尾の本体が封印されてる。封印する際に九つにバラバラにしたとはいえ、あそこにあるのはその本体だから他とはまるで意味が違うけど。というか何でそんな事まで知ってるのよ。ホント不気味ね」
「生前何かに使えるかと思って調べてたんだよ。ま、その後妖狐の血筋のものじゃないと強化できない事を知ってすぐ諦めたけど」
「それ半分デマよ。確かに妖狐限定に力を手に入れることは出来るけど、そんな都合のいい物じゃないわ。ただ単に白面金毛九尾に体を奪われるってだけよ」
白面金毛九尾。
大昔、より正確に言うと後鳥羽上皇をたぶらかし、酒池肉林で日本をぶっ壊しかけた美人妖狐の事である。
物理的に壊そうとしたのではなく、経済的に、言ってしまえばただの贅沢で国を滅ぼしかけるほどだった。
だが途中で後鳥羽上皇の部下が狐にたぶらかされている事に気が付き、強い力を少しでも分散するために尻尾の数だけバラバラにし、石の中に封印した。
その封印した石こそ殺生石と言われる物である。
ただし封印は完璧とは言い難く、封印された恨み憎しみで石の中から呪いをばらまき、周囲の草木を枯らし、大地の精気すら枯らそうとしてしまう。
そのため人間達が住む世界に置いておくことは出来ず、金毛家を中心とした妖怪達が日本各地に殺生石をばらけさせて封印しているのである。
共通している事は呪いが出ているため、周囲に影響が出ないように元々岩場で生命が少ない土地に封印されていることだ。
ちなみにこの封印に関しては妖狐だけではなく日本各地の妖怪が協力して行っている。
「体奪おうとして来るんか?」
「白面金毛九尾にとって都合のいい妖狐ほど奪われそうになるけどね。性別が女性だとさらにヤバくなるの」
「それ妙が行ってもやばいじゃん。今からでも大神遥先生と交代してもらったら?」
「そう簡単に行かないわよ。龍化の呪いほどではないけど、結局無差別攻撃だから誰が行っても同じ。お姉ちゃんはかなりきついみたいだけど」
「あいつ昔から適正高すぎたからな。白面金毛九尾にとっては最高の器なのかもしれねぇな」
「……ねぇ。本当にあなた一体何者なの?そのこと知ってるの身内だけなんだけど」
「前世の頃に教えてもらっただけ。まぁ2人とも先祖返りだし、当然と言えば当然なのかもしれないけど」
「…………何でそんな事まで知ってんのよ」
もう何で知っているのかと聞くのも疲れたと言う様子で呆れ返っている。
それなりに歩いた後、少し呪いの力を感じる。
「この感じ……なんか儀式的な事してねぇか?」
「してるわね」
俺達に続いてリルも低く唸りながら警戒する。
よし。こういう時こそルール無用の何でもありバトルの本領発揮だろう。
「妙。ここから頂上までならそんなに魔力使わないよな?」
「え?ええ。撃ち方にもよるけど大きく減る事はないわね」
「ならここで銃弾の雨を降らせてもいいんじゃないか?」
え、それやって良いの!?っと言う風にリルが俺の顔を見る。
「良いに決まってるだろ。相手は何しでかすか分からないテロ集団だぞ。速やかに制圧する方法があるならその方法をすぐ使うべきだ。しかも白面金毛九尾の力使おうとしている以上スピード重視」
「……それもありね。悪い事をしている連中に情け容赦は必要ない物ね」
そう言いながら銃を空に構える妙だが、それじゃまだ弱い。
「何やってるんだよ妙。出し惜しみしてないでガトリング状態でハチの巣にしてやれ」
「あ~あれ?あれ地味に魔力消費激しいからできる限りしたくないけど……というかそんな事まで知ってるの?」
「他にもスナイパー仕様とか、ショットガンとか一通り変形できたろ。やっちまえよ長距離攻撃チート」
「……ホントどこまで知ってるんだか。でもその代わり音と弾道でバレても知らないわよ」
「その辺は自由に弾道変えられるんだから調整しろよ。音に関してはこっちでごまかしておくから」
「全く……あ、でも私達を追い出そうとしている奴に関しては誘導できないわよ」
「え、マジ?もしかして仮面でもつけてた?」
「ええ。狐のお面を付けてたからそいつだけは魔力を追って攻撃するしかない。その分精度が下がるから」
「了解。それじゃリル。俺達は接近戦を仕掛けるぞ」
『え、私達前線に出るの?』
「より正確に言うと超常で何してたのか確認するって言い方の方が合ってるな。白面金毛九尾の力を手に入れようとしてたのかもしれないし、あるいは封印を解除しようとしていたのかもしれないし、とにかく何をしようとしていたのか確かめる必要がある。それに首謀者を確実に捕まえるか殺しておかないとダメだろ」
『う~ん。妙ちゃんの銃弾の雨の中で戦うの怖いな……』
そう言いつつも足に力を入れるリル。
文句言いながらも俺についてきてくれるのは本当に助かる。
「そんじゃ行ってくる。誤射すんなよ」
「大丈夫。殺す時は一発で昇天させてあげるから」
おっそろしい女だと思いながらも背中を任せるには頼もしい存在だ。
妙に結界と幻術の応用で周囲から発見されにくくしてから俺とリルは頂上に向かって走り出す。
頂上に近付くにつれ、聞こえてくる悲鳴の声。到着してみるとそこには予想通り妙の銃弾によってハチの巣の状態で動くに動けない連中の姿がそこにあった。
一応例の回復で撃たれた先から回復しそうに放っているが、それよりも早く全身を撃ち抜かれているので回復速度が追い付かない。
彼らの肉体はミンチやひき肉と言った表現が非常にあっており、肉たたきで限界まで肉を潰したらこうなるのかな?っと思う。
そんな地獄絵図の中、1人だけ器用に銃弾の雨を避けている者が居た。
8つの尻尾で銃弾に触れてほんのわずか、薄皮一枚だけ削られたくらい銃弾を受けた後、銃弾の横に触れて銃弾を弾くと言う神技と言っていいくらいの事をしている。
その姿を見てわざとらしく口笛を吹いてから俺は問いかける。
「あんたが首謀者?」
そう聞くと首謀者と思われる人は立ち上がった。
意外にもその姿は巫女の姿をしており、白い狐のお面を付けている以外特に変なところはなかった。
いや、違和感が全くないと言うのもおかしな話だ。
それに俺も知っている感覚がこれから漂ってくる。
これは……
「初めまして。あなたの言う通り私が今回の事件の首謀者です」
声も女性の物。
「殺生石の前で何をする気だ?」
「もちろん白面金毛九尾の力を取り込んで金毛タマ、金毛妙に対して復讐し、金毛家の正統後継者として名乗りを上げるつもりです」
「一体どれだけ前の先祖かも分からないご先祖様の力を使ってか」
「はい。私が金毛家のトップに立てなかった理由は尾が8つしかない事。ならばどのような力であろうとも9つの尻尾になれるまで力を手に入れなければならないのです」
細かい仕草も女性的だが、やはり違和感がある。
ああ、思い出した。
九尾の血を者だと思っていたから基本的な事を忘れていた。
その事を思い出すと霧が晴れたかのようにスッキリとした思考が出来る。
やっぱりこいつ……
「ですから邪魔を――」
「お前の場合それ以前の問題だろうが」
「…………何の事でしょう?」
「金毛家のトップ、その意味は実は色々ある。例えば宮司さん。あの人はウカノミタマに仕える最高位の神官だ。戦闘面はともかくウカノミタマに仕える儀式面で言えばタマも妙も敵わない」
「しかし地位としては金毛家の者の方が上です」
「そうだな。でも金毛家のトップになるための最低限必要な項目がある。でもお前はそれを満たしていなかった」
「一体何の事――」
「性別」
俺がそうはっきり言うと首謀者は黙った。
俺の口を止めるつもりもなさそうだったので続けて言う。
「さっきからお前俺達の事化かしてたな。九尾以前の問題、というか妖怪としての基礎能力。『化かす』それを使ってさっきから俺達のお前の性別をごまかせてただろ。金毛家のトップになるには、女性でなければならないと言う最低条件がある」
少し変わっているかもしれないがこれが金毛家のトップになる最低条件だ。
なぜ女性でなければならないのかと言われると、理由は2つ。
1つはウカノミタマが女神であり、不貞行為をしないであろう女性であるべきという理由。
2つ目は白面金毛九尾は女性だったと言う理由からだ。
どちらも重要な象徴が女性であった以上その後継者も女性であるべきという考え方から決まったらしい。
だからもし男性でトップを目指すのであればウカノミタマに仕える宮司になるしかない。それが金毛家の男の中で最も高い地位になられるポストだからだ。
「でもお前はどうしても男性だ。お前本当に首謀者か?お前の雰囲気からそこまでの恨みや憎しみを感じない」
俺がそう言うと彼は肩を震わせた。
怒りか何かかと思っていたが、彼がお面を外すと笑っている事が分かった。
彼の顔は非常に中性的であり、しっかりと見なければ女性と勘違いしてもおかしくないほど整っている。
そんな彼は笑いながら言う。
「正解です。僕は首謀者ではありませんよ」
「やっぱりな。どうせ本物の首謀者はどこかで高みの見物を決め込んでるんだろ?」
「それも正解です。やはりあなたは凄いんですね。あの結界を壊さず突破して来たので最初から分かっていた事ですが」
「俺一人の力って訳でもないさ。それで、計画の駒として使い捨てられそうなお前はそこで何をしていた」
「そうですね……簡単に言うと生贄の儀式ですよ」
「生贄?お前が?」
「はい。白面金毛九尾は女性、しかもかなり淫乱な妖狐です。男をたぶらかし、酒池肉林を楽しんだ伝説の悪女。なので彼女好みの男性を生贄にすることで封印を解く事が出来るんですよ」
「それ完全にお前使い捨ての駒確定じゃん。死にたくなかったら逃げちまえ」
「おや?捕まえなくてよろしいので?」
「それ以上に封印が解かれる方が面倒だろ。封印が解かれたらタマと妙がどうなるか分からないし、妖怪業界自体もどうなるか分からないし、面倒事の気配しかしない。すぐに止めなさ~い」
「ふふ。そう言うわりにはやる気のない声ですね。でもやめられない理由もあるので続けさせていただきます」
「させるかよ」
そう言って俺とリルは彼に向かって突っ込んだ。
だが彼は尻尾を巧みに使い、鞭のように、破城槌のように、オーラで強化した尻尾で攻撃して来た。
それが1つ2つならどうにかなっただろうが、それは8本すべてとなれば話は変わる。
妙の銃弾の雨をやり過ごしながら俺達に攻撃してくるのだから文字通り手数が足りない。
どうしたものかと考えていると、彼は急に震え始めた。
何かの攻撃の前兆かと身構えていると、彼自身も戸惑っている様子で震える手を不思議そうに見ていると突然お面が浮いたかと思うと彼を蹴飛ばした。
「どうやら高みの見物じゃなくて、最前列で見てたみたいだな」
お面から妖狐の老婆が現れ、その老婆が彼を蹴飛ばして殺生石の前に立った。
「ご苦労じゃった。もう休んでええよ」
そう言うと老婆は殺生石に手を置いて叫んだ。
「祖よ!我らの偉大なる祖よ!!贄をここにご用意いたしました!!お姿をお見せください!!」
あ、これ結構ヤバい奴。
そんな俺の勘が正しいと告げるように黒い雲が空を覆い始めた。




