潜入、そして状況確認
結界内に入った時の感想は、久々に戦場に来たなっと言う物だ。
静かで澄んだ神聖な雰囲気はどこへやら。
空気は血の匂いと腐った肉の匂い、そこかしこから聞こえる鉄と鉄がぶつかる音、火薬や魔法によって起きた衝撃を肌で感じる。
「な、なんですかこれ!?」
涙はそう驚きながら口を手で押さえた。
境内のそこかしこに血の跡が残っており、腐臭の正体は底からのようだ。
死体がないのは誰かが回収したのか、それともまだ生きていてどこかに隠れているのか、まだ分からないがとりあえず前線と思われる場所に行けば多分タマ達はいるだろう。
「リル。タマの居場所分かるか」
俺の問いにリルはすぐに答える。
「それじゃ行くか。涙はどうする?」
「わ、私は……」
「無理するもんじゃない。その様子を見るに戦場は初めてなんだろ?敵味方の区別もつかない以上出来るだけ固まっていきたいが、大神遥を見つけて一緒に行動した方がいい。多分戦えない人達を守っていると思うから、一緒に守った方がいいだろ」
「お父さんはどうするの?」
「俺は殺すのが得意だから前線に行く。リル。やっぱりまずは大神遥のところに行こう。急いだほうがいいか」
再び聞くと頷く。
そして視線を向けるのは裏伏見稲荷の本殿。おそらくあそこに大神遥がいるんだろう。
「それじゃまずは涙を送るか。行くぞ」
「う、うん」
涙は緊張しながら、周囲の空気に怯えながら俺のすぐ後ろを歩く。
だがすぐに俺達に向かって殺意が飛んできた。
即座に反応し、涙の後頭部を狙って飛んできた物の正体を掴んでみると意外な正体だった。
「こいつは……管狐か。呪われてやがる」
管狐。狐系の妖怪であり手足は無くかなり弱い。
その代わり隠密に優れており暗殺や監視などで使用される事が多い。
だがこの管狐は龍化の呪いによって狂暴化しており、俺に捕まれている間も何とか抜け出してこちらを食い殺そうとあがく。
「また呪いか。例の抜けだした奴がマジで薬ばら撒いてるな。面倒な事しやがる」
管狐に威嚇で気絶させると呪いは俺の中に移動する。
呪いがなくなるとくたびれたように手の上で力尽きる。
完全にフニャフニャになってしまったのでマフラーのように首に巻いてみる。
「あ、これ意外と気持ちいい。それにしてもまた呪い関連とかもうパンデミックのレベルだろこれ」
「お、お父さん……ありがと」
「……甘えすぎるな」
「え?」
「確かに俺が守るが今のはお前でも反応する事が出来たはずだ。確かに初めての戦場で怖いかもしれないが、それでもいつも通り気丈にふるまえ。修行通りに動けばこの程度の雑魚、呪われていても大した事ない。自信を持て」
「わ、分かった」
俺がそう言って気を引き締めさせると、涙は一度だけ目を閉じて深呼吸をすると少しだけまともになった。
これなら強くない相手なら不意打ちに来ても対応できるなと思いながら本殿を目指す。
本堂に向かいながらも時々呪われてしまった管狐たちが襲ってくるものの、大して強くないのが助かる。
しかし本殿付近に到着すると呪われた妖狐たちが本殿を襲っていた。
本殿を必死に守るのは大神遥と呪われていない伏見稲荷の神職達。同胞……ではないのか呪われた妖狐たちを遠慮なく狐火で追い払ったり、手にする薙刀や小刀などで応戦している。
草むらに隠れてその様子をうかがいながら涙の様子を確認する。
「こりゃ助けた方がいいな。涙は戦えるか?」
「一応……」
自信なさげに言うのは仕方ないだろう。
まだまだ若いのだから戦場を知らず、戦場の空気に飲まれて委縮するのも当然だ。
何よりすぐ近くに死の気配があると言うのは大きなストレスだろう。その死がいつ自分に向かってくるか分からないと言う状況は素人にはかなりきつい。
「無理しなくていい。俺が強襲をかけて場を引っ掻き回すからその間に大神遥先生と合流して状況を報告してくれ。出来そうか?」
「そ、それくらいなら……」
「よし。それじゃ俺達が場を乱したら先生に向かって走れ。慎重にな」
そう言って俺とリルは駆け出した。
もちろん場を乱すのが目的なので特別強力な技は必要ない。
ただ想定外の所から攻撃されれば敵は必ず新しい敵に注目する。その心理を利用すればいいだけだ。
草むらから飛び出した俺とリルは死なない程度に、こちらを無視できない程度に攻撃を開始。
すぐに相手は攻撃の対象を本堂から俺達に切り替え狐火を放ってくる。
魔力弾などで攻撃するが殺すほどの強力な物ではない。精々石を投げられたくらいの威力に調整してある。
それでも当たり所が悪ければ死ぬが、気を引くにはこれくらいの威力はどうしても欲しい。
リルは敵の足元を高速で走り回る事でかく乱と同時に同士討ちを狙っている。
実際その作戦は功をそうしており、敵同士の狐火が当たったり、足元などに当たって混乱が起きている。
ただ気になるのは相手の服装。どう見ても金毛家の正装だ。
見た目こそ神職が着るような着物だが、戦う事も想定した装飾の少ない服。小さな烏帽子までかぶってこれはほぼ確定。
懐には戦闘にも使えるように調整された扇子にも金毛家の証拠である金の勾玉がアクセサリーとしてぶら下がっている。
つまりこれは金毛家による離反?タマと妙を裏切ったって事か??
いや、あいつらの事だから裏切ったつもりなんてないだろうな。
取り戻しに来たって所か。
簡易な魔力弾だけで応戦していると本殿を守っていた人達が少しずつ敵を追い出し始めた。
敵戦力を混乱させることは出来たし、俺も事情を説明するために大神遥に会わないと――
「誰も殺さないとは意外ですね」
なんて考えていたら大神遥の方からやってきてくれた。
「お助けありがとうございます」
「むしろこちらの方が礼を言うべきでしょうね。高天ヶ原に使いを出したとか」
「俺と涙の世話役ちゃん達にお願いしました。結界の隠蔽部分が壊れた時に気が付いたのでかなり遅く感じたでしょう。申し訳ありません」
「いえ、こちらもこうなる事を想定していなかったので仕方がありません。まさかこんな事をするだなんて……愚かな」
「で、何があったんです?」
「それはまず目の前のもの達を無力化してから話しましょう。まだ殺さずに戦うことは出来ますか」
「面倒くさいですけど、出来ますよ」
そういう事ならと思いながら俺は倒す作業に入る。
と言ってもやり方は簡単。人間スタンガンになればいい。
いくら妖怪と言っても人間同様に生物だ。死なない程度の電気を浴びせれば感電する。
だから俺はリルと同じようにスピード特化で相手に触れ、バチンと電流を流す。
食らった相手は泡拭いて倒れるが死ぬほどの電圧ではないので問題なし。精々しばらく白目向いて気絶するか、筋肉が言う事を聞かず動けずにいるくらいだ。
リルも同じ方法で少し体を擦るように相手向かっていき、相手を軽く感電させる。
効率重視で手あたり次第近くの相手から確実に感電させる。
だが一部の連中は不利と悟ったからかどこかへ逃げてしまう。
その方向は……会議が行われていたはずの場所だな。
会議室が相手のアジトという事でいいのかな?
そう思いながら感電した連中を縄で縛り上げる。感電しているとはいえいつ動き出せるか分からないのでこれくらいの警戒は当然だ。
「こんな所ですかね?」
「十分です。これから本殿で作戦会議と状況を説明します。涙さんは先に本殿の中にいます」
「それは良かった」
「……戦いがどういう物か、知ってしまいましたが」
ん?
あ、あ~……そういう事か。
確かにあまり見せられるものではないよな。
そう思いながら本殿に入ると、そこには様々な怪我人たちが横になっていた。




