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転生者の贖罪  作者: 七篠
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sid妙 気持ち悪い相手

 気持ち悪い。

 私、金毛妙はそう思いながら自室の扉を閉めた。

 吐き気を催すほどの気持ち悪さ。それは見た目の問題ではなく精神的な物と不気味さからくるものだ。

 平気なふりをして、何時でも殺せるぞと脅してみたものの、どこまで通用しているのかは分からない。

 荷物を投げ、トイレに入ってまず腹の中の物を吐き出した。

 何度も何度も出て来る吐しゃ物と胃液が喉を痛める。

 だがどれだけ出しても収まる気配がない。止まった時にはすでに胃の中の物はすべて吐き出された後だ。


 息を切らしながら扉を開けるとそこにはお姉ちゃんがミネラルウォーターを持って待っていた。


「大丈夫?文句言おうと追いかけてみたらこのありさま。そんなに気持ち悪かった?」

「うるさい」


 そう言いながらも水を奪い口をすすぐ。

 洗面所で吐き出すとお姉ちゃんは心配しながら言う。


「本当にどうしたの?いつも冷静なあなたがあんな感情的に動くなんて、まるで昔みたい」

「放っておいて。今余裕ない」


 呼吸を落ち着かせているとお姉ちゃんは少し遠くから心配しながら鏡越しに見る。

 むしろ私としてはよくあんな気持ちの悪い奴と一緒に居れる物だと思う。


「……何でお姉ちゃんはあいつのそばに入れるの」

「あいつって……そりゃ私の患者だからね。出来るだけそばにいてあげないと」

「なにそれ。今まで治療してはいお終いの関係を貫いてきたのにどんな心変わり?」

「彼は……精神的に壊れているからあまり目を放したくないだけ。少し目を放したとたんに自分の体も壊しかねないトレーニングばっかりするから、どうしてもね」

「しかもあれ、呪われてるじゃん。しかも龍化の呪い。そんなに心配なら強制収容施設に閉じ込めればいいじゃん」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、しっかり理性も保ててるし、呪いの制御も出来てる。そうなると解放条件を満たしているから強制収容できないのよ」

「あの口先だけの嘘条約本当に守る気あったんだ」

「まぁみんな暴走しっぱなしだったからそう思うのも仕方ないかも。彼はそんな呪いをコントロールできる実験体として監視させてもらってるからその報酬とでもいう感じで自由にしてるの」

「だったらもっとちゃんとした首輪付けて。なんなのあの中途半端な首輪。本当にいざって時の緊急用じん」

「仕方ないでしょ。束縛しすぎた場合どうなるのかも分からないし」


 話しながら呼吸も頭の中も落ち着いてきた。

 鏡越しではなくちゃんと目を合わせてから聞く。


「私、一応あの気持ち悪い奴の事渉から聞いてる。あそこまで気持ち悪い奴だとは思わなかったけど、あれは本当に何なの?ただ呪われてるってだけじゃない。転生者ってだけじゃない。あれは本当に何なの?何で私達の事を深く知ってるの」


 あいつは異常だ。

 普通発砲されたら避けるものだ。

 いくら速いと言っても化物に片足突っ込んでいる存在ならあれを避けるのはどうって事ない。

 だがあいつは私の銃の事を最初から知っているかのように両手で挟んで止めた。

 事前に知っていないとできない行動。


 私は主に暗殺を担当している事から私の事や私の銃の事はほとんど隠されている。

 隠されていないのは状況に応じて銃を様々な形態に変化させる事だけ。あとは私オリジナルの術式や妖術だと言ってごまかしている。

 それなのにあいつは最初から私の銃弾の特性を知ったうえで止めた。


 何故そう断言できるかはその行動で分かる。

 撃たれた瞬間驚きはしたものの、すぐに理性を取り戻し迷わず止める事を選んだ。

 私の経験則だが撃たれた際に取る最も高い行動は回避、次に高い確率はオーラを鎧のようにして守る、その次に持っている武器で迎撃する。

 そしてあいつがやった行動、銃弾を止めると言う行為はほとんどない。

 この行動をする者は、私の銃弾の特性を知っている者だけだ。


 だから余計にあいつが気持ち悪い。

 こちらは知らないのに向こうは一方的に知っている。

 それが吐き気を催すほどに気持ち悪い。


「それは私にも分からない。彼は私達の事を深く知っているのも私も分かってる。そしてそれを教える気がないのも分かってる。でも私達に対して悪意を向けてくるような事はしていない。何を考えているのかは分からないけど、でもきっと妙が考えているような物じゃ――」

「私が考えているような物だろうとそうじゃなかろうと、やっぱり一方的にこっちの事を知られているって言うのは気持ち悪いよ。何でリルさんは懐いてるんだろ」

「それこそ本人に聞いたら?リルは動物的な勘で動いているみたいだから理解できるかどうか分からないけど」

「それじゃ意味がないじゃない……」

「でも……」

「でも?」

「なんとなくだけど、彼の本質的なところは善人じゃないかと私は思ってる。だからこそリルも心を開いていると思う。あの人の感情に敏感なリルが懐いている事がその証拠の一つになるんじゃない?」


 お姉ちゃんはそう言うけど……


「でも、全然信用してないじゃん」

「え?」

「ずっと彼とかで名前で呼んでないじゃん。確か……佐藤さん?だっけ??名字しか知らないけど名字で呼ぶ事もなく名前で呼ぶ事もない。それって本当に信用しているって言えるの?」

「それは……何か違和感があって」

「違和感?」

「どこか、心のどこかで違うって叫んでるのよ。彼の名前は柊じゃない、確か〇〇だって。もしかしたら私達は彼の前世を知っているのかも……」

「でも私達は全く覚えてないよ。相手の記憶を消す魔法とかはかなりあるけど、関係者全員から記憶を消す、しかも戦闘能力だけ見ればかなりの上澄みであるはずの私達込みで?そんなの神仏じゃないと使えないようなレベルだと思うけど」

「……消失魔法」

「…………」

「あれなら理論上はできる。神仏だろうと終焉の力を持ったあの魔法体系ならどうにか出来るかもしれない。問題は範囲内だけど……」

「ちょっと待って。消失魔法で私達の頭の中から記憶を消した理由も分からないのに見つけ出す気?無理無理!!消失魔法は何かを対価にして消失させた分力を増す禁呪!普通の記憶操作、思い出せないように蓋をするんじゃないんだよ。力の対価として消失してるんだよ。それなのに範囲内を調べるだけでも……」

「確かにかなり難しい。でも少しくらい穴があるかもしれないじゃない。取りこぼしのような物があれば彼の事を知る事が出来るかもしれない!」


 まるで希望のように言うお姉ちゃんの姿は、非常に懐かしい。

 昔からお姉ちゃんはできそうな事には何でもチャレンジして、明確に失敗だと判断するまでは諦めない。

 お姉ちゃんがこんな性格になったのは――あれ?何でだっけ??思い出せない??


 ちょっと待って、冷静に思い出してみよう。

 確かお姉ちゃんがチャレンジ精神が強くなったのは誰かの影響だったはずだ。

 いっつもお姉ちゃんの前を進む誰か。それは私達にとっていつもの光景で――


 ……

 …………

 ………………

 ……………………


 本当に何も思い出せない。

 え、何で?何で思い出せないの??

 この記憶は私達にとってかなり大切な記憶だったはずじゃ……


 無理に思い出そうとすると頭に激痛が走った。

 まるでそれ以上は思い出すな、そう警告しているような激痛。

 でも私は確かに見えた。


 最後の戦い、ジハードで立ち去る誰かを――


「妙!」


 お姉ちゃんに大声で言われて我に返った。

 あれは一体誰?


「妙大丈夫?もの凄く痛そうだけど」

「……お姉ちゃん。私達、幼馴染って何人いたっけ」

「幼馴染?それは渉と雫と……で終わりだっけ?あれ?もう一人居たような……」

「男性。男の子だと思うんだけど思い出せない?」

「…………ごめんなさい。思い出せない。でも渉以外に男の幼馴染なんていたっけ??」


 お姉ちゃんは完全に覚えてない?

 もしかしてこれは本当に記憶が消されてるの?

 でも何で私達の幼馴染かもしれない人の記憶が消されてるの??


「……短い間だけど、私もあいつを監視してみる。少しでも気持ち悪いのが治るかも」

「そう?でも彼を脅かさないようにしてね。彼かなり怯えてたから」

「そりゃそうよ。私の銃弾から逃げられる奴なんて存在しないんだから」


 この記憶を封じたのはあの気持ち悪い奴がしたんだろうか。

 もう少しちょっかいを出しながら探るしかない。

 あまり時間はないけれど。

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