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epilogue1

 今更ながら、止めときゃよかったと思った。

「紅蓮様、そんなに浮かない顔してどうしたんですか。せっかくちい姫様が……」

 そう、先日ちい姫が紅蓮との婚約を正式に承諾してくれたのだ。だが、紅蓮にとって今更だった。少しだけ、別の女性を想いはじめたそんな矢先である。

「……もう少し早かったらこう思わなくて済んだのかもな」

 疾風が不思議そうな顔をしていた。

「……いや、なんでもない」

 あそこで出会った少女と心を通わせた。自分が四条院の人間でなければ、否、ちい姫との婚約を言い出していなければ付き合うくらいは言ったかも知れない。

 待ち合わせのホテルに向かう足取りが重い。

「は?」

 ロビーで待っているのかと思ったが、部屋にいるという。待たせすぎたせいだろうか。

「待た……」

 ロビーで受け取った鍵で開けた部屋に入って、絶句した。明かりがついていない。これが答えか。すぐ帰っただけでは角が立つ。明かりをつけた。

「会議が長引いていたのは聞いてたので」

 明かりをつけた瞬間、聞き覚えのある声を聞いた。

「お久しぶりです、紅蓮様。それとも緋炎さんの方がいいですか?」

「な!?」

 窓際で微笑む少女を見てまた絶句した。その少女は見覚えのある少女だった。

「本当に気がついていなかったんですね」

「なつ……き?」

「はい」

 そこにいたのは祖父江 菜月。聖の店でバイトをしていた少女である。

 何と馬鹿馬鹿しい限りだろうか。この少女に当たり前のように婚約の話をしていたし、そして……。

「もう無効なんですよね?」

 寂しげに菜月が微笑む。

「気がついたならその時言えよ」

 思わず身体中から力が抜け、へたり込んだ。

「だって言ったら本当の人となりが分からないと思ったので」

「え?」

 意味が分からない。

「あたしもずっと覚えてましたよ?でもそれは無理な話だって周囲から聞かされてましたから。でも紅蓮様はその話を大事にして、そしてあたしが良いと言ってくれました」

 そして樹杏からは婚約の話を聞かされていなかったと。

「樹杏兄さんはあたしが傷つくのが嫌だっただけですから、許してください」

「だから、気がついたときに言ってくれれば……」

 こんなに重い足取りにならずにすんだ。

「だって、言ったらきっとその時点で紅蓮様としてあたしに接すると思ったんです。緋炎さんのままで接してもらって、紅蓮様のことをあたしは知りたかったんです。あたしも紅蓮様の中にある美化された『ちい姫』じゃなく、等身大の今のあたしをそのまま見て欲しかったから」

「菜月」

 思わず強く抱きしめた。そして唇を重ね、舌を絡めていく。

「ん!!」

 驚いて菜月が唇を離した。

「な……な……」

 真っ赤にして口をパクパクさせていた。

「それじゃ分からんぞ?」

「何でいきなり舌入れてくるんですか!?」

 その言葉を聞いて思わず吹き出した。

 抱きしめたときに硬直したのはすぐに分かった。そして唇を重ねられ、舌を入れられパニックを起こしたのだろう。

「今まで言わなかったお返しだ」

 そしてまた唇を塞いで舌を絡めていく。次は逃げられないようにしっかりと押さえる。

「ん……んんんん~~~~」

 パニックを起こし、どうして良いか分からない。それが伝わってくる。

「仕方ないだろうが。ちい姫と菜月、ふたりが違う人物だと俺は思ってた。そんな状況で菜月と話してる時間が楽しいと思った。ちい姫との婚約考え直そうかなんて、本気で思ったんだぞ」

 唇を離し耳元で囁く。

「え?一応端々にそれとなく入れていったんですけど。実際聖さんは気がつきましたし、だから今月いっぱいであたし解雇なんです」

 そう言いながら初めて背中に手をまわしてきた。

「婚約の話、無効じゃなくていいんですか?」

「それはこっちの台詞だな」

 そして今度は優しく唇を重ねた。


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