保護者への詰問と突きつけられる現実
久し振りに静かに妹と一緒に歩く。化粧したせいか、いつもと雰囲気が違う。否、化粧して少しでも雰囲気を変えないと妹はあの男に連れて行かれてしまう。
「あ、あれ可愛い」
妹にも頼んで一緒に歩いているときは「兄さん」と言わせていないし、わざと腕を組んで歩く。それが周囲からどう見えようが、妹を守るためなら汚名くらい喜んできてやる。
「咲枝様、ちょっと驚いてたね」
「化粧して、ウィッグ被ってたからだろ。外したら喜んでたじゃないか」
「うん。……そこまでしないとあたし、危険なんだよね」
「……あぁ。お前をなぐさみものにしたくない」
その言葉に妹がうつむいていた。
「気にするな。咲枝様も大丈夫だとおっしゃってただろ?」
「うん。でも普通に一緒に歩きたいなって思っちゃう。ホントはあれ、させるのも嫌なんでしょ?」
「当たり前だ。危険が伴いすぎる。っていうか、どうしてあんな痣がつく?」
「ダンボールとかぶつけちゃうの」
嘘だと思う。それでも少しの間でいい、妹にやりたい事をやらせてやりたかったのだ。
「楽しいか?」
「うん。凄く楽しい。学校に行ってる時よりも、ずっと楽しい」
「だったら、いい」
周囲から聞こえたらこれがどんな会話に聞こえるか。それは冬太に注意されている。それでも、この会話を止める事ができない。
マンションに入っていくとき、後をつけていた人物と目が合った。
「誰だ?あの男」
「え?」
妹も思わず後ろを見た。だがその時にはいなくなっていた。
「気にするな。お前の顔を写せるようには歩いていない」
その言葉にぎゅっと妹がしがみついてきた。冬太の額に青筋が浮かぶのだけは確定だ。
翌日、詰問までいくと思わなかった。
「この写真の女性との関係は?俺は妹だと思いたいが」
もう少し質問にひねりを出せばいいものを。馬鹿げている。
「さて、あなた方に詰問されるいわれはありませんが」
「お前が移動してからずっと、援助交際の噂があった」
その言葉に思わず鼻で笑ってしまった。
「それに関しては誤情報だとだけ、言っておきます」
「では、女性は誰だ?」
「妹に歳の近い女性です。それが?」
「妹は?」
「今、自分の側にはいませんので」
その瞬間紅蓮の顔から血の気が引いていく。すぐにどういう状況か思い当たったのだ。
「あぁ、それから『援助交際』とは確か、肉体関係を伴うものでなかったでしょうか?生憎ですが、一度も触れた事はありませんが」
噂の出所はあのあとをつけていた男とそれから途中で走っていった女だろう。
「馬鹿馬鹿しい限りだ。せめてあの男と同系列で扱って欲しくないものですが」
「ふざけるな!」
こういうものに向かない男だ。紅蓮が怒鳴りだした。
「まったく、もう少し丸くなられた方がいい。上に立つものとしてそれではどうかと。失礼します」
話は終わっていないだろう。だが、そんなものに付き合ってやるほど、樹杏は優しくない。
すぐに入り口を塞いだのは華弦だった。
「何のつもりですか?」
「一つだけ、答えてやって欲しいのですが」
それだけ言うと他の重役たちを下げていく。
「あなたは援助交際とかと無縁だと思います。だから総括責任者が聞きたいことは一つなんです」
それを他の重役たちが驚いて聞いていた。
「……ちい姫は、無事なのか?祖母は昨日、会ったと……」
誰もいなくなった部屋で、悔しそうな顔をして紅蓮が言う。
「情報の通りです。では」
取り交わした約束など、一度そちら側が拒否しておいて何言いやがる。それが樹杏の本心だった。
情報の通りです、その言葉が重かった。
「うぁぁぁぁぁ!!」
思わず叫んで机に拳を落とした。昨日の希望が絶望に変わっていく。
「それからあまり面白くない情報だ。聖マリア学院や琴織を含む四私学の学生の調書に改竄の跡があった」
「は?」
「どれも高校一年。祖父の姓に由来する子供は祖父江 菜月を含めて二人。公立でも同様のものあり」
「つまりあいつだけ、改竄されていたわけでないという事か?」
「あぁ……その中にちい姫がいるのかもしれない。少しだけ、希望を持て」
華弦が言う。
「何故……会えない?」
「紅蓮」
会いたいのに、会えない。
握った拳から血がにじみ出た。




