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拝啓、親父殿。幼馴染が怖いです。  作者: F1チェイサー
第2章 おうじょさまのいらい
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せんごしょりとかみなり

 光が収まると、黒い焼け野原となった平原に五つの影が横たわっていた。エレンの結界は崩壊し、ジンの星ももう消え去っている。

 そんな中、ジンは剣を杖に使って傷だらけの体を起こした。


「ってー……また我ながらずいぶん派手に喰らったもんだな。おいエレン、生きてるか?」


 ジンは未だに横たわっているエレンにそう声をかけた。すると四人のエレンのうちの三人から碧い光が出てきて、一人の所に集まった。

 どうやら人形に溜めこんでいた魔力を本体に集め回復させ、意識を取り戻させたようだった。


「……ええ、何とか生きてるわ……四人分の魔力を使わないと私一人守れなかったけどね……」


 エレンはそう言うとゆっくり体を起こした。

 綺麗だったレモン色のローブはところどころ焦げてボロボロになっており、体中に火傷のあとが見受けられる。


「で、どうするんだ? まだ続けるか?」

「冗談。私の魔力はもうほとんど空っぽだし、人形達ももう動けない。これ以上続けるのはもう無理ね。だから降参させてもらうわ」


 ジンの言葉に、エレンは小さくため息をついて笑いながら、首を横に振って両手を挙げた。

 それを見て、ジンは大きく息を吐き出した。


「そうかい。なら、この決闘は俺の勝ちだな。……しかし、こんなきつかったのは久しぶりだったぜ。楽しかったよ、エレン」

「私も貴方の命の輝きが見れたから大満足よ。あの全てを焼き尽くすような青白い烈光……素晴らしいとしか言いようが無かったわ……」


 エレンは夢見心地の表情でそう言いながら周りを見た。

 そこには眼を閉じた状態の人形が三体、ボロボロになって焼け跡に転がっていた。人形達は炎によってところどころが焼け落ちており、欠損部位が数多く見受けられた。

 エレンはそれを見て、ふうっと溜め息をついた。


「やれやれね……三十年分の人形が使い物にならなくなっちゃったわ。これ、修理できるのかしら……」

「まあ、とりあえずはいったん城に戻らないか? お互いに治療が必要だことだし、何よりこれがバレたら他の連中に何か言われそうだからな」

「そうね。まずは戻って傷の手当てをしないとね。“亜空の扉(アナザクレム)”」


 エレンの魔法によって出来た空間のゆがみをくぐり、二人はお互いの肩を貸し合って城の一室に戻ってきた。

 その部屋はジンの部屋ではなく、本が大量に並び、一角に様々な道具が置いてある広い部屋だった。

 どうやら、エレンの部屋に戻ってきたようだった。


「あ、お帰りなさいご主人……ってどうしたっスか、その傷!? それにジンの兄さんも!?」


 二人の姿を確認した翠の妖精は、その傷だらけの姿を見て大慌てですっ飛んできた。

 エレンはそれを片手で制止する。


「静かになさい、キャロル。ちょっと決闘して負けてきた位だから大丈夫よ」

「ああ、俺も手ひどくやられたが今のところ命に別条はない」

「一体誰がこんなことしたっスか!? ええい、こうなったら関係者全員調べ上げて……んっ」


 キャロルは今にも飛び出さんばかりの勢いでそうまくし立てる。

 エレンはそれを唇に人差し指を当てて止めた。


「ちょっと、落ち着きなさいな。何を勘違いしているのかは知らないけれど、私の相手はジンだったのよ?」

「へ?」


 エレンの一言に、キャロルはエメラルドグリーンの瞳をパチパチと瞬かせた。

 そんなキャロルにジンが説明を重ねる。


「まあ、要するに俺とエレンで決闘をしたわけだ。思った以上にやられたが、勝たせてもらったぞ」

「え……てことは、さっきまでの滅茶苦茶な光や火柱はご主人様達が決闘してたからっスか!?」

「ええ、そのせいで人形が三つとも駄目になってしまったけどね。どうしようかしら、あれが無いと結構仕事に支障が出るのだけど、どう責任取ってくれるのかしら、ジン?」


 混乱しているキャロルにそう言うと、エレンは意味ありげな薄ら笑いを浮かべ、流し見るようにジンを見た。

 突然のエレンのその一言に、今度はジンが固まった。ギギギッと首をエレンの方に向け、灰青色の眼でエレンの眼を見る。


「……は? おい、何の話だ?」

「実を言うとね、あの人形達に私の魔法の研究の助手をさせていたのよ。でも、今回の決闘でそれがみんな壊れてしまって実験ができなくなってしまったってわけ。それで、その大事な助手を壊してくれたジンに、その代償を払って欲しいのよ」


 エレンは澄ました顔で、ジンにあたかも当然であるかの様にそう言った。

 その滅茶苦茶な要求に、ジンは頭を抱えた。


「待てぃ、そんなに大事なら最初っから決闘に持ち出さなきゃ良かっただろうが! 明らかに持ち主の管理責任の問題だろうが!」

「でも、あの三体のうち一体でも欠けていたら私はジンの魔法で死んでいたわ。それにジン、どう弁明したって貴方が私の人形を壊したという事実は揺ぎ無いものよ。貴方に全く非が無いとは言わせないわよ?」


 ジンは猛抗議するが、それに対してエレンは微笑を浮かべながら反論をしてくる。

 その反論に対し、ジンはさらなる反論を思いつくことができなかった。


「……ちっ……で、俺に一体何をしろって言うんだ? 俺はエレンのやっている研究なんざ分からんから、助手をしろって言うのは無理があるぞ」

「ええ、そんなことは百も承知よ。だから私が言いたいことはこれよ。貴方を研究させてもらうわ」


 不満たっぷりの表情のジンに、エレンはそう告げた。

 突然の不穏な発言に、ジンは警戒の色を濃くした。


「……俺に何をするつもりだ?」

「何のことは無いわ、単純に貴方の魔法の術式を調べたり体液をとったりするだけよ。これで何か発見があれば……うふふふふ」


 怪しげな笑みを浮かべて、エレンは研究の展望について考え始めた。

 それを見て、ジンはエレンに思いっきりジト目を向けた。


「おい……まさかハナっからこれが目的で俺に決闘を申し込んだのか?」

「さあ、どうかしら?」

「お、おのれ……」


 澄まし顔でおちょくってくるエレンに、ジンは奥歯をかみしめる。

 自分が完全に手玉に取られていたことを、今になってようやく思い知ったのだ。まさに、試合に勝って勝負に負けた状態である。

 それを見て、エレンは口に手を当てて上品に笑った。


「ふふふ、そんなことで言い争うよりも今はやることがあるでしょう?」

「はあ、まあそうだな。早いとこ治療してしまおう」

「あら、傷ついて抵抗できない乙女を襲うとかは考えなかったのかしら?」


 上品な笑いから一転して、ニヤリと笑いながらエレンはジンの脇腹を小突いた。

 いきなりのエレンの言動に、ジンは思わず噴き出した。


「ぶふっ!? アンタはいきなり何を言い出すんだ!?」

「いいえ、私と貴方の立場が逆だったら間違いなく襲ってるな、と思ったからつい」

「じ、冗談だよな?」

「あら、貴方と交われば貴方の魔力の一端が手に入るわけだし、色々な可能性を考えても私としては損得勘定でいえば得なのだけど? 損と言っても精々が殿方に肌を晒すくらいだし、本当、この場で貴方を襲えるのなら即座に襲ってるわね、私」


 若干引き気味に冷や汗をかきながら言葉を返すジンに、エレンは理路整然とそう答えた。

 その瞬間、ジンの背中に寒気が走った。

 実験のために自分の命を平然と投げ出すようなここまでのエレンの行動から鑑みて、倫理観を投げ捨てる程度のことは平然とやってのけると悟ったからである。


「ていっ!」

「うおっ!?」


 気が付けば、ジンはエレンにベッドに押し倒されていた。

 エレンはジンの上に四つん這いで覆いかぶさり、両肩をしっかりと押さえこんでいた。 

 ジンがエレンを見ると、ボロボロになったローブから胸元が見えたため、思わず目をそむけた。


「そうね……良く考えたら別に私がジンの行動を待つ必要はないのよね……ねえジン、これから貴方を頂いてもよろしいかしら?」


 エレンは綺麗な紫色の瞳を妖しく光らせ、小さく笑みを浮かべた。

 その見惚れてしまいそうになる妖艶な微笑を見た瞬間、ジンの頭の中に特大の警鐘が鳴り響いた。


(このままじゃ、ユウナに消されるっ!!!)


 ジンは自分が襲われている事実よりも先に、これが原因でユウナに消されることを恐れた。

 何故そう思ったのか分からないが、ジンにはユウナに刀で十七つに分解されて惨殺される未来が、超リアルに幻視出来た。

 それゆえ、ジンは激しく抵抗を始めた。が、しっかりと押さえこまれていて、抵抗してもエレンを跳ね除けることは叶わなかった。 


「や、やめろ! そう簡単にそんな行為を……」

「別に貴方の何かが減るわけではないじゃないの。それにエルフはそう簡単に妊娠はしないし、万が一私が妊娠したとしてもそれはそれで問題は無いわ。むしろ貴方みたいな力の強い人の血が混じって家系としては大歓迎よ?」

「そういう問題じゃなーい! というか、強姦は罪だって分かってるだろ!?」

「ええ、確かに司法上は罪ね。それは宰相である私も変わらないわ。でも、疑われたって宰相の権限で捜査を打ち切ることは出来るし、そもそも男が女に強姦されたって訴えても誰も信用しないわよ」


 ジンの必死の抗議に、エレンは笑みを浮かべて朗々と反論をする。

 その笑みは、襲われているジンの眼にはまるで魔王の微笑みのように見えた。


「な、なんて腹黒いことを……だが、周りの感情っていうもんがあってなぁ……」

「あらあら、貴方って意外とロマンティストなのね。大丈夫、少なくとも私は貴方に抱かれることに嫌悪感はないわ」

「いやだから人の話を「えいっ」ん~っ!」


 抗議を続けるジンの口に、エレンはどこから取り出したのかテープを張り付けた。

 口をふさがれたジンは何とかはがそうと手をじたばたさせるが、やはり押さえ込まれていて取れない。


「ふふふ、ごちゃごちゃ言わないの。男の子でしょう? さあ、今は私に全てを任せて……」

「あの~、お楽しみのところ申し訳ないッスけどね? 今日のことは王様に報告させてもらったスよ? 『明日朝一で話がしたい』って椅子の背を粉々に握りつぶしながら言ってたっス」


 突如背後に現れたキャロルのその言葉を聞いて、エレンは長い耳をピクンと跳ね上げて固まった。


「んん~っ!」

「きゃあ!?」


 その隙にジンはエレンを押しのけてベッドから飛び出した。

 しばらくして、エレンは狼狽した様子でキャロルに詰め寄った。その狼狽加減を示すかのように、エレンの耳はピコピコと動いている。


「きゃ、キャロル!! 貴女、何で王様にわざわざ報告に行ったのよ!?」

「当たり前っス! ご主人もジンの兄さんも死にかけるような事をして、おまけに城全体を大騒ぎさせておいて黙認とかあり得ないっス! ご主人の非を正すのも立派な使い魔の仕事っスよ!」

「ぐっ……」


 うろたえているエレンに、キャロルは毅然とした態度で突き放すようにそう言い放った。

 キャロルの言うことが正論なので、エレンはぐうの音も出ずに黙り込んでしまった。

 ジンはと言うと、内心冷や汗をかきながら余計なことを言うまいと口を閉ざしている。

 そんな押し黙っている二人に向かって、キャロルは人差し指を軽く振った。

 すると、ジンとエレンの怪我がたちどころに治り、痕すら残らず消え去った。


「一応怪我は治しておくっス。二人とも王様にする言い訳をしっかり考えておくっスよ」


 キャロルはそう言うと、虹色の透き通った翅をパタパタと羽ばたかせながら、自分の寝床である籠の中に入って行った。

 エレンは耳をしんなりと下げ、がっくりと肩を落とした。ジンはエレンに近づくと、肩をポンと叩いた。


「……あの妖精、意外と真面目なんだな……」

「ええ……普段はかなり手を抜く癖に、こういう時だけはね……」


 エレンはこぶしを握り締め、恨めしそうにキャロルが入って行った籠を睨みつけた。

 ジンはその手の焼き具合を把握したのか、大きくため息をついた。


「で、陛下って怖いのか?」

「……少なくとも、怒られたら皆一度は失神するわ……たとえ、慣れている人間でも、百戦錬磨の豪傑であろうともね」

「…………マジか」


 エレンの言葉に、ジンは少しめまいがした。






 


「それで……何か弁明はあるのかな、二人とも?」


 翌日、謁見の間では王がこめかみにでーーーーーーーーっかい四つ角マークを浮かべて玉座に座っていた。

 目の前には群青と金茶色が仲良く並んで正座して小さくなっていた。

 周りの兵士達は王の様子を見て、声には出さないが騒然としている。


「ふむ……ワルーンの平原を一面の焼け野原にしたことについての弁明は無いと申すか。ではエレン、まずはそなたに訊くとしよう。何故そなたはジン殿に決闘を挑んだのかね?」

「そ、それは……」


 ギラリと光る眼で睨みながら、王はエレンに問いかけた。

 それを前にして、エレンはまさかジンを研究したいと言う興味のためだけに決闘を申し込んだとは言えずに押し黙る。


「ま・さ・か、ただの興味だけでジン殿を殺しかけたのではあるまいな?」

「あ、あう……」


 しかし王はそれを見越していたかのようにたたみ掛け、エレンはそれに気圧される。

 その重圧たるや、まるで深い海の底に沈められたかのような感覚を覚えるほどであった。

 それを確認するや否や、王が手にした見るからに高そうな黄金の杖からミシミシと音が鳴り始める。

 それを見て、謁見の間にいた兵士が一斉に外への退避を始める。

 自らの想像が図星だったことを確認すると、王はジンの方を向いた。


「では、ジン殿にも訊くとしようか。そなたは何故、エレンの申し出を受けたのかね?」

「い、いえ、私はエレンに突然連れ去られて……」


 ジンは経緯を話そうとしたが、王の必要以上に鋭い眼光に言葉を飲みこまざるを得なかった。


「ほう……あれだけのことを起こしておいて乗り気ではなかったと申すのか? そなたの力量であれば逃げようと思えばいつでも逃げることが出来ると思っていたのだが、余の勘違いであったかな?」

「そ、それが、私は事情があって勝負から逃げられず……」

「ほほう? では、何故逃げられないのだ? 今ここで申して見せよ」

「そ、それは……」

「言えぬのか? 言えぬのであれば、苦し紛れに嘘をついたのと変わらぬぞ?」

「う、うぐぅ……」


 まったくもってその通りなので、ジンは言い返す言葉を持たなかった。

 そんな二人を前にして、王の威圧感は更に膨れ上がった。金で造られた王の杖にはどんどん指がめり込み始め、変形していく。

 王は眼を閉じると、大きく息を吸い込んだ。


「こ の た わ け 者 ど も が あ あ あ あ あ あ あ あ!!」

「「ひぎゃあああああああああ!?」」


 次の瞬間、爆音とも言える音量の罵声が謁見の間に響き、二人の鼓膜に致命的なダメージを与え、脳全体を直接揺さぶった。

 部屋全体が振動し、軋んだ天井から小さなかけらが落ち、王の杖がまるで水あめのように握りつぶされてちぎれると同時に、脳震盪を起こした二人もまたその場に崩れ落ちる。

 もはや、王のその怒声は凶器と言っても過言ではなかった。


「エレン、貴殿は自らの役割の重さを忘れたとしか思えん! ジン殿はフィーナの護衛と言う立場にありながら緊張感に欠けておる! 大体被害が出なかったから良いものの、訓練所でも戦場でも無いところで戦闘を始めるとは何たることか!」


 口からエクトプラズムを出して倒れている二人に対して、王は容赦なく追撃を加える。

 その強烈な声によって、あらゆるものが一周回って二人は眼を覚ました。


「両名共に解任と言う訳にはいかぬが、相応の罰を受けてもらうとしようか。なに、両名共に仕事があることだ、時間はとらせんよ。……二人とも、覚悟は良いな?」


 王がそう言うと、二人の眼の前に何やら黒い液体が注がれたグラスが運ばれてきた。

 その液体の中では何やら赤いものが渦を描いており、禍々しい雰囲気を醸し出していた。


「へ、陛下……この薬……」

「げぇ……マジかよ……」


 その液体を見た瞬間、二人は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。

 どうやら二人ともその薬がなんだか解るようだった。


「おお、二人ともそれが何か解るのか。なら話は早い、早く飲みたまえ」


 にこやかに笑いながら(ただし、視線は獣王のそれ)そう言う王の言葉に、二人は黙ってグラスを手に取る。

 しばらくそれを二人で眺めていると、ジンが助けを請うような視線をエレンに向けた。


「なぁ、エレン……これってどうなんだよ?」

「諦めなさい、こうなってしまったらもう一蓮托生よ」


 エレンは全てを諦めた表情でジンにそう返した。

 その言葉に、ジンは額に手を当てて天を仰ぐ。


「ああ、嫌だ嫌だ、これ絶対トラウマになるって……」

「……ジン……一人じゃないだけマシだと思いなさい……」


 二人してホロリと涙を流した後、二人は一気にグラスを空けた。


なんか王様が思った以上に愉快なことになった気がする。

二人が飲んだ薬の正体は次の話。


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