歌と踊りは得意です
私はトーキョーテレビ局の影山支社にやって来た。
しかし番組内容が変更になったと聞かされて、ここ最近では滅多になかった予測外な事態に驚く。
情報が十分に集まっているノゾミ女王国とは違い、本当に未開の惑星なのだと再確認する。
だがびっくりしたのは最初だけで、こういう突発的なアクシデントも旅の醍醐味だ。
未来が確実に読めて、思い通りになる展開も良いが、ずっとそれでは面白くない。
そして私は別に、分不相応な願いや世界を滅ぼそうなどとは考えていない。
今叶えたい願いは普通の女の子としてテレビに出て、自分は地球人だと広めることだ。
(なので変更されたとしても、番組に出れば目的は達成されるはず)
あとは変更された番組内容を密かに調査させることもできるが、私はあえて何も調べずに現場に向かった。
理由は地球は敵国ではなく、観光に来ているからだ。
これも旅の醍醐味として受け入れ、せっかくなので思いっきり楽しもうと考えたのだった。
安坂アナウンサーに案内されたのは、放送中の番組の舞台裏だった。
既に瀬口プロデューサーが待機していたが、何とも困った顔をしている。
私が到着したのに気づいたようで、真っ直ぐに近づきながら声をかけてきた。
「急に予定を変更して、本当にすまない」
「いえ、別に構いませんよ」
彼もお上の意向には逆らえないだろうし、番組に出て自己紹介をすれば当初の目的は達成される。
たとえ内容を変更しても、私さえ納得すれば問題はないと考えたのだろう。
「それより、番組内容の説明をお願いします。
出演するかどうかは、話を聞いてから判断させてもらいます」
流石に内容次第では出演を見合わせるが、果たして何が出てくるやらだ。
私は少しドキドキしながら、彼の言葉を待つ。
「ああ、わかった。早速説明に入らせてもらう」
そう言って瀬口プロデューサーは、番組内容が書かれた紙をこちらに渡す。
私はそれを読みながら、彼の言葉に耳を傾ける。
「番組内容は、少年少女の中から未来のスターを見つけるオーディション番組だ。
しかし、本番直前に欠員が出てしまってな」
つまり私を補欠として使うのだと、何となく察した。
「別に一人当たりの紹介時間を伸ばせば良いが、せっかくだからノゾミちゃんがスタジオに来てるんだから、出演してもらおうと言い出したんだ」
やはり私の考え通りだったようだ。
書類に素早く目を通したので番組内容は把握したが、自分はオーディション番組に出た経験はない。
「それでノゾミちゃんは、番組に出てくれるか?」
瀬口プロデューサーは、少し緊張しながら尋ねてきた。
なので私は、はっきりと答える。
「構いませんよ。
人前で歌ったり踊ったりは、何度もしたことがあります」
千年の間に色んな経験を積み重ねてきたので、慣れてはいる。
ただし調整によって心身共に全然成長していないが、それはそれだ。
「そうか。出演してくれれば良いんだ」
瀬口プロデューサーはホッとした顔になり、安堵の息を吐いた。
そしてここで私はあることを思い出して思考加速を行い、島風に命じて即興で一枚の円盤を作成する。
さらに出来あがった物を自分の右手にこっそり転移させ、一枚のブルーレイディスクを彼に手渡す。
「これは?」
「音楽情報が入ったディスクです。
問題なく再生できるはずですが、確認の方をお願いします」
今回のオーディション番組のために、急ぎ作成したものだ。
ちゃんと再生できるように調整したが、実際に試したことはない。
「もし何かあれば言ってください。すぐに修正しますので」
「了解だ。ありがたく使わせてもらう」
急ぎ確認するために瀬口プロデューサーは、その場から立ち去る。
そして安坂アナウンサーと二人になったので、色々話をさせてもらう。
偽装の戸籍や天涯孤独の身の上など色々と設定を用意したが、オーディション番組ではそこまで紹介する時間がないことや、今回は見栄えや歌唱力勝負になることなどだ。
やがて番組の打ち合わせをしている間に、自分の他にオーディションを受けている少年少女は全員自己紹介が終わっていた。
なのでスタッフから呼び出しがかかり、安坂アナが緊張しながら声をかけてくる。
「ノゾミちゃん、いよいよ出番だよ! 頑張って!」
「はい、行ってきますね」
安坂アナウンサーも励ましてくれたのだ。
一言告げたあとは振り返らずに、堂々とした歩みで舞台に向かうのだった。
<安坂聖子>
ノゾミちゃんを見送ったあと、私はもしもに備えて舞台裏で待機することになった。
ちなみに彼女は自分のことを無数の星々に勢力を広げるエルフの女王で、千年以上も生きていると説明してくれたが、私もプロデューサーも流石にそれは盛りすぎだと思っている。
けれど王家の末席だったり、地球以上の技術力を持つ他種族なのは信じていた。
なので自分と瀬口プロデューサーにとっては、彼女は遥々地球を訪れた子供の宇宙人だ。
国や警察に報告したほうが良いのは百も承知だが、もし発覚したらノゾミちゃんがどのような行動を取るのかまるで予想がつかない。
彼女は優しいので、武力行使に出ることはないだろう。
しかし全く手を出さずに、やられっぱなしで済ませるはずがなかった。
ガラの悪い二人組を、拳銃を所持していて危険だからという理由で排除したのだ。
彼女にとって正当防衛が成立する理由があれば、地球人を攻撃するのに躊躇いがないのがわかった。
それに島風に搭乗してわかったが、地球の技術力では到底勝ち目がない。
彼女の怒りを買った時点で、地球は滅ぶと思ったほうがいいだろう。
その気になれば世界中の核ミサイルの制御装置を乗っ取ることも容易なため、直接手を下さなくても、ボタン一つで私たちを絶滅させることができる。
そんなとんでもないノゾミちゃんであるが、彼女は基本的に優しくて良い子だ。
敵意や私利私欲がなければ、普通に仲良くできる。
私もゲーム友達として付き合ってるし、ガールズトークに花を咲かせるのも珍しくない。
ただし見た目の割に年齢は高いようで、やはりエルフは長命な種族なのだと自ずと察する。
そしていつかはEとTの映画のような関係を築いて、地球人の良き隣人になってくれるはずだ。
ただし現時点では、ミズガルズ星人はノゾミちゃんだけしか知らない。
他も彼女と同じように気の良い宇宙人かは不明なため、やはり今後のためにも友好的な関係を維持するのは良いことだ。
個人としての付き合いが楽しいのもあるが、地球がいよいよ不味いときにはノゾミちゃんが心強い味方になってくれることを、期待しているのだった。
そんな彼女は今、ステージの中央に立って自己紹介をしている。
私はノゾミちゃんがハキハキと喋る様子を見ながら、そんなことを考えていた。
「まあ、いざという時が来ないのが一番良いんだけどね」
自分もプロデューサーも、彼女とは最後まで良いお友達でいたいと思っている。
それは本当だが、やはり抑えていてもそれ以上のことも望んでしまう。
何しろ宇宙には、人類以外の知的生命体が存在することを知ったのだ。
映画の中だけではなく、現実にもエイリアンがいるかも知れない。
ノゾミちゃんとは違い、地球侵略を企んでいる可能性もある。
テレビや漫画の見すぎだと思いたいが、絶対にないとは言い切れなかった。
私がそこまで不安に駆られる理由だが、映画を見ている途中に星間戦争の話題が出たからだ。
ちょうど光る剣でビームを弾いたりして、ドローン兵器と戦っている場面だった。
とにかく戦闘民族はいるんだと確信し、もしも遭遇したら地球人類の危機だと思うには十分だ。
幸いノゾミちゃんの国はかなり強くて連戦連勝で負けなしで、星間戦争は起きても大した被害は出ないらしい。
興味深い情報だったが、ちょうど映画が終わってお開きになったので、それ以上は聞けていない。
そして私が色々考えている間に、地球での捏造設定を説明し終わったようだ。
彼女はいよいよオーディション番組らしく、自己PRタイムに入る。
今まではニュースや動画で何度も流れているので、彼女を観察している審査員の方々は特に物珍しさは感じなかったようだ。
しかし、ここからは違う。
彼女はマイクを手に持ったまま、舞台の中央に立って大きく息を吸う。
続いてプロデューサーが選曲した、聞いたことのない音楽が流れ始める。
ノゾミちゃんも微かに体を動かして、リズムを取り始めた。
「それでは聞いてください。深緑の木漏れ日」
その瞬間、世界が変わった。
彼女の歌声を聞いていると、まるで深い森で暖かな日差しを浴びるような気分になるのだ。
さらにノゾミちゃんは、軽やかなステップを踏み始める。
森の妖精のように可憐な舞いは、審査員だけでなくも番組スタッフや観客。
そして彼女のライバルである少年少女たちまでもを、完全に魅了していた。
どれだけそうしていたのか、いつの間にか歌い終わっていたノゾミちゃんが恭しく一礼する。
「……以上です」
本来ならここで拍手が起きるのだが、周りの人々は完全に上の空になっていた。
例えるならトップアイドルの素晴らしい歌唱力に感動しすぎて、現実に戻ってこられなくなったのだ。
しかも機材トラブルでもあったのか、再び全く聞いたことのない曲が流れ始める。
ノゾミちゃんは困惑しているが、残念ながら止まる気配がない。
なので仕方ないかと大きく息を吐き、すぐに微笑みを浮かべる。
「では、もう一曲だけ歌わせてもらいますね」
番組時間は限られているので、いつまでもノゾミちゃんばかりを映すわけにはいかない。
私たちもそのことは良くわかっている。
だが正直、ずっと聞いていたいので止められなかった。
結果、このあとも三曲ほど続けて歌って踊ってもらった。
しかし、彼女が静かな怒りを溜め始めたことに気づいた瀬口プロデューサーが、慌てて番組を元の流れに戻す。
そして、急いで結果発表に進むのだった。




