4話、副会長
「話? なんだ?」
俺がそう言うと、隣から夏奈が口を挟んだ。
「竜宮さん、休み時間あんまり残っていないけど、大丈夫?」
時計を見ると、休み時間は残り5,6分と言ったところか。
確かに、あまり長話は出来そうにないな。
「ええ、大丈夫ですよ葉咲さん。少し聞きたいことがあるだけですので」
竜宮は夏奈に向かってそう答えた。
声音や表情から、二人は初対面っぽくないと思い、俺は夏奈に耳打ちする。
「……知り合いか?」
すると、夏奈は耳を押さえて顔を真っ赤にしてから、
「ふ、不意打ちは卑怯だよっ! ……ドキッとしちゃうから」
そういうつもりではなかったのだが、ドギマギする夏奈を見て、気まずくなる俺。
「すまん、気を付ける。それで、二人は知り合いなのか?」
再びの俺の問いかけに、少し残念そうに唇を尖らせてから、夏奈は答えた。
「うん、竜宮さん生徒会の副会長だから、春馬と一緒にいるところをよく見てたんだよね。それで、何度か話をしたこともあったよ」
「ああ、うちの副会長だったか」
生徒会副会長と言われても、あまりピンとはこなかったが。
「友木さんも、生徒会室で数回私と顔を合わせていたと思うのですが……覚えていらっしゃらないようですね?」
俺たちの会話が聞こえていたのだろう、正面の竜宮は特に不機嫌になった様子もなかったが、そう言った。
「悪いな、人の顔を覚えるのは苦手なんだ」
人の顔を覚えるほど見てしまえば、問答無用でそいつから怯えられてしまうという悲しい理由があるからな。
「そうですか、それでは今回をきっかけに覚えていただければ、嬉しいです」
そう言って、竜宮は淑やかに笑う。
俺に対して怯えないなと思ったが、生徒会の人間ならば、池や他の役員から話を聞いて、誤解をしていないのかもしれないな。
「ああ、もう覚えた。それで、話ってなんだ?」
「今回のテストの結果についてです」
俺の問いに、竜宮は頷いてから答えた。
「一年時の学年末テストでは7位。前回の中間テストは6位。そして、今回の期末テストは……2位。もともと優秀なようでしたが、今回特に優秀な結果を残したその秘訣を、ぜひお聞かせしてほしいのです。……友木さんは一体、どのような手段を使ったのでしょうか?」
凛とした表情で、鋭く冷たい視線を向け、詰問でもするような固い声音で問いかける竜宮。
嫌な予感がした。
もしかしてこれは……。
「俺がカンニングしたとでも疑っているのか?」
「ええっ!? 何言ってるの、竜宮さん!? 優児君はそんなことしないよ!!?」
俺が言うと、夏奈は慌てた様子で告げる。
その様子に、竜宮はキョトンとした表情を浮かべた後に、クスっと控えめに笑った。
「なぜ、友木さんの成績が良いことで、そのような疑念を抱くのでしょう? 先ほども言いましたが、元々優秀な成績だったでしょう? そこからさらに順位を伸ばしたので、何か効果的な学習法を身に着けたり、予備校通いでも始めたのかと思いまして」
「……声が尖っていたように思ったが。あれは気のせいか?」
竜宮の言葉に嘘がなかったとしたら、なぜあのように問いただすような口調になる?
そして、俺に声をかけた時のあの挑戦的な表情……。
何かあるはずだ。そう思い、俺は注意深く彼女を見た。
「それは……すみません。どうしても、悔しくて。思わずきつい口調になっていたかもしれません」
気まずそうに視線を逸らしながら、竜宮は呟いた。
「悔しい?」
コクリと頷いてから、照れくさそうにはにかんだ笑みを浮かべ、竜宮は続けて言う。
「私はこれまで会長を超えることを目標に勉強を続けてきたのですが、とうとう一年の間、彼を追い抜くことは出来ませんでした。そして二年に上がれば、今度は友木さんにまで追い越されてしまい。……なりふり構わず、こうして助言を求めたというわけです」
そういうことだったのか。
自分を負かした相手に頭を下げるのだから、確かに気持ち的には良くはないのだろう。
「優児君に抜かれるまで、竜宮さんはずっと春馬の次、学年二位だったんだよ。つまり前回まで実質一位だったんだよ」
夏奈が耳打ちをしてくる。
何度聞いても、池の扱いがすごい。
「そういうことなら、力になれる。俺の成績が伸びた理由は、明確だからな」
俺が言うと、彼女はぱぁっと表情を明るくさせた。
「本当ですか?」
俺は一度頷いてから、竜宮に向かって説明する。
「俺の成績が伸びているのは、池のおかげだ」
「会長のおかげ……というのは、どういうことでしょうか?」
「どういうこともなにも、俺は池に、テスト期間中に勉強を教えてもらっていたんだよ。一年の時は一人で苦手な問題を頭を悩ませながら解いていたのが、池に教えてもらえるとすぐに理解できるようになったもんだから、効率的に勉強ができた。それが、今回の成績アップの理由だ」
「会長と放課後、一緒にお勉強!? う、うらやま……ではなく! なるほど。友木さんは自学自習でテスト対策をしていたのが、会長に勉強を見てもらうことで効率的に苦手を潰せた、と。そういうことですね?」
一瞬、とても動揺した竜宮。
それからすぐに平静を装い、俺に向かってそう言った。
……流石は完璧超人、スーパーモテ男の池春馬。
生徒会副会長は、既に攻略済みらしかった。
「そういうことだ」
俺が答えると、竜宮はふむと頷いた。
それから、口を開く。
「……ですが、それでは私が役立てられそうなことはありませんね」
「どうして? なりふり構わないんだったら、春馬に教えてもらったら手っ取り早いんじゃないの?」
夏奈は不思議そうに、竜宮に問いかけた。
すると、竜宮はその問いかけに苦笑を浮かべてから答える。
「会長に勝つために、会長に教えを乞うなんて――それは、王道ではないでしょう?」
結局は、意地ってやつなんだろう。
その答えに、夏奈も納得したのか、
「……それなら、仕方ないね」
と、苦笑を返した。
なんだかんだで、夏奈も負けず嫌いだから、彼女の気持ちを理解できるのだろう。
竜宮はそれから、俺と夏奈に笑顔を浮かべてから、一例をした。
「それでは、また近いうちに。ごきげんよう友木さん、葉咲さん」
そして、彼女は廊下を歩き、自分の教室へと帰っていった。
彼女の背中を見送ってから、別れ際の言葉を思い出す。
近いうちとは、何のことだろうか……?
無言のままでいると、夏奈が俺に向かって呟く。
「綺麗だよね、竜宮さんって」
「ああ、そうだな」
確かに、竜宮は綺麗な女子だ。
俺は夏奈の問いに、思ったことをそのまま返した。
「……その、優児君は竜宮さんみたいな女の子のこと、どう思うのかな?」
不安そうに問いかける夏奈に、俺は先ほどと同じように、思ったことをそのまま答えた。
「いつも明るく親しみやすい夏奈がみんなのアイドルだとすれば。おしとやかで近寄りがたい雰囲気のある竜宮は、高嶺の花って感じか。それにしても、『ごきげんよう』とか現実で言う奴を見たのは初めてで驚いたな」
何かしらリアクションがあると思い待っていたのだが……夏奈は、俺の言葉に対して何の反応もない。
どうしたのだろうか?
そう思い、夏奈を見ると……。
顔を真っ赤にして、目尻に涙を浮かべつつ、ぷるぷると肩を震わせていた。
「ど、どうした!?」
俺の問いかけに、夏奈は「だって……」と呟いてから、
「あ、アイドルって……私のこと、そんな風に見てもらえてたって、知らなかったんだもん……」
と、余裕のない表情で、俺を伺いながら言った。
なるほど。思い返してみれば……結構恥ずかしいこと言ったな、俺。
「すまん、忘れてくれ」
「……やだ。絶対忘れない」
冷静になって一言呟いた俺に、夏奈は真直ぐに俺を見て、力強く断言した
俺が困ったような表情を浮かべると、満足そうな表情を浮かべてから、続けて安心したように言った。
「でもよかった。……竜宮さんは、心配なさそうで」
その呟きが耳に届いたが……「何のことだ?」と言えるほど、俺は鈍感ではなかったようだ。
「……戻るか、教室」
彼女の言葉に何も反応できないことを申し訳なく思いつつ。
「うん、戻ろっか。遅刻しないように、急がなくっちゃね?」
俺と夏奈は二人並んで、教室へと廊下を歩くのだった。






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