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9、察する

「あ、冬華ちゃん。……えっと、おはよっ」


 冬華の言葉に、明らかに狼狽える葉咲は、非常に気まずそうな表情を浮かべてそう言った。


「おはようございます、朝っぱらから私の彼氏にドキドキしちゃってた、葉咲先輩?」


 そして、ニコリと笑みを浮かべてから、冬華は言った。

 もちろん、その目は笑っていなかった。


「その……誤解だよ、冬華ちゃん? そんなつもりじゃなくってね?」


「えー、そんなつもりってなんですか? どんなつもりだと思ってたんですか? ていうか、ドキドキってどういうことなんですか? ねぇ、教えてくださいよ、葉咲先輩?」


 矢継ぎ早に質問をする冬華に、葉咲は視線を泳がせている。


 ……冬華はもしかして、俺が葉咲にちょっかいを出されていると誤解をしているのか?

 なるほど、俺たちの『ニセモノ』の恋人関係を揺るがすかもしれない敵だと認識したから、ここまで攻撃的になっているか。

 そんなわけがないだろう、葉咲は強面の俺に話しかけるのに、ビビっていただけにすぎない。

 

 だが、葉咲もそのことを恋人である冬華に言うことが出来ない。

 言ってしまえばそれは、冬華の恋人をけなすような言葉になってしまうからだ。


 全ての事情を知っている俺から見れば、単純明快だ。

 しかしそこに『ニセモノ』の恋人と、仲直りをしたがる友人の関係を加味すれば……なるほど、ここまですれ違ってしまうのか。


 俺がフォローをしようと口を開こうとした時。


「え、修羅場?」

「は? 友木が二股してるの?」

「いや、夏奈ちゃんは春馬くんのこと好きだからそれはないんじゃ……」

「俺少し話を聞いてたんだけど、葉咲は『出して、かけて』って言った後。……『返してよ』とも言ってたぞ」

「!! それって、『アレ』を葉咲が友木に出されてかけられたってことか!? じゃあ、『(初めてを)返してよ』って意味か!?」

「それってレイ……うっわ、サイテー」

「マジかよ……数少ない友人の妹だけでは飽き足らず、幼馴染にまで手を出すとか、悪魔すぎるだろ……」


 ひそひそと、周囲の噂話が耳に届いた。

 そんな周囲の生徒たちの声を聞いて……俺は内心突っ込まざるを得なかった。


 今の話を聞いても、そうはならないだろ!?


 先入観と偏見だけで補完しすぎだ!

 真実を捻じ曲げるなよっ!?


 俺は、しっかりと反論しよう、そう思って噂をする奴らへ視線を向けた。


「こっち見た!」

「逃げろ! 殺されるぞ」

「いつもに増して、殺気がすごいぃ……!」

「孕まされるー!」


 と、好き放題言ってから、周辺にいた生徒たちは早足どころか駆け足で校舎へと向かって行った。


 ……ここまでくると、俺はいじめを受けているんじゃないか? と悩みそうになる。

 そう思っていると、


「まーた先輩、いつものやっちゃいました?」


 俺の手を握る冬華が、肩を竦めつつ呆れたようにそう言った。


「……また俺、やっちゃったみたいだな」


 俺もため息交じりに、そう答えた。


「ま、うっざいギャラリーも消えて、話もしやすくなったので良しとしますか。……それじゃ、教えてくれますか? 葉咲先輩は、優児先輩の何にドキドキしていたんですか?」


 鋭い視線で冬華は問いかける。

 うぅ、と呻いた葉咲は、視線を泳がせつつ応えた。


「友木君とは、あんまり喋ったことないから……緊張しちゃって」


「嘘ですよね? 葉咲先輩は、人見知りする性格じゃないですよね?」


 冬華の指摘に、うっと言葉に詰まる葉咲。

 狼狽えたまま、二の句が継げない様子の彼女に、俺は助け舟を出す。


「強面の俺にビビッて、話しかけるのに緊張しただけだろ?」


 俺から自虐っぽく言えば、葉咲も乗っかりやすいだろうと思っていたのだが。


「え? そんなことないけど」


 きょとん、と首を傾げて葉咲は言った。

 ……俺の完璧なフォローを返してくれないか、葉咲?


 俺はそれを口にしないまま、視線を向ける。

 その視線に気づいた葉咲は、ハッとしてから困ったように顔を赤くして、俯いた。

 さっきのフォローに、今頃気づいたのだろう。


 彼女はそれから顔を上げて、意を決したように冬華に告げた。


「……友木君みたいなイケメンに話しかけるのは、心臓止まりそうなくらいドキドキしたの!」


 ……ヤケクソだな、葉咲。

 

「うっわ、趣味わるー」


 冬華もドン引きだった。

 いや待て冬華、一応俺たちは恋人設定だぞ?

 そんなこと言えば……。


「え? イケメンの彼氏で、私は羨ましいなってずっと思っていたんだけど……」


 こうなるよな。

 今葉咲は、あまりにも俺の容姿をバッサリに切り捨てた冬華に疑惑を抱いたはずだ。『もしかして、二人は恋人ではないんじゃ』とか、考えているのだろう。


 しかし、冬華は余裕の表情である。


「別に、私は先輩の外見を好きになったわけじゃないし」


 なるほど、上手な返しだ。

 流石は成績優秀、コミュ力抜群の冬華、説得力のある言い訳だ。

 そんな風に俺が感心していると……。


「ただ? 確かに先輩の力強い眼差しと、野生味溢れる顔つきは、優男とは絶対に呼べないですけど? ワイルドなイケメンと呼べなくもないかもですねー」


 冬華は調子に乗り始めた。


「……そう、だね。可愛い冬華ちゃんとカッコいい友木君は、お似合いだって、私は思うよ。だから、私は別に二人の仲に割って入ろうだなんて考えていないから、安心して?」


 葉咲は複雑な表情で、冬華に言った。

 そりゃ、そんな顔にもなるだろう。

 適当なこと言ったら、思いのほか乗っかられたんだからな。


「そんなこと言われても、安心はできませんから。……ま、優児先輩は私のことが大好きだから、浮気なんてしないと思いますけどねー」


 冬華は、「ねー?」と俺に向かって、にやにやと笑いながら同意を求めてきた。


「そうだな」


 と俺が言うと、


「何がそうなんですか? ちゃんと言ってくださーい♡」


 と、心底楽しそうに再び問いかけてきた。

 おちょくってんな、この野郎……。


「俺は冬華のことが大好きだから、浮気なんかしないってことだ」


 と、俺は仕方なしに言う。

 冬華はさぞかし面白がっているんだろうな、と思って彼女を見ようとしたのだが……。


「え、何だ?」


 冬華は、サッと俺の視線をよける様に、背後へ移動した。

 そして両手でシャツを握り、おそらくは額を俺の背中にピタリとくっつけていた。


「なんでもないですからっ! ……ただちょっと、今は。先輩の顔、見られないです」

 

 背後から聞こえる、冬華の押し殺したような声。

 何をしているんだ……と思ったが。


 俺の言葉が流石に気持ち悪かったのか、と思い至った。


 今日は、このことを寝る前に思い出して悶絶することが決定した。

 隣を歩く葉咲は、俺には見えない冬華の様子を見て、どこか沈痛な面持ちで言った。


「ホントに、友木君は冬華ちゃんに愛されているんだね」


 優し気なその声音。

 葉咲の沈痛な面持ちに、俺に対しての同情が含まれているのだとしたら。



 ……冬華は今、必死に笑い声を堪えてるだろうなー、と。


 残念ながら俺は、察してしまったのだった。


 




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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告受け付けてなかった...。 「え? そんなことないけど」  きょとん、と首を傾げて葉咲は言った。  ……俺の完璧なフォローを返してくれないか、葉先? 葉咲の漢字がミスってます。…
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