10、説明
「……ごめん、やっぱり優児君の言っていることの意味が分かんないよ」
困惑を浮かべる夏奈に、俺はこれまでのことを説明した。
出会ったばかりのころ、男除けのために冬華から『ニセモノ』の恋人になってほしいと頼まれ、そして文化祭が終わったあの日に、その関係が終わったことを。
説明を聞いているうちに、夏奈の表情は険しくなっていった。
そして、すべての説明を聞き終えた夏奈は、俺を無表情で見つめていた。
「優児君と冬華ちゃんが本当の恋人じゃないっていうのは、よくわかったよ」
硬い声音のまま、夏奈は続けて言う。
「一つ、確認をさせてほしいんだけどさ。もし、優児君が私のこと好きだったら、冬華ちゃんとの関係を終わらせて、私と付き合ってくれてた?」
「ああ。冬華とのニセモノの恋人関係を終わらせて、付き合っていたと思う」
「優児君にとっては、私と恋人になるよりも、冬華ちゃんとニセモノの恋人でいた方が良い、って。そう思ったから、私の告白を断り続けていたんだよね」
責めるような口調の夏奈は、俺を睨んでいた。
「……ああ」
夏奈は俺の言葉を聞いて、目尻に涙を溜め、それから制服の袖で乱暴に拭った。
「酷いよ。私の気持ちを知ってて、秘密にしてたなんて」
「悪い。夏奈の言う通り、俺が一方的に悪い」
俺は夏奈に頭を下げて、そう言った。
夏奈の言うことはもっともだ。
俺は自分の居心地の良い、冬華との関係を守るために、夏奈に真実を伝えていなかった。
夏奈が俺の頭を両手で押さえた。
何をされても、俺に文句を言う資格はない。
そう思い、彼女の手を払いのけることもせず、俺は頭を下げ続けた。
「でも……たとえ冬華ちゃんとのニセモノの恋人関係を教えてもらっていても、何も変わらなかったのかもしれないね」
夏奈の言葉が、耳に届く。
頭を下げたままの俺は、彼女の表情を伺うことができない。
「優児君は、私から告白した時、曖昧にせずはっきりと断ったもんね。私はちゃんと振られていたけど、それでも優児君のことが諦められなかったから、アピールを続けてたわけだし」
弱々しい声で、夏奈は言う。
「逆に『冬華とはニセモノの恋人関係だけど、夏奈とは付き合えない』って言われなくって良かったかも。私、絶対に余計なことしてたもん。それで、優児君に嫌われちゃっていたかもしれないし」
感情を抑えているのだろう、その声は震えていた。
「そもそも。優児君と私の関係は、0からのスタートじゃないって……自分でも、わかってたから」
「……それは、どういう意味だ?」
ナツオのことを言っているのかとも思ったが、だとしてもそれが夏奈の発言にどうつながるのかが分からない。
考えても、夏奈の言葉の真意がわからず、俺は問いかけていた。
俺の頭を押さえていた夏奈の手が、両頬に添えられた。
それから、顔を上げ、夏奈と目が合った。
涙は流していないが、少し赤くなっていた。
そして、どうしたことか、夏奈は申し訳なさそうに、苦笑をしていた。
「優児君は、意識してないのかもだね」
そう言ってから、夏奈は続ける。
「優児君が冬華ちゃんとニセモノの恋人だったっていうことと、優児君が私と恋人になってくれないのが、単純に私の好感度不足っていうのはわかりました」
溜め息を吐いた夏奈は寂しそうな表情を浮かべている。
それから彼女は大きく深呼吸をしながら、まっすぐに俺を見て、言った。
「それでも。私の気持ちは変わらないよ。優児君のこと、今もこれから先も、大好きです」
その言葉を聞いて、俺は照れ臭くなると同時に、驚いた。
「許してくれるのか?」
「許すとか、許さないとか。そういう話じゃないでしょ。私としては気持ちを切り替えて、これから先はこれまで以上に遠慮なく、優児君にアピールしていくからね!」
夏奈はそう言って、俺に笑いかけた。
それから彼女は、「あ、ごめんちょっと待って」と呟いてから思案した様子を見せた。
どうしたのだろうかと思っていると、夏奈は真剣な表情で口を開いた。
「ごめん、さっきのは嘘。本当は私に本当のことを言ってくれなかった優児君のこと、全然許せない」
「お、おう……」
夏奈の言葉に、俺はやはりそうなるかと考え、肩を落として答える。
俺の様子を見た夏奈は、続けて言った。
「だから。許してほしかったら、修学旅行最終日の自由行動の時間は、私と二人っきりで、デートしてくれないかな?」
その言葉を聞いて、俺は夏奈を見た。
彼女は悪戯が成功した子供のように、無邪気に笑っていた。
俺も、つられて笑う。
「ああ、許してほしいから、最終日の自由時間は、一緒に行動してください」
俺の言葉に夏奈は満足そうに微笑み、そして頷いた。






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