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23、前日

 体育祭を明日に控え、学校全体がどこか浮足立っている日のこと。

 休み時間中にトイレから教室へと戻ろうとした俺は、


「あら、友木さん。ごきげんよう」


 と、珍しいことに声をかけられた。

 振り返ってみると、そこにいたのは竜宮だった。


「おう」


 俺は短く答えて会釈だけする。

 それから彼女とすれ違おうとして、


「少し、お話があるんですが」


 ぐ、と力強く腕を掴まれた。

 彼女の方を向くと、表情だけにこやかだったが、手に入る力が徐々に強まっていた。

 俺に話というのは、どうせ池のことだろう。


「なんだ?」


「いえ、会長とあなたが無事に騎馬戦に出られるようで、良かったです」


 竜宮は、含み笑いを浮かべつつ言った。


「ん、ああ。そう言えば、出ることになったな」


 クスリ、と小さく口元で笑ってから、彼女は言う。


「これで、私の望みは叶いそうです」


 うっとりとした表情で、竜宮は言った。

 彼女の言葉に、俺は首を傾げる。

 一体何のことを言っているのだろう、と一瞬思ったが、すぐに察した。


 うちの学校の体育祭の騎馬戦は、1・2年合同で、男女混合の結構目立つ種目だ。

 つまり、竜宮はそこで池に勝とうとしているのだろう。

 そして、彼女の願い……池に勝って、告白をされることを思い出し、察した。


「竜宮は、池に勝って告白させるのが目的なんだよな? つまり、俺が池の騎馬になって、足を引っ張るように提案しているのか?」


 こういうのも頭脳プレーと言うのかもしれないが……小物すぎる作戦だ。

 そんなんで本当に池を倒せると思っているのだろうか、と俺が思っていると、


「私がそのような小細工を弄すと?」


 澄ました顔で、竜宮は応えた。


「悪い、普通に弄すと思った」


 竜宮は策士策に溺れそうなタイプだよなと思いつつ俺が即答すると、分かりやすくムッと頬を膨らました竜宮。


「そのような小細工は、私にとってはマイナスです。なぜなら今回は……」


 俺をキッと見据えてから、彼女ははっきりと宣言する。


「会長とあなたを一気に倒す、絶好の機会チャンスじゃないですか? そんなつまらないことをすれば、興覚めです」


 真っすぐに俺を見据えるその視線を見て、そう言えば俺にも勝ちたい、とか以前言っていたことを思い出した。


「男女混合で、こんなに勝敗が分かりやすい種目も、そうはありません。今から、会長とあなたを打倒するのが、とても楽しみです」


 可愛らしく微笑みつつも、その瞳には闘志が宿っているのが分かった。


「随分と自信がありそうだな。大丈夫か?」


 俺が問いかけると、


「ええ、私に対する心配は無用です。むしろあなたは、女子の私に敗北を喫し、全校生徒から陰で『ヘタレヤンキー』のあだ名を囁かれることを今から心配した方が良いのではないでしょうか?」


 分かりやすい竜宮の挑発に、


「……この前も似たようなことを聞いた気がするんだが。その時は結局、竜宮は勝てなかったし、地団駄を踏んでいる間抜けな姿を俺に見られていたよな? 今度は誰にも見られないように、ちゃんと部屋に鍵を掛けておけよ?」


 俺は真顔でそう返した。

 あの時、竜宮が部屋の戸締りをしっかりしてくれていれば、こんなことには今なっていなかっただろう……。


「その時のことはもう忘れてくださいっ!」


 俺の言葉に、急速に顔を赤くし、拳を握りしめながら震える竜宮は、目を固く瞑りながら言った。

 ……自信満々な竜宮とか、フラグでしかない。

 俺はそう思ったのだが、口にはしなかった。


「全く、あなたは失礼な人ですね……」


 竜宮には言われたくない。口には出さずに不満を表現する俺に、不満そうに視線を向けてから、今度はびしりとこちらを指さし、それから口を開いた。


「いいですか? 今度こそ私は負けるつもりはありませんので……本気でかかってくださいね?」


 好戦的に目を細め、彼女はきっぱりと宣言した。

 お前は古豪と呼ばれるスポーツ漫画の主人公校が、格上のライバル校に宣戦布告する奴か、とツッコミを入れたかったが、例えが長すぎる上に微妙に分かりづらいと鼻で笑われそうだったのでやめた。


 代わりに、


「ああ、お望み通り本気で相手をしてやるよ。……それで、池どころか俺にすら負けても、恨むなよ?」


 俺は彼女の挑発を受けて立った。

 協力が必要ないのであれば、手加減する必要なんてない。

 

 竜宮はゆっくりと頷いてから言う。


「もちろん。望むところです」


 それから、彼女は


「それでは、このことをお伝えしたかっただけなので失礼します。明日は、楽しみにしています。今日は精々、質の良い休息をとるように、心がけてくださいね」


 では、と頭を下げてから、立ち去っていった。

 その背中を眺め、俺は思う。


 ポンコツっぽくない竜宮を、久しぶりに見た気がする、と。


 ……どうしても、噛ませ犬っぽい感じは否めなかったのが、やはり残念ではあったが。


 


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