4 マリン様の結婚
もうすぐ4年生になるけど、どういうわけか、クラリス様は飽きもせず僕のところにやってくる。
最近では、周りに人を侍らせて歩くことも少なくなってきた。
登用試験対策の方は順調で、僕は簿学の研究科をメインにしている。
クラリス様は、飛び級した算術の方で研究科に入ったけど、まだ2年生だからほかの科目は本科だ。
その関係で、算術の研究科をメインにするよう言われたんだけど、僕は元々算術は得意ではないとわかってしまったので、そこは避けさせてもらった。
だから、クラリス様とは研究室が別だ。
無理矢理僕を算術の研究室に入らせることもできただろうけど、クラリス様はそうはしなかった。
さすがに1年近くも傍にいると、クラリス様が本気で命じてきている時と、強い口調で希望を言ってきているだけの時との違いがわかるようになってきた。
大抵の場合、公爵邸でのお茶会が命令で、そのほかのことはお願いが多い。
クラリス様の口調が強くて高圧的なこともあって、何を言われても命令にしか聞こえなかったけど。
クラリス様の言動は、一見すると高位貴族にありがちな我が儘な令嬢のそれだ。でも、目つきが鋭いのと口調がきついだけで、実はそれほど無茶なことは言ってこない。
公爵邸でのお茶会にしても、僕の方に本当に外せない用がある時なんかは諦めてくれる。
見た目で損してるよね。いい人なのに。
この春、クラリス様の姉君が学院を卒業される。
飛び級した才媛とは言え、王太子殿下の婚約者ともなると、さすがに官吏になんかなるわけもない。
姉君は、卒業を待って王太子殿下とご結婚なさるそうだ。
その前に一度お会いしておきなさいとのクラリス様の命令で、今日、僕は姉君にお会いする。
心配だったから一応確認したところ、王太子殿下はいらっしゃらないとのこと。心底ほっとした。
「は、はじめまして。マーカス・コトラと申します。
クラリス様には、いつもよくしていただいております」
初めてきちんとお会いした姉君は、女性らしい魅力の塊といった感じの方だった。
全体として、マリン様より若干薄いというか明るい色合いの、金の髪と青い目。
顔立ちは、マリン様やクラリス様と違って、やや垂れ目がちで優しげで。
決して太ってはいないのに、柔らかな丸みを帯びた女性らしい起伏に富んだ肢体。
外見だけでも、百人いたら百人が振り返るような完璧な方なのに、中身の方もすごいらしい。
幼い頃から王太子殿下の婚約者として王妃教育を受けてきたこともあって、淑女としても完璧なんだとか。
「マリーベル・ゼフィラスです。
クラリスがいつもお世話になっているようで申し訳ないわね。
素直じゃないところもあるけれど、心根はまっすぐないい娘なの。大事にしてあげてちょうだい」
「お姉様!」
クラリス様は、姉君に対してコンプレックスを持っているらしい。
顔つきも体つきも、髪の色さえ対照的で、どちらも一般的には姉君の方が好まれるのは確かだろう。
でも、人の好みはそれぞれだろうし、そんなに気にする必要はないんじゃないかと僕は思う。僕は、クラリス様は十分魅力的だと思う。ご本人にはとても言えないけど。
「お輿入れ、おめでとうございます」
「ありがとう。
幼い頃より待ちわびた日が、ようやく来るわ」
「本当は、式の時、私の隣にマーカスを座らせたかったんだけど」
「は?」
何の脈絡もなくクラリス様から飛び出した発言に、驚いた。
式って、王太子殿下の結婚式だよね? 王族と公爵家の方々だけが並ぶはずだよね?
「お兄様の隣には義姉様が座るのに、私だけ1人だなんて、ずるいわ」
1人で座るのが寂しいってこと? そんな理由で僕がそんなところにいられるわけないでしょうが。
「いくらクラリスの願いでも、さすがにそれは無理だよ。
ネーナは私の婚約者だ。
さすがにマーカスをクラリスの隣にってわけにはいかない」
マリン様から、至極もっともな反論をされ、さすがに無茶だとわかってくれたみたいだ。
「いずれは…」
「いつまで経っても無理だな。
私とネーナの式なら、隣に置いても構わない。
が、それが最大限の譲歩だ。
公式の場にマーカスを伴うことは許されない。わかっていたはずだよ」
そりゃそうだ。僕が公爵家の行事に参加なんて、できるわけがないよね。
マリン様が仰ったことは、当たり前すぎる話なのに、なぜかクラリス様は悔しそうだった。
「わかって…いますが、お兄様…」
「わかっているなら、そうすればいい。
覚悟がないなら、やめればいい。
どっちを選ぶもクラリスの自由だ。
意味は教えたはずだよ」
「…わかっています」
クラリス様がしゅんとして、話は終わった。
何の話かはよくわからなかったけど、クラリス様にとって面白くない話だってことはよくわかった。
「そういうわけだからマーカス! お兄様の結婚式では、あんたは私の隣に座るのよ」
慰めようかと思ったら、キッ!って感じで僕を見たクラリス様に宣言されてしまった。
「え!? いえ、あの…」
「お兄様のならいいって言ってくれたんだから、ありがたく甘えるわよ。
あんたを私の隣に置いとける公式行事はほかにないんだから。
一生の思い出よ」
一生の思い出!? そりゃ、たしかに公爵家の行事に参加することなんか、僕にはあり得ないし、一生に一度の話だろうけど。たしか、王太子殿下の結婚よりも半年くらい遅れて結婚されるってお話だったよね。
「マリン様?」
「まあ、私の結婚式は内々のものだからね。
逆にベルが出席しないくらいだ。ベルが出席すると、夫のセルリアン殿下が出席せざるを得ない。
陛下の御前での宣言の際にはお2人も列席することになるし、披露の式は身内だけにするつもりなんだ」
「あの、身内だけの式に僕なんかがいていいんですか?」
「身内とは言い切れないけれど、先生の弟子だし、俺の友人とも言える。正式なら無理だけど、内々だったら大丈夫だ。
クラリスを泣かせたくないしね」
「…ありがとうございます」
正直言って、僕が出られないくらいでクラリス様が泣くとも思えないけど、マリン様に友人と言っていただけたのは嬉しかった。
「クラリスのことでは、苦労を掛けることになるだろう。
君の成績次第ではあるが、官吏登用の際には、研究所に配属させたいと考えているから頑張ってくれ」
「研究所に!? あそこは競争率が高いはずでは…」
「もちろん、そうだ。
だから、君の成績次第だ。
母上の内諾はいただいているけれど、さすがに平均よりは上にいてほしいかな」
たしかに、官吏になれた後での配属先は、引っ張ってくれる人がいるかどうかで違うと聞いてはいたけど。そうか、このお茶会は、クラリス様が僕にくれた、マリン様とお近づきになるチャンスだったんだ。
「ありがとうございます。
全力を尽くします」
「そうね。頑張るのよ、マーカス。
全てはそこにかかってるんだから」
「はい、クラリス様。ありがとうございます。
僕のことをそんなに思っていただいて」
クラリス様にも励まされたので、お礼を言っておく。
「今更、なに言ってんのよ。
私のためにも、きっちりやってよね」
「はい、もちろん」
クラリス様は、僕のために尽力していたことを暴露されて、真っ赤になっている。
せっかくクラリス様が作ってくれたチャンスだ。クラリス様の顔を潰さないためにも、全力でやろう。
半年後、マリン様と奥方の結婚式に、僕は本当に列席することになった。
ドレス姿のクラリス様の隣に学院の制服で立つのは気が引けたけど、正直、そのために服を用意できるようなお金はないし。
クラリス様には、
「服なんてどうでもいいから、胸張ってなさい」
なんて言われた。
僕がみすぼらしいと、クラリス様に恥をかかせることになりかねないんだけど。
「マーカスは、こういう式に憧れたりする?」
ぽそり、と。クラリス様が言った。
「ちっとも。緊張しすぎて、明日は全身筋肉痛です」
と答えたら、「そう」と言ったきり、黙ってしまった。
雰囲気から、なんか喜んでるらしい。クラリス様もこういうの好きじゃないのかな。
マリン様御夫妻は、その後も公爵邸に住んでおられるので、時折お茶会にはご招待いただいている。
最近では、お茶菓子というより軽食が出てくるようになった。
なんでも、クラリス様が作っているんだそうだ。
「クラリス様は、なんでもできるんですね」
と褒めたら、
「できないと困るでしょう」
と返された。
「公爵家のご令嬢が料理をですか?」
「いずれ公爵家のじゃなくなるわ」
そうか。
クラリス様は、婚約者こそいないけど、いずれはどこかに嫁ぐんだ。
胸の奥が、ぴり、と痛んだ。
僕はしがない官僚子爵家の三男だ。クラリス様がどこに嫁ごうと、関係ないのに。
更に半年後、マリン様の奥様が懐妊した。
それ以降、お茶会に呼ばれることもなくなり、クラリス様と会うのも学院で、たまに、くらいになってしまった。
毎月のように公爵邸に招かれていたのが、夢だったように感じる。
クラリス様に会えない日々が、こんなに辛いなんて。いずれどこかに嫁いでしまう人なのに。
わかりにくいと思いますが、マリーベルはセリィの顔にマリーのプロポーション(ぼんきゅっぼん)、クラリスはマリーの顔にセリィのプロポーション(貧相)&クロードの髪色です。
次回は4日午後10時に更新します。




