裏40-1 王都への移住(オーリ視点)
今回は、パスールが連れてきた機織り職人オーリ・ファータ視点になります。
13で嫁いできて、もう20年になる。
王都の方では、12になると学校に行くそうだけど、この辺りは田舎で、そんな暇はないんだ。
この家に限らず、ここの領内の家々は、麻を育て、糸を紡いで布を織る。
どこの家にも織機があって、冬の間の機織りは、女の大切な仕事だ。
男は、糸を紡いで束ね、女が織った布を売りに歩く。
今は領主様のところに納めることになっていて、税の分を差し引かれた代金をもらってる。
20年間ずっとそうしてきたし、これからもそうしていくんだと思っていたのに。
この冬、あたしは王都に行くことになった。
故郷を離れるのは、初めてだ。
事の起こりは、夏にやたら羽振りのいい商人が訪ねてきたことだった。
王都の大店のお使いで、織機の様子を調べに来たって言ってた。
あんまり綺麗な服を着ているし、やたら若いしで、ちょっと胡散臭かったけど、領主様の許可証を持ってきてて、庄屋様があたしんところに行くようにって言ったってんだから、仕方ない。
なんだかよくわからないことをまくしたててたけど、要は織るところを見たいってことだった。
夏に来たって糸なんかないよ。…と思ったら、糸は持ってきてるって?
王都のお菓子を子供らにくれたし、手間賃もくれるって言うし、まあ、今日は雨で畑仕事もできないし、構わないよ。
へえ、これが糸…って、なんだい、これ? こんな質のいい麻糸なんて見たことないよ。
まあいいや、見てな、こうやって織るんだよ。
え? 手間賃、こんなにくれるのかい?
織機が欲しい? だめだめ、これがなきゃ、うちが食えなくなっちまう。違う? 誰が作ってるか教えろ? 庄屋様んとこでまとめてるから、あたしゃ知らないよ。
秋になって、冬の準備に入ったあたりで、そいつはまたやってきた。
えっと、たしかパスールさんだっけ? 今度はなんだい? 見てのとおり、今忙しいんだよ。
はあ? 王都で機織りしてほしい?
あんたね、ここから王都までどんだけ遠いか知らないのかい? あんたは馬車にでも乗ってるからわかんないだろうけどね、歩いて行ける距離じゃないんだよ。行って帰ってくるだけでも冬が終わっちまうよ。
いや、だから、馬車で行けるほどの金なんてあるわけないだろ。
乗せてく? 家族ごと? いや、ちょっと待て。家中で王都行くのかい? だって、うちじゃ機織りできんのはあたしだけだよ…はあ? それでいいって…。いつもの冬の稼ぎの3倍くれるって、あんた何者だい?
なんだかよくわからないうちに、家中で王都に連れて行かれることになっちまった。
庄屋様も、今年の分の税はいらないからしっかり出稼ぎしてこいとか言ってるし。
王都への行き帰りも、王都での家も食べ物も全部用意してくれるなんて、なんだか怪しすぎないかい? 人買いの類じゃないだろうね?
何かあると悪いから、床下に埋めてあった蓄えも、こっそり持って行こう。
乗せてもらった馬車は、立派だった。こんな立派な馬車、見たことないよ。おまけに椅子もふかふかだ。
王都に付くと、なんだか立派な家に連れてかれた。こんなとこに住んでいいのかねぇ。
すごいよ、ベッドの中が藁じゃない! こんな立派なとこに一冬住んだら、もう自分家には住めなくなっちまうんじゃないか?
ホントに、あたしらをここに連れてきたあの兄ちゃん、何者なんだい?
仕事場としてあたしが連れてかれたのは、なんだか妙な建物だった。
使い慣れた織機に似てるけどちょっと違う形の織機を見せられて、それを使えって言われて。
まあ、怒らせたら家に帰ることもできなくなっちまうし、言うこと聞くしかないけどさ。
ちょっと触ってみると、なんか勝手が違う。
妙に遊びが大きくて、ちょっと使いにくい。
首を傾げながら使っていると、兄ちゃんが誰か連れてきた。
「まあ、このとおり、始めたばかりなんですがね」
「そうですか。ああ、あなたがテストしてくれるのですね。使いにくいと思いますが、少しずつ使いやすく直していきたいので、しばらくは我慢してくださいね」
兄ちゃんの脇に立っているのは、作り物みたいに綺麗な顔のお嬢さんだった。
何が気に入らないのか、こっちを睨んでる。
あ~、使いにくいって思ってるのが顔に出たかな。
お嬢さんは、口元を少し上げてニィッと笑うと、織機に触れた。
「あなたが今まで使ってきたものとは違い、ここが動くようになっています。
杼をここに通せるようにすることで、今までにない織り目を入れられるようにしたいのです。
…こんな風に」
お嬢さんは、手織りっぽい布きれを渡してきた。
なんか面倒な織り方してる…これを織機でやれって? んな無茶な。
「まあ、お給金弾んでくれんだし、やるこたやりますがね? できなくても怒らないでくださいよ」
できなきゃ金返せとか言われても困る。
まあ、ここまで連れてきておいて、そんなけちくさいこと言わないとは思うけど。どう考えたって、あたしに払える額じゃないからね。
「理論的には大丈夫ですから、パスールさんが選んだあなたなら、できると思うのです。
実際にやる上では、調整に時間が掛かるでしょうけれど。
ともかく、この冬は手伝ってください。
使い方は、こう、それからここを通してこう、です」
驚いた。金持ちのお嬢さんかと思ったけど、織機が使えるんだ。
しばらく使ってみせると、じゃあ今日はここまで、明日は来なくていい、と帰された。
帰されたったって、馬車に乗せられて家まで送り返されたんだけどさ。
お陰で、自分が働いてるのがどこかもわかんないよ。
あたしが帰される時も、ジセキとかいう名前のお嬢さんとパスールって兄ちゃんは織機の前で何か話してたみたいだけど、本当に明日は来なくていいのかね? その分給金下げるとか言わないだろうね?
翌日は、家族と王都を見物して回った。うちの村とは比べものにならないくらい華やかだけど、物価が高い。
支度金として貰ってるお金はかなりの額だから、買い食いするくらいできるけど、本当に後で返せって言われないんだろうね? いや、でも、こんな物価の高いとこに住んでる金持ちなら、このくらいの額は出せるもんなのかね。
翌々日、仕事に出ると、織機の動きが変わってた。
たった1日でこんなにいじったのかい?
今日もまた、ジセキお嬢さんが作業を見に来てる。
小1時間見てたかと思ったら、ふい、といなくなった。
それきり何日も来なかったから、もう飽きたんだろうと思ってたら、10日くらい後には、新しい織機が置いてあって、その脇に立ってた。
織機は、使い勝手が随分と良くなってる。
一体誰がこんなにぽんぽん織機を作ってるんだか。あたしらが3年働いたって、織機なんて買えるもんじゃない。ちょっと傷んだところを直すんだって大変なのに。
よっぽどお大尽なんだねぇ。
そんなことを何回も繰り返すうちに冬が終わり、来た時と同じ豪華な馬車で村に帰ることになった。
ここで使った織機のことは、村で話すなって言われて。
一冬空けていた家に戻って、いつもの生活に戻ろうと思ったけど、王都での生活に毒されてしまって、どうも調子が出ない。
幸い、一家総出での出稼ぎのことは聞かないようにって、庄屋様から言われてるから、誰も聞いてこない。
そうこうするうちに、またパスールの兄ちゃんがやってきた。
あたしら一家に、王都に住めって。
家も土地も全部捨てて、この冬みたいなことをずっとやってほしいって、言ってきた。
ちょっと待っとくれよ、どうしてそんなことになるんだい。え? いや、そりゃ、働きが良かったからなんて言われりゃ悪い気はしないけどさ。
結局、家と土地を手放した分、王都で冬に住んでた家を貰い、見たこともない大金を積まれて、あたしらは王都に移り住むことになった。
それからもお嬢さんは、よくここを覗きに来る。
冬の間の付き合いで、悪い人じゃないってのはわかったんだけど、やっぱりあの目で見られると、蛇に睨まれた蛙みたいで居心地悪いんだよねぇ。
そんなわけで、よくわからないうちに取り込まれてしまった職人さんでした。




