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66話「目覚める勇者」

「それじゃ早速始めるぞ。 月詠、見てるのが辛かったら部屋から出てろ」

「大丈夫です。 絶対離れません」

「そうか」


 言葉を交わすとシエルがクララの衣類を全て脱がした。

 慣れた段取りで、丁寧な手付きで、闇医者のシエルはこういうのに慣れているのだろう。

 ベッドには一糸纏わぬクララ。綺麗な素肌は変わらず雪のように真っ白だが、今や体も雪のように冷たいのだろうか。


「メデューサは何も眼光や咬み付きだけで石化させる訳じゃない。 特に今回みたいな場合は、傷が残らないようにやるから安心しろ」

「はい」


 そう告げるとシエルの全身にいる黒陀達が一斉に伸びてクララの体に纏わり始め、やがて全身を舐め始めた。

 クララの綺麗な体が黒陀に覆われ、徐々に黒く飲み込まれていく。

 ぎらつく赤い眼がそこらじゅうから光り、やがて黒陀が覆う黒い中心からはパキパキと乾いた音がなりだした。

 きっとクララが石になって固まる音だろう。

 見ているとクララの死と石化が私の中で現実を帯び始め、不意に悲壮感に襲われて涙が溢れてきた。


「お前が決めたことだ。 しっかり見てろ」


 隣に座るエリス様が激励を送ってくれる。

 そう、これは私が決めたこと。しかと目に焼き付けて心に刻み込む為に。決意を揺るぎなくする為に。

 今度は徐々に体が熱を帯び始める。いよいよクララの魔力が私に雪崩れ込んで来るのだ。

 全身から汗が噴き始め、シスター服がべっとりと素肌に付く。


「月詠君、服脱がそうか? しんどそうだけど横になる?」

「服は……お願いします。 でも、横にはなりたくありません」

「無理するな月詠。 隣にクララはいるんだし、意地を張るな」

「……はい」


 今度は私がセイラに脱がされて肌着になると、そのまま座っていたベッドで横になる。

 体を寝かせて落ち着かせ横を向くと、隣のベッドから発する乾いた音がより激しくなってきた。

 バキバキメキメキとした音と合わせて私の体に熱が入り込んでくる。

 全身を覆うような熱さに腕を見てみると、肘の辺りまでルーンは拡がって今もなお拡大していた。

 体が溶解するように熱い。声も出せず動くこともままならない。まるで肉体がメルトダウンでも起こしてるみたいだ。

 朧気になりそうな意識と戦っていると、黒陀達が赤い目をぱちくりさせながら舌を踊らせクララから離れ始める。


「終わったぞ。 月詠、起きてるか?」

「はい……大丈夫です」


 魔力の移動が終わったのか、全身を這う熱がゆっくりと引いていく。

 黒陀達がシエルのローブに戻ると、彼女はゆっくりと私を見て話しだす。


「今この子を見るのは辛いかもしれない。 ブラッドムーンと同じ部屋で休むか?」

「いいえ、ここにいます。 クララを見ます。 きちんと全てを受け入れたいんです」

「大した根性だな。 まったく、朧の孫なだけある」


 私の意志を確認したシエルがゆっくりベッドから立ち上がると、そこには石化されたクララがいた。

 姿勢は変わらず、全身は灰色になり、今のクララは正に石像のようだった。


「クララ……クララ」


 返事などあるはずもない。

 呼びかければ無邪気に微笑み返してくれたクララはもういない。

 隣に居るのは石化して夢にまどろみ、目覚めの時を待つ眠り姫だ。


「クララ、クララ……」


 泣きながら何度もクララを呼び続け、返事のない眠り姫を見つめながら私は眠りに付いた。




   ☆   ☆   ☆




 その夜のことである。

 目覚めた私はサイサリスの手を引きながら山岳洞窟を下っていた。

 持っているロウソクと点在する松明の灯りがゆらめき、洞窟内をぼんやりと照らし出す。


「ちょ、ちょっと月詠さん? 本当に私で良いんですか?」

「お願い! シエルさんから不死鳥捕まえて来いって言われてるの!」

「あー、なるほど。 動物絡みなら私ってことですね」

「都合の良いこと言って悪いとは思うんだけど……」

「良いですよ? 私も外の世界に興味ありましたし、エリス様からもOK出ると思います」

「エリス様からもアテナさんからもOK貰ってるよ!」

「そ、そうですか」


 ジト目で私を見るサイサリス。

 ちょっと申し訳ないけど、1秒でも早く旅に出るために最短の流れで準備をさせてもらった。

 そう私は――


「今夜から旅に出るんですか?」

「うん。 クララが石になったって言っても、何年もかけれる訳じゃないし」

「あれ、そうなんですか?」

「だって、クララが戻った時に私がヨボヨボのお婆ちゃんになってたら、クララ困った顔するよ?」

「クララさん、顔に出ますからねー」

「そうそう。 私ね、クララを浦島さんにしたくないの」

「ウラシマ?」

「えーと、まあとにかく早く治って欲しいってこと。 だからお願い、今夜から付き合って!」

「私は良いですけど、月詠さん大丈夫なんですか? さっき目覚めたばかりでは?」

「目覚めた勇者は突き進むのみよ」

「あはは……確かに月詠さんは勇者で、アテナさんは英雄って感じですよね」

「ありがと!」


 落ち込んでばかりでは何も始まらない。

 とにかく先に進まなければ結果は生まれない。ならば先ずは進もうと私は決めたのだ。

 そうこう話していると目的の場所に着いた。

 洞窟内の開けた間、教会を目前にした最後の空洞部屋――アルテミスが備わる場所だ。

 見上れば天井の隙間から注がれる月光を浴びてキラキラと粒子を降らしている黄金の弓、アルテミスが輝いている。


「まさか私が神器所有者とペアで旅に出るなんてなあ」


 隣でサイサリスが頬を紅潮させながら呟いた。

 なんだか新しい絵本を開く時の少女みたいな顔だ。ワクワクしているのが私にもよくわかる。


「ちょっと不謹慎ですけど、正直私楽しみなんです。 冒険とかに憧れてアマゾネスになったので」

「そう言って貰えると私としても誘いやすいよ」

「でも本当に私で良いんですか? 多忙なアテナさんやヴィヴィアンさんはともかく、シャマルさんやギブリさんじゃなくて。 それにあの吸血鬼少女は?」

「私も考えたんだよね。 でもやっぱり不死鳥捕まえるのが前提だし、サイサリスさんに協力を頼もうかなって」

「お力になれるように頑張ります! でも、私達2人で大丈夫でしょうか?」

「いやいや遠征に出て思ったんだけど、宿代に食費もかかるし大所帯は結構大変なのよ。 戦力に関してはアルテミスでカバーするから!」

「そんな理由で伝説の神器を持ち出すとは……」


 軽やかな足取りで岩石を駆け昇ると、アルテミスを手にした私は飛び跳ねて地面に着地した。

 気のせいか以前よりもアルテミスが手に馴染んでいるきがする。これはレプリカであるチョコバナナで旅をしていた成果かもしれない。


「それじゃサイサリスさん、麓の仮眠室に荷物は纏めてあるから行こっか?」

「良いですとも!」






 麓に着いた私達は速やかに荷物を纏めると、守衛の夜番であるシャマルとギブリに挨拶をしていた。


「まさか今回も2人が当番なんて……」

「今夜早急に旅発つって聞いたから、今夜当番の人に話して以下略です」

「あはは、2人共わざわざご丁寧にどうも」

「サイサリス、外世界は始めて? 月詠さんもそんなに慣れてないでしょ? 今からでも考え直したら?」

「私も月詠さんに提案したのですが、事情がもろもろございまして」


 その後も少し話をした後に、私達は教会を後にした。

 エリス様やアテナを始めとした皆には事前に挨拶を済ませ、既に夜なので特に見送りは要らないとも伝えてある。

 ただブラッドムーンにだけは伝えることができなかった。あの子は私が言っても聞かないだろう。

 あの子は戦力的にも申し分ないのだが、吸血鬼を世間に連れまわせるほどの要領は私は持ち合わせていない。

 寝込んでる最中に黙ったまま去るのは可哀想だが、その辺もアテナによろしく伝えてある。


「それじゃ行って来るね」

「シャマル先輩、ギブリ先輩、私成長して返ってきますよ!」

「2人共気をつけてね。 時にサイサリスは月詠さんの足を引っ張らないように」

「サイサリスは体だけは立派に成長してるからなあ」

「ギブリ先輩、その発言はモラハラですよ!」


 私を元気付ける為だろうか。

 普段よりも僅かばかり元気に話をしつつ、和やかな雰囲気で私達は見送られた。

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