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【連載版】聖女様をお探しでしたら妹で間違いありません。さあどうぞお連れください、今すぐ。【コミカライズ配信中!】  作者: 伊賀海栗
③タルカークにて

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3-33 聖騎士と神殿騎士


 タルカークの各都市へ繋がる貯水池が見つかって。ネルミーン姫と仲良くなって。


 私のマズコナクへの旅は大成功のはずです。

 だけど結婚という人生最大の選択を迫られているのに加えて、ナウファル殿下への疑いまで発生してしまい、とても胃が痛い。


 これからどうしたらいいのか、正解があるのかさえわからないことを、とりとめなく考えていましたら。

 いつものように馬上で私を背後から支えながら、セレスタン様がイドリース殿下の名を呼びました。


「それで、タルカラへ戻って儀仗杖が直っていたら……ええと、すぐに婚姻の儀、というわけではなかったですよね?」

「おう。まずはジゼルに神官になってもらわねぇとな。なに、大したことじゃねぇよ。神殿の奥の祭壇に水をそそぐだけだ」

「なるほど、それならすぐに――」

「ちなみに。一応言っとくけどな」


 そこで殿下が言葉を切ると、沈黙が訪れました。


 岩の隙間を通り抜ける風がピュウと鳴いて、乾いた草がカサカサ音をたてて。シマネコだけが空気の変化に気付かないまま「にゃっにゅっ」と馬のたてがみにパンチを繰り出しています。


 そんな中で私たちはイドリース殿下の言葉を聞き逃すまいと耳をそばだてました。


「祭祀は――つまり神官承認の儀も、婚姻の儀もどちらもって意味だが。祭祀場にはタルカークの聖職者ならびに王侯貴族しか入れねぇから」

「……と言いますと」


 セレスタン様の声が硬くなります。

 私の理解が正しければ、儀式の際に聖騎士は私のそばにはいられないと言っているような。


「聖騎士って一応聖職者だろ。タルカークではそれが神殿騎士にあたる。だから神官を守るのは神殿騎士だ。聖騎士はこの国の聖職者とは認められない。祭祀場にお前ら聖騎士は入れない」

「な……! ジゼル様は神官である前に聖女だ。我々は聖女をお守りする責務が」

「だが、祭祀においてはタルカークの神官として向き合ってもらう」


 私の腰を抱くセレスタン様の腕に力が入りました。苦しくはないけれど、彼の苦悩が伝わることが息苦しい。


 今までにもセレスタン様には「騎士の誓いを舐めるな」と度々注意を受けましたから。彼は聖騎士であること、聖女を守ることにプライドを持っているんですもんね。

 それがわかるからこそ、私もかける言葉が見つかりません。


「それなら……」

「あ? 悪い、聞こえなかった。なんだって?」

「それなら、俺が神殿騎士になれば、その資格が得られるんですね?」


 またもや沈黙。

 今度は先ほどのような重苦しい沈黙ではありません。誰もがセレスタン様の言葉を理解しようと顔を見合わせ、そしてセレスタン様の表情を見て。


「お前、神殿騎士になるってのか?」

「はい。それでジゼル様をお守りできるなら。どうすれば神殿騎士になれますか?」

「あははははははっ! いいな、お前。そういう貪欲さは大好きだ。さすがに外国の人間が神殿騎士になるって話は聞いたことねぇけど、まぁいい。俺の独断で許可してやるよ」


 いいんだ……! ってちょっとびっくりしました。

 まぁイドリース殿下は王族の中でも次期国王の弟であり、王位継承順位も高いはずですからね。ある程度の融通はきくのでしょう。

 いえ、融通きかなくても無理にどうにかしそうなイメージもありますけど。


「ありがとうございます。我がルサーリィ聖騎士会には入会時に宣誓を行う必要がありますが、神殿騎士は?」

「似たようなことはコッチにもあるな。タルカラの北西に石碑があるんだ。『エドリスの足跡』っていう石碑な。そこの前で剣を掲げて誓いをたてる。そんだけ」

「エドリス?」


 私とセレスタン様の声が被りました。なんですか、その石碑。私、知りません。


「は? エドリス知らねぇのか? 最初の聖人の旦那だろうが。だからこの国では聖人にあやかって赤ん坊にエドリスって名前をつけることが多い。俺のも由来はそれだ。ありきたりな名前ってやつ」


 俺もエドリスです! って親衛隊の魔術師さんが嬉しそうに手を挙げました。本当に多いんだ……。

 きっとエドリス本人がそれを知ったら嫌がるでしょうね。恥ずかしいからやめろって。でも、そのエドリス本人であるはずのセレスタン様は「へぇ」と興味深げに笑うだけでした。


 なお、石碑はヌーラの死後、彼女の墓が見えるところに建てられたんだそうです。なら私の記憶にないのも納得。


 そんな他愛ない話をしながらマズコナクの城へと戻ってきた私たちを迎えたのは、慌てふためくノスラットさんでした。馬を使用人に引き渡す私たちのもとへ転げるようにやって来て、何か訴えているものの息があがって言葉になっていません。


「落ち着け」


 イドリース殿下の注意を受けて、深呼吸すること二回。


「オ、オルハン殿下より早馬が。急ぎ、タルカラへお戻りください」

「殿下はもうイスメルからタルカラへお出でになったのか? ってか何があった?」

「伝令によると、押収した薬品が盗まれたと。また、ビビアナ妃殿下に密通の疑いがあるとか」

「はぁ? ……はぁ? なにやってんだよ。ってか誰とだよ」


 理解できないというより、理解を拒むようにイドリース殿下が溜め息をつきながら頭を搔きむしりました。


 敵は魔術で他人を好きに動かせますから。薬品が盗まれたと言われれば警備の杜撰さを指摘したい一方で、「絶対」はないのだろうなと思います。だから責めきれない。


 ただ、ビビアナ殿下の密通というのは聞き捨てなりません。そんなこと、あの方に限ってあるはずが……!

 セレスタン様もまた、大きく一歩前へ出てノスラットさんに詰め寄ります。


「密通など! 妃殿下がそんなことをするわけがありません!」

「と、とにかくタルカラへお戻りください! 詳しいことはわかりかねますので!」


 はい。そうする以外にありません。

 私たちは昼食もそこそこに急いでマズコナクを出発したのでした。




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