283話
冷え込んできたせいで、朝起きがすごいおっくう。布団から出たくない。
……ああ、マロやタキ、ヴィーラのようなモフモフ要員が現実に大量に欲しいよう。
「‥‥‥‥うむ、寒いアル」
冬も冷え込み、吐く息が白くなっている中、ミュルはそうつぶやいた。
グリモワール学園の教師としても働いている彼女だが、本日は休日。
もう間もなく迫りくる卒業式へ向けて、教員たちも忙しくはなってきているのだが、そんな中で彼女は今、学園の都合上として出張をしていた。
現在いるのは、学園のある都市から離れた別の都市。
ここにあるのは、グリモワール学園とは違う学び舎、騎士団養成所という場所であった。
「魔導書を得られずとも、騎士として国を守る志がある者たちが通う場所か……フェイカーも、こういうのを理解しておけば、もう少し別の組織となっていた可能性もあったかもしれないアル」
養成所の詳しいパンフを受け取りつつ、ミュルはそうつぶやいた。
彼女は元々、反魔導書組織フェイカーの幹部のミルとして活動していたこともあったが、今は色々あってルースたちの元にいる立場。
当然、過去に一度ルースを殺しかけたことはあれども、もうそれは過ぎたことであり、今の彼女は過去とは決別し、今はきちんと一介の教師として、わざわざ今日はここへ出張しに来たのだ。
……なお、その頃仕掛けたことが原因で、エルゼ達に廃人になるレベルの悲惨な目にあわされたことはトラウマであり、克服したとはいえ、今でも少しだけ体が震えてしまう事もあった。
「えっと、それで養成所の学長が、貴方であるな?」
「ああ、そうだ」
養成所の一室、学園長室にて、ミュルの問いかけに対して目の前の人物はそう答えた。
「かつては王国の騎士団長として奮ったが、今は後身の育成に励んではいる。けれども、どうしても実戦経験が薄れがちなところを、他の学園などに相談していたが…‥‥来てくれて、本当にありがたい」
「いやいや、こちらこそ未来の騎士たちの育成に携われるのであれば、嬉しいアル」
壮年であり、厳格そうでありつつも、何処か柔らかい笑みを浮かべて、養成所の学園長ゴンザレェの言葉に、ミュルはそう答えた。
今日の目的は、この養成所で鍛えている、将来国に仕える予定の騎士たちと模擬戦を行う事。
とはいえ、魔導書所持者相手というよりも、完全に物理方面での戦闘を行いたいそうで、各学園にこの養成所は申請していたらしく、それを見たバルション学園長がミュルに白羽の矢を立てたのである。
かつて組織に所属していた時であれば、こういう場所は潰しに来たかもしれないが‥‥‥それが変わって、こうやって協力しに来ているのも妙な運命であろう。
「とはいえ、我が武器はこの金棒でアル。騎士たちは剣を使うそうだけど、万が一にでも折ってしまったら大丈夫でアルか?」
「それは問題ない。替えの剣は用意しているし…‥‥それに、その方が都合がいい事もある」
「というと?」
「‥‥‥恥ずかしい話しかもしれぬが、若者に元気があるのは良いのだが…‥‥」
ゴンザレェいわく、この騎士団養成所は、将来有望な若者たちが多く集まっている。
その若さゆえの過ちというか、少々己の力を過信する者たちもおり、それらをどうにかするためにはショック療法が必要な事があるそうだ。
「元々、この養成所に志願する者は貴族家の当主の座を継げない可能性のある次男、三男などが多くてな。普通にまじめにやるのならまだしも、何処か傲慢になってしまう者たちもいる。騎士としての規律の重要性も理解させたいのだが‥‥‥‥問題児には、いつも手を焼かされるのだ」
「‥‥‥なるほど、苦労しているようでアル」
はぁっと深い溜息を吐くゴンザレェに、ミュルは同情した。
いつの世も、どこの場所でも、何かしらの問題児は存在する。
「まぁ、それならばフルボッコにするレベルでも大丈夫であるかね?」
「ああ、それで問題はないだろう」
とにもかくにも、出張に来たとはいえ、そう長く滞在するわけではない。
さっさと問題児共の鼻っぱしを木っ端微塵にするために、さっさと場所を変えるのであった。
「えー、というわけで、本日は別の場所からきていただいた、特別講師のミュル先生である。模擬戦で皆の相手をしてくれるのだが、くれぐれもやらかさないように」
「ほー、女性教師とはこれまた珍しいな」
「中々美人なんだけど、なんかごっつい金棒を持っているな」
「あれは痛そうだが、なんとか防ぎきれるか?」
教員の一人がミュルについての軽い紹介を行い、養成所の訓練場に集められた生徒たちのひそひそ話がよく聞こえてくる。
この騎士団養成所、男の騎士予定の者たちが多いせいか色々とむさくるしいところがるようで、ミュルのような女性教員は珍しいらしい。
生徒たちを一通り見てみれば、色々な思惑が混じった視線があるようで、珍しいと思う者や、純粋に戦ってみたいと思う者、何やらもじもじしている者‥‥‥‥そして、問題児であろう者たちからは、下卑た目線な度が感じ取れたが、ミュルは無視した。
(…‥‥ま、この程度ならば問題ないアル)
確かに、この養成所にいる生徒たちは騎士として鍛え上げられ、実力もありそうだ。
だがしかし、正直言って…‥‥まだまだ、ひよっことも言える。
「さてと、紹介にあずかったミュルであるが………説明通り、諸君との模擬戦を行うでアル」
とりあえず、一旦紹介も終わったところでミュルはそう述べる。
とはいえ、ただ模擬戦を行うのではない。
「本来であれば、一対一ずつで行う模擬戦ではあるが‥‥‥‥生憎出張で来たので長く滞在はできないのでアル。そこで!!諸君らには、これよりある提案を行うのでアル!!」
「提案?」
「長く出来ないからって、何を?」
ミュルの言葉に、困惑の色を隠せない生徒たち。
「一対一ではなく、一対大多数‥‥‥‥要は全員、まとめてかかって来てもらうのでアル!!戦場に赴いた際に大多数に囲まれることはあるだろうし、それを想定してやるであるが、とにもかくにも、文句があれば即座に吹っ飛ばすアル!!」
「「「…‥‥はああああああああああああああああああああ!?」」」
その思いがけない言葉に、生徒たちは全員驚愕の声を上げた。
それもそうだろう。まだ実力も分からない相手、それも金棒を持った女性からそう提案されては困惑するばかり。
とはいえ、文句を言おうものならば…‥‥
ズゥゥゥン!!
「…‥‥で、文句がある者はいるアルか!!」
重い音を響かせ、金棒を軽く叩きつけ、その威力を想像させられ、拒否できない。
問題児たちも流石にこのような相手とは思ず、驚愕しつつもすぐに剣を構え始める。
「良し!!文句もなさそうだし、さっそく行うでアル!!」
ミュルのその言葉を合図にして、模擬戦が行われるのであった………
……そして、1時間後。
そこには、死屍累々の山が積み重なっていた。
「…‥‥うむ、一人一人、どのような癖があるか、治すべき点などはしっかりと後日送るでアル」
満足げにその山を見て言うミュルであったが、山に含まれた者たちの心は一つになった。
(((あんな人、騎士になったら相手にすることがあるの?)))
後日、しっかりとミュルによって個人ごとの改善点が書かれた紙により、鍛錬する内容などを変更することによって、生徒たちの技量は向上した。
自分の実力を驕り、見事に粉砕された問題児たちは、悟って辞める者たちもいたが、逆に向上心を見せ態度を一変させ、真面目に取り組むようになった者たちもいた。
この件は、後に騎士団養成所にて「鬼人による破壊の嵐」として伝えられ、以降問題児たちが減少し、騎士たちの質が向上したのは別のお話である。
「‥‥‥なんか、最近妙に各方面から呼ばれるのでアル」
「うわぁ、他国のものとかあるじゃん。何をやらかしたんだ?」
「さぁ?」
ある意味、伝説の授業となった。
後に、事情を知りつつ、その事がルースにバレたミュル。
色々と言われつつも、自信満々にやり遂げたので恥ずべきことはない……のだが鬼人というのもあってか、何故か「幻の鬼神様」と言われてファンクラブが創設されたこともしり、何となく気恥しくなってしまうのも、また別のお話。
次回に続く!!
……ちょっと間が早いが、次回は閑話の予定。ちょとばかり、あちらの方で動きがあったようだしね。
というか、考えてみたらルースを瀕死にした相手として数少ない生きた実例でもあるな。接近・物理戦闘面だと相当の実力者だし、かつて幹部の一人というのは建前だけじゃないんだよなぁ。
まぁ、1度廃人レベルにされたことあるし、それにしたエルゼ達の方が怖ろしいような気がしなくもないが‥‥‥‥、




