七枚め・王子と伯爵令嬢
記憶の中の彼女は、怒っている事が多い。
王女と伯爵の娘は、お淑やかにしなければならないんじゃないの?と私が訊いても、ムスッと頬を膨らませいつもこう応える。
いやよ。だっていつも淑やかに過ごしているのに、何故ここまで来て遊んじゃいけないの。
そう言って、彼女は勝手に走り出し、私は急いで追いかける。
今日の目当ての場所は、お気に入りの花畑。
あまりに速く走る彼女に追い付こうと必死に走る私に、彼女はよく舌打ちをしていた。
おっそいわね。のろま。おいていくわよ。
涙が出そうになる目を泥のついた袖で擦り、やっとの事で彼女に追い付いた私は、息を切らせながらも、彼女の上気した横顔を見る。
いつもの淑女然と着飾り私に頭を下げる姫の彼女より、こういう時の彼女が私は好きだった。
畑の中にずかずか入り、花を摘み始めた彼女は、隣で花かんむりを作り始めた私を見て、時折声をかけてくれた。
上手になったじゃない、と誇らしげに口元をゆるませながら。
そう言われた日は私は嬉しくて、夢中になってプレゼント用の花かんむりを作った。むろん、綺麗なストロベリーブロンドの彼女の為に。
直系ではあるが第4王子という微妙な立場にいた私には、城を抜ける事は案外容易かったが、彼女はそうも行かなかったようで、その幸福な時間はあまりにも希少だった。
だが、私が正式に王となる六年前、彼女はいきなり私に逢うことすらできない立場になった。彼女の親戚の男が、謀反をおこそうとしたのだ。当時、王である私の父のワインに毒を混ぜ、殺害を謀った。
全ては、その男が推す第1王子を、すんなり王にするため。国民の異常なほどに高まる私への期待が、男と第1王子を不安にさせたのだろう。
結局、その男の家族は死刑、彼女は遠縁という事実で最悪の刑は免れたが国外追放。と言っても彼女の母は追放された国の王女だったので前と変わらず上流階級並みの暮らしは約束されていた。
そして誰も信じられなくなった父王は国民の意思を尊重し私を王とした。
こう言っちゃなんだが、学問、武芸に誰より秀でていたのは昔から私だったので、あまり文句をいう輩も少なかった。
そして国王となり、超多忙な生活を送り始めた私に、ある仰天な話が耳に入った。
アリシィアが、子供を産んだ。
唖然とする私にはお構いなしに、彼女の乳母で追放された国で彼女に仕える老婦人はしくしくと泣いていた。
実は、一度だけ彼女に逢いに行ったことがある。去年の冬、ちょうどその国で出席しなければいけないパーティーがあり、期待しながら行ったら、本当に彼女と再会した。そしてその夜、彼女を抱いた。
時期的に見ても私の子であるのは間違いないという。
天にも昇れそうな幸福感の脇で、私は悩んだ。
私には既に王妃とトラヴィスがいたが、やはり、彼女を妃にしたかった。
素性を隠し、子供は連れ子という事にして。
幸い、子供は女の子のようだから、大した問題はないだろう。少しの心配はあるが。
そう伝えたが、乳母は辛そうな顔で項垂れ、彼女の言葉を伝えた。
「…妃になる気は無い、子供は私が育てる、と…言っておられました」
ショックを受ける私に、乳母は書きなぐったような紙を恐々と渡した。
多分、乳母が読み上げる用に書いたもののようだ。しかしこの字は彼女のもの。
そこには、さらに私を突き落とすメッセージが綴られていた。
『一応、連絡だけ。馬鹿なことは絶対考えるな。でもなにかあったら助けてあげて』
とてもじゃないが、私に乳母はコレを読めないだろう。
だが、青い顔で私の顔色を伺っていた乳母は目を見開いて、私の満面の笑顔を凝視した。
本当に、私は嬉しかった。彼女を数年ぶりに感じられた事、なんと私と彼女の子供が生まれていたこと。
私は、リディエンヌ=ソフィーという名しか知らない娘を、護ると誓った。
しかし。
その3ヶ月後、それを知った私の母は、謀反人の血縁の彼女と、リディエンヌを抹殺するため刺客を送り、私が飛んでいった時にはもう、彼女は娘を護るため…帰らぬ人となってしまった。
番外編、いかがでしたでしょうか。
今回は、リディエンヌの母親アリシィアと、父アルフォンスの物語。
王子と令嬢。本当は、誰もが認める二人としていつまでもいられたはずなのに、二人は自分とは関係のないところで回った運命に翻弄されていきます。
ちなみに、アルフォンスには第1妃であるトラヴィスの母以外、妃はいません。
すぐに、王子が生まれたからや、余りに美しい王に嫁ぐ・嫁がせる勇気がある人がいなかったからとか。
トラヴィスのお母さんも、お美しい方ですからね~。
最愛の女性を妻に出来なかった八つ当たりで、たくさんの花を後宮に咲かせているというのも良かったんですが、何となくアルフォンスにはこちらのスタイルをとってもらいたいなという作者の想いから、妃は一人という事で。
あ、でも息子はトラヴィス一人ですが、王女は二人います。
トラヴィスの三歳下の双子の妹姫です。
彼女たちも、近々出演するはず…かな?
毎回更新遅くて申し訳ありません…(;_;)
また遅れる予定です。
ゆったりお待ち下さい。




