時待つ花は千種なり 8.5話
イザンバとヴィーシャとジオーネの会話。
カティンカとの通信終了後。淑女の仮面を外したイザンバの前に置かれたヴィーシャが淹れたお茶。喉を潤しほっと一息つく彼女に、共に控えていたジオーネが尋ねた。
「若奥様、ジンシード子爵令嬢様に何を言い淀んだんですか?」
「え?」
一瞬、何の事か分からなくて首を傾げたイザンバだがすぐに思い当たった。
『あー、ね。その気持ち分かります。でも……』
絵画といいながらまさかの推しを挟んでくるサリヴァンの授業。微笑みを続ける事も推しを堪能する事も出来ずに嘆いていたカティンカに言いかけて、それでも飲み込んだ言葉があった。
「……ああ、あれ⁉︎ すごい、よく気付きましたね! 誤魔化せたと思ったのに」
「あちらは気付いてないでしょうが、あたしも若奥様の事は分かってきましたから」
「流石ジオーネ!」
パチパチと拍手付きの賞賛にジオーネもドヤ顔だ。
それを踏まえてもイザンバは楽しそうに笑う。まるで何か悪戯を仕掛ける前のように。
「んふふふふ、あのね、あのやり方を考えたのはお義母様なんですけど、慣れてきたら今度はサリヴァン先生が推しのお面付けて来ますよって言いかけたんですけど」
「え? あの先生がですか?」
「なんや、あの先生見かけによらずお茶目な人なんですね」
サリヴァンの見た目は神経質そう、厳しそうといった印象を受けるだけにジオーネもヴィーシャも驚いたようだ。
「あはははは! そうなんですよ! ほら、私って昔からオタクだったから二人ともやり方を合わせてくださったんだと思います」
「で、それを今はジンシード子爵令嬢様にも適用していると」
過去の指導経験がそのまま活かされているのかと納得するジオーネにイザンバは笑いながらも言葉を続けた。
「しかもすごいタイミングで来るんですよ。私の時はね、お義母様とお茶会の作法の確認の時だったんですけど」
「え、それは……」
「絶対あかん事になったんちゃいます?」
それは誰にだって想像出来る惨事。顔色をなくす二人にイザンバはそれはそれはいい笑顔で。
「はい! お茶噴いちゃいました! でも、お義母様もサリヴァン先生も想定されてたみたいで。場所は庭だったし先生もお義母様とは反対の位置から来られたんですよ」
「それはよぉございましたわ」
最悪の事態はあらかじめ回避されていたようで何より、とヴィーシャは胸を撫で下ろす。
予想通りの二人の反応にイザンバはクスクスと笑った。
「その時のお義母様は全然動じてなくて。でもね、まさかあんな風にお面をつけて来るとは思わなかったから驚いたって後でこっそり教えてくれたんですよ。改めてお義母様のすごさが分かって頑張らなきゃって思いました!」
「その結果が若奥様の淑女の仮面の仕上がりなんですね」
社交中のイザンバも並大抵の事では微笑みを崩さない。そんな彼女の姿を思い出し、ジオーネはしみじみと言った。
サリヴァンの印象と現実の不一致よる揺さぶり、セレスティアの実演、さらにイザンバへの発破が込められていると明かされるとサリヴァンが乱心したかのように見えるお面も納得である。
最初の家庭教師と違い、セレスティアとサリヴァンはイザンバに合わせたやり方を模索していたようだ。
しかし、当の本人は両手で頬を挟んで困り顔で言った。
「でも最近私も外れやすくなっちゃってるし……この機にもう一度ちゃんと意識しようと思います」
「次期公爵夫人として良い心構えかと」
「——ありがとうございます。頑張ります」
友人の姿に鑑みて自身を今一度見直すきっかけとしたイザンバにジオーネは微笑みながら肯定を示した。
次期公爵夫人という言葉を意識していることに少し気恥ずかしそうにしながらも彼女は自分の意思で前を向いている。良い傾向だ、とジオーネはもう一つ満足そうに頷いた。
そんな自身の心境を読まれているようでイザンバは恥ずかしさを誤魔化すように再び話し出す。
「それで二回目はコージー様とお茶してた時なんですけど、ちゃんと忘れた頃にしてくるからまた大変で。ふふふ、実はその時はコージー様もちょっと咽せちゃったんですよ」
「流石のご主人様でも突拍子もない事には驚かはるでしょね。若奥様が『もうすぐ死ぬかもしれません!』って騒いだ時もそうでしたし」
「ん゛ん゛っ! ………………よく覚えてますね……」
「ふふ、あの日もお二人の記念日ですから」
麗しい笑みの中に含まれた若干のからかい。両思いになった日のことを言われると彼とのやり取りを思い出して顔が熱くなる。イザンバはふるふると頭を振って熱を散らすと話題を元に戻した。
「でね、お面なんですけど最後はなんと……ソクラテス先生もしてました!」
「おじいちゃんに何さしてるんですか」
「ちょっと照れが入ってるソクラテス先生がまた可愛くて……だからね、こういうのは黙ってた方がいいですよね!」
そう尋ねるイザンバに護衛二人は目を合わせると肩を竦めるばかり。お好きにどうぞという事だろう。
「あ! カティンカ様が全部クリアした暁に推しとの対面パート2とかどうだろう⁉︎ 今ならカティンカ様の推しのコス頼めるし! そう言えばお兄様にコスしてもらうのもアリだ! してくれるかなー? 聞くだけ聞いてみよ!」
さて、イザンバの思いつきはご褒美となるのか試練となるのか。わくわくした状態で兄に伝達魔法を繋げる彼女の背後でジオーネとヴィーシャがこっそり話す。
「なぁ、ジンシード子爵令嬢の推しがマダムに知られてるのはイルシーがリストを渡したからだと思うか?」
「そら仕立て直しは続くんやし、ご主人様がやり方知ってはるなら渡してるやろな」
「アイツならむしろ色々売りつけてそうだ」
「どうせまたぼったくってるやろし……お二人のご成婚祝いや言うて奢らせよか」
「いいな。シャスティたちに勧められて気になってる酒があるんだ。あれ飲みたい」
「ウチも目ぇ付けてるヤツあんねん。ほな今日捕まえんで」
「よしきた。ファウストたちにも声をかけておく。あとお二人がサプライズを仕掛けようとするのはこの教育のせいじゃないか?」
「それは思ても言うたらあかんやつやわ」
本人たちも気づかぬ教育の影響は艶やかな流し目とそっと閉じられた唇の向こう側に。
活動報告よりも少し手直ししています。




