婚約者に殺されたので、新たな力で世界を築きますわ
タイトル変更しました。
――魔王城の天蓋が、崩れ落ちていく。
勇者ジョカルド一行は、長い旅路の果てに、ついに魔王ディアボロを討ち果たした。
だが――
聖女セリーヌは、震える手で仲間を見つめた。
「アーバイン! しっかりして!」
戦士の胸には深々と漆黒の剣が突き立ち、血が溢れ出している。
「……だめだ、セリーヌ。俺はもう……」
「そんなこと言わないで。今、回復を――!」
彼女が両手を掲げ、癒しの光を紡ごうとした、その瞬間――。
――ズブリ。
腹部に、冷たい衝撃が走った。
温かなものがこみ上げ、唇の端から血が伝う。
セリーヌは目を見開いた。
視線の先には、婚約者である勇者ジョカルド。
その手には、血に濡れた剣が握られていた。
「……ジョ、ジョカルド……?」
「悪いな、セリーヌ」
低く、冷たい声。
その背後には賢者リディスが立ち、妖艶に微笑んでいた。
「ふふ……ごめんなさいね、セリーヌ。でも、あなたがいると邪魔なの。名声も、ジョカルドの心も。私たちの未来のために、ここで死んでちょうだい」
膝が崩れ、セリーヌは血の海に沈み込む。
「……わたし、たち……仲間……だった、のに……」
「仲間? 違うわ。利用しただけよ」
リディスは冷ややかに笑い、転移魔法陣を描く。
「お前たちは、魔王との死闘の末に名誉の戦死を遂げた――そう伝えておこう」
ジョカルドが吐き捨てるように言う。
「行くぞ、リディス。崩壊が始まっている」
二人の姿は光の中に溶け、跡形もなく消えた。
残されたのは、血に沈むセリーヌとアーバイン。
崩れ落ちる天井。燃え盛る炎。
終焉の中で、セリーヌは最後の力を振り絞り、隣に倒れる戦士の手を握りしめた。
「アーバイン……ごめんなさい。あなたを、助けられなかった……」
「あ……謝るな。お、俺は……俺は、ずっとお前を――」
その言葉の続きを、崩壊の轟音が飲み込んだ。
◇
すべてが終わった――
静寂と暗闇の中で、セリーヌはそう思った。
しかし――
『――まだ、終わりではない』
耳の奥に直接響く、低く禍々しい声。
「誰?」
『我は魔王ディアボロ。貴様らが討ち滅ぼした存在だ』
声は、愉快そうに笑っていた。
『クックック……まさか勇者が、かくも醜い裏切りを見せるとはな。どうだ、憎いか? 信じていた者に、命を奪われる気分は?』
「私に……何を望むの……?」
『貴様に力を授けよう。我が魔力を継ぎ、新たな魔王となれ。そして――裏切り者どもに、復讐せよ』
「……魔王に……?」
『選ぶがいい。ここで死ぬか、それとも、復讐を果たすか』
震える唇で、セリーヌは答えた。
「……私は、死なない。あの二人を――この手で裁く」
その瞬間、心臓が激しく脈打つ。
魔王の魔力がセリーヌの体内へ流れ込む。血が逆流し、魂そのものが焼かれるような激痛が走った。
セリーヌが纏っていた温かい光は、徐々に色を失い、漆黒へと染まっていく。
そして──
背中から、漆黒の翼が大きく広がった。
崩壊した魔王城の奥で、セリーヌは倒れ伏すアーバインの傍らに膝をつく。
そっと、その頬に手を伸ばした。
「……アーバイン。戻ってきて」
彼の胸に、魔族の炎が灯る。
傷ついた肉体が再生し、止まっていた鼓動が、再び始まる。
やがて、アーバインの瞳がゆっくりと開かれた。
「……セリーヌ……。お前、その姿……」
「ごめんなさい……。私……ジョカルドとリディスを許せなかった……」
一瞬の沈黙の後、アーバインは小さく笑った。
「そうか……。どんな姿でも構わない。お前が生きているなら、それでいい」
静かに、しかし確かな声で、彼は言った。
「セリーヌ……この命、お前に捧げよう」
◇
数年後。
勇者ジョカルドと賢者リディスは新たな王国を築いていた。
だが、その繁栄は、あくまで表向きのもの。
ジョカルドは王冠を戴くと同時に、自らを「救国の王」と称した。
魔王を討ち、世界を救った英雄――その肩書きは、彼に絶対的な正統性を与えていた。
「王の決定に、異論はないな?」
玉座の間でそう問いかけられ、家臣たちは一斉に頭を垂れる。
否と答える者はいなかった。その末路を、誰もが知っていたからだ。
庶民には重税が課せられた。
農民からは穀物が奪われ、職人からは金が搾り取られた。
市場は活気がなく、民の顔には笑みがない。
「国を繁栄させるには犠牲が必要だ。我らの偉業を理解できぬ愚民に、選ぶ権利などない」
それが、ジョカルドの口癖だった。
賢者リディスは、その隣で静かに微笑む。
彼女は王国の魔導行政を一手に握り、監視用の魔術網を張り巡らせていた。
「不満を抱く者は、すぐに分かるわ。反逆の芽は、小さいうちに摘まなければ」
王に意見する者は、たとえ長年仕えてきた忠臣であっても例外ではなかった。
「陛下、これ以上の徴税は民の命を――」
そう進言した老臣は、その日の内に“反逆の疑い”をかけられ、地下牢へ送られた。
裁判はない。
弁明の機会もない。
牢獄は満ちていった。
王の方針に疑問を持った者、民の声を代弁しようとした者、不審な動きをした者。
やがて家臣たちは、考えることをやめた。
忠誠ではなく、恐怖によって国は支配されるようになった。
城の外では、飢えた民が路地に倒れていく。
だが王城では、豪華な宴が夜ごと開かれていた。
「ははは! これぞ王の特権だな!」
金の杯を掲げ、ジョカルドは高らかに笑う。
リディスは彼の腕に寄り添い、甘く囁いた。
「あなたは正しいわ。だって、この世界は“あなたが救った”のですもの」
誰も逆らえない。
誰も真実を口にできない。
――こうして、歪んだ王国が築かれていた。
◇
ある日。
賢者リディスは、王城最上階の魔導室で、水晶盤を睨みつけていた。
王都全域に張り巡らされた監視用の魔術網。その映像の一つに、彼女は“ありえない人物”を見つけていた。
「そんな……!」
映っているのは、黒い鎧を纏った大柄な男――アーバインだった。
「でも……確証がない……」
すぐにジョカルドへ報告すべき内容のはずだった。だが、リディスは唇を噛む。
――最近、ジョカルドは冷たかった。
国政に忙しいふりをして、彼女を抱こうともしない。
かつて自分に向けられていた熱は、もうどこにもなかった。
(手柄を立てれば……ジョカルドは、また私を見てくれる)
そう思った瞬間、彼女は決断した。
「……私一人で行くわ」
◇
王都の裏路地。
「――アーバイン?」
声をかけた瞬間、男はゆっくりと振り返った。
その顔を見て、リディスは確信する。
「やっぱり……生きていたのね。ふふ、いい手柄だわ。大人しく――」
言葉が途切れた。
足元に淡く光る紋様。
地面に巨大な魔法陣が描かれていた。
「……っ!? な、何、これ……!?」
咄嗟に魔力を込める。
だが――反応しない。
「魔法が……使えない……!?」
背後から、静かな声が響いた。
「当然よ。あなたの魔力を、完全に無効化する魔法陣だもの」
現れたのは、漆黒の衣を纏う女。
「セ……セリーヌ……?」
リディスの顔から血の気が引いた。
「会いたかったわ、リディス。あなたが“私を裏切った”あの日以来ね」
「ひ……っ!」
リディスは逃げようとした。
しかし──
「逃がさないわ」
指先が軽く振られた。
次の瞬間――
リディスの体が激しく歪む。
「な、何……!? やめ――いやぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が途切れる。
光が弾け、地面に転がったのは――一匹の豚だった。
丸々と太った、みすぼらしい豚。
「ぶ、ぶひっ!? ぶひぃぃっ!?」
言葉はもう出ない。
知性も誇りも、見る影がない。
「あなたは、ずっと民衆を家畜みたいに扱ってきたでしょう? だから、同じ立場を味わってもらうわ」
セリーヌは、冷たく微笑んだ。
豚となったリディスは、ぶひぶひと鳴きながら必死に走った。
だが――
「お、おい……豚だぞ……?」
「なんでこんな所に……」
「……腹、減ってるんだよな……」
路地の先にいたのは、痩せ細った民衆だった。骨ばった顔。落ちくぼんだ目。
次の瞬間。
「捕まえろ!!」
「肉だ!!」
「食えるぞ!!」
「ぶひっ!? ぶひぃぃぃっ!!」
必死に逃げるも──
複数の手が伸び、脚を掴まれ、地面に押さえつけられる。
「暴れるな……!」
「神よ……久しぶりの肉だ……」
リディスの視界が、恐怖で滲んだ。
「ぶひぃ……ぶひぃぃ……!」
その鳴き声を、誰も“賢者の悲鳴”だとは思わなかった。
◇
王城、玉座の間。
ジョカルドの隣に座る賢者リディス。
――いや、“リディスの姿をしたセリーヌ”だった。
「陛下」
その声に、ジョカルドは横を向く。
「どうした、リディス」
家臣たちの視線が一斉に集まる中、リディスは静かに口を開いた。
「――ご報告があります。いえ……これは、告発と言うべきでしょう」
ざわり、と空気が揺れた。
「勇者ジョカルドは、かつての仲間――聖女セリーヌを、自らの剣で殺しました」
一瞬、時間が凍りつく。
「……何を、言っている?」
ジョカルドの声が低く、硬くなる。
「魔王討伐後、瀕死の戦士アーバインを助けようとしたセリーヌを、陛下は背後から刺しました。それは、リディス――“私”と共謀した、計画的な殺害です」
家臣たちの顔色が変わった。
息を呑む音。押し殺された悲鳴。
「ば、馬鹿な……! リディス、貴様──」
「証拠もあります」
リディスは微笑み、指を振る。
空間に浮かび上がる、魔王城での記憶。
血に染まった剣。
崩れ落ちるセリーヌ。
驚愕に歪む、その瞳。
「貴様ぁ……これは反逆だぞ!!」
ジョカルドは剣を抜き、叫びとともに斬りかかった。
「死ねぇぇぇ!!」
剣は、確かに彼女の身体を切り裂いた。
だが──
切り裂かれたはずの身体は、霧のように崩れ、床に落ちることはなかった。
「な……っ!?」
背後から、声がする。
「そんなに慌てて……どうしたの、ジョカルド?」
振り返る。
そこには、無傷のリディスが立っていた。
「く、くそぉぉっ!!」
再び剣を振るう。
胴を断ち、首を刎ねる。
だが、そのたびに彼女は霧となって消え――
次の瞬間、必ず背後に現れる。
「やめろ……やめろ……!!」
「何度でも、同じことをするのね。あの日と、まったく同じ」
「黙れぇぇぇぇ!!」
ジョカルドは狂ったように剣を振るう。
だが、リディスは倒れない。
「どうして……死なない……!!」
息は荒く、視界は歪んでいく。
「あなたは仲間を裏切る、卑怯で卑劣な男……」
「ち、違う……俺は救国の王だ……勇者だ……!!」
「いいえ」
リディスは静かに告げる。
「あなたは――単なる臆病者よ」
「ち、違う! 俺は臆病なんかじゃない!!
勇者だ……俺は勇者なんだ!」
再び、リディスの姿が現れる。
斬る。
消える。
現れる。
繰り返し。
終わらない。
「……俺は……ゆ……うしゃ……だ……」
玉座の間に残されたのは──
虚空を見つめたまま、口から涎を垂らす、もはや王とも勇者とも呼べぬ、壊れ果てた男の姿だけだった。
リディスの姿をしたセリーヌが告発する前から──
ジョカルドはすでに、逃れようのない幻覚の中に囚われていたのだ。
◇
やがて、王国は崩壊した。
その後、セリーヌは自らを「魔王」と名乗った。
それは支配のための称号ではない。
人と魔の狭間に立つ者としての、覚悟の名だった。
「モンスターも、人間も……どちらかが滅びる世界は、もう終わりにしたいの」
セリーヌは静かに語る。
恐怖で縛る王ではなく、理解で結ぶ魔王として新しい世界を築く――それが、彼女の選んだ道だった。
「……一緒に来てくれる?」
振り返り、問いかける。
アーバインは少し驚いた顔をしたあと、静かに微笑んだ。
「当然だろ」
そう言って歩み寄り、彼はセリーヌを力強く抱きしめる。
「どんな名を名乗ろうと、どこへ進もうと……俺はお前の味方だ」
セリーヌは目を閉じ、そっと背伸びをする。
二人の唇が重なり、短く、けれど確かな温もりが残った。
二人は今、未来に向けて歩きだした。
誰もが、共に生きられる世界を築くために。
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