表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界恋愛短編

婚約者に殺されたので、新たな力で世界を築きますわ

作者: 喜田 花恋
掲載日:2026/01/19

タイトル変更しました。

 ――魔王城の天蓋が、崩れ落ちていく。


 勇者ジョカルド一行は、長い旅路の果てに、ついに魔王ディアボロを討ち果たした。


 だが――


 聖女セリーヌは、震える手で仲間を見つめた。


「アーバイン! しっかりして!」


 戦士の胸には深々と漆黒の剣が突き立ち、血が溢れ出している。


「……だめだ、セリーヌ。俺はもう……」


「そんなこと言わないで。今、回復を――!」


 彼女が両手を掲げ、癒しの光を紡ごうとした、その瞬間――。


 ――ズブリ。


 腹部に、冷たい衝撃が走った。

 温かなものがこみ上げ、唇の端から血が伝う。


 セリーヌは目を見開いた。

 視線の先には、婚約者である勇者ジョカルド。

 その手には、血に濡れた剣が握られていた。


「……ジョ、ジョカルド……?」


「悪いな、セリーヌ」


 低く、冷たい声。

 その背後には賢者リディスが立ち、妖艶に微笑んでいた。


「ふふ……ごめんなさいね、セリーヌ。でも、あなたがいると邪魔なの。名声も、ジョカルドの心も。私たちの未来のために、ここで死んでちょうだい」


 膝が崩れ、セリーヌは血の海に沈み込む。


「……わたし、たち……仲間……だった、のに……」


「仲間? 違うわ。利用しただけよ」


 リディスは冷ややかに笑い、転移魔法陣を描く。


「お前たちは、魔王との死闘の末に名誉の戦死を遂げた――そう伝えておこう」


 ジョカルドが吐き捨てるように言う。


「行くぞ、リディス。崩壊が始まっている」


 二人の姿は光の中に溶け、跡形もなく消えた。


 残されたのは、血に沈むセリーヌとアーバイン。


 崩れ落ちる天井。燃え盛る炎。

 終焉の中で、セリーヌは最後の力を振り絞り、隣に倒れる戦士の手を握りしめた。


「アーバイン……ごめんなさい。あなたを、助けられなかった……」


「あ……謝るな。お、俺は……俺は、ずっとお前を――」


 その言葉の続きを、崩壊の轟音が飲み込んだ。



 すべてが終わった――

 静寂と暗闇の中で、セリーヌはそう思った。


 しかし――


『――まだ、終わりではない』


 耳の奥に直接響く、低く禍々しい声。


「誰?」


『我は魔王ディアボロ。貴様らが討ち滅ぼした存在だ』


 声は、愉快そうに笑っていた。


『クックック……まさか勇者が、かくも醜い裏切りを見せるとはな。どうだ、憎いか? 信じていた者に、命を奪われる気分は?』


「私に……何を望むの……?」


『貴様に力を授けよう。我が魔力を継ぎ、新たな魔王となれ。そして――裏切り者どもに、復讐せよ』


「……魔王に……?」


『選ぶがいい。ここで死ぬか、それとも、復讐を果たすか』


 震える唇で、セリーヌは答えた。


「……私は、死なない。あの二人を――この手で裁く」


 その瞬間、心臓が激しく脈打つ。


 魔王の魔力がセリーヌの体内へ流れ込む。血が逆流し、魂そのものが焼かれるような激痛が走った。


 セリーヌが纏っていた温かい光は、徐々に色を失い、漆黒へと染まっていく。


 そして──


 背中から、漆黒の翼が大きく広がった。


 崩壊した魔王城の奥で、セリーヌは倒れ伏すアーバインの傍らに膝をつく。


 そっと、その頬に手を伸ばした。


「……アーバイン。戻ってきて」


 彼の胸に、魔族の炎が灯る。

 傷ついた肉体が再生し、止まっていた鼓動が、再び始まる。


 やがて、アーバインの瞳がゆっくりと開かれた。


「……セリーヌ……。お前、その姿……」


「ごめんなさい……。私……ジョカルドとリディスを許せなかった……」


 一瞬の沈黙の後、アーバインは小さく笑った。


「そうか……。どんな姿でも構わない。お前が生きているなら、それでいい」


 静かに、しかし確かな声で、彼は言った。


「セリーヌ……この命、お前に捧げよう」



 数年後。

 

 勇者ジョカルドと賢者リディスは新たな王国を築いていた。


 だが、その繁栄は、あくまで表向きのもの。


 ジョカルドは王冠を戴くと同時に、自らを「救国の王」と称した。


 魔王を討ち、世界を救った英雄――その肩書きは、彼に絶対的な正統性を与えていた。


「王の決定に、異論はないな?」


 玉座の間でそう問いかけられ、家臣たちは一斉に頭を垂れる。


 否と答える者はいなかった。その末路を、誰もが知っていたからだ。


 庶民には重税が課せられた。

 農民からは穀物が奪われ、職人からは金が搾り取られた。


 市場は活気がなく、民の顔には笑みがない。


「国を繁栄させるには犠牲が必要だ。我らの偉業を理解できぬ愚民に、選ぶ権利などない」


 それが、ジョカルドの口癖だった。


 賢者リディスは、その隣で静かに微笑む。

 彼女は王国の魔導行政を一手に握り、監視用の魔術網を張り巡らせていた。


「不満を抱く者は、すぐに分かるわ。反逆の芽は、小さいうちに摘まなければ」


 王に意見する者は、たとえ長年仕えてきた忠臣であっても例外ではなかった。


「陛下、これ以上の徴税は民の命を――」


 そう進言した老臣は、その日の内に“反逆の疑い”をかけられ、地下牢へ送られた。


 裁判はない。

 弁明の機会もない。


 牢獄は満ちていった。

 王の方針に疑問を持った者、民の声を代弁しようとした者、不審な動きをした者。


 やがて家臣たちは、考えることをやめた。

 忠誠ではなく、恐怖によって国は支配されるようになった。


 城の外では、飢えた民が路地に倒れていく。

 だが王城では、豪華な宴が夜ごと開かれていた。


「ははは! これぞ王の特権だな!」


 金の杯を掲げ、ジョカルドは高らかに笑う。

 リディスは彼の腕に寄り添い、甘く囁いた。


「あなたは正しいわ。だって、この世界は“あなたが救った”のですもの」


 誰も逆らえない。

 誰も真実を口にできない。


 ――こうして、歪んだ王国が築かれていた。



 ある日。


 賢者リディスは、王城最上階の魔導室で、水晶盤を睨みつけていた。


 王都全域に張り巡らされた監視用の魔術網。その映像の一つに、彼女は“ありえない人物”を見つけていた。


「そんな……!」


 映っているのは、黒い鎧を纏った大柄な男――アーバインだった。


「でも……確証がない……」


 すぐにジョカルドへ報告すべき内容のはずだった。だが、リディスは唇を噛む。


 ――最近、ジョカルドは冷たかった。

 国政に忙しいふりをして、彼女を抱こうともしない。


 かつて自分に向けられていた熱は、もうどこにもなかった。


(手柄を立てれば……ジョカルドは、また私を見てくれる)


 そう思った瞬間、彼女は決断した。


「……私一人で行くわ」



 王都の裏路地。


「――アーバイン?」


 声をかけた瞬間、男はゆっくりと振り返った。

 その顔を見て、リディスは確信する。


「やっぱり……生きていたのね。ふふ、いい手柄だわ。大人しく――」


 言葉が途切れた。


 足元に淡く光る紋様。

 地面に巨大な魔法陣が描かれていた。


「……っ!? な、何、これ……!?」


 咄嗟に魔力を込める。

 だが――反応しない。


「魔法が……使えない……!?」


 背後から、静かな声が響いた。


「当然よ。あなたの魔力を、完全に無効化する魔法陣だもの」


 現れたのは、漆黒の衣を纏う女。


「セ……セリーヌ……?」


 リディスの顔から血の気が引いた。


「会いたかったわ、リディス。あなたが“私を裏切った”あの日以来ね」


「ひ……っ!」


 リディスは逃げようとした。

 しかし──


「逃がさないわ」


 指先が軽く振られた。


 次の瞬間――

 リディスの体が激しく歪む。


「な、何……!? やめ――いやぁぁぁぁっ!!」


 悲鳴が途切れる。


 光が弾け、地面に転がったのは――一匹の豚だった。


 丸々と太った、みすぼらしい豚。


「ぶ、ぶひっ!? ぶひぃぃっ!?」


 言葉はもう出ない。

 知性も誇りも、見る影がない。


「あなたは、ずっと民衆を家畜みたいに扱ってきたでしょう? だから、同じ立場を味わってもらうわ」


 セリーヌは、冷たく微笑んだ。


 豚となったリディスは、ぶひぶひと鳴きながら必死に走った。


 だが――


「お、おい……豚だぞ……?」

「なんでこんな所に……」

「……腹、減ってるんだよな……」


 路地の先にいたのは、痩せ細った民衆だった。骨ばった顔。落ちくぼんだ目。


 次の瞬間。


「捕まえろ!!」

「肉だ!!」

「食えるぞ!!」


「ぶひっ!? ぶひぃぃぃっ!!」


 必死に逃げるも──

 複数の手が伸び、脚を掴まれ、地面に押さえつけられる。


「暴れるな……!」

「神よ……久しぶりの肉だ……」


 リディスの視界が、恐怖で滲んだ。


「ぶひぃ……ぶひぃぃ……!」


 その鳴き声を、誰も“賢者の悲鳴”だとは思わなかった。



 王城、玉座の間。


 ジョカルドの隣に座る賢者リディス。

 ――いや、“リディスの姿をしたセリーヌ”だった。


「陛下」


 その声に、ジョカルドは横を向く。


「どうした、リディス」


 家臣たちの視線が一斉に集まる中、リディスは静かに口を開いた。


「――ご報告があります。いえ……これは、告発と言うべきでしょう」


 ざわり、と空気が揺れた。


「勇者ジョカルドは、かつての仲間――聖女セリーヌを、自らの剣で殺しました」


 一瞬、時間が凍りつく。


「……何を、言っている?」


 ジョカルドの声が低く、硬くなる。


「魔王討伐後、瀕死の戦士アーバインを助けようとしたセリーヌを、陛下は背後から刺しました。それは、リディス――“私”と共謀した、計画的な殺害です」


 家臣たちの顔色が変わった。

 息を呑む音。押し殺された悲鳴。


「ば、馬鹿な……! リディス、貴様──」


「証拠もあります」


 リディスは微笑み、指を振る。

 空間に浮かび上がる、魔王城での記憶。


 血に染まった剣。

 崩れ落ちるセリーヌ。

 驚愕に歪む、その瞳。


「貴様ぁ……これは反逆だぞ!!」


 ジョカルドは剣を抜き、叫びとともに斬りかかった。


「死ねぇぇぇ!!」


 剣は、確かに彼女の身体を切り裂いた。


 だが──


 切り裂かれたはずの身体は、霧のように崩れ、床に落ちることはなかった。


「な……っ!?」


 背後から、声がする。


「そんなに慌てて……どうしたの、ジョカルド?」


 振り返る。


 そこには、無傷のリディスが立っていた。


「く、くそぉぉっ!!」


 再び剣を振るう。

 胴を断ち、首を刎ねる。


 だが、そのたびに彼女は霧となって消え――

 次の瞬間、必ず背後に現れる。


「やめろ……やめろ……!!」


「何度でも、同じことをするのね。あの日と、まったく同じ」


「黙れぇぇぇぇ!!」


 ジョカルドは狂ったように剣を振るう。

 だが、リディスは倒れない。


「どうして……死なない……!!」


 息は荒く、視界は歪んでいく。


「あなたは仲間を裏切る、卑怯で卑劣な男……」


「ち、違う……俺は救国の王だ……勇者だ……!!」


「いいえ」


 リディスは静かに告げる。


「あなたは――単なる臆病者よ」


「ち、違う! 俺は臆病なんかじゃない!!

 勇者だ……俺は勇者なんだ!」


 再び、リディスの姿が現れる。

 斬る。

 消える。

 現れる。


 繰り返し。

 終わらない。


「……俺は……ゆ……うしゃ……だ……」


 玉座の間に残されたのは──

 虚空を見つめたまま、口から涎を垂らす、もはや王とも勇者とも呼べぬ、壊れ果てた男の姿だけだった。


 リディスの姿をしたセリーヌが告発する前から──

 ジョカルドはすでに、逃れようのない幻覚の中に囚われていたのだ。



 やがて、王国は崩壊した。


 その後、セリーヌは自らを「魔王」と名乗った。


 それは支配のための称号ではない。

 人と魔の狭間に立つ者としての、覚悟の名だった。


「モンスターも、人間も……どちらかが滅びる世界は、もう終わりにしたいの」


 セリーヌは静かに語る。


 恐怖で縛る王ではなく、理解で結ぶ魔王として新しい世界を築く――それが、彼女の選んだ道だった。


「……一緒に来てくれる?」


 振り返り、問いかける。  

 アーバインは少し驚いた顔をしたあと、静かに微笑んだ。


「当然だろ」


 そう言って歩み寄り、彼はセリーヌを力強く抱きしめる。


「どんな名を名乗ろうと、どこへ進もうと……俺はお前の味方だ」


 セリーヌは目を閉じ、そっと背伸びをする。

 二人の唇が重なり、短く、けれど確かな温もりが残った。


 二人は今、未来に向けて歩きだした。 

 誰もが、共に生きられる世界を築くために。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
勇者もう悪すぎ〜!! でも、魔王になって復讐はしたけど、人間とモンスターが共存できる世界を願うセリーヌなら、上手くやっていけそうですね♪ 国民もお腹いっぱい食べれるようになるかな〜?(*^^*)
 王位に就いた勇者と賢者の暴虐ぶりが恐ろしかったです。……もっと恐ろしいのは、現実世界の何処かや何処かでも似たことがあった気がすることなのです……。   セリーヌとアーバインにはこれから頑張ってもらい…
魔王になったセリーヌ強いですね。(´ω`) 過去イチの復讐方法だったような……。やはり、魔王の力は偉大ですね。 本当にすみません。あの、ここに書くべきではないのかもしれませんが……………… ものっす…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ