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ぜんざい




「どうだった?」


 お姉さんと別れて寺務所の方から入るとそこにいた宗春さんから手ごたえがあったかどうかを尋ねられた。


 準備があるから忙しいっていってたけど、もしかして私が帰ってくるのをここで待ち構えていたんじゃないかと疑ってしまう。


 きっとそろそろ戻る頃だろうからってやることやってからここにいるんだろうけど。


 私が玄関からじゃなくて寺務所側から入って来るってどうして分かったのか。

 察しがいいのか、それとも偶然なのか分からないけど、そういう所なんか気持ち悪いなぁ。


「変な顔で僕を見てないで質問に答えてくれる?」

「女性に変な顔とかいったら嫌われますよ」

「別にかまわない」


 精一杯の嫌味も冷たい微笑みで躱されてしまうんだから本当に悔しい。

 しかも「で?」という一言で報告を求められてしまう。


「収穫があったかといわれればあったような、なかったような」

「は?あったの?なかったの?どっち?」


 苛立ったように語尾を上げながら急かされて私はしどろもどろになりつつもまつみさんのお話を聞きながらそれっぽい男の人の姿を見たことを説明した。


「でも繋がったという実感はなくて。まつみさんがいない状況でもう一度呼べるかどうかさすがに自信はないんですけど」


 宗春さんはちょっと考えた後で私ではなく白を見て「その相手を連れて来られる?」と何気ない感じで聞くからびっくりする。


「なんで白にそんなこというんですか?」

「なんでって。できるかどうかを確認してるだけだけど?」

「でも」

「利用できるものは利用するし、可能性があるのならなんでも検討する。普通だと思うけどね――で?どうなの?紬と一度接点を持った相手なら追えるんじゃないの?」


 白は冷たい視線を受けても知らん顔でそっぽを向いている。

 鼻先がひくひく動いているので宗春さんの出方をみているのかも知れない。


「あのね。いっておくけどこれは紬のためでもあるんだけど?」

「グゥ」

「そんなに紬から離れることに抵抗があるの?この前は一番近くにいても守れなかった癖に。ああ。だからこそ怖くてたまらないってこと?」

「グルゥウウウウッ!」

「ちょ、ちょっと!宗春さん!」


 座っていた状態から上半身を低くしていつでも飛びかかれるようになった白の前に私は慌てて入り宗春さんの腕を掴んで下から睨み上げる。


「白がやりたくないことを勝手に強要しないでください!私、頑張って幸広さんを呼びますから」


 それでいいでしょ?って訴えたんだけど、宗春さんに鼻で笑って手をやんわりと退けられた。


「なに甘いこといってるの。失敗はできないんだよ?そんな不確定要素に縋ってたら龍姫は妖魔化して手遅れになる。今だって後手に回ってて一分一秒でも惜しいっていうのに」


 自信が無いっていったのは私なんだけど、お前に任せるのは頼りないからっていわれるとやっぱり辛い。


 でも失敗できないってことは分かってるから宗春さんの言い分はとても正しいから。

 俯いてぎゅっと指を握り込む。


「想像できてないようだからいうけど、龍が暴れるとどうなると思う?嵐が三日三晩続いて町は水に沈むし家は崩れるよ。まあそうならないように天音がいるんだけど、龍同士が戦えばそれは壮絶なものになるだろうし、もしかしたら被害は嵐が続くよりも大きいものになるかもしれない」


 だからそうならないように。


「手を打つんだよ。確実に成功させるためにね」


 それを紬も望んだんじゃないの――っていわれたら私は頷くしかない。

 町が壊滅状態になるのもイヤだし、姉妹で戦うことになるのも避けたかった。


 だったら私も覚悟を決めなくちゃいけないんだ。


 大きく息を吸って膝を着くと白と視線を合せる。

 赤茶色の瞳はこれからいわれることを覚ってちょっとだけ怒っているように見えた。


 私の顔より少し大きな白の頭をそっと両手で包んで指先で耳の裏を撫でると戸惑いつつも気持ちよさそうに目を細める。


 ふわふわと優しい手触りの毛並みを十分に堪能した後で首に腕を回して抱きしめた。


「白」


 私が寄りかかってもビクともしない頼もしい四肢。

 今は灰色がかっているけど白銀の毛皮で覆われた逞しい胴体。

 感情豊かなふさふさの尻尾。

 注意深く音を拾うために良く動く耳。

 隠れているものも私の感情も上手に嗅ぎつける鼻。


 澄んだ瞳をした神々しい狼。


「お願い。私を助けてくれる?私はまだ上手く力を使えないの。だからさっき会った幸広さんを私の代わりに探して連れて来て欲しい」


 白は嫌がるように腕の中で動いて、鼻にかかった甘えた声で鳴きながら必死で訴えてくる。


「ごめんね。本当は白がイヤなことをさせたくはないんだけど、私もし今回のこと上手くいかなかったら一生後悔すると思う。どうしても龍姫さまを救いたいし、天音さまに辛い決断をさせたくない。商店街の人たちも、コン汰さんや銀次さん、雨村さんにも今まで通り笑ってここで暮らして欲しいから」


 腕を緩めて少し離れ白と視線を合せた。

 白は潤んだ瞳で上目遣いをしている。


「一緒に力を合わせて龍姫さまを、天音さまを救おう」


 白とだったら私は遣り遂げられると思うから。


「お願い。白」

「…………」


 白が諦めたように溜息を吐き、尻尾を小さく振りながら私の頬をペロリと舐めた。

 長い舌が眼鏡の縁に当たってずれたけど、それが白からの了承だって分かったから私は笑って「ありがとう」ってもう一度抱きしめた。


 それから宗春さんに急かされるようにして白を送り出した後、温かい飲み物が欲しくて台所へと向かう。


 しんっと静まり返った台所には真希子さんはおらず、一応居間の方も確認しておこうと覗いたら赤ちゃんを抱いた多恵さんがいた。

 哺乳瓶には白い液体が入っていてその先を小さな口に含んでいる赤ちゃんは頬と顎を一生懸命に動かしている。

 細くて折れそうな指で哺乳瓶を掴んでいる姿は昨日の今にも消えてしまいそうな弱々しい光りでは無くて穏やかでありながらも力強い輝きに包まれていた。


 良かった。


 ほっとしながら邪魔をしないようにと襖を閉めようとしたら「そんなとこで見てないで入ってきたら」と多恵さんから声をかけられてしまう。


「ええっと、いいんですか?」

「早く中に入ってよ。寒いから」


 視線は腕の中の我が子へと向けてストールをしっかりと巻きなおしている多恵さんの言葉は素っ気ないけどそこに悪気はなさそうなので中へと入って急いで閉めた。


 多恵さんと赤ちゃんのために運び込まれた石油ストーブの上にお鍋が乗っていて、そこから甘くて美味しそうな香りがする。


 テーブルの上に重ねられたお碗とお箸が用意されているので近寄って中を見るとふっくらとした小豆がつやつやとした煮汁に浸かってて思わずごくりと唾を飲む。


「おばさんがいつでも食べていいっていってたからどうぞ」

「ありがとうございます。ええっと多恵さんは」

「今はいらない」

「そうですか」


 自分だけ食べるのはなんだか気が引けるけど、目の前に美味しそうなぜんざいがあるのに指をくわえたままではいられないのが私だ。


 しかも真希子さんが作ったってだけで期待感が増すよね!


「お餅も食べたかったらレンジでチンしてって」

「あー、さすがにお餅は食べ過ぎだと思うので」


 そういえばさっきまつみさんのお宅でどら焼きをいただいたんだった。


 お玉を手に悩みつつ、夕ご飯の量を加減すればいいんだって言い訳してお碗によそう。

 ほかほかと白い湯気が眼鏡を曇らせ食べる前から温かさに心が解れていく。


 不思議と罪悪感も薄れていってしまい今だけはこの幸せを噛みしめようってテーブルに着いた。


「いただきます」


 手を合わせてから箸を取り、お碗を持って汁を啜ると甘すぎず薄すぎずの丁度いい味がする。

 小豆も柔らかくて噛んだ時に出てくる微かなざらつきから豆の味と香りがして唸りながら震えた。


「おいし~い!」


 やっぱり真希子さん天才!

 作り方を聞いて真似してもこんな風にはできないんだろうな。


 ああ。

 本当に美味しいよ。


 夜ご飯抜きでもいいからおかわりしようかな。


 そんなことを真剣に考えていると多恵さんがこっちを見ているのに気づいて食い意地のはったやつだなって思われているんだろうなって恥ずかしくなった。


 食べ終えたお碗を置いてその上に箸を揃えてからちょっとべたつく口元を拭って身を縮める。


 胸の前で手を合わせて小声でごちそうさまをした後はなんだか気まずい空気が流れて無言のまま時が過ぎていく。


 うう。

 どうしよう。


 この後の予定とか全然聞いてないし、私どこでなにしてたらいいのか分からないんだけどなにか知っていたら全力でこの場から逃げ出せる理由になるのに。


 くうぅう。


 苦し紛れに目を泳がせた先に自分が食べて汚した食器が入る。


 そうか。

 使ったお碗とお箸を洗いに立てばいいんだ。

 そうだよ。

 それなら自然に部屋を出られる。


「あの、私、洗って」

「あのさ。あなたのこと嫌いだけどここに連れて来てくれて感謝してる」


 立ち上がる途中で声をかけられたものだからテーブルに両手をついて腰を中途半端に浮かせた状態で止まってしまう。

 しかも多恵さんの口から“感謝している”という言葉が出てきて目が丸くなってしまった。


「なによ。その顔。いっとくけどあなたのことは許すつもりないから」

「ええ。もちろんです」


 それだけのことをしたって自覚はある。

 だからこそ余計に驚いたし、嬉しくもあった。


「毎朝奥の院にある洞窟から龍神池と繋がっている沸き水を汲んできているんでしょ?その水を使ってミルクを作って飲ませたらこの子少し元気になったから」

「そうなんですね。よかったです」

「ま、その湧き水も枯れてしまったから冷蔵庫にある分が無くなったらどうしようもないんだけど」

「すみません」

「本当にね」


 どれぐらいのストックがあるのか分からないけど、そんなにもたないと思う。

 不機嫌な多恵さんはきっと赤ちゃんの成長と未来を考えて不安なんだろうな。


 そろそろ不自然な体勢のままなのが辛くなってきたので立ち上がる。

 お碗とお箸を持って台所へと向かい洗い物を済ませて廊下へと出ると真希子さんがやってきて「ああ、紬ちゃんお帰りなさい」っていってくれた。


「ただいまっていっても一時間前くらいに帰って来てたんですけど。ぜんざい美味しかったです。ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした。ごめんなさいね。忙しくて出迎えられなかったし、一緒に食べられなくて」


 眉を下げて謝る真希子さんに気にしてませんからって首を振り、逆にみんなが忙しくしているのに呑気に喋ってたりぜんざいをご馳走になっていたのかと思うと申し訳ないくらいだ。


「多恵ちゃんは中にいる?」

「あ、はい」


 私が頷いたのを見てから襖を開けて閉めないまま中へと入っていったので、閉めるか入るかで迷っているうちに多恵さんの前に真希子さんが座って両手を差し出した。


「多恵ちゃんそろそろ時間よ」

「はい」


 促されて多恵さんは赤ちゃんを真希子さんの手に委ねようとしたけど泣きそうな顔でもう一度しっかりと抱きしめて大きく息を吸った。


 波打つように震える背中や力の入った両肩。

 そして赤くなった耳と目尻。


「大丈夫。多恵ちゃんが戻るまで私が命に代えても護るわ。子どもは可能性の塊、未来そのもの。あなたは自分の手で語り部としての立場を取り戻しなさい」

「――はい」


 よろしくお願いしますと力強い眼差しで顔を上げた多恵さんは名残惜しそうにしながらも大切な我が子を真希子さんの腕の中へと託した。


 勢いよく立ち上がった多恵さんは入口で間抜けな顔で立ち尽くしている私を押しのけるようにして出て行く。


 彼女は彼女の戦いに挑むために。




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