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プレゼント



 商店街の方の話し合いが済んだのか、それとも結論が出ないままなのか分からないまま金曜日を迎えた。


 なんらかの動きがあれば宗春さんや宗明さんが連絡をくれると思っていたんだけど電話はおろかメールすらないのはちょっと仲間はずれされているようでなんだか寂しい。


 天音さまはあれから少しは回復しているのかな?

 龍姫さまはあれから池の底から出てきた?

 商店街の様子はどうなっているんだろう?


 コン汰さんは?

 銀次さんは?


 花屋のお姉さんは?

 柘植さんはどうしてるだろう?


 異変の対応に追われる妖や語り部だけじゃなく、あそこに住んでいる普通の人たちになにか影響がでたりはしないんだろうか。


 千秋寺のみんなもきっと忙しく動き回っているんだろうし。


 ああ。

 考えれば考えるほど直ぐにでも様子を見に行きたくなるんだけど、月末まで忙しい仕事を放りだすことはできなくて。


 ただ悶々と日々を過ごした。


 せめて安心できるようなことを報せてくれたり、最悪すぐ来て欲しいって緊急連絡がくればいいのに。


 なにもないのが本当に苦しくて。

 辛くて。


 だから私は泊まりの準備とプレゼントを用意して今玄関にいる。


「お姉ちゃん。仕事に行かずに夜逃げでもするつもり?」

「あ、結。おはよう」

「うん。で、この荷物は?」


 階段から下りてきた結は大荷物を指差してちゃんと説明しろって目でも訴えてくる。


「仕事帰りそのまま千秋寺に行くから着替えとか、メイク道具とかプレゼントとか――あ。そうだ。結。これ」


 二日も泊まって来るつもりなのってぶつぶつ文句をいっている結の前に黒い袋を差し出す。

 本当なら日曜日帰って来てから渡すつもりだったけど喜んだ顔が見たくて我慢できなかった。


「なに?」

「クリスマスプレゼント」

「え」

「ほらほら。開けてみてよ」

「ええ……お姉ちゃんのセンスいまいちだからなぁ」


 黒い髪袋から出てきたのは白い細長い箱。

 淡いピンクのリボンを解いて箱を開けた中には更に紺色のベルベットの入れ物。


「ちょ、待ちなよ。これ高いんじゃ」

「えへへ。ボーナス出たからちょっと奮発しちゃった。気に入ってくれるといいんだけど」

「奮発しちゃったって――ウソ。マジか」


 色白の結の肌に良く馴染むピンクゴールドと純白の時計。

 細い手首を強調してくれるだろうダークブルーのベルト。

 カチカチと規則正しく時を刻む微かな音はまるで鼓動のように優しく響く。


「気に入った?」

「――うん」


 かわいい。


「でも。いいの?こんな高いの」

「だって結のために選んだんだから受け取ってもらえないと悲しいよ」


 黒く長いまつ毛の向こうで結の大きな瞳がうるっと揺れた。

 小さな唇がきゅっと横に引っ張られ、細く長い指と手が箱ごと時計をきゅっと胸に抱きしめる。


「ありがと。お姉ちゃん。大事にする」

「よかった。私こそありがとう」

「――なんでよっ!」

「なんでって。結が喜ぶ顔見られて嬉しいから」

「もう!お姉ちゃんそういうとこ!」

「あ、いたっ!やめて、やめて!」


 もうもうって軽く握られた左手でポカポカ叩かれて私は痛くも無いのにわざと大きな声で悲鳴を上げて台所へと逃げる。


 結は追いかけては来ずに洗面所へと向かった。

 大事そうにプレゼントを抱えて。


「可愛いなぁ。ほんとに」


 にやにやしていると今度はお父さんが「行ってくるな」と台所へと顔を出すのでお弁当を渡して今日の夜から千秋寺に泊まるから心配しないでねと伝えた。


 玄関まで行ってお父さんをお見送りしてから結の朝ごはんを食卓に準備してから各部屋を回って衣類を回収し洗濯機のスイッチを押して居間へと戻る。


 朝食をもぐもぐしていた結が振り返って「干すの。今日はあたしがやっておくからもう出ていいよ」なんてことをいってくれたんだけど。


 珍しいこともあるもんだ。

 いつもは面倒くさいからイヤだっていってるくせに。


 でもご機嫌な様子の結は任せておけと胸を張る。


「ほんと?」

「うん」

「じゃあお願いしようかな。お弁当はいつもの所に置いてあるからちゃんと持って行ってね?」

「了解」


 ピッと敬礼したその手首にプレゼントした時計をしてくれているのに気づき私はだらしなくにやついた。


「かわいい……」

「お姉ちゃん、キモっ」


 はやく行けと手首を振られて私は結に見送られて家を出た。


 大荷物なのでなにごとか?と時々すれ違う人が振り返って来るけど気にしない。

 鼻息荒く気合十分な私の横で白が不思議そうな顔で見上げてくる。

 それも気にせずに足を前へと運びいつもよりだいぶ早く会社に着いた。


 自分のロッカーに入りきれない荷物は仕方なく更衣室の端に置いて制服に着替え、タイムカードを押してから自分の席に座る。


 パソコンを立ち上げている間に今日の予定を確認し、時々触って欲しそうに腿の上に顔を乗せてくる白の頭を撫でたりしながら準備をした。


 今日はなんとしても定時で上がる。

 そのためにも段取りや前倒しでできることはやっておくべきだ。


 まあその甲斐あってか。


 ギリギリで仕事を終えることができたし、高橋先輩からは「良い週末をね」って笑顔で送り出してもらえた。

 もちろん私も「亨さんとパーティ楽しんでくださいね!」というエールを送って。


 今日はずいぶんと寒くてコートの上からグルグルとマフラーを巻いている。

 大きな荷物を二つも持って駅から電車に乗ると学校帰りの高校生と帰宅を急ぐ社会人でぎゅうぎゅうで綺麗にラッピングされたプレゼントが潰れるんじゃないかとハラハラした。


 それでも混雑している車内に軽く人ひとり分はスペースを取る荷物を抱えていることが申し訳なくてできるだけ隅っこで小さくなる努力をする。


 そんな私の足にぴったりと体をくっつけて色んな匂いが混ざっている空間から早く出たいとしきりに白はきゅんきゅん鳴いていた。


 鳴いても下りる駅まではまだだいぶあるからね。

 仕方がないので白の鼻先を手のひらで優しく包んで私の匂いを嗅がせることで宥めるしかない。


 疲れ果てたようなサラリーマンのおじさんもスマホに夢中の学生さんも、これからデートの若い恋人たちも窓の外にへばりついて誰かを探すように中をジロジロ眺めている女性も。


 等しくガタガタごとごとと電車に揺られてそれぞれの目的地へと向かって行く。


 千秋寺の最寄り駅の二つ前に大きな駅があって、乗客のほとんどがそこで下りるのでようやくゆっくりと息ができるような気持ちがした。


 左肩にかけている鞄を抱え直し、右手に下げていたトートバックを一度腕にかけて手首を軽く回してから携帯を取り出しメールを打つ。


『もうすぐ駅に着きます』


 入力してから送信する相手に迷ってアドレスをじっと眺めた。


 今までだったら迷うことなく宗春さんを選んでいたけど、日曜日は機嫌が悪くて結局あの後顔も合わせないまま宗明さんに送ってもらったからなんとなく気まずくて。


 一応朝の段階でお寺に電話して真希子さんに今日から泊まらせてもらうことをお願いしてはいるのでわざわざメールしなくてもいいんだろうけど。


「……いいや。もう」


 なんだか面倒くさくなり駅に着いてからお寺に直接連絡すればいいかと送らないまま携帯を閉じた。


 悩んでいるうちに駅をひとつ通り過ぎていて、窓の向こうを見ていると暗い中にいつしか見慣れたお店の看板やライトが流れていく。


 街灯やコンビニ、車の列と信号機。

 マンションやクリスマスのイルミネーションが綺麗な通り。

 ファミレスやパチンコ屋さん、道を歩く人の姿や帰りを急ぐ自転車の影。


 どんどん後ろへと置き去りにして電車は先へと進んでいく。


 やがて減速して煌々と明るいホームへと入り、停止場所でピタリと止まって扉が開いた。


 私が歩き出すより先に白が警戒しながら外へと出て行く。

 遅れずに電車を降り、帰宅する人と一緒に改札へと急いだ。


 クリスマスイブを日曜日に控えた金曜日の夕方はどこかみんなそわそわウキウキしているように見える。

 イブは大切な人と過ごすけれど金曜の夜や土曜日は親しい友だちとクリスマスを祝う人も多いのかもしれないなぁ。


 改札を抜けて駅を出るとタクシー乗り場で数台のタクシーが客待ちをしていて、私の方にちらりと期待の眼差しを向けてくる。


 外はもうすっかり暗くて、駅からそう遠くないとはいっても歩けば千秋寺まで二十分はかかる距離だから乗ってもいいかなと思っていると見かけたことのある女性が前の方から歩いてきたのでぴたりと足を止めた。


 彼女はちょっと疲れた顔をしてタータンチェックのストールで包んだ物を大切そうに抱えている。

 前に見た時と同じカーキ色のコートを着て、くたびれた黒いスニーカーを履いた足を重そうに前へと動かしていた。


 相変わらず虹色の光りで周りを輝かせていたけど前よりも明るさが弱まっているような気がして思わずじっと眺めてしまう。


「――っ!」


 私の視線に気づいた多恵さんは壁にぶつかりでもしたかのように立ち止まり、頬を強張らせて言葉を吸いこんだ。


 その拍子にストールの中から零れた赤ちゃんの手の細さに目を奪われ、力なく指を開いている白さが異常でひやりとする。

 赤ちゃんらしいふっくらとした柔らかさや温かさが感じられなくて、その事実から導かれる現状と未来に足元がふっと暗くなった。


 動けずにいる私を彼女はきっと睨みつけて大股で歩み寄ってくる。


 その様子にあれ?と首を傾げた。


 多恵さんが商店街の方を見つめてお父さんの死を悲しんでいるのを千秋寺の前で見かけ、その後宗明さんから語り部の話を聞いたから彼女のことを私は認識しているけど、多恵さんは私のことを知っているわけがないのに。


 どうして?


 不躾に見られて気分が悪いとかそんな感じじゃない。

 彼女は私が誰か分かっていて――怒っている。


 なんで?


 戸惑っている私の前に白がずいっと進み出て「ウウウゥッ!」と唸り声を出す。

 多恵さんはびくりと身体を揺らし、赤ちゃんを強く胸に引き寄せその場で止まった。


 それでも彼女は鋭い眼差しで私に強い非難の感情を向けてくる。


「あ、あの。多恵さん、私、あの、初めまして、ですよね?」

「そうね。初めてよ」

「なのにどうして私を、私のことを」


 知っているんだろう。


 多恵さんは鼻から息を抜くようにして笑い「あなただけが特別ではないってこと」と吐き捨てた。


 ということは。


「多恵さん。語り部として戻ることができたんですか?」


 もしそうだとしたら商店街の妖さんから色々と聞いていてもおかしくはない。


「そんなことまで知ってるの?」

「え?あ、すみません」


 顔を顰めて不快感を表され私は慌てて謝った。


 確かに自分が話したわけでもないことを知らない人間が事情を詳しく知っているって気持ちが良いものではないよね。


 私たちは初めて顔を合わせて話をしているはずなのに、お互いのことは他の人から聞いていて。


 こんな状況ってあんまりないことだからどうしていいか分からずに視線を泳がせている間も多恵さんから怒気の籠った眼差しを注がれていて段々泣きたくなってくる。


「わたしはあなたを許さないから」


 更に冷たくて固い声が私の胸を抉った。

 思わず痛む場所に手を当てて一歩下がる。


「なにをしたかはあなたが一番分かっているでしょ?」

「――分かって、ます」


 そうだ。


 天音さまに癒してもらい傷も無く、痛みもないはずの肩が不思議とズクリと疼いた。


 あの時。

 私の下敷きになっていた露草やその下で潰れていた白もいっしょにダメになってしまうと思ったし私も生きたいって願った。


 だから天音さまに助けを求めたことを後悔はしていない。

 してないけど。


 こうやって面と向かって私が引き起こしてしまった罪をつきつけられるとやっぱり辛い。


 でもね。

 だからこそ。


「その責任を取るために私にできることをやらせてもらおうと思ってます。多恵さんが怒るのは当然ですし、私のことを信じられないとか頼りないって思うのも正直仕方がないです。でもっ」


 私にも大切なものはある。


「真希子さんも宗明さんも龍神池のことや龍姫さまのことすごく心配してたし、宗春さんだってこれからのこと気にしていました。それに天音さまは」


 私たちを救っておくれっていってくれた。


 それはきっと天音さまや龍姫さまのことだけじゃない。

 千秋寺のみんなや商店街の妖さんや住んでいる人たちのことも含まれているはずだから。


「紬は私たちの希望だっていってくれました。私はその期待に応えたいんです」

「――っ!あなたになにができるの!?」


 青ざめた顔で叫んだ多恵さんは震えて怯えていた。

 大切な命を腕に抱えて。


「あなたのせいで龍姫さまに、なにかあったら、わたしは、この子はどうしたらいいのよっ」


 歪んだ唇の向こうから噛みしめられた歯が見える。

 苦しそうに絞り出された言葉は途方に暮れて、考えないようにしていても暗い方へと思考がいって揺れ動く瞳は無垢な赤ちゃんを見下ろす。


「十年でも、二十年でも待つっていってくれたっ!離れていても愛すべき語り部のままだって――なのにっ。こんなすぐに」


 どうして!


「こんなはずじゃなかったのに。こんな、はずじゃ」


 ああっと息が漏れたと同時に両目からはらはらと雫が零れた。

 堪えようとしてもうっうっと詰まらせるから余計に苦しくなっていくんだろう。


 二年前は大学生だった多恵さんは私と同じ年か、もしかしたら年下かもしれない。


 そんな彼女が親に反対されて学校を止め、家を出て子どもを産んで育てることは相当な苦労や悩み不安があったはずで。


 しかも愛した相手は人じゃない。


 この場に一緒にいないってことは父親である相手を頼れないのかも。


「多恵さん」

「やめて」


 話ができないかと思って近づきながら呼びかけると多恵さんは泣きながら身を捩って逃げようとする。


「どこかでゆっくり話しませんか?」

「いやよ。あなただけは絶対にいや」


 走り出そうとした多恵さんの腕を掴むと「触らないで!」と激しく振り払われた。

 家路を急いでいる人たちがなにごとかと遠巻きに見ながら通り過ぎていく。


 これ以上刺激して騒ぎになったら駅員さんが飛んできて大ごとになっちゃいそうだ。


 でもやっぱり放っておけない。


「多恵さんを不安にさせてしまったのは私の責任でもありますから。困ってることとか、悩みとかなんでもいいので聞かせてください。お願いします」

「だからやめてっていってるじゃない!優しくしないで!」


 多恵さんが声を張り上げたのでさすがに立ち止まってこっちを見てくる人が出てくる。

 私はその人たちへ視線を送り、なんとかことを荒げずに済ませられないかと軽く頭を下げた。


「あの。多恵さん。落ち」

「わたしはあなたを嫌いでいたいの!恨んでいたいのよ!」


 どうして分かってくれないのかと泣きじゃくる多恵さんはまだ幼くて。

 今にも折れてしまいそうに見えた。


「いいんです。私のことは嫌いでいてください。気が済むまで恨んでくださって結構です。でも多恵さん。赤ちゃんはどうするんですか?」

「――――!」


 ビクリと跳ねた細い肩。

 これだけ母親が大声で叫んでも、泣いても赤ちゃんが反応を示さないのはおかしい。


 指摘された多恵さんが黙ってしまった隙をついて私は言葉を紡ぐ。


「随分と弱っているように見えますが違いますか?もし多恵さんが龍姫さまを頼って商店街に来たのだとしたら千秋寺へ行ってみませんか?あそこなら天音さまの守護の力があるし、もしかしたらその子が元気になるような方法を教えてくれるかもしれませんし」


 そっと多恵さんの腕に触れると今度は拒絶されずに済んだ。

 目元と頬を赤くして俯いているけど彼女の瞳にはもう涙はない。


「ね?そうしませんか?真希子さんが美味しいご飯作って待っていてくれてるんです。図々しいですけど一緒にご馳走になっちゃいましょうよ」


 ね?と最後にもう一度促すと小さく首を動かして頷いてくれたので私はほっとしてタクシー乗り場までその背を押して歩いた。


 何台も待っている車のうちの最前列で待っていた黄色いタクシーに近づくとドアがさっと開いたので二人で乗り込むと「千秋寺まで」お願いする。


「ああ、あの妖怪退治の寺ね」


 ドアが閉まって車は軽快に走り出し千秋寺へと向かった。


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