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その口の聞き方はよくない



 もやもやした気持ちを落ち着かせるために私は本堂でご本尊さまと向き合っていた。

 畳の上に座り一段高くなった奥の方で静かに座している姿は長年行われてきた護摩焚きで煤けて艶々と輝いている。

 眼差しはどこにいても必ず合うように作られているのか、常にこちらを見つめていてなにかを問いかけているかのようだ。


「覚悟と努力……か」


 お侍さんにも最期似たようなことを言われたと思い出す。


 力は揮うためにあると。

 護るためにあるんだからその時は躊躇わずに使うべきだと。


 私が使える眼鏡の力の範囲や影響力はなんとなく理解できるようになったけど、宗明さんのお札については効果がありすぎて使うのが怖いんだよね。


 やっぱり最初の芙美さんムンク事件がショックすぎたんだ。


 あんなに綺麗なお姉さんがとても怖い顔になるんだもん。

 しかもその後抜け殻みたいになって今にも消えてしまいそうで。


 でもそんなこと言ってたら柘植さんに千秋寺ここへ来ることを邪魔されるようになっちゃう。


 宗明さんや宗春さんが気にするなって言っても、あの様子では私はここの敷地に入ることすら――ううん、きっと商店街すら近づけなくなりそうだ。


 風が動いてお線香の香りがふわりとご本尊さまの方から漂ってきた。


 そして軽い足音がとたとたとたっと聞こえ、振り返れば入口の所にどさりと紺色の旅行用バッグを置く結の姿がある。


「ただいま!あー、もう疲れたぁ。ちゃんとお姉ちゃんの分の着替えも取ってきてあげたんだから感謝してよね」

「うん。ありがとう。お疲れさま」


 私が立ち上がろうとする前に結が素早く中へと入ってきて、ぐるりと見回す。

 天井も壁も。

 そして護摩壇をよく見ようと興味津々で奥へ進んでいく。


「古い……仏像も建物も」


 真っ直ぐな瞳でじいっとご本尊さまを見入り、そして両サイドにいる仏さまへ視線を移した後で「変なの」と呟く。


「なにが変なの?」

「だって」


 一段上がっている所で止まっている結の横まで移動して問うと瞬きをしながら交互に二つの仏像を見比べて。


「真ん中にいる仏さまよりお不動さんの方が力が強いから」

「え?強い?」


 どういうことだろう。

 私には仏さまの強さとか見えないし感じない。


 だけど結は真ん中に座っているご本尊よりも隣で厳めしく立っている少し小さめの不動明王さまの方が力が強いんだという。


「そんなことも分かるの?」

「はあ!?逆にそんなことも分かんないの!?」


 すごいねぇなんて笑ってたら目を剥いて結が叫ぶからびっくりしたよ。

 そんなに怒らなくてもよくない?


「だって私見えるだけで声も聞こえないし、細かい所は感じないというか」

「ヤバい!ヤバいって!お姉ちゃんそんなんじゃほんとヤバいよ!?」

「大丈夫だよ」

「だいじょうぶじゃなぁーいー!!」


 髪を掻き乱しながら本堂で騒ぐ結をどうやって落ち着かせようかと困っていたら「小宮山さん」と呼ばれて反射で「はい!」と返事して入口を見る。

 同じように結も振り返りなんの用だと言わんばかりにそこにいる宗明さんを睨むもんだから慌てて腕を引いて止めた。


「あ、もしかして時間空きました?」

「いいえ。すみません。ちょっと藤本さんからお墓の件で呼ばれていまして。宗春が戻ったようなので」

「分かりました。じゃあまた後で時間できた時に声をかけてください」

「すみません」


 二人同時にお寺を留守にできないから宗春さんが帰ってくるのを待っていたんだろう。

 買い出しに行くだけなら時間はかからないけど、今日は家まで結を連れて行ってもらったから迷惑かけちゃったし。


「こちらこそすみませんでした」


 ぺこりと頭を下げると宗明さんは溜息を吐くようにして小さく笑う。


「小宮山さんが気になさることでは、」

「それさぁ」

「ちょ、結!?」


 最後まで言わせずに結が言葉を重ねるので私はひぇっと青くなる。

 お世話になっている&お世話になる人に向かってその口の聞き方はよくない。


「……なんでしょう?」


 案の定ピリッと空気を固くして宗明さんが結を冷たい眼差しで見る。

 それでも動じない結の肝の据わり方に正直感心するけど、今はその度胸はちょっとどっかに隠していてもらいたい。


「ゆ、ゆゆ、結?」

「その小宮山さんって呼び方止めてもらえますかぁ?お姉ちゃんだけじゃなくてあたしも小宮山だし。それじゃどっち呼んでるか分かんないですけど」


 ごもっとも。

 いやね。

 至極ごもっともなんだけど!


「今はさ、ね?後ででもよくない?」

「よくない。今が一番最適じゃん。ねえ。宗明さん」

「……そうですね」


 深い息を吐き出して。

 宗明さんは少し目を閉じ心を落ち着かせようとしているようだった。


「では、紬さん」

「ふぁい!?」

「と、今後は呼ばせて頂きます」

「ええ、ああ、はい」

「良かったね。お姉ちゃん」

「う?え?」


 なにそれ。

 良かったねって。


 私のためにしてあげたんだよみたいな感じ。

 なんか納得いかないんだけど、結が満足そうだからまあ……いっか。


 でも宗明さんに小宮山さんって呼ばれ慣れてたから急に名前で呼ばれるのなんか緊張するというか、むずむずするというか。


「では出かけてきます」

「はい。いってらっしゃい」


 会釈をして入口を離れて行く宗明さんを見送っていると結がにやにや笑いながら私の脇腹をつついてくる。


 なによ、もう。

 そんな意地の悪い笑い方誰に教わったの。


「良かったねぇ?」

「だから、なにが良かったの?」

「だって“小宮山さん”なんて他人行儀な呼び方イヤじゃん」

「別に私は構わないし、そっちの方が宗明さんらしいっていうか」


 そもそも無理やり呼び方を変えさせる方が失礼な気がする。

 私が望んでるわけでもないのに。


「あっちはいい加減変えたいって思ってたかもよ?」

「まさか」


 一体何を根拠にそんなことを言うのか。

 妹ながら結の考えることは分からないなぁ。


「あの人、家に説明に来た時お姉ちゃんのこと“小宮山さん”じゃなくて“紬さん”って呼んでたからこっちでもそう呼んでるのかと思ったんだけど……意外とと言うか想像通りというか奥手だね」

「いやいや。普通お父さんやお母さんを前にして私のこと“小宮山さん”て呼ぶの変でしょ?だから仕方なくそう呼んだだけだよ」


 それから奥手なんじゃなくて宗明さんは真面目なだけだから。


「でもあっさり認めたし変えたじゃん」

「それは結が」

「分かった、分かった。あたしがイヤだったの。あの人にお姉ちゃんが小宮山さんって呼ばれてるのが」


 それでいい?て落としどころを作ってくれる結は子どもなのか大人びているのか。

 これ以上この話題を続けることになんのメリットも無いので私は頷いて終わらせた。


「先に部屋に荷物置きに行こうか」

「うん。案内して」

「はいはい――ってこれなにが入ってんの!?」


 入口まで歩き荷物を持つと相当な重さで簡単には持ち上がらない。

 そういえば結が置いた時の音はかなり大きかった気がする。


「え?ドライヤーとかアイロンとかメイク道具とかお風呂セットとか充電器、それから着替えと」

「待って待って!そんなに必要!?」

「必要だよ!なに言ってんの!?」

「充電器とメイク道具は分かるけどお風呂セットとかアイロンっていらないでしょ?」

「やだー……そんなんだからお姉ちゃんはダメだって言ってんの」


 曰く。

 シャンプーやコンディショナーが合わない場合髪はパサパサになるし最悪地肌に湿疹などが出る恐れがあるので却下。

 トリートメントは必須だし、メイク落としと洗顔から始まりお肌の手入れに至るまで手を抜くことは未来の自分に負債を負わせることになる。

 ドライヤーは熱で髪が傷まないものを使っているので余所のは信用できないし、朝起きてセットする時にアイロンは欠かせない。


「……それならお姉ちゃんはダメで全然いいです」


 お泊りする度にこんなに大荷物になるなら遠慮したい。

 最低限のものでなんとかできる今の状況の方が楽だし私に合ってるから。


「まあ確かにあたしは過剰で大げさかもしんないけどさ」


 可愛くあるために若いうちに努力するのは悪いことじゃないと思う――なんて拗ねた顔を見せられたぎゅっと抱きしめてしまうのは仕方がない。


「ちょ、やめて!はやく部屋に連れてってよ!」

「うんうん。今日は一緒の部屋で寝ようね」

「やっぱりお姉ちゃんウザーい!!」


 顎の下をぐいっと押されてしまっては抱きつき続けるのは難しい。

 私の腕から逃れた結が荷物を抱えて先に廊下へと出て行く。

 その後を慌てて追いかけて抜き、荷物を奪い返して案内した。


 いつも使わせていただいている部屋を結はテーブルを移動させて自分のスペースを作るとさっそくスマホを操作している。


 荷物の中から私の分の着替えを探していると見たこともない乙女なパジャマがあったので結のだろうと戻していると「それお姉ちゃんのだから!」ってこっちを見ずに伝えられた。


「え?でも、こんなの買った覚えも見たこともないんだけど」

「なんかお母さんがずーっと前に安かったからってあたしの分と一緒に買って来てた」

「……ということは結のもある?」

「あたしはそんなフリフリしたの着ないから」

「……そこまでフリフリしてる?」


 広げてみると丸首でふんわりとしたシルエットの真っ白なパジャマはフリルやレースがたくさん使ってあった。

 袖と裾は同じ半円で波型の縁取りになっていてきゅっと絞られているから随分と華奢に見える。

 丈も長くて腿の真ん中くらいまであるし、同じ生地で作られたズボンも裾がきゅっとなっていて可愛いけど。


「私も着ないよ」

「え?着なよ。似合うよ……たぶん」

「多分って!?」


 クスクス笑いながら結が「せっかくのお泊りなんだからさ」というので「それは結もでしょ」って返す。


「あたしはついででしょ?お姉ちゃんのおまけみたいなもんだし」

「ちょ!そんなことない!結はおまけなんかじゃないよ!結は可愛くて、優しくて、スタイルも良くて性格も問題無くて誰に紹介しても自慢できる妹なんだから!」

「……あたしは恥ずかしくて紹介できない」

「う、それはごめんってば」


 私に結みたいな可愛い妹がいることが奇跡みたいなものだって分かってるので、お友だちに紹介してもらえなくても仕方がないんだけど。


「ほんともう!そういうとこぉ!」


 しゅんっと落ち込んでたら何故か怒りだして、結は乱暴にスマホを放り出して赤ちゃんのハイハイみたいな恰好で近づいてくる。


「あたしの友だちとお姉ちゃんじゃタイプが全然違うんだから紹介できなくて当然なんだから、塩かけられたナメクジみたいに見っともなく縮まないでよ!」


 情けないとぷりぷりしながら私の手からパジャマを取り上げて体に添うように当てる。


「ほら。ちゃんと似合う。お姉ちゃんは美人じゃないけど天然系だからこういうちょっと可愛すぎかなってくらい狙ってる方がしっくりくる」

「そう、かな」


 自分では分からないけど。


「だから今日着てるワンピースは正解。できればもう少し短い方がバランスがいいっていうか男受けはするし、タイツよりは生脚かストッキングの方がいい」

「や、できれば男の人に見られるのは恥ずかしいのでこれくらいでいいです」


 ストッキングはいいけど生脚は無理だ。

 ハードルが高すぎるし寒いのはちょっと我慢するの嫌だし。


「色もネイビーだから締まって見えるし」

「ありがとう」

「もう……お姉ちゃんさぁ、もっと自分のこと知らないと」

「うん、ごめん」

「いつか碌でもない男にめちゃくちゃにされちゃいそうで心配」


 男受けがどうとかのアドバイスをしながら男の人に酷い目に合されるのを心配する結に苦笑いしながら「気をつける」と返した。


「あ、この間着てたのも良かったよ」

「え?どれ?」

「一週間前に着てたやつ」

「一週間前……って」


 あれか!


「あれは、もう絶対着ないから!」

「なんで?似合ってたけど?ああ、でも下はロングスカートじゃなくてシフォンの膝丈スカートの方がいいよ。色は薄いピンクか白で」


 しかしよく覚えてるなぁ。

 あの日どんな組み合わせで着てたなんて私覚えてないのに。

 しかも朝早く出てたからその日は会ってないはずだから、帰ってきた時に見たんだろうけど。


「エロいって、言われた」

「は?誰に?」

「誰って商店街のお弁当屋さんで働いている銀次さんから」

「男?若い?」

「若い、はず」


 見た目は確実に私より若いけど、妖にとって年齢ってあんまり関係ないしなぁ。


「お姉ちゃん狙われてるんじゃないの?そいつに」

「違うよ!銀次さんは遊び慣れてるから私が動揺するのを面白がってるだけだよ!」

「ふぅん」


 にやにや笑っている結の視線から逃げるようにして顔を背けると白が耳を下げて「キュン」と鳴いた。

 その頭を撫でて悔しい気持ちを慰める。


「ま、いくら似合ってようがお姉ちゃんがイヤなら着なくてもいいし、そいつを喜ばせてやる必要もないならそれはそれで別にいいけどさ」

「……うん」

「最近頑張ってるのは認めるし、ちゃんとすればお姉ちゃんだって可愛いんだし」


 自信持ちなよ。


「結」

「あたし真希子さんのお手伝いに行ってくる」

「なら、私も」

「お姉ちゃんはやることあるんじゃないの?」

「う」

「そのために毎週末通ってきてんでしょ?」

「……はい」


 結は立ち上がってスマホを充電してから部屋を横切って廊下へと出る。

 そのまま障子が閉められ足音と気配が遠ざかって行くので私もノートと筆記用具を掴んで書庫へと向かった。




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