私にとっては可愛い妹なので
榊さんの車で三十分ほど走った所にある、お洒落なレストランはガラス張りで外から丸見えだった。
繁華街よりもビジネス街に近い場所にあるのに駐車場付きで、それなりに高そうな店構えをしている。
どうしよう。
パンツとブラのセットを買ってお財布の中が寂しいんだけど……。
お金を下ろしてきた方が絶対いい。
「あの、私ちょっとコンビニ行きたいんですけど」
高橋先輩を先頭に榊さん、そのお友だちの黒崎さんがウェイターさんが立っている入口の方へと向かう背中に呼びかけた。
「コンビニ?コンビニでなに買うの?」
怪訝そうな先輩の横で榊さんがピンと来たのか「大丈夫。小宮山さんが気になるなら立て替えておくから」って笑顔で手招きする。
できればそこは高橋先輩に気づいて欲しかったんだけど。
黒崎さんも「いいからいいから。寒いし早く中に入ろうよ」と呼んでくれるので、これ以上我を通すのも良くないなと思って後を追う。
「いらっしゃいませ」
ワイシャツに肩から背中の部分の布地が無い黒くてタイトなベストを着た背の高いウェイターさんが柔らかな微笑みでドアを開けて待っていてくれた。
店内の照明は優しいオレンジ色で少し薄暗いけど、仕切りが無くて割と隣のテーブルが近くてもあんまり気にならないように配慮されてるんだと思う。
ほとんどが男性と女性のカップルで見つめ合いながら密やかに会話と食事を楽しんでいるのを見ると部外者感がすごいんですけど。
それにみんな結構ドレスアップしているような方々ばかりではありませんか?
「うわぁ……完全に浮いてる」
榊さんはまだいい。
お仕事帰りだからスーツだし。
それからいつでも誘われてもいいようにお洒落着を普段から着ている高橋先輩も。
ショッピングモールで榊さんが黒崎さんのお店に行っている間にしれっとトイレで化粧直しをして髪形を変えているくらいの念の入れよう。
できれば私にも教えて欲しかったです……。
まあそういう所をすぐにピンとこない辺りが女子力足りないって指摘される原因なんだろうけど。
黒崎さんもグレーのニットにジャケットを羽織っているから違和感ないし。
入口で茶色の地味なコートを預けた私はVネックの白いブラウスに黒に白い小さな水玉のふんわりスカートだ。
ちょっとカジュアルすぎだよね。
でもこのブラウス袖がリボンになっててすごく可愛くてお気に入りだからもういっか。
少し前の残念すぎる格好に比べたら恥ずかしがる必要はどこにもないしね。
なんたってあの可愛いらしいお洒落な亜紗美さんからいただいたお洋服だもん。
自信持っていい。
胸を張るようにして顔を上げると隣にいた白が先に歩き出す。
そして私を振り返って瞳をキラキラと輝かせる。
まるで行こうよって誘っているみたいに。
小さく頷くとするりするりとテーブルの間を進んで、時には料理を運ぶウェイターさんも器用に避けて窓際の席へと私を誘導してくれた。
頼もしいなぁ。
小人さんたちも物珍しそうにキョロキョロしながらも私の後をついてくる。
この中に不思議なものが見える人がいたらきっと何事だろうかって驚くだろうな。
なんだかおもしろい。
「どうしたの?なんか面白いものでも見つけた?」
「さっきまでどうしたらいいのか分かんないって顔してたくせに」
「ほんと」
随分と遅れてテーブルへやって来た私を三人が座ったまま見上げてくるから「別になんでもないです」って首を振って先輩の横に腰かける。
「正吾は車あるから呑めないだろうけど、この雰囲気で全員ノンアルコールはないだろうから」
なにがいい?って黒崎さんがメニューを見せると、即座に高橋先輩がシャンパンと答える。
私はかなり悩んでビールにした。
こういうお洒落なレストランではジョッキとか瓶では出てこないからきっと量も少ないから一杯くらいで酔うことも無いだろうし。
変に慣れないものを飲むと悪酔いするのは前回の合コンで懲りたから。
自分の身は自分で守らなくちゃいけない。
いくら白がいてくれるっていってもね。
酔って眼鏡の制御が効かなくなっても困るし。
「紬はなにか食べたいものある?」
「えっと……」
茄子とベーコンは分かるけどポモドーロパスタってなに?
フムスのディップ?
オーガニック野菜のバーニャカウダ、モッツアレラチーズのカプレーゼ、茸と赤海老のアヒージョ、イベリコ豚のリエット?
デュエットでなくて??
なんだこれ。
読めるけど全く想像がつかないんですけど。
「これ、暗号か、なにか、ですか?」
「は?」
ああ。
高橋先輩の笑顔も声も凍りついていて怖い。
ほらやっぱり私には合わないんだよ。
普通に居酒屋とか定食屋さんとかの方がいいのに。
なんでこんなお洒落な所を世の女性は好むんだろう。
「ぷーっ!くくっ」
「こら!茂、笑い過ぎだ」
「だって小宮山さん片言になっちゃってるし」
我慢できずに吹き出した黒崎さんの後頭部をパシッと叩いて榊さんが注意するけど、余計に笑いが加速して苦しそうだ。
さすがに大声で笑うわけにもいかないからなんとか抑えようとするけど、肩がすごく震えてるし、涙も出てるし、息ができなくなって酸欠みたいになってる。
すみません。
本当に申し訳ない。
「じゃあ適当に頼むけどいい?」
「あ、できれば温野菜的なものが食べたいです。あとご飯系」
メニューを見ても分からないから全部丸投げしつつも一応希望は伝えておく。
しょうがないわねって顔で頷いて先輩はウェイターさんを目だけで呼んでパパッと注文していく。
格好いいけど私には到底できない芸当なので、黙って大人の女性である高橋先輩をうっとりと眺めておいた。
視線に気づいた先輩がちょっと照れたように唇を尖らせるとこなんかは逆に可愛らしくて魅力的なんだけど。
どうしてだろう。
上手くいかないのは。
高橋先輩が彼氏欲しい欲しいって言っているのはきっと寂しいからだ。
私は実家暮らしだからその孤独を本当の意味では分からないけど、誰もいない部屋に帰る日々やひとりで食べるご飯の味気なさは想像するだけで震えあがっちゃう。
寂しさに疲れた先輩の心を包み込んで優しく癒してくれるような人がいたらいいのに。
テーブルに前菜と飲み物が運ばれて来てそれぞれがグラスを持つ。
なにに乾杯するのか分からないままグラスをそっと触れあわせて。
シュワシュワとグラスの底から上がってくる炭酸と一緒にグラスを傾けると口の中に苦みが広がった。
馴染んでいるのより少し薄く感じるけど、アルコールが強く口に残って水が欲しくなる。
前菜が終わるとなんとかのパスタとか、生ハムとチーズのサラダとかローストビーフなんかがやってきた。
食べる気にならなくて一生懸命会話に参加すればするほど、黒崎さんが笑い転げてとうとう隣のカップルから遠まわしに嫌味を言われる羽目に。
温野菜とトマトのリゾットが来たので、それからはあまり喋らないようにして榊さんと黒崎さんの仲が良いからこそできる掛け合いとか、高橋先輩の絶妙な合いの手を楽しむ方に回った。
う~ん。
やっぱりこういうのは聞き役の方が楽しいな。
あんまり人に話して面白いような内容の出来事とか思い出とかないし。
とりたてて趣味も無いから共通の話題で盛り上がるのも難しいしね。
ねっとりとした南瓜をもぐもぐと食べていたら不意に榊さんがにこっと笑って「小宮山さんって食べ方綺麗だよね」って褒めるから驚いた。
「ちゃんと躾けられたお嬢さんって感じする」
「え、いや、あの」
そんなこと言われ慣れてないのでどぎまぎしながら言葉を探すけど返答に困って俯いてしまう。
なんかすごく恥ずかしい。
食べてるとこ見られてたなんて。
「悪かったわね。私は汚くて」
「あかりさんは食べ方より美味しそうに食べるから見てて気持ちがいいんですよ」
「でたっ。正吾の褒め殺し。これで何人の女を落としてきたことか」
「ちょ。お前人聞き悪いこと言うなって」
黒崎さんが茶化して榊さんがそれに笑いながら返すのを見ながら力なく微笑んだ。
ああそうだった。
榊さんは人の良い所を見つけるのが上手な人だった。
別に深い意味はないんだから、いちいち真に受けてちゃダメだよね。
こういう時こそ「ありがとうございます」って言わなきゃけないのに。
私はまだまだだなぁ。
ほんと――――。
「え?」
何気なく向けた視線の先。
窓の向こうを歩く華奢な背中と肩までの綺麗なストレートの髪の女の子を見て私は思わず固まる。
顔を見たわけじゃないし、同じ制服を着てる子なんてたくさんいるけど。
間違えるわけがない。
私が。
あの子を。
「結――」
今時の女子高生は九時近い時間でも平気で遊び歩いてるし、金曜日だから友だちとカラオケに行ったり、ファミレスで遅くまで喋っているのだって普通なんだろうけど。
結の隣にいる二十代後半くらいの若い男性。
長めの黒い髪に真っ白な肌。
ちらりとしか見えなかったけど美しい碧色の瞳をした端正な顔立ちをしていた。
もちろん結が年上の彼氏を作っても――心配だけど――なにも問題はない。
ちゃんと真剣にお付き合いをしているというなら。
人ごみに消えて行こうとしている二人の姿。
男の人が僅かに顔を傾けてこっちを。
見た。
気がしたけど。
距離があるのに店の中にいる私に気づくなんてことがあるわけない。
きっと偶然だ。
結のことが心配過ぎて過剰に反応してるだけ。
「どうしたの?紬」
「具合でも悪くなった?」
「あ、いえ」
急に外を見て黙ってしまった私を気遣ってくれる三人に「なんでもないです」って誤魔化したけど、本当の気持ちは今すぐにでも結を追いかけて連れて帰りたいくらいなんだけど。
あんまりにも過保護すぎるよね。
でも未成年だし。
相手は年上で。
あの子まさか、ほら、お金貰って色々と――。
加速していく妄想を怖くなって途中で止める。
きっと今の結にはなにを言っても反抗しかしないから。
下手したら家に帰って来なくなるかもしれなくて。
どうやって守って行けばいいのかなって思いつつ、きっと結はそんなの望んでないって反発するのも想像できる。
難しい。
「あの、先輩にも反抗期ありました?」
「ん?そりゃね。私にも思春期はあったわよ」
「なら」
こういう時どうしたらいいのか助言をもらってもいいかな。
経験が無い私より結の側に立っての意見が聞けるだろうし。
「私の妹が只今絶賛反抗期中で。どうやら年上の彼とお付き合いというか、仲良くしているようでして」
ああ、なんかこんなこと言ったら結が節操のない女の子みたいに思われるかもしれないけど。
事実こんな時間に二人きりで歩いているんだからなにも違わないんだろうけども違うんだよぉおって叫びたいのはお姉ちゃんの複雑な心理として察して欲しい。
「私としては心配なんですけど、最近顔を合わせれば「お姉ちゃんウザい」って言われる始末で」
どうしたらいいんですかね?
「紬の妹って高二だったっけ?」
「はい」
「うをっ!高二のJKとお付き合いとか、うらやま――」
「茂、お前は黙ってろっ」
黒崎さんが興奮気味に話に割り込んできたのを隣の榊さんが腕を殴って止めさせた。
うん。
すごい音がしたけど大丈夫かな?
「その年頃の子たちって年上の方が友だちに自慢できるし、時期的にクリスマスも近いから高価なプレゼントも貰えるからって張り切っちゃうだろうしね」
「え!?自慢できるからって理由で選ぶんですか!?」
まさか。
そんなバカな。
「そんなもんよ。お固くて真面目な紬には想像もつかないだろうけど」
「いやいや……結に限って、それは」
ないと信じたい。
でも言い切れないのが辛いとこだなぁ。
「理由なんてね。分かんないのよ」
テーブルに肘を着いて高橋先輩は切ない吐息を漏らす。
その斜め前に座っている黒崎さんが腕に乗っている柔らかなお胸を凝視しているのを注意した方がいいのかどうか悩むとこだけど。
「家族に苛々するのも、感情のままに当たり散らすのも」
全部。
本人にも理解できないんだって。
だからそんな時は温かく見守るのが一番なようで。
「そうですか」
「反対すればするほどドハマりして、行くとこまで行っちゃうからさ」
うう。
それは困る。
「紬の妹なんだし、心配しなくても大丈夫なんじゃない?信じて待ってれば」
「そうでしょうか」
「そうよ。お姉ちゃん」
「……できるだけ精進します」
これからはなるべく口出ししないように気をつけなきゃ。
結を信じて。
待つ。
「その代わり妹ちゃんが助けを求めた時は力になってあげるのよ?」
いっぱい怒って、いっぱい許してあげなさい。
そんなありがたいアドバイスを頂いたことでようやく心の中がほっと落ち着いた。
それから色んなお話をして笑って。
お会計の時に私の快気祝いだって押し切られてしまいなんとも申し訳なかったけど、次があるなら今度は私が多く出そうと心に決めて大人しくご馳走になった。
榊さんに送ってもらって家に帰ってもまだ結は戻ってなくて、また心配の虫が騒ぎ出したのでお風呂を済ませて早めにお布団に潜り込んだ。
ふと隣の部屋のドアが開け閉てする音で夜中に目が覚めた。
白がそっと私の腕に顎を乗せて甘えたように鼻を鳴らしたので柔らかなその頭を撫でてもう一度目を閉じる。
良かった。
帰ってきてくれた。
安堵と共にまた眠りに落ちながら。
届かないけど。
結に「おかえり」と囁いた。




