可愛い下着をおすすめしてもらい
「だめだよ。おねえちゃん、そっちはこわいよ」
梅の花が香る中で結が泣いてる。
お日さまの当たってるところは暖かいけど、まだまだ風は冷たくて。
「だって、おじいちゃん山にいるって」
「やだよ。おねえちゃんいきたくない」
泣きじゃくる結の手を掴んで山への入口に向かおうとするけど、小さな足で精一杯地面を踏みしめて行きたくないと泣く妹を見て私は途方に暮れていた。
夏に来た時は暑さから逃げるように山の中で遊んでいたのに。
もちろん山の奥までは行っちゃいけないって言われてるけど下の方は安全だし、みんな普通に遊び場として使ってる。
「山はこわくないよ。おじいちゃんが山にはまもりがみがいるっていってたし」
「やだやだやだー!こわいの、かえろうよ」
「どうして急に」
怖いなんて言い出したんだろう?
「ここにいるの、かみさまなんかじゃないのに……!お姉ちゃんはいつもそう」
「結?」
「見えない癖に!なにも、」
分かってない癖に!
小さかった結がいつの間にか高校生の結へと成長して私を責める。
涙で濡れていた瞳は鋭く吊り上り、冷たい視線がとても痛い。
「あの時のあたしの怖さが分かる?あの時感じたあたしの怒りをお姉ちゃんは」
分からないでしょ?
「見えないものは見えないままがいい。感じないならその方がいい」
だって。
「それは存在しないんだから」
「そんなこと」
ない。
だって。
不思議はそこにあって。
妖は誰もが孤独や悩みを抱えて生きていて。
私たち人間と同じように。
なにも変わらないのに。
「お姉ちゃんが見えている物が真実だっていえる?お姉ちゃんが望む都合のいい世界かもしれないじゃない。ただの妄想。ただの幻想」
――存在しない。
「違うよ!結。違う、ちゃんといる!どうしてそんなこと言うの?」
「お姉ちゃんはなにに期待してるの?生きてる人たちに相手にしてもらえないから逃げてるだけじゃないの?」
現実を見てよ。
ちゃんと。
お願いだから。
帰ってきて。
元のお姉ちゃんに。
戻って。
「結……!」
結の声はまるで泣いているかのように震えていて。
もしかしたらすごく怒りすぎてだったのかもしれないけど。
頼りにならないお姉ちゃんでも妹が泣いているかどうかは分かる――ううん、分かると思いたい。
「結、泣かないで――」
伸ばした手を阻むように結の姿が遠ざかる。
そしてその体を黒い霧が包む。
「結!?」
肌の上をザワザワと気持ちが悪い感触が撫でて行く。
嫌な感じだ。
とても。
ドクドクと心臓が早くなって息が苦しくなってきた。
「だめっ!行かないで!結、戻ってきて――!」
追いかけたいのに足だけじゃなくて体が動かない。
指一本すらピクリともしなくて。
焦りが。
恐怖が。
「結――!!」
叫んだ拍子にぺろりと頬を舐められて、一瞬なにが起きていたのか分からずに目を丸くした。
視線の先には大きな白銀に輝く狼の顔。
その向こうで尻尾が左右に大きく揺れているのが見えて一気に脱力する。
「白……」
「クゥ~ン?」
青く澄んだ瞳が暗い部屋の中でも輝いて見えた。
軽く小首を傾げてから前足の上に顎を乗せる様子にほっと息を吐く。
「夢……かぁ」
「そうだよ」と答える代わりに尻尾がぶんぶんっと振り、上目遣いで私を見つめている。
鼻の先がピクピク動いているのでもしかしたらお腹が空いているのかな?
「食べたいならどうぞ」
絆を結んでいるんだから好きな時に食べてもいいのに、昨日天音さまに「浅ましい」って言われたのがショックだったのかもしれない。
「ガウッ!」
白はぴょこんっと耳を立てて嬉しそうにパクリと大きく口を開けて匂いを食べ始めた。
しばらく夢中で食べている姿を眺めていると、途中で視線に気づいたのかな?
はっと我に返って恥ずかしそうに鼻先を下げて俯いちゃった。
「大丈夫だよ。白がちゃんと食べてくれないと匂いなくならないんだから」
「キュゥン」
耳と耳の間をわしわしっと撫でると気持ちがいいのか目を細めて甘えた声を出すの止めてくれないかな!?
可愛すぎる……!
柔らかな毛並みを堪能しているとだんだんと眠気がやってきた。
白の温もりや息遣いや鼓動の音が心地よくて。
「……でも、まだあと少し寝ててもいいよ……ね?」
起きる予定の時間まで二時間はあったから。
大丈夫。
白がいてくれる。
だから。
怖い夢も平気。
安心して寝ていいんだ。
――なにもきにせずおやすみ
うん。
そうする。
もう少し。
あと少し。
白を撫でながら寝たせいかな?
次に見た夢の中では宗春さんや宗明さん、それから大八さんや天音さまがいて。
なんだかどうでもいいようなことを話して笑いながらお酒をみんなで呑んでいた。
酔っぱらったまま立ち上がった私のスカートを白が引っ張って、ウエストがゴムだったからずるりと脱げて。
穿き古した安物のパンツをみんなに見られるという醜態を晒したことに悲鳴を上げて飛び起きた所でちょうど目覚ましが鳴った。
大八さんにパンツを見られるという前科があるからあまりにも恐ろしくて。
そういえばあの時にちゃんとしたのを買いにこうって考えていたことを思い出せて良かったのかもしれない。
情けない夢に感謝することになるなんて苦笑いするしかないけど。
仕事帰りに買いに行こう。
めちゃくちゃ可愛くて、着けるたびにテンションが上がるようなやつを。
そんなことを考えていたらだんだんと楽しくなってきた。
まずはお弁当を作って朝ごはんを食べる。
それから準備して仕事に行って、先輩と見せ合いっこしながら食べてから午後を乗り切って。
パンツを買いに行くんだ!
ということで仕事後に勇んで、いざ!近くのショッピングモールへ。
煌びやかな下着売り場でキラキラと瞳を輝かせているのは私ではなく。
「やだっ!これ可愛い!え!?30パーセントオフ!?まじでっ!?」
「……高橋先輩、声が大きいです」
近くで見ていた女子高校生が二人ぎょっとした顔でこっち見てますけど。
こそこそなんか言い合ってますけど!?
「これも可愛いじゃないのっ!選べない……!」
「せんぱぁい?」
私の声なんて全然聞こえてない。
可愛いっていいながらも高橋先輩が手にしているのは全部黒や紫のレースでセクシーなやつばっかりだ。
まあ人によって可愛いは違うから、きっと先輩にとっての可愛いはセクシーと同義なんだろうなぁ。
あれこれ目移りしながらどんどんと高橋先輩は離れて行く。
楽しそうだしそっとしとこう。
近くにいたらセクシーなランジェリーを強引にお勧めされた挙句にお買い上げする羽目になりそうだしね。
でもいまいちどんなのがいいのか分からなくて、ウロウロと売り場を歩いていると「なにかお探しですか?」って感じのいい店員さんが声をかけてくれた。
軽く染めた上品な茶色の髪を後ろでポニーテールにしてる可愛らしい店員さん。
丸顔でちょっと背が小さい所がすごく親近感。
わざとらしい営業用スマイルじゃなくて控えめに微笑んでいるところもポイント高い!
白が私の横からそっと動いて店員のお姉さんの足元をクンクンっと嗅いで、それからふくらはぎ太腿――って!
「だめっ!」
鼻先がお尻の方へと向かって行くのを黙って見ていられずに私は思わず叫んでいた。
もおお!!
お姉さんに見えないからってそれ以上は失礼だよ!
きょとんとした白が私を振り返り、同じようにびっくりしたような顔で店員さんもこちらを見ている。
「あの……えっと、すみません。どれがいいのか分からないので、おすすめとかありますか?」
「はい!もちろん。わたしでお役にたてるなら」
急に大声を上げるような変な客なのにお姉さんはにこっと微笑んで、まずはサイズを計りましょうって更衣室へと連れて行ってくれた。
「好きな色とかありますか?」
「えっと好きな色……黄色とか白とか水色とか」
「ではその辺りで選んで来てみます。ご予算はどれくらいですか?」
「あ、できれば三セットか四セットは欲しいのであまり高いのは」
「かしこまりました。今セールをやっているので、できるだけお安いものをお探ししてきますね」
ちゃんと好みや予算を聞いてくれるお姉さんに感謝しながら「よろしくお願いします」と頭を下げた。
店員さんは「いいんですよ」という声を残して商品を探しに行ってくれる。
その隙に白を叱ろうと思ったんだけど、犬や狼にとってお尻の匂いを嗅ぐのは挨拶の意味もあるんだったと思い出して結局なにも言えなかった。
私を見上げて静かに尻尾でスイスイっと床掃除をしている彼の顔には悪気の一欠けらも見えないしね。
ひとりで騒いで恥ずかしい。
高橋先輩のこと言えないな。
とほほ。
「お待たせしました」
そう言っていくつもの可愛い上下セットを持ってきてくれた中から私が四つ選んで店員さんの手を借りて試着してみた。
「え?うそ……いつもより楽」
いつもは肩ひもが食い込んだり、アンダーが苦しかったりしてたんだけどこれは全然違う。
それに形も綺麗。
「お客さま、いつもカップサイズだけを見て選んでませんか?」
「え?それが普通じゃないんですか?」
「そういう方が多いと思いますが、意外とメーカーごとに違ったりするんですよ。なので試着して買われるのが一番です。カップの形やデザインでも違いますし」
「そんなものなんですね」
ふええ。
すごい。
「そんなものなんですよ」
店員さんのアドバイスを聞きながら更に違うのも試着して結局自分で選んだのを二つ、お勧めしてもらったものを二つ買うことにした。
「絶対これお買い得ですから!」
って力説されてシルクのキャミとペチコートのセットも一緒に。
普通シルクって高くて手が出せないけど、最後のひとつでなんと70パーセントオフだったからね。
うん。
良い買い物したと思う。
「小宮山さん?」
ウキウキしながら店員さんの後ろについてレジへと向かっていると声をかけられて固まった。
え?
ちょっと待って。
ここ女性用の下着売り場だよね!?
「――――なんでっ、ここに」
榊さんがいるんですか!
振り返るまでも無く視界の端にピカピカキラキラが入り込んできているから間違いない。
でも普通こんな時に声かける!?
「この先の服屋に友だちが働いてて。ちょうど通りかかったら小宮山さんが見えたので」
「はぁ」
爽やかな笑顔の榊さんの周りには可愛い系やらセクシー系の下着が取り囲んでいるんだけど全然気にならないんですね。
でもね。
私手にパンツやらブラやら持っているんですけど。
あはは。
そもそも状況も場所も気にならないってことは、私のこと女だって思ってないからだろうし、私がどんな下着を着けていようが全く興味が無いってことで――。
て?
あれ?
なに。
今ちょっと。
チクリとしなかった?
「あ、正吾くんだ。なに?紬がどんな下着買うか興味あるわけ?それとも私の?」
「え?ああ、ここ……そっか。全然気づかなかった。すみません。小宮山さんを見かけたからなんの店か確認せずに入っちゃったけど、まずかったなぁ」
ようやく下着屋さんだって気づいて居心地悪そうに苦笑いした榊さんは「じゃあ!」って逃げるように出て行こうとした。
その上着を掴んで止めたのは高橋先輩で。
「丁度良かった。正吾くんこのあと暇?暇よね?」
「あかりさん、最初から暇だって決めつけてるじゃないですか」
「うん。これからご飯でもいかない?車で来てるんでしょ?私美味しいお店知ってるんだよね」
連れてって。
なんて可愛らしくおねだりする先輩。
「ちょっと、高橋先輩あんまり無理言うと榊さんが困りますから」
慌てて止めようとしたけど綺麗に整えられた眉をキリッと上げて睨まれてしまうと動けなくなっちゃうんだよね。
榊さんも無駄だって覚ったのか。
「分かりました。友だちにも声かけてもいいですか?丁度仕事上がる頃なんで」
「いいわよ」
結局そういうことになっちゃって、なんだか胸がもやもやしているうちにお会計を済ませた。




